第88話 短い春休みの終わり
王都から帰還した次の朝、俺はフリュとネオンを当主室に集め、旧ソルレート領へ侵攻するための作戦会議を行った。
まず基本方針は次の3つだ。
・領民を極力殺さない。できる限り助け出す。
・街やインフラの破壊を極力さける。
・新教徒の革命軍や背後にいる組織を特定し、ピンポイントで攻撃する。
今回は王国貴族同士の戦いではなく、革命軍に扇動された民衆を巻き込んだ泥沼の戦いだ。シュトレイマン派が苦戦しているのも、おそらくそのあたりが原因だろう。
ソルレート領への侵攻に正当性を求めるとすれば、俺が革命軍よりもよい統治を提供するぐらいしかない。だから、革命軍と民衆を分断することは必須だ。
厳しい戦いにはなるが、この方針に従い、フリュに戦略面の立案を任せる。
俺はもちろん全体指揮を行うが、戦術面の厚みを増すため、魔力の向上や魔法研究、魔術具の考案や古代魔術具の解明など、個の強さ・部隊の強さを追求する。
「ネオン、この前話してくれた、もう一つの人生の記憶にあったシリウス教国の工作部隊について、フリュにも話してほしい」
「もちろん。シリウス教国の幹部になった私は、王国から引き連れた亡命者やメルクリウスの子供たちを集めて、主に他国への諜報活動を担う特殊部隊を組織してたんだ。私の赤い親衛隊・ガルドルージュ」
「諜報部隊・・・わたくしたちに足りない部分ですね」
「ガルドルージュは教国ではなく、私個人へ忠誠を誓った組織だったので、私が現代に帰還したこの世界にはおそらく存在しないと思う。だから、今私たちに接触してこようとしてる彼らが何者なのか、キチンと見極める必要があると思うの」
「ネオンにはその見極めが可能か」
「任せてよ。私以外にはできないと思うから」
あとは経済力か。戦争を行うのも、占領後のソルレート領を統治運営するのも、必要なのは金。
そのためには、このメルクリウス領を発展させなければならない。つまり今取り組んでいる、商都メルクリウスの完成を急ぐのだ。
早速その日から、前と同じように午前はデスクワーク、午後は商都メルクリウスの建設現場と俺たちは猛烈に働いた。
フリュのアイディアから生まれたゴーレムローラー車は、試行錯誤の末に、上に重い岩石を載せて運搬できるように設計。
こうすることで、石材の運搬をしながら道路の舗装を兼ねることに成功。
舗装道路も、キチンと整形された石を敷き詰める従来の方法に加えて、石切場からでる大小様々な砂利をそのまま地面に敷き詰めて、ゴーレムローラー車で圧力をかける簡易舗装道路をどんどん延ばして行く。
資材集積地と商都間はこの簡易道で結び、資材の運搬効率を格段に上昇させた。
フリュがゴーレムたちを引き連れて簡易舗装道路を敷設する間、俺はギルドに依頼をかけたクエストに応募してきた冒険者(どちらかというと職にあぶれた日雇労働者)をトラックの荷台にのせて、石切場や資材集積地へと運んで行った。
人的リソース配分の最適化だ。
そろそろ飯場もいっぱいになりそうなので、早めに商業ギルドに依頼して、簡易宿舎の設置の手配もしておく。
リソース配分の最適化問題は数学でよく出てくるのだが、実際に現場で適用してみたら、ただの方程式ではなかった。
メチャクチャ泥臭い現場作業の集大成だ。
ネオンの方も毎日リシアおばさんのところに通いつめ、クレーン車をフル稼働させて城壁をどんどん積み上げている。
最近では逆に、石工たちの作業が追い付かないほどだ。
俺は直ちに工業ギルドに飛んで、追加の石工の手配を済ませた。
最適化、最適化と。
そうやって街の建設に奮闘していると、ふとあることに気がついた。
そもそも、日雇い労働者を現場に運ぶ仕事は、貴族に転生した俺がやるべき仕事なのか。
そしてヒロインたちはなぜ、現場で土木作業に汗水流しているのか。
俺の異世界学園ラブコメは間違っているのではないのか。
・・・いかんいかん、どうやら俺は疲れているようだ。これはラブコメではない。領地運営なのだ。
そんな風に春休みを過ごしながらさらに数日がたち、旧教徒の工作部隊との会合が、今日行われる。
城下町プロメテウスのシティーホールの会議室で、母上と俺、ネオン、フリュの4人が、彼らが到着するのを待つ。
やがて、プロメテウス教会の神父さんが工作員2名をつれて会議室に入ってきた。一応、シリウス教国の公式な組織らしい。
「領主一族の方々には、貴重なお時間を頂きありがとうございます。こちらがシリウス教国の諜報機関・ガルドルージュの工作員の二人です。彼らは本国の密命を受けて、現在ソルレート領を占拠している新教徒の革命軍に対する工作活動を行っています」
ガルドルージュ。
ネオンが組織していた工作部隊と同じ名前。どういうことだ。
ただ、その工作員の二人を見た時に、俺には気がついた事があった。
彼らは、メルクリウス一族の末裔だ。血は薄まってはいるがこの感じ、同族のものだ。
おそらくあの10日間の逃避行で、ネオンが守り抜いてシリウス教国に預けた、ご先祖様の小さい子供たち。その子孫が今ここにいる二人の工作員なのだ。
ネオンは俺同様それに気がついたようだが、やはりガルドルージュという言葉に強く反応していた。そのネオンが、工作員たちに語りかけた。
「ガルドルージュはいつ誰が創設したのですか?」
すると二人のうち年配の男の方が、
「ネオン様の復活に備え、バートリー教会の神父さまを中心にご祖先たちが作りました」
「神父さんと旧教徒たちが・・・それで復活とは?」
「祖先を導いたネオン様は、200年後の未来に復活することを告げて去っていったと予言が残されております」
「予言・・・」
「私たちの祖先は、アージェント王国からの亡命者で、メルクリウスの騎士・ネオン様に導かれた者の末裔です。この大陸に戦禍を拡大させながら信徒を増やしていく新教徒たちの蛮行を憂い、未来へ戻られたネオン様のお力になるために、祖先たちがシリウス教国内に工作部隊を組織しました。それが赤き瞳の親衛隊・ガルドルージュです」
「私がいなくても・・・結局あの人たちが作ったのか」
「シリウス教の中心である我が国は永世中立。他国に対して軍事行動をとることはありません。ですのでガルドルージュのような工作部隊が、新教徒に対抗するために秘密裏に動く実働部隊となります」
年配の男の隣に座っていた若い女性も話し出した。
「ガルドルージュはシリウス教国の組織ではありますが、真の目的は復活するネオン様のために、新教徒に対抗するための部隊なのです。そしてそれは祖先たちを救ったメルクリウス公爵の遺志でもあるのです。そして今はまさにその200年後。私たちは誰に強制されるでもなく、自ら志願してこの役目に殉じています」
「あなたが復活されたネオン様なのでしょう?」
二人が確信を持った目でネオンを見つめている。どうやらネオンを調べた上で接触してきたようだ。
時間溯行の結果、シリウス教国との間に意外な繋がりができてしまったな。
シリウス教国は、シリウス教の本国でありながら、鎖国のためかその内実がよく知られていない神聖不可侵の国。
彼らを信じるか否かの判断は俺にはできない。すべてネオンに委ねる。
ネオンが姿勢を正して二人に告げた。
「あなたたちの言う通り、私はネオン・メルクリウス。かつてあなたたちの祖先を導き、200年後にこの地に復活をとげた者です」
そう答えると、ガルドルージュの二人と神父さんが床に膝まずき、高位の神官に対する最大限の礼をとった。
「申し遅れました。私はガルドルージュの隊長・テシウス、こちらは副官のミラージュです。それからこれは我々の上官であるシリウス教国バラード枢機卿からの密書でございます」
テシウスから手渡された密書には、次の事が記されてあった。
・王国における新教徒革命軍の背後には、ブロマイン帝国の一派が関与している
・この大陸における新教徒との戦いの際は、シリウス教国に支援の準備がある
・上記の一環として、王国内におけるガルドルージュの指揮権は、ネオンに委任する
ネオンには俺たちの知らない、シリウス教国で生きた記憶がある。もちろんこの世界は、ネオンの知っている歴史とは異なる歴史を進んできたはずだが、少なくともガルドルージュの活動や新教徒の動きについては俺たちよりもはるかに理解している。
ネオンは彼らに対し、
「枢機卿からの密書、了解しました。ガルドルージュはこれより私の指揮下に入ってください。今後も引き続きソルレート領の監視と、それから、アージェント王国内に新教徒の工作員を引き入れて密かに支援している、国内の黒幕の正体を調べて下さい」
「はっ!」
ガルドルージュはソルレート領の現状を報告した後、神父さんとともにプロメテウス城を後にした。
「ネオン、彼らに任せて大丈夫なのか」
「シリウス教国自体はまだ手放しには信用できないけれど、ガルドルージュは信頼できると思う」
「そうか、わかった。この局面で諜報部隊を手に入れたのはとても大きい。時間溯行で得た貴重な成果だ。フリュはどう思う」
「彼らがこのような形で我々を騙す可能性は低いと思います。諜報部隊は我々に足りなかった戦力ですし、特に今回の旧ソルレート侵攻では諜報戦が重要になってきますので、味方をしてくれるのならとても心強いです。ネオンさん、国内勢力を探るならクリプトン侯爵領とフィッシャー辺境伯領を中心に中立派の領地を調べさせてください」
「中立派ね。わかった、指示しておく」
フェルーム家当主・ダリウスは、ボロンブラーク伯爵の病床を訪れていた。
「伯爵、お加減はいかがですか」
「今日は少し調子がいい。短時間なら問題なく話ができるぞ」
「それは何より。本日は伯爵へのお詫びとご相談に伺いました。まずフィッシャー辺境伯家との縁談です。せっかくのお話だったのですが、婚約を破棄させて頂きたいのです。不義理となるのは恐縮ですが、うちの娘の意思が固くて申し訳ありません」
「ネオンと先方の三男との婚約だったか。だがそれは残念だな。フィッシャー辺境伯は素晴らしい娘さんに来てもらえると、大変喜んでいたのだが。・・・やはりあれか、兄嫁のイビりがキツすぎたことが原因かな。辺境伯もあれは少しやりすぎではないかと、心配しておられた。まあ理由が理由だ。先方も強くは出られんだろう」
「え? 兄嫁? イビり? 一体何のことで? ・・・いえ、その、辺境伯がご納得されるのであれば、私も安心いたしました。では、そのように進めさせていただきます」
「うむ」
「それともう一つはご相談なのですが、我々フェルーム一族について、ご存知のことがあればお聞かせ願いたいのです。実はひょんなことから、我々の祖先がメルクリウス一族だという事実を知りました」
「そうか・・・知ってしまったんだな」
「はい」
「これはボロンブラーク家の当主が代々引き継いできたことなのだが、200年以上前に起きた王家の政変で当時の筆頭公爵家のメルクリウス一族が滅亡した時、我が領地に落ち延びた若い夫婦を保護したのだ。その彼女、セシリア・メルクリウス公爵のたっての希望で、子孫たちにはメルクリウス一族のことは伝えないこと、王国の目に触れないようひっそりと暮らして生きたいことを条件に、ボロンブラーク家の臣下として生きていくことになったのだ」
「そんなことがあったのですか」
「騎士爵ならば我々の権限で爵位を与えられるから、王国に隠し通すことができる。しかしワシが病床に伏している間の不祥の息子たちによるバカな内戦で、フェルーム家が世に出てしまう結果となってしまった」
「つまり我々は隠されていたということですか」
「うむ、そういうことだ。お前たちは元々公爵家の一族で、王国の剣とまで言われるほど魔力が強い。代々の伯爵がお前たち一族を隠し通すのは並大抵の苦労ではなかったはずだ。まあそれもワシの代で終わりを告げたわけだが」
「では、今後我々はどうすればいいのでしょうか。すでにアウレウス伯爵はこの事実に気づいています。分家のアゾートにメルクリウス男爵の名を与えて、王家から叙勲を受けてしまいましたから」
「その話は聞いている。だが今はもう当時のような新教徒の時代ではない。これからの自分達の運命は、自分達で切り開いて行くが良い。ボロンブラーク伯爵家からの庇護は、これで終わりだ」
「はっ!」
「ここからはお願いになるが、ワシはいつまで生きていられるか、正直わからん。だから、バカな息子だが、サルファーのことを引き続き支えてやって欲しい」
「承知しました」
いよいよ春休みも終わりに近づき、プロメテウス城ではリーズ、マール、クロリーネの3人が学園の話で盛り上がっていた。
「マール先輩って、お兄様のどこを好きになったのですか? 確かに面倒見がいい人だとは思いますが、一人の男性として見たら、あまりカッコいいとは思えないのですけれど」
「え、そんなことないよ。カッコいいし、強いし、頭もいいし、それに優しいし」
「いや、さすがにそれはないと思います。まず、かっこよくありません。確かに頭はいいとは思いますが、良すぎて時々おかしな事を言うのです。ちょっと気持ち悪い時もあるんですよ」
「そんなことないよ。私はわからない事があれば、いつもアゾートに聞いてるけど、私が解るまでちゃんと教えてくれるし、優しいの。じゃあリーズはどんな人がタイプなの?」
「う~ん、カイン様かな。カッコいいですよね」
「うえぇ、カインか。確かにいかにも女子受けしそうなタイプかな。でも普通過ぎるというか、アゾートには全然敵わないと思うよ」
「ダメだこれは、完全に重症ですね。マール先輩は恋する乙女モードで、目が腐ってますよ」
「ひどっ! それだったらフリュオリーネさんもネオンもセレーネさんだってみんな目が腐ってることになるよ」
「そう、そこが不思議なんですよ。ネオン姉様はずっとお兄様に一途だったからいいとして、セレン姉様とフリュ様の二人は、あれだけの正統派美少女なのに、なんでお兄様なんかを好きになるんだろ」
「だからそれはアゾートがかっこいいからよ。学園の二大美少女が常にアゾートのそばにいるから、私なんか全く相手にもされないのよ」
「私はマール先輩だって、二人に負けてないと思いますけど、確かにこのままでは負けヒロイン一直線ですね。では私たち二人で恋愛同盟を結ぶのはどうでしょう。私がマール先輩とお兄様の仲を取り持つ。マール先輩は私とカイン様の仲を取り持つ。いかがかしら」
「カインなんかでいいのなら、乗った」
「では、今日からよろしくお願いいたします」
「クロリーネはさっきから黙ってるけど、自分だけ教えないのはずるい。あなたの好きなタイプを教えてよ」
「わ、わたくしの好きなタイプですか? えーと・・・そうですわね・・・ありのままのわたくしが好きだと言ってくれた人でしょうか」
「え、クロリーネ様のありのままが好きって、相当のド変態、あ、いえ、変わり者・・・コホン、失礼いたしました」
「・・・そうですわよね。とても変わった人ですよね。私もお父様以外で初めてお会いしましたから、そんな人」
「それって、好きなタイプの話ではなく、好きな人の話じゃないの?」
「そ、そ、そ、そ、そんなことはありません。架空、ええ架空の人物です。エア婚約者の特徴を言ってみただけです」
「ということはアルゴではないわね・・・じゃあ他には?」
「他ですか・・・そうですね、わたくしの魔力を誉めていただきました。少し属性が少ないのを気にしていたのですが、その彼は私のことを、いい属性を持ってるね、素敵だねって、言ってくれましたの」
「ず、随分具体的なエア婚約者ね」
「・・・ちょ、ちょっと待ってクロリーネ様、その話って」
「それでね、それでね! その彼は私をフレイヤーに乗せてくれて、わたくしは自由に空を飛んでいいんだよって、人の目を気にせずに生きていてもいいんだよって言ってくれましたの。わたくしうれしくて、思わず泣いてしまいましたわ」
「うーん、素敵な彼だとは思うけど、具体的過ぎてエア婚約者とは思えないんですけど。それにフレイヤーって・・・」
「あの~クロリーネ様、それってお兄様のことですよね・・・まさかクロリーネ様もお兄様が好きなのでしょうか?」
「そ、そ、そ、そ、そんなことあるわけがないじゃないですか。わたくしがなんでアゾート先輩のことを好きだと思うのですか!」
「えっ! それアゾートのことだったの? 言われてみればそのエア婚約者、確かにアゾートっぽいわ。・・・またライバルが増えたっ!」
「またお兄様がモテてる。なんであんなちょいキモ兄貴がモテるの?」
「か、か、か、勘違いしないでくださいまし! アゾート先輩の事なんかこれっぽっちも好きじゃないんですからね。ちょいキモよ、そうアゾート先輩なんか、ちょいキモです」




