初めての感情 4
何度も来ているフェリクスの部屋なのに、隣に座っているだけで緊張してしまう。
私の隣に座る彼の方を見られず、膝の上で組んだ自身の指先を見つめる。
(どうしよう、今のは絶対にバレた気がする……そもそもバレるって何? 私ってフェリクスのことを……)
自分で自分の気持ちが分からず、頭の中でぐるぐると必死に考える。
けれどイザベラに対して「嫉妬」をしていたのだと、今更になって自覚していた。
「ティアナ」
「は、はい!」
「この間、イザベラと話をした後に俺を少し避けるような態度をとっていたのも、嫉妬してくれていたから?」
フェリクスが言っているのは、イザベラから「結婚する約束をしている」という話を聞いた後のことだろう。
イザベラがフェリクスと一緒にいて仲良くしているのを見るたび、胸の奥がもやもやしていたのも全て嫉妬だったに違いない。
「……そ、そうだと思います」
フェリクスが他の女性に微笑み、触れているのを想像するだけで、どうしようもなく胸が締め付けられる。
「エスコートだって分かっていても、私以外に触れられているのは嫌だったの。それに二人が結婚して帝国を守るって約束をしていたというのも聞いて……」
本当は恥ずかしくて仕方なかったけれど、フェリクスはいつだって私に誠実に向き合い、素直な気持ちを伝えてくれていた。
だからこそ私も、自分の中にある気持ちをそのまま口に出してみる。そうすることでふわふわとしていた感情が、形作られていくのが分かった。
フェリクス以外に対して、こんな風に思ったりはしない。そして嫉妬というものが、どんな時にどんな相手にするものなのかというくらい、私でも知っていた。
けれど前世と今世を合わせても初めてだったから、自覚するのがこんなにも遅くなってしまった。
──私は、フェリクスを好きになり始めている。
もうフェリクスは立派で完璧な大人の男性で。常に私だけを見て好意をまっすぐに伝えてくれて、エルセのことだってずっとずっと大切に想ってくれていた。
そんな彼に惹かれてしまうのは、ごく自然なことだと思えてしまう。そして今の私の言葉で、フェリクスにもそれが伝わったらしい。
「……本当に?」
「ええ。こんな嘘なんてつかないもの」
「そう、だね。そんなこと、分かっているはずなのに」
フェリクスは口元を手で覆うと私から目線を逸らし、膝に両肘をついた。
両の手のひらに覆われていない頬や耳は赤くて、照れているのだと気付く。その様子を見ていると、私まで余計に恥ずかしくなってくる。
「イザベラとの話は子どもの頃、エルセが愛した帝国を守っていくために、エルセを慕う俺達が結婚するのが互いに面倒なことを避けられて良いかもしれない、と話しただけだよ」
「そ、そうだったのね……」
どこまでも二人の中心は私で、不安になっていたのが恥ずかしくなってくる。
やがてフェリクスは小さく息を吐くと、顔を上げて上目遣いで私を見た。
「期待していい?」
どきどきと心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。こくりと頷くと、フェリクスのアイスブルーの瞳が揺れた。
ソファの上に置いていた手に、フェリクスの大きな手が重なる。優しく手を握られ、さらに胸が高鳴った。
「……嬉しい。本当に嬉しい、ありがとう」
子どもみたいに嬉しそうに笑うフェリクスが、心から愛おしいと思う。触れられた手のひらから伝わる熱が、全身に広がっていく。
(……きっと私はもう「なり始めている」くらいじゃないのかもしれない)
たった今自覚したばかりで、私自身も戸惑いを隠せずにいる。
だからフェリクスにちゃんと「好き」と言葉にして伝えるのは、気持ちの整理がついた後、もう少しだけ先にしようと思う。
まだ解くべき「呪い」だって、残っているのだから。
「ティアナ」
甘さを含んだ声で、愛おしげに名前を呼ばれる。
フェリクスの瞳はひどく熱を帯びていて、まなざしからも愛情が伝わってくる。
「俺、もっと好きになってもらえるように頑張るから」
「…………っ」
「好きだよ、本当に」
フェリクスの言葉に胸がいっぱいになって、悲しくもないのに目の奥が熱くなる。
私はまだまだ、恋愛について分からないことが多い。
けれど、今この胸の中に広がっていく感情は「恋」であるという確信があった。




