初めての感情 1
側にいたフェリクスの両目も見開かれたのが分かる。
(私がエルセだったと気付いたの……?)
先程、アウロラ様との話の中で私が転生した人間だと話したことを思い出す。
けれどそれだけでは、私がエルセ・リースだとは思い至らないはず。気になることはたくさんあるものの、とにかく今は時間がない。
「とにかく、王城に戻ってから話しましょう? ね?」
「……はい」
背中を撫でると、イザベラは何度も頷いてくれる。
そして私達は村の瘴気の浄化を全て終えた後、ルフィノ達のもとへ向かったのだった。
◇◇◇
ベルタ村の解呪を無事に終えた私達は、無事に王城へ帰還した。私とフェリクス、ルフィノとイザベラに別れて行動しており、私達は先に戻ってきている。
フェリクスは私を部屋まで送り届けてくれ、マリエルに早急に休む支度をするよう命じた。
「本当にありがとう。ティアナはゆっくり休んで」
「あなたは休まないの?」
「俺は今回、ほとんど何もしていないから問題ないよ」
多くの魔物を倒したにも関わらず、何もしていないと言ってのけるフェリクスの感覚が心配になりながらも、ありがとうとお礼の言葉を紡いだ。
(……こういう時、フェリクスはどうせ休むよう言っても聞かないもの)
それでも、早めに切り上げるという約束はした。
埋葬に関しては、今後時間をかけて丁寧に行うつもりだという。そしてベルタ村の人々のための慰霊碑や、アウロラ様の顕彰碑も建てることを考えているらしい。
私もその際には必ず訪れると約束した。どうか全ての人が安らかに眠れますようにと、心から願っている。
「残りの二カ所に関しては後日話し合いましょう」
「そうだね。ありがとう、ティアナ。とにかく一刻も早く休んで。また倒れては困るから」
「もう、最近はちゃんと体力もついたんだから」
そうは言ったものの、気を緩めれば倒れてしまいそうなくらい疲れ果てていた。
(とはいえ、今日は朝もかなり早かったし、体力の限界なのかもしれない)
私なりに軽く身体を鍛えているけれど、やはり長年栄養不足だった身体は、まだまだ万全ではないのだろう。
フェリクスを見送った後はマリエルに手伝ってもらい汗を流して着替えをして、深い眠りについた。
そして、翌日。私はイザベラと自室のソファにて向かい合っていた。
──かなり疲れていたのか、目が覚めたのは昼前で。
慌てて飛び起きた後、急いで身支度をして部屋へ運ばれてきた遅い朝食をとった。
そうしてフェリクスに会いに行こうとしたところ、ドアの前に立つイザベラと鉢合わせたのだ。
『おはようござ──こ、こんにちは、イザベラ様』
『……こんにちは。少しお時間をいただいても良いでしょうか?』
『もちろん、どうぞ』
イザベラを部屋の中へ通すと、メイド達にお茶の支度を頼み、マリエルには「朝食に間に合わなくてごめんなさい。ゆっくり休めたわ」というフェリクスへの伝言をお願いした。
お茶の準備を終えた後は二人きりにしてほしいと、下がってもらった。
「…………」
「…………」
二人きりの室内には、これまでと違った気まずさのようなものがある。
昨日まで高圧的な態度だったイザベラが私を気遣うような、それでいて罪悪感を抱いているという顔をしているから、どう対応するのが正解なのかと悩んでしまう。
「イザベラ様、昨日は本当にお疲れ様でした。王城へ戻ってから話そうと言ったのに、こんな時間まで眠ってしまってごめんなさい」
「いえ、私は何もできませんでしたから」
「そんなことはありません。魔物を倒してくださった上に、最後の浄化もほとんどイザベラ様がしてくださったもの。治癒魔法も含めて、ありがとうございました」
「…………」
私は終盤ほぼ力尽きかけていて、イザベラがいなければ無事に終えられなかっただろう。
イザベラはしばらく無言のまま膝の上で両手を握りしめていたけれど、やがて顔を上げ、アメジストの両目で私を見つめた。
「──あなたはエルセ・リース様、なんですか?」
イザベラの声が、静かな室内に響く。
そう思うに至る明確な理由があったはずだし、元々彼女に対しては隠し続けるつもりもなかったため、私はゆっくりと頷いた。
「ええ。私は前世エルセ・リースだった。半年前に記憶を取り戻したばかりなんだけどね」
「…………っ」
両目を見開いたイザベラが、息を呑む。やがてイザベラの両目からは、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「ど、して……言ってくれなかったんですか……」
「エルセはもう、死んだ過去の人間だもの。それにエルセのことも嫌いだと言っていたから、言い出せなくなっちゃって」
困ったように微笑みながらそう告げると、イザベラはハッとした表情を浮かべた後、ぶんぶんと首を大きく左右に振った。
「違うんです、私がエルセ様のこと、っ嫌いなんてありえないです!」
「えっ?」
「立派な聖女になったら……エルセ様、魔宝石をくださるって、約束してくれて……」
涙ながらに話す彼女の言葉を聞きながら、十九年前にそんな約束をしたことを思い出す。




