第76話 リーズとクロリーネの入学手続
ボロンブラーク騎士学園では来春の新入生の入学受付を開始した。特に入試はなく貴族であれば誰でも入学できるので、各貴族家の子弟が両親や使用人とともに入学手続に訪れ始めている。
わがメルクリウス家でも、来春に入学予定の娘が一人いるのだ。そう、俺の妹のリーズだ。
そして今日の放課後、俺の両親がリーズを連れて学園にやってきた。
「・・・父上。なにこの使用人の数は。荷物持ち用に2、3人もいれば十分なのに、なんで20人も連れてくるんだよ。金がもったいないよ」
「これはうちの使用人ではなく、ジルバリンク家の使用人たちだよ。ほらクロリーネも春からこの学園に入学するので、リーズと一緒に手続を頼まれたんだ」
みると、リーズとクロリーネが父上の後ろに並んで、こちらを見ていた。
よし、ちょっと先輩風を吹かせてみるか。
「ようこそボロンブラーク騎士学園へ。お前たちはこれから入学手続か」
俺が爽やかに声をかけてやると、リーズが一歩前に出てきて姿勢を正し、
「春からお兄様の後輩として騎士学園に入学いたします。それで私の姓なのですが、お兄様と同じメルクリウスを名乗らせていただきたいと存じます。よろしいでしょうか」
リーズは俺に似て優等生タイプなのだ。
そんなリーズが俺と同じメルクリウス姓を選んでくれたのは、少し嬉しい。
「構わないぞ。そうかリーズはメルクリウスを名乗ることを選んだんだな」
「はい、お兄様」
リーズもフェルーム家の女らしく、白銀の髪に赤い目をしている。セレーネとは少し顔つきが異なるが、十分に美少女と言える範疇であり、人によってはセレーネよりもリーズの方が好みの者も少なくないだろう。
そしてリーズの後ろでは、クロリーネがチラチラとこちらの様子を伺っていた。
「クロリーネも、もうすぐ新入生だな。これからは顔をあわせることも多くなると思うが、よろしく頼むな」
俺が話しかけると、クロリーネはとても嬉しそうな顔をして、またすぐに拗ねた表情に変化させる。
このツンデレの基本動作は、日本と共通なんだな。
「あらお元気そうねアゾート様。わたくし本当は王都の騎士学園に入学する予定でしたが、お父様に言われてこちらの学園に入学致しますの。別にアゾート様と一緒に学園生活を送りたいとか、そういう理由で入学したのではございませんので、決して勘違いしないでくださいませ」
「そうだったな。ジルバリンク侯爵からも聞いてるぞ。まあ困ったことがあれば先輩として、いつでも相談に乗るよ」
「・・・先輩ですか。・・・アゾート様は先輩として、後輩のわたくしの面倒を毎日みてくれると、そうおっしゃりたいのですね」
「ああ、毎日は無理だけど、リーズと二人まとめて面倒を見るよ」
「お兄様、私はセレン姉様に相談するので、そんなに面倒をみていただかなくても結構です。私の分も含めてクロリーネ様を気にかけてあげてください」
「そ、そうか・・・まあ二人は同じクラスになると思うから、仲良くやってくれ」
リーズたちと別れ、俺は生徒会室に向かった。放課後の定例ミーティングだ。すでに生徒会の打ち合わせが始まっている時間だが、少し人数が少ないな。
「パーラとニコラがいないようだが」
俺が呟くとアネットが、
「パーラはシュトレイマン派閥の会合に行ったよ。たぶんニコラも同じだと思う」
「シュトレイマン派? セレーネの命令で親衛隊が収容所送りにして、もういないんじゃなかったっけ」
「まだいるわよ。あの時は生徒指導室で説教しただけだから。みんなちゃんと生きてるし、学園にも通ってるからっ!」
セレーネが慌てて訂正した。
「そうか、みんな元気にしてるのか。それで何で急に会合を開いてるんだ。また悪巧みか?」
「たぶん、派閥の引き継ぎよ。パーラに聞いたんだけど、どうやら今度すごい大物が入学してくるのよ」
「すごい大物。・・・だとするとまた学園が荒れて、大変なことになるな。でどんな奴か聞いてるか、その大物とやらは」
「魔法協会会長の娘、ジルバリンク侯爵令嬢クロリーネ。王都社交界でも噂の絶えない悪役令嬢よ」
「・・・あれ?」
「どうしたのアゾート?」
「みんなに言ってなかったっけ。クロリーネは俺の弟のアルゴの婚約者として、プロメテウス城で一緒に住んでるんだけど」
「えっ? 本当なのアゾート。あなたアウレウス派じゃないの。なんでシュトレイマン派と一緒に住んでるのよ。バカじゃないの」
バカはさすがに言い過ぎだと思うが、生徒会のみんなが驚いているのもわかる気がする。
「セレーネはさすがに知ってたよな」
「お父様からそういう話があることは聞いてたんだけど、詳しくは何も知らないわ」
「フリュからはみんなに伝えなかったのか」
「はい。そういうことはメルクリウス家当主のアゾート様の正式な発表がごさいませんと。それにわたくしの立場上、クロリーネ様に関して言及すると、派閥間の無用な摩擦が生じかねませんので、発言を控えておりました」
「そ、そうだったんだ。気を使わせて悪かったフリュ。でも正式な発表か。そういうのは侯爵が行うものと思うのだが、俺がやるのか?」
「侯爵と相談された方がいいと存じますが、嫁を迎え入れる側が発表することが多いように思います。ただクロリーネ様の場合はこれまでのこともあり、侯爵もあまり発表したがらないかもしれませんね」
「なるほど。ではクロリーネの件は侯爵と相談するので、しばらくはここだけの話にして欲しい」
秘密にする事はみんな快く了承してくれたが、サーシャは俺に呆れるように言った。
「あなたの実家は大変よね。アウレウス派閥筆頭の公爵家分家令嬢のフリュオリーネ様と、シュトレイマン派閥重鎮のジルバリンク侯爵家令嬢のクロリーネ様を同時に娶るなんて。普通の神経ではとても耐えられるものではないわ。ご両親の心労をお察しします」
「それって、そんなに大変なことなのか? うちの家族は誰も気にしてなかったぞ。分家筋も二人を特に気にかけることもなく、先週もみんな普通に宴会してたしな」
「・・・あなたの一族全体が、鈍感なんだと思うわ」
生徒会の打合せも終わり、みんなが帰り支度を始めていると、ノックとともに一人の少女が入ってきた。
リーズだ。
「セレン姉様。学園への入学手続が終わりました。春から後輩として、お世話になります」
「あらリーズ。こちらこそよろしくね」
「セレーネ誰なのその子。妹さん?」
「違うわよサーシャ、私の妹ではないわ。リーズはアゾートの妹よ」
「へえ、だったらネオンの妹でもあるのよね。そっちの方がしっくりくるわね。髪の色とか目の色とか同じだし、顔もよく似てるし」
「え? その設定ってまだやってる、」
「り、り、り、り、リーズ! ちょっとこっちに来い」
俺は慌ててリーズを生徒会室の角に連れていき、ネオンのことを秘密にするよう念を押した。
「露骨に嫌な顔をするなよリーズ。ネオンのバカに付き合ってやってくれないか」
「私は構いませんけど、なぜみなさまはネオン姉様の変装に気がつかないんですか。明らかに無理があるでしょう」
「俺もそう思うんだけど、信じられないことに1年間バレずにここまでやってこれたんだよ。ネオンの無駄に高い演技力もあると思うが・・・みんな相当の鈍感難聴系だよな。バカだなみんな、うししし」
「お兄様に鈍感難聴系扱いされるなんて、みなさまには大変な屈辱でしょうね。でもわかりました。ネオン姉様の執念に免じて、私もその設定にお付き合い致します」
「さすが優等生キャラ。頼りにしてるよリーズ」
話がまとまり、リーズとともにみんなの所へ戻ると、セレーネが話しかけてきた。
「ところでリーズ。今日は生徒会には何しに来たの?」
「それはもちろん、セレン姉様へのご挨拶です」
リーズが少し首を傾げて、セレーネに向けて上目遣いにニッコリ微笑むと、
「か、か、かわいい。私もこんな妹が欲しかったわ。ねえアゾート、ネオンとリーズを交換してくれない」
「せ、せ、せ、せ、セレーネ! ちょっとこっちに来い!」
俺は慌ててセレーネを生徒会室の角に連れていき、ネオンのことを秘密にするよう念を押した。
「ごめんなさい。リーズがあまりに可愛かったものだから、ついうっかり」
「セレーネはちょっとポンコツ気味なんだから、気を付けてくれよ」
「悪かったわね、ポンコツで。でも本当にネオンなんかいらないから、リーズと交換してほしいわ」
「ネオンも本当はいい奴なんだよ、仲良くしてやれよセレーネ」
「・・・わかってるけど、ネオンは妹というよりは、なんだろう。強敵のオーラが出てて、闘争本能が私を駆り立てるのよ。ネオンを倒せってね」
「そ、そ、そうなんだ。だからいつも二人がケンカをしたあとには、草一本残ってないんだね」
「そうよ。そして城の庭園を燃やし尽くした後、お母様に怒られるまでがワンセットね」
「・・・ほどほどにな」
俺とセレーネがみんなのもとに戻ると、リーズは生徒会メンバーとすでに打ち解けていた。マールがリーズと仲良しだったので、自然に溶け込んだようだ。
「リーズ、俺たちはそろそろ寮に戻るが、お前はどうするんだ」
「私はクロリーネと一緒にプロメテウス城に帰るので、ここで彼女を待っています。生徒会室を待ち合わせ場所にしているので、しばらくここにいてもいいですか」
「そういうことなら、俺も一緒に待っててやる」
その後そんなに間を置かずにノックの音がして、クロリーネがそーっと中を覗き込みながら、生徒会室に入ってきた。
「ようクロリーネ、待ってたぞ」
俺の姿を見つけると、パアッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「わたくしの事を待っていて頂いてたのですか、アゾート様っ! ・・・いえ、こ、ここは違いますわね。コホン。わたくしはリーズとここで待ち合わせをしているのです。アゾート様は関係ございません」
「どっちでもいいけど、用が済んだら早く家に帰れよ」
「ち、ちょっとお待ちになってくださいませ。せっかくお会いできたのに・・・じ、実は相談があったのです。先輩として、後輩のわたくしの相談を断らずに聞いていただけるはずでしたよね」
言葉は少しキツいが表情は不安で一杯のクロリーネ。
「心配しなくても聞いてやるよ。どんな相談だクロリーネ」
するとパアッと表情を明るくするクロリーネに対し、生徒会メンバーは全員ドン引きしていた。
これは俺が失礼な態度をとられていると勘違いしているな。
「実は先ほど、シュトレイマン派閥の会合というものに出席し、わたくしが派閥のリーダーに決まりましたの。それでさっそくアウレウス派閥への妨害工作を行うようなのですが、何をすればよろしいのでしょうか」
その相談を生徒会室で俺にするところがクロリーネの残念な所だが、そんな妨害工作をやめろとここでクロリーネを叱って、彼女が間に挟まれて学園で過ごしにくくなるのもかわいそうだ。
俺がコントロールすればいいだろう。
「クロリーネの好きにすればいいよ。何か思いついたら、いつでも俺に相談するといい。アドバイスをしてあげるよ」
するとクロリーネが表情をコロコロと変化させ、
「そ、そうね。わたくしがリーダーですから、思い通りにやらせていただくわ。もちろん、アゾートせ、先輩の意見も聞いて差し上げますので、毎朝登校時に相談させていただきます。わたくし寮の前で毎朝待っています・・・あ、べ、別にわたくしが先輩と毎朝一緒に登校したいとか、会いたいとか、そういう意味ではございませんからねっ」
「まあ学園にいるときはなるべく迎えに行くよ」
「それでは、わたくしたちはこれで失礼致します。り、リーズ様、早く帰りましょう」
顔を真っ赤にしたクロリーネがリーズの手を引っ張って、生徒会室から外に出ようと急がせる。
「ええ帰りましょう。それにしてもクロリーネ様はどうして私のお兄様にだけ、そのようなキツい言い方をなさるのですか。最近は普通の話し方もできるようになってきたのに」
「わたくしにもわかりませんが、アゾート先輩の顔を見ると、なぜかこのようになってしまうのです。本当は2人だけの時にありのままのわたくしをお見せしようとお約束したのですが・・・」
「え、2人だけの時に?」
「な、な、何でもございません」
「そお?・・・それでは生徒会のみなさま、お先に失礼致します」
こうして二人は生徒会室を後にした。
お通夜のように静まり帰った教室で、セレーネが俺にこそっと話しかけた。
「ねえアゾート。あれってツンデレよね」
「セレーネにはツンデレがわかるのか!」
「・・・あれだけ分かりやすいツンデレなら、誰だって分かるわよ! また私のことバカにしてるでしょ」
「いや違うんだセレーネ。この世界にはツンデレという概念が存在しないんだよ。見ろよみんなの表情を。あれは俺がクロリーネに罵倒されたことに衝撃を受けている表情なんだ」
「まさか、そんなことって・・・でもあの様子は確かにそうかもしれないわね。フリュさんのあんなにひきつった表情を見るの、初めてだし」
「本当だ。あれは完全に怒ってるな。フリュの勘違いだって、後で説明しておくか」
「そうね。私からもフォローしておいてあげる。
・・・ところでアゾート。あなたとクロリーネさんは一体どういう関係なの?」
突然セレーネの威圧感が増し、俺を生徒会室の角に追い詰める。
セレーネの体に火属性の魔力が満ち、それがさらに増大して、赤いオーラがセレーネの全身を包み込む。
こ、恐い。
「こ、こ、婚約者のアルゴとの仲がうまく行くように、クロリーネのサポートをする関係?」
「何そのラブコメみたいな関係。それ最後はくっつくやつじゃないの! 生前によくドラマで見たわ。それにクロリーネさんのあの態度、明らかにアゾートの事が好きよねっ!」
「そ、そ、そんなことはないだろう。ツンデレはああいう反応をするから、うぶな男子が『あいつ、実は俺の事を好きなんじゃないのか』と勘違いして萌えるんだよ。俺はそういうラブコメをたくさん読んできたから、この状況には詳しいんだよ」
「本当に? クロリーネさんのあの態度を見てれば、とてもそうは思えないんだけど、まあいいわ。でも、アゾートがそういう話を熱弁するところ、うちのお父さんに似てるわね」
「え? ダリウスがラブコメについて熱弁するの?」
「そんなわけないでしょ。前世のお父さんよ」
「何だそっちか」
「うちのお父さんは、ツンデレは飽きたとか言って、ヤンデレが出てくるラブコメばかり読んでたけどね」
「そ、それは・・・かなり高度なご趣味をお持ちのお父様でいらっしゃったんですね、観月せりなさん」




