第85話 商都メルクリウスの建設
卒業パーティーの後、俺はセレーネと二人で会場を抜け出し、以前二人でクエストをこなしたスカイアープ渓谷の崖の上に来ていた。
そこで今回のネオンとの件を説明し、セレーネのことを諦めた訳ではないことを、土下座覚悟で伝えた。
最後まで話を聞いたセレーネは、凍えるような声で俺に言った。
「それってネオンとの二股宣言よね、アゾート」
恐い。
俺は慌てふためき思わず、
「フリュもいるから三股って、いや、そういうことじゃないんだよ。聞いてくれセレーネ!」
しまった、これは完全に火に油だ。
俺はもうセレーネの気がすむまで、彼女のゼロ距離ファイアーを受けとめる覚悟を決めた。
さすがに、丸焼きにされることはないだろう。
しかしセレーネの口からは、意外な言葉が出てきた。
「フリュさんとは密約があるから別に構わないけど、ネオンは嫌なの」
「え、フリュは構わないの? それと密約って?」
「私は日本人としての記憶が戻ってしまったから、この世界の貴族の結婚制度にはどうしても違和感を感じてしまうけど、いつまでもそんなこと言ってられないし、ただでさえ状況の厳しい私に、フリュさんが味方になってくれるって言ってくれたの。だから私とフリュさんとアゾートの3人なら受け入れてもいいかなって。そういう密約・・・」
「なんだよかった。だったらネオンとも」
「ネオンはダメ。憎たらしいから」
「憎たらしいってそんな・・・ネオンもあれでなかなかいい奴なんだぞ」
「アゾートの言うことしか聞かないダメ妹よ。本当にネオンとリーズを交換して欲しいわ。まあ憎たらしいかはおいといて、そもそも本家の子供って私とネオンしかいないじゃない。ネオンがメルクリウス家に行くと、私がそっちに行けなくなるでしょ」
「そうなんだけど、ネオンはダリウスの言うことも絶対に聞かないから、今回の件に関係なくセレーネが当主になることは変わらないよ」
「だから憎たらしのよ、あの子。いつかネオンを丸焼きにしてやるんだから」
「丸焼きにするのかよ! ・・・ただ聞いて欲しい。ネオンと離れたくない気持ちは本当だが、嫁かと言われれば全くピンとこないのも事実。俺が好きなのはセレーネ、君なんだ。必ず迎えにいくから、それまで待っていて欲しい」
「・・・しょうがないわね。わかったわ、アゾート。それにさっきは怒ったりしてごめんね。急にあんな事聞かされたから、すごく不安になったの」
「セレーネが謝ることはないよ、悪いのは俺の方だから。・・・明日から春休みで、セレーネとはまたしばらく会えなくなるけど、どこかで必ずセレーネに会いに行く」
「・・・うん、待ってる。それから今日は、二人でもう少しここにいたい。いいでしょアゾート」
「もちろんだよ」
振り袖に身を包んだセレーネの、黒髪につけたかんざしが月の光を受けてキラリと光る。
「・・・私も好きよ、アゾート」
そして春休みが始まった。
夏休み、冬休みと連続して戦争が発生していたので、戦わなくてもいい長期休暇は逆に新鮮だ。
日記も書かなくていいからな。
ただしこの春休みの間に一度、王都に出向かなければならないが。
そう、古代魔法都市ジオエルビムの発見に関する褒賞を受け取ることとなっているのだ。王国と魔法協会からそれぞれ表彰されるらしく、少し緊張してしまうが楽しみだ。
さて今日からさっそく領地運営を再開する。今朝学園から帰宅した俺たちは、さっそくいつものように執務室で両親から報告を受けるのだが、
「おいネオン。お前は少し離れろよ」
正式にプロメテウス城に住むことになったネオンが、俺の右腕をしっかりつかんで執務室のソファーに座っている。
「私も領地運営に参加するんだから別にいいでしょ」
「いやお前がくっついていると、フリュが対抗して左腕をつかんで離さないから、仕事にならないんだよ」
「領地運営の時はわたくしの番だと言ったはずでしょネオンさん。アゾート様は絶対に渡せませんから」
俺の左に座ったフリュが、そう言ってネオンを威嚇しながら青い魔力で目を光らせている。
「おいアゾート、お前よく親の目の前で女とイチャつけるな。真面目に仕事をしろ」
「そうよ。あなたがそんなだから、カイレンにいつもからかわれるのよ」
「いや俺のせいじゃないだろう。悪いのは全てネオンじゃないか」
「ネオンは子供の頃から、お前以外の誰の言うことも聞かないじゃないか。ネオンのやる事は全てお前の責任だ」
「そんな無茶苦茶な。おいネオン、あとで遊んでやるから一旦離れろ」
「アゾートがそこまで言うなら離れてあげる。でもこれは貸しだからね」
「相変わらず盗人猛々しいな、お前は」
さて新生メルクリウス領がスタートして2か月あまりがたち、当初予定していた計画は順調に進んでいた。
プロメテウスの取引所には全国各地から商人たちが押し寄せ、市場は活況を呈していた。その商人たちは城下町プロメテウスに常駐できるように支店や倉庫を建設し、人材、商品、資金が集まってきていた。
「プロメテウスには倉庫用の土地がもう残ってないので、城塞都市ヴェニアルと商都メルクリウスに誘致させようと思う。特にキャパに余裕のある商都メルクリウスの建設を急ピッチで進めていこう」
商都メルクリウスの建設はそれなりには進んでいたものの、城壁や建物を作るための石材や木材などが不足し、工程のボトルネックになっていた。
メルクリウス領は東西に山地があるためこれらの資材自体は豊富だが、それを山から切り出したり、街まで運搬する部分が脆弱なのだ。
「道路整備は商都メルクリウス近辺を優先して、資材の輸送能力を上げていこう。あとは冒険者ギルドに募集をかけて、石材や木材の切り出し作業を冒険者にさせるか。あと作業のペースを上げるために・・・遺物を使おう」
「あの、小型トラックと小型クレーンか」
「そう、あの二つを使う。トラックは冒険者たちの輸送や荷物の運搬を、クレーン車は街の建設に使えると思う」
「あれはどうやって使うんだ」
「フレイヤーと同じ起動方法だよ。あの二つの場合どちらも火・土・雷の3属性の魔力で起動した。たまたま俺の属性と同じだったので、コツコツと魔力を込めておいたから、いつでも使えるよ」
「それはいいのだが、誰が使うんだ」
「春休み中は俺とネオンが使えばいいんじゃないか。ネオンお前どっちを使いたい?」
「え? どっちも嫌よ。働きたくないし」
「じゃあお前はクレーン車の方な。リシアおばさんのところに行ってこい。働かざる者食うべからずだ」
「アゾートは休みになるとすぐ私をこき使おうとする」
街の建設の話が一段落したところで、母上がソルレート領の話を切り出した。
「話は変わるけど、旧ソルレート領の革命軍の動向に動きがあったのよ。つい最近だけど、領民たちの強い抵抗にあってシュトレイマン派が部隊を一時撤退したそうよ。力ずくで占領しようと思えばできるらしいけど、その後の統治に不安が残るみたいで、後任の伯爵が決まるまでは警戒にとどめておくことにしたみたい」
「母上、随分詳しいですね。どこから得た情報ですか」
「ベルモール子爵からよ。一応お隣さんだし一戦交えた仲だから、仲良くしてるのよ。あとそれに関連して、旧教徒側の工作部隊が私たちに接触を求めてきているわ」
「旧教徒の工作部隊だって? そんなのがいるのか、怪しすぎるな」
「私も聞いたことがないので警戒しているの。面会を求めてきているけど、どうする?」
「会ってみようよ」
「ネオン? 急にどうしたんだよ」
「私に心当たりがあるの。任せて」
「・・・そうか。旧教徒のことはネオンが詳しそうだから判断は任せるが、その場合は俺も同席する。油断するなよ」
午後は俺とフリュ、ネオンの3人で商都メルクリウスの建設地に転移した。小型クレーン車と小型トラックの遺物を軍用転移陣でジャンプさせたのだ。
さっそくリシアおばさんが興味を持って近づいてきた。
「アゾートちゃん、その大きな魔術具は何なの」
「これはクレーン車といって、重いものを持ち上げるものだよ。ネオンさっき教えたとおり操作してみてくれ」
ネオンが操作を開始すると、クレーン車から足のようなものが4本伸びて大地にしっかり固定された。そしてアームが石材を掴み、みるみる城壁の上へ運んでいった。
さすがは魔術具。この小さなボディーでここまでの性能を発揮するのか。
「アゾートちゃん、すごいじゃないのこれ。あんな大きな石材を運ぶのにかなりの作業員が必要なのよ」
「しばらくネオンを貸し出すので、こき使ってください。適当にマジックポーションを飲ませておけば、いつまでも働くと思いますよ」
「ひどいよアゾート。かわいい嫁にする仕打ちじゃないよ」
「あらアゾートちゃん。フリュちゃんがいるのにネオンちゃんも嫁にするの」
「いや、それはまぁ、嫁というわけでは・・・そうだ、ダリウスに押し付けられたというか、行きがかり上そうなってしまったというか」
「冗談よアゾートちゃん。おばさんたちは最初から分かってたから。だってネオンちゃんは昔からアゾートちゃん一筋だったし、最後までちゃんと面倒を見てあげるのよ。途中で捨てちゃダメよ」
「なんかペットを飼うときの注意事項みたいな言い方だな。そうだそんなことよりも、ネオンとクレーン車を置いていくので、代わりに作業員を俺にください。資材の運搬に使います」
俺とフリュは小型トラックに乗り込み、荷台に作業員を乗せて一路、山地にある石材置き場に向かって走っていた。
「アゾート様! このトラックという魔術具、とても速く走るんですね。天気もいいし風が冷たくて、とても心地いいわ」
「タイヤが大きいから、地面の状態が多少悪くてもよく走るな。しかも作業員を30名も載せてこのスピード。さすが古代文明の魔術具、性能が高い」
「フレイヤーには一緒に乗れずに残念でしたけど、このトラックではご一緒できて、私もうれしいです」
「フリュの土と雷の属性魔法には助かるよ。俺は火だけ頑張ればいいから、何往復でもできるかも。よし、少し時間があるから、この作業員を使って何をするか、俺が考えていることを説明しておくね」
まず、商都メルクリウスの建設は、俺たちメルクリウス家と亡命商人たちとの共同プロジェクトだ。
俺たちが担当するのは、城壁、シティーホール、道路や水道などのインフラ、それから自分たちの屋敷だ。それ以外の街の建築物は、俺が承認した都市計画に従って住人自らが作っていくことになる。
すでに建設が着工して2か月が過ぎているので、残り部分の完成までを100%とする。
簡単のために工程を大きく3つに分けて、父上たちからの報告書をベースに俺が計算した結果をもとに、これからリソース配分を考えていく。現状のスループットはこんな感じ。
①資材生産工程 2%/日
②輸送工程 1%/日
③建設工程 4%/日
このスループットを説明するね。
仮に資材が建築現場に十分にあったとすると、③の能力がフルに発揮されるから、商都は25日目に完成する。
リシアおばさんのところには、現状それだけのリソースがあったんだが、実際には資材が足りなくて作業員が遊んでいた。
もし輸送能力がこのまま改善されなければ、現場には100日目に全ての資材が届くから、商都の完成は100日目ということになる。つまり作業員の75%はいらないということになる。
もちろんこれから輸送能力を増やすので、建設作業員を25%にすると足りなくなってしまうかもしれない。でも今回ネオンとクレーン車というチート作業員が登場したので、この分を考慮すれば逆にもっと減らせる可能性だってある。
今後俺たちがすることは、この3つの工程の能力を均一にして、ボトルネックとなる部分をなるべくなくなるように管理していくことだ。いわゆる最適化問題だ。
「わかりましたアゾート様。であれば、作業員の配置を調整することともう一つ、工程そのものを工夫して生産性を向上させることも考えた方がよさそうですね」
「さすがフリュ、その通りだ。俺たちなら土魔法・ウォールを使って石材を切り出したりできるが、平民は魔法が使えないから他の方法を考えないといけない。あと輸送工程の効率化には、どうしても道路整備が不可欠だ」
「ゴーレムを使うのはいかがでしょうか。大きな岩石を石切り場へ運んだり、あとは道路の凸凹を平たんにさせたり」
「なるほどいい考えだ。道路の平坦化なら大きなローラーを引くゴーレムを作ってみよう。俺が見本を作るから、フリュもそれを真似て一緒に作ってみてくれないか」
1日の作業が終わり、俺たちはプロメテウス城に帰宅した。
ネオンから自分がどれだけ大変な思いをしたのかの文句を聞きながら、俺たち3人は夕食を食べに食堂へと向かった。
食堂にはすでにみんなが揃っていた。
「あら、アゾート先輩。先輩も騎士学園から戻られていたのですね」
クロリーネが、いつもは話しかけられるのを待っているだけなのに、今日は自分から俺に声をかけてくれた。
「元気そうだなクロリーネ。今日は何をしていたんだ」
「今日はわたくし、学園の入学準備をしておりました。それからアゾート様が今度王都で表彰をお受けになる際は、わたくしも王都にご一緒させていただくことになりましたの」
「クロリーネが? どうして」
「だって、魔法協会の表彰もあるのでしょ。会長は私のお父様ですから当然だと思いますが」
「そういえばそうだったな。じゃあその時はよろしく頼むよ」
「ええ楽しみですね・・・あ、いえいえ、楽しみというのはあくまで、そう、社交辞令です。それにあなたと一緒に行きたいから無理に理由を作ったわけでもございません。勘違いなさらないことね」
「誰もそこまで聞いてないけど、わかったよ」
クロリーネが自分を取り繕うおうとしてボロを出していると、ネオンが凍りついた眼差しで俺を問い詰めてきた。
「アゾート、この女だれ?」
「あれ、ネオンは初めてだったか? こいつはクロリーネ。アルゴの婚約者だよ」
「ふーん? 何かアゾートに失礼な奴ね」
「あらネオンさんもそう感じますか? わたくしもクロリーネさんは、アゾート様に失礼なのではないかと常々感じておりますのよ」
俺の左右両サイドからの攻撃に、クロリーネがたじろいでいる。
「あ、あの・・・申し訳ございません。わたくしはその、別にアゾート様に失礼を申し上げているつもりはないのですけれど・・・」
「その言い方が失礼でなければ、何が失礼になるの」
「ネオンさんの言う通りです。わたくしもそろそろ我慢の限界に来ています」
ネオンとフリュが、クロリーネを牽制し始めた。これはまずい!
「ちょっと二人とも勘違いするなよ。クロリーネはこのしゃべり方でいいんだよ。フリュには何度も説明したじゃないか。このしゃべり方が大好きな男子はたくさんいるの」
「じゃあアゾートはこんなしゃべり方が好きなの?」
「まあ、俺も嫌いではないかな。ツンデレは最古にして最強の萌え属性だからな」
「ふーん、わかった。私、少し練習してみるよ」
「ネオンがツンデレを? まあ、お前は無駄に演技力が高いから、ひょっとしたらそのうちできるようになるかもな」
実はこの春休み中、マールもこの城に滞在しているのだ。
実家に帰りたくないと言うのもあるが、一番の理由は俺と一緒に王国で表彰を受けるためであり、またリーズと仲がいいので、学園の入学準備を手伝ってくれることになっているからだ。
年の近い女子同士、食事中も二人で楽しそうに喋っている。
そういえばリーズは、セレーネやマールとは仲良く話をするところを見かけるのに、フリュやネオンと話をしているところは、あまり見たことがないな。
そろそろ就寝時間なので寝室に戻る。
フリュは相変わらず2階の客間を使用している。
しばらくはマールも2階の客間を使用することになるので、フリュの隣の部屋に入ってもらっている。
ネオンももともと3階の寝室をせしめたはすなのだが、何故か今、4階の当主室のベッドに横たわっている。
「おいネオン。自分の部屋に帰れよ」
「嫌よ」
「なんでだよ」
「学園ではいつも同じ部屋で寝てるでしょ」
「ここにはベッドが一つしかない」
「だって・・・恐いのよ。眠ろうとすると、現代に戻れなかったもう一人の自分の記憶がフラッシュバックして、アゾートから離れるのが恐いの」
そういってネオンが震えている。
普段ふざけた言動が多いだけに、どうせまた俺を騙してるんじゃないかと思ってしまうが、さすがにこれは違うな。
ネオンはかなりの重傷だ。
下手するとPTSDになりかねない。
「わかったよ。俺と同じベッドで良ければ、ここにいてもいいよ」
「うん」
だだっ広い当主室の、ほんの片隅に置かれたベッドの上で、二人身を寄せて眠る。
完全に真っ暗闇の部屋にあって、窓からの月明かりだけが唯一の照明で、ネオンの髪の毛を微かに照らす。
ネオンは俺の胸の中にうずくまって、俺から離れようとはしない。
「なあネオン」
「なあに」
「メルクリウス公爵はどうして、ネオンにそんなつらい記憶を残して行ったんだろうな」
「公爵が私の記憶の中身を知っていたとは思えないけど、この記憶も私の大切な記憶だという事で、残してくれたのかもしれないね」
「なるほど、そうなのかもな」
「それにね、この記憶があるから、アゾートが私を助けてくれたありがたさが理解できるんだよ」
「・・・・・」
「でも一番大きいな理由は、もっと現実的なものかも知れない」
「現実的な理由?」
「・・・もう一つの人生では、私はシリウス教国の幹部だったんだよ」
「・・・つまり?」
「200年前のだけど、シリウス教国の内情を熟知している。特に旧教徒の工作部隊のことを」
「本当かネオン」
「うん。今度彼らにあって、私たちに接触してきた真意を確かめてみる」




