第77話 メルクリウス一族の真実
私とカインは今週末も過去に時間遡行していた。
バートリー騎士学園の次はどこに飛ばされるんだろう。少しワクワクしていた私たちは、転移後いきなり真っ暗闇の中に放り込まれた。
真っ暗で何も見えなかった私たちの視界が、少しずつハッキリしてくる。
「今度はどこに飛ばされたのか分かる? カイン」
「わからねえけど、どこかの城の前だな。しかし随分立派な城だなここは」
双子月も出ていない夜の暗がりに、そびえ立つ巨大な城。その城門が開き、騎士団とそれに率いられた兵士たちが、隊列を組んでどこかへ出陣していく。
私たちはいつもの冒険者風の服装に身を包み、行進する兵士たちに紛れ込んで情報を収集することにした。
しばらく隊列について歩いていたら、一人の兵士が私たちに話しかけてきた。
「お前たちは傭兵の募集に応じてきた冒険者か」
「そうだ。だが実はよくわからいままギルドの募集を受けてしまったんだ。少し金が欲しくてね」
カインがそう答えると、兵士が笑って教えてくれた。
「もし軽い気持ちで来たのなら、この戦いに参加するのはやめておけ。ここは虐げられてきたシリウス教の敬虔な信者たちが、新教徒に抗うための軍隊だ。あいつらに神の裁きを受けさせるために、メルクリウス公爵が俺たちを率いてくれることになったんだよ」
「メルクリウス公爵?」
「そうさ。建国の英雄の子孫にして王国の剣、メルクリウス公爵家が俺たちの味方をしてくださるのさ。そして王国の盾バートリー辺境伯の軍と合流して、これから神聖シリウス王国と一戦交える。あの新教徒の狂王の後ろ楯を破壊する。神は俺たちの正義を見ていてくださるはずだ」
興奮気味に話す兵士から、私たちの知らなかった史実がまた判明した。
兵士に健闘を祈って少し後ろに下がった私たちは、混乱した頭を整理する。
「王国の剣、メルクリウス公爵家、建国の英雄・・・そんな話聞いたことがない。どういうことだと思う? ネオン」
「現代の状況から考えるとたぶん、あの新教徒の王がこの戦いに勝利してメルクリウス一族を滅ぼし、王国の歴史からメルクリウスの名を徹底的に消してしまったのかもしれないね」
「なるほど。でもそうだとしたら、ネオンは自分の祖先の話なのに随分とアッサリしてるよな。うちの母上なら悲しむか、怒り狂うかの場面だぞ」
「というかメルクリウス一族が公爵家だったことに驚いている。うちの祖先って、そんなに偉かったんだ」
「確かにそうだな」
「まあカインの言う通り、滅ぼされたことについては私も腹がたつけど、そういう歴史なんだからここで怒っても仕方ないし、歴史の真実がわかって興味深いとは思ってるよ」
「そういうところは冷静なんだな。・・・あ、ネオンの額の紋章が光った・・・またどこかに転移するぞ、俺たち」
兵士の隊列が歪んだかと思うと、今度は突然周りが明るくなり思わず目をつぶってしまった。
「眩しい・・・昼間に変わった。今度はどこに飛ばされたのかな」
「・・・バートリー城の前に戻ってきたようだ。今はいつの時点だろうな」
バートリー城の城門前に転移してきた私たちの目の前では、先ほどの軍隊がちょうどバートリー城に入城するところだった。
私たちもこっそりその隊列に加わる。すると、さっきの兵士が俺たちに話しかけてきた。
「あれお前たち。結局この戦いに参加することにしたのか。いなくなっていたから、てっきり家に帰ったものとばかり思ってたが。やるならお互いがんばろうな」
私たちは兵士と会話を交わしながら、旧教徒の軍隊に紛れ込んでバートリー城に入っていった。
バートリー城内の前庭に集められた私たち。
しばらくすると城の奥から、この軍の指揮官であるメルクリウス公爵が姿を見せた。
「あれは私に鍵をくれたご先祖様だ!」
メルクリウス公爵の隣には、大人になったセシリア・メルクリウスとその夫、それから大柄の男性が二人、おそらくバートリー辺境伯とその息子でやはり大人になったウェイン・バートリーが並んでいた。
そしてメルクリウス公爵が壇上に立つと、兵士たちに向かってこの戦いの意義や旧教徒を取り巻く現状などを伝え、この軍隊を聖使徒軍と称して、これから戦いに赴く兵士たちの士気を高めていた。
異様な熱気に包まれる聖使徒軍の騎士や兵士たち。
今すぐにでも戦地に向かう雰囲気だ。
さてこれからどうしようか考えていると、私の視線が壇上のセシリアの視線と一致した。セシリアも私がここにいることに気がつき、驚いた表情で私を見つめていた。
セシリアは私のことを覚えてくれていたんだ。後で話ができるかな?
公爵の演説が終わり聖使徒軍が宿営地に移動するため城の外へと出ていく中、私たちは逆に壇上の方へ向かいセシリアに駆け寄った。
「セシリア!」
「やっぱりネオンだったのね! あなたどうして年を取ってないの?」
「え・・・それは説明が難しいんだけど、特殊な魔術具を使ったのよ。それよりも、今から戦争を始めるって本当なの?」
「ええ、そうなのよ。王が旧教徒狩りをしているのは知ってるでしょ。王国のほとんどの民は新教徒に改宗させられてしまったのだけど、敬虔な旧教徒は改宗しないから、捕まって次々に処刑されているの。お父様は彼らを集めて戦いを挑むつもり。それよりも、その魔術具って」
「せ、セシリアって公爵令嬢だったんだ」
「え? あなたに自己紹介してなかったっけ」
「そうね。セシリアが火力バカだってウェインが怒っていたので、名前だけは知っていたけど」
「あらそうだったかしら。コホン。私はメルクリウス家の次期当主、セシリア・メルクリウスです。私たちメルクリウス一族は建国の英雄の子孫で筆頭公爵家ですから、私は公爵令嬢ですね。もう結婚したので令嬢ではないですけど。そんなことよりも、その魔術具って」
「お、王さまって酷い奴だよね。なんで旧教徒を目の敵にするんだろ」
「そ、それは・・・私のせいかも知れないの」
「セシリアの?」
「私は公爵家の長女で魔力も特に強かったから、小さい頃すでに王位継承権を持つ王子と婚約をしていたの。でも、その王子の兄が私に求婚してきてそれをお父様が断ったため、王家が分裂して内戦が起きてしまったの」
「またそのパターンか」
「そこにシリウス教国の大聖女様や、バートリー辺境伯など、建国の英雄の末裔たちがこぞって私の味方をして、その兄を追い詰めたの」
「それでどうなったの?」
「その兄が新教徒の国である神聖シリウス王国と手を組み、私の婚約者を暗殺して王位に着いちゃったの。それが今の王よ」
「セレン姉様よりも酷い状況だな」
「え、なんですって?」
「こっちの話。それで、この状況になったんだ」
「そうなのよ。神聖シリウス王国と手を結ぶ際に新教徒に改宗した王は、恨みを晴らすために旧教徒を必要以上に弾圧し始めたの。それから色々あったんだけど、」
「わかった。ありがとう」
「え、もういいの? それで、その魔術具って私にも一つもらえないかしら?」
「ちっ、誤魔化しきれなかったか」
「誤魔化さないで! 私もあなたみたいに若返りたいのよ」
「今はその魔術具は持ってないのよ」
「そう。じゃあその魔術具の名前だけでも教えて。私は軍用魔術具に詳しいのよ」
「・・・・・」
セレン姉様のポンコツはきっとこの人の遺伝ね。しかし困ったな。
「・・・これは、メルクリウス公爵の魔術具ですので、私の口からはお答えできません」
「お父様のですって! ちょっとそこで待ってて、お父様に聞いてくるから」
そう言って、セシリアはメルクリウス公爵の方に走って行った。
妊娠してるのに随分とフットワークが軽い女だな、セシリア。
「じゃあカイン、セシリアからは必要な情報も聞き出したし、ここにはもう用がない。次に行こう」
「・・・ネオン。お前、セシリアへの対応が容赦無いな」
「あのタイプの女には、物心ついたときから扱いなれているからね」
「・・・セレーネに少し同情するわ」
「あ、やばい。セシリアがもう戻ってきた」
「ネオン! お父様を連れてきたわ」
この女、メルクリウス公爵を連れてきやがった。まずいな、どうしよう。
「セシリアから聞いたが、君は私の魔術具を使ったと言ったそうだな。どう言うことだ?」
ここはどう答えればいい?
困ったときにはとりあえずアイツを召喚しておけば、間違いはないはず。
【フリュオリーネ召喚】
「申し訳ございませんでした。メルクリウス家ゆかりの教会にあった由緒正しい神具に思いを馳せており、思わず公爵様のお名前を口に出してしまいました。いかような罰でもお与えください」
・・・これで、どうだ。
「・・・教会の神具とは何の事だ」
公爵の目の色が変わった。私に探りを入れようとしている。
よし。セシリアに気取られず公爵にだけ伝わる言葉は、
「・・・神具で少し指を切ってしまいまして、もしや公爵様が大切にされていたものなら、私の血で汚してしまい誠に申し訳ありませんでした」
「なるほど。少し話したいことがある。ついて参れ」
よし通じた! もうこうなったら一か八か、公爵と直接対話だ。
しかし、言葉があいまいであるほど、相手に察しを強制する貴族言葉。まさにこういう状況でこそ使うべきだよね。
フリュオリーネ・モードは万能か?
「じゃあカインはセシリアとここで待っててね」
「ああ、分かった」
私はメルクリウス公爵に連れられて、バートリー城の一室に入った。
「さて聞こうか。どうして教会の神具の秘密を知っている。お前は分家の娘だろうが、これは当主にしか知らされていないわが一族の秘密だ」
私を見る公爵の目が怖い。ここで解答を間違えると容赦なく私を殺す、そういう目だ。
この人に嘘は通じないな。
「信じていただけないかも知れませんが、私は200年以上の未来から時間を遡ってここにやってきました。その教会の神具を使って」
「・・・・・」
「メルクリウス一族は間もなく王の軍勢に攻め滅ぼされてしまいます。このバートリーの街と旧教徒の人たちとともに」
「・・・・・」
「私は一度この時代に来ています。そこで公爵様からこの鍵とセシリア様夫妻をお預かりしました」
私はメルクリウスの鍵を公爵に見せた。
「その鍵はまさか!」
公爵が懐から同じ鍵を取り出す。
「これはメルクリウス一族の当主が代々引き継いでいる大事な鍵だ。まさかこの鍵を使ってあそこへ入ったのか」
「はい。教会の中には地下神殿があり、赤いオーブと祭壇がございます」
「そこまで知っているとなると、お前の言っているのは本当の事なのだな」
私はコクりとうなずく。
「そうか・・・やはり我々は滅ぼされてしまうのか。くそ、バーンのやつめ!」
「そのバーンというのはどういう人なのでしょうか」
「バーン・アージェントという名で、わが王国のしきたりを無視し、旧教徒を根絶やしにしようとする暴君だ」
「しきたりとは?」
「建国以来、我が王国で王位に着けるのは、5属性以上の魔力持つものに限られるのだ。バーンは3属性しか持っていなかったため王位継承権がなく、バーンの弟でセシリアの婚約者だったシーマが次期王に決まっていたのだ。王位とセシリアの両方を手に入れたかったバーンは、シーマを暗殺して戴冠式を執り行ったのだが、シリウス教国の大聖女が戴冠式の出席を断ってしまった」
「王位につくには神の許しが必要なのですね」
「そうだ。簒奪王の汚名を被ったバーンは国内貴族たちからそっぽを向かれ、各公爵家が集まって別の王を立てようとしたのだが、バーンは旧教を捨てて新教徒の国である神聖シリウス教国と手を組み、大神官の洗礼を受けて王位の正統性を訴えた」
「それで今の状況になったと」
「うむ。王位についたバーンは、セシリアを王妃にすることを要求したが、建国以来のしきたりに背くため私が断った。するとヤツは王国の歴史そのものを否定し、旧教徒を逆恨みし、虐殺まで始めた。やりたい放題だ」
「なんて酷い・・・」
「ああ。しかもバーンは狡猾で、アウレウス公爵家もシュトレイマン公爵家もみな、やつの謀略と軍事力を前にして次々と軍門に下ってしまい、残すところ我がメルクリウス家とバートリー家のみとなってしまったのだ」
「状況は理解しました。ところで王位と魔法の属性数には関係があるのですか」
「王位については5属性以上と、建国の伝承を基に明確に定められている。各貴族家にはそのような定めはないが、王家に準じて位階ごとに独自に基準を設けている。我がメルクリウス家は火属性が強力だが、他にも水、土、雷などの才能もあり、4属性以上を持つものが当主となれる。他家も伯爵位なら3属性以上、子爵・男爵なら2属性以上を基準としている」
「水と雷・・・私たちの属性が増えたのは、もともとメルクリウス一族が持つ属性が目覚めたからだったのですね」
「今、属性が増えたと言ったのか? 属性は滅多なことでは増えも減りもしないはず。君はどのようにして属性を増やしたのだ」
「私たちは地下神殿の祭壇の謎を解いて、古代魔法都市ジオエルビムに到達し、新たな属性を得ました」
「あの祭壇の謎を解いただと!? それにジオエルビムとは何の事だ・・・それを行ったのは君か?」
「私や仲間たちも力を合わせましたが、実質的にはアゾート・メルクリウス、私の大切な想い人が、ジオエルビムへの道を切り開きました」
「ほう、アゾート・メルクリウス」
「その名前が何か?」
「我が家門の創始者が似たような名前なのだ。君は知らぬのか?」




