あぁ、彼女なら俺の隣で寝ているよ
ちゅん。
ちゅん。
ちゅん。
部屋の外からは小さな灰色スズメのなき声が聞こえる。
どこからどう見ても、すがすがしい晴天の朝であった。
「――彼女なら、俺の隣で小さな寝息を立てて寝ているよ」
思わずそう言ってしまわずにはいられない状況だ。
俺の名はハンス・ハートテイカー。
ここサウスフィールド王国の地で暗部の役割を担っている普通のおっさんだ。
いやまて、普通だろうか?
ついさっきまで勇者パーティのメンバーとして裏の活動を一手に引き受けていたのだから普通ではないかもしれない。
「お前など、この勇者パーティには不要の存在! さっさと立ち去るがいぃ!」
昨日、勇者にそう言われる前の話である。
いまではただの暗部のおっさんだ。
俺は勇者のこの一言により一発退場の憂き目にあってしまっていたのだ。
あぁ、思い出すだけでダメージが来る。
地味に心に来るセリフが痛い。
くそっ。いつか「ざまぁ」してやるぜ。
俺の主な仕事は、御所政府との折衝、情報収集、斥候としての立ち回り、《庭師》クラスとしてのスキルを利用した各種の破壊工作――
なんでもござれであった。
その暗部の仕事として一環として、その時の俺は国王からの命令により勇者パーティの一員となっていたのだ。
勇者パーティからすれば国王からの監視役と見える俺は邪魔だったのだろう。追放は必然だったかもしれない。
そりゃまぁ、実際に国王からの監視役なわけだから。仕方がない。
普段は昼行燈キャラだというのも勇者様的には頂けなかったのだろう。その性格はザ・陰湿である。麻雀だったら世界最強かもしれない。
だって俺、王国の暗部の人間なんだもの。陰部の人間が陰湿で何が悪い。
だからこそ、第一王子である陽キャな勇者からは目の上のたんこぶのようなものに見えてもしょうがないのかもしれない。
その勇者パーティの構成は、勇者と俺が男性、その取り巻きとして女魔法使い、聖女、そして、女騎士という、俺さえいなければ王道のハーレムパーティーである。
その中で男が、勇者一人だけでなかったのも勇者としては気に入らない点だったのだろう。
勇者が気に入らないおっさんは追放した方が良いに決まっている。
だって勇者パーティなんだもの。
当然のごとく勇者パーティのトップは勇者である。
そんなわけで、俺はかの勇者パーティから昨日付けで追放が決まった。
国王からの監視役もかねて勇者パーティに入っていた俺だが、周囲に女性が多く多少浮かれていたのは否めない。
だってあの勇者のパーティだぜ。箔が付くってものだろう。そんな浮かれた様子を見れば、勇者としてはますます「うざい」存在であったのだろう。
追放を言われ、俺は即座に「うわーん。そんなぁー」とか、情けない声をあげて逃亡してやってやったのだった。
分かりやすさ満点だろう。
うん情けない。
実に情けない。
それは自分でよく分かっている。
思えば学生時代もそうだった。
学生時代は今の国王の取り巻きをしていて、現王妃の気を引くために当時同級生だった少女に声を掛け、そして現国王にぶん殴られるとか、俺はよくやったものだ。
ちなみに、その少女は現在は王妃となっている。
つまり、――その王妃は俺が育てと言ってよいだろう。
うんそうだな。情けない姿をさらす俺カッコいい! とか思って仕事をしないと精神が持たない職業だな。この国サウスフィールドの暗部って。
そんな現国王の長男である勇者も、そりゃぁ大概な人物である。
勇者はエリートであり短気だ。それはもう王子であって何不自由なく育てられたからそうなるのは必然であった。
そして≪成人の儀式≫で勇者のクラスを受けてからは増長のし放題である。とくれば、どう育つかは推して知るべしである。
うん。この国本当に大丈夫なんだろうか?
戦争とかなければ平和だから良いのだろうが。
――ということで、紆余曲折の後、めでたく追放された俺は、どこかそこらへんの少女でも引っかけて引きこもり、自適な生活を送ることにしたわけだ。もう引退してもいいだろう。まだそこまでは歳くってないけど。国王のとりまきなんてやっていたせいで、それなりに金はある。
それを小説のタイトルとするなら「勇者パーティを追放されたおっさん、超絶かわいい女の子を引っかけてスローライフする」などというものになるだろうか。ネット小説ならありがちだ。
男性は、適度な睡眠と食事、そして女がいれば大抵幸せです。
だって俺、男の子なんだもん。
――そんなことをほざきつつ、暗い夜道の中で捕まえたのが彼女である。
それが今まさに俺の隣で寝ている女の子だ。
えぇ。拉致ってきましたとも。
彼女が数年前からときどきこのサウスフィールドの首都であるキョーの都の各種ギルドに出没していることは知っていた。
そこで俺は、おそらく彼女はどこかの国の密偵かなにかだろうという当たりを付けていた。
一応、俺だって暗部の一員である。
勇者周辺のヒト・モノ・カネは手の者を使って調べている。俺のような『表の暗部』ではなく、ホンモノの暗部の人間がだ。
しかし彼ら、何をモチベーションに仕事してんのかな?
この少女、幼さの残る顔立ちに蜂蜜のような金の長髪、薄い夾竹桃を思わせる白のブラウスに黄金色の若い麦わらの帽子といういで立ちで、少々密偵というには美少女すぎた。ただの少女というにはアヤシイところが多すぎる。
なにしろ調査の結果では彼女はラララ機関という商会のトップだという特性まで盛られていた。てんこ盛りなのである。
私は妖しいから拉致ってくださいと言わんばかりだろう。
ラララ機関――
確か冒険者ギルドに冒険者プレートの供給を行っている商会のはずだ。そのプレートは、所有者のステータスを測ることができるといった不思議な機能を持つことで独占事業となっていた。
そして、このラララという名称はこの世界で初代魔王のことを指す。あからさまに近づいてはヤバい名前だ。なぜそんな名前にするのか、疑ってくれと言わんばかりである。
だから。そんなヤバそうな女だからこそ。
拉致して尋問でもなんでもしてしまっても良いだろう。
はい。実際にやってみた。
だって俺、暗部なんだぜぇ。いぇーぃ。これがお国のお仕事なのです。
だが、ハンスは知らなかった。
彼女こそが本物の初代魔王ラララ、本人であることに。
寝息を立てる彼女からは木の実を思わせる甘い女の香りが今も、匂い立っていた――




