第75話 フェルーム vs メルクリウス
次の週末も、私とカインは旧バートリーの教会から過去に時間遡行していた。
この時間遡行、一度行うと体力やら精神力やらを奪われて、次の日は使い物にならなくなる。
初めてやったときには、私は丸一日以上気を失っていたぐらいだから、体への負担は相当なのであろう。
先週の時間溯行のあと、私はエーデル城の離れに一室を借りて、次の日の夕方まで眠ってしまった。
目が覚めてカインと一緒に学園に帰ろうとしたら、ミリーがやってきて私を嫁として相応しくないないだの、礼儀知らずだの、はしたないだの、散々に罵倒してきた。
私は本当にカインの嫁になるわけではないので、何を言われても別に何とも思わないし、いざとなれば私の持ち芸として定着しつつある、必殺「フリュオリーネ・モード」を使って蹴散らすまでだ。
でもそんなミリーを見ていると、やっぱりアゾートのお嫁さんになるのが一番だなと再認識できてよかった。
カインと結婚する娘は大変である。
さて私たちは、またバートリー城の地下神殿に潜り込み、そこからジャンプしたのだが、その結果今回もまた王都アージェントに来てしまった。
「カイン、今度は城下街の城壁ではなく、王城の方に来てしまったよ。ここは王城の前庭。この前の秋の叙勲式で私たちはここを行進したんだ」
「そうだな、俺も昔ここに来たことがある。それより見ろよ、俺たちの周りは人でいっぱいだな」
前庭の入口付近は平民にも解放されていて、平民が王様を直接拝謁できる唯一の場所になっている。
一方その上部には観覧席のようなものがあり、ここは貴族のみ入ることができるエリアになっている。
今私たちが転移してきたのは、平民が入ることのできるエリアの方だ。そして私たちは冒険者風の格好をしてきているので、周りとの違和感は全くない。
そんな王城前庭では、今まさに騎士団の行進が行われているところだ。
「なあ、ネオン。200年前の騎士団だからかもしれないが、どれも見たことのない紋章ばかりだな。特にあそこに並んでいる騎士団はどこの者だ。あれは王国の騎士ではないだろう」
「どこの騎士団だろうね。でもあれを見てよ、騎士団の紋章に混ざってシリウス教の紋章もあるよ。新教徒じゃない」
「本当だ、この騎士団は新教徒の軍隊なのか・・・おい何か始まるぞ」
前庭中央の壇上にゆっくりと現れたのは、王冠を被った若い男と、シリウス教の神官服に身をまとった中年の男だった。
周りの観衆の反応から、どうやらあの若い男はこの時代のアージェント王国の国王らしい。その演説が始まった。
「今日はこのアージェント王国の新たな門出となる、素晴らしい報告がある。我が王国はシリウス教国との国交を断絶し、神聖シリウス王国との国交を結んだのだ。併せて本日をもって新教を国教とし、旧教は邪教として信仰を禁ずる。もう旧教徒の奴らやその教義に虐げられる日々は終わったのだ」
会場が大きな歓声に包まれて、王様と神官服の男が観衆に手を振っている。ここにいる観衆は、貴族も平民もみんな新教徒なのだろうか。
王様の演説はまだ続く。
「旧教を未だに信仰する愚かな貴族各家は直ちに新教の司祭から洗礼を受けよ。逆らう者は我が騎士団による神の鉄槌が下されるであろう」
その言葉に呼応する形で、前庭に並んでいた騎士団が行進を再開し、王城前庭から外に向けて出陣していった。
私はその騎士団を見て思い出した。
「カイン、たぶんあの騎士団だよ。私の最初の時間遡行の時に、バートリーの街に攻めてきた王都の軍隊は」
「あいつらがバートリー領を滅ぼした王国の軍隊だってのか。・・・外国の軍隊じゃないか! そんなものでバートリーに攻め込みやがって。何を考えているんだ、あの新教徒の王は!」
「カイン、額の紋章がまた光かり出したよ。何かが起きる」
「俺たちはまたどこかへ転移されるみたいだな・・・」
「別の場所に転移したね。ねえカイン、今度はどこだろう?」
「バートリーの街に戻ってきているようだ。城と教会の建物が向こうの方に見える・・・ここは、騎士学園なのか」
私たちはどこまでも続く長い塀と、大きな校門の前に転移していた。そして敷地の中には、ボロンブラーク騎士学園の制服とはデザインが異なるたくさんの生徒たちがいて、雰囲気は騎士学園そのものだ。
「ねえカイン、学園の中に入ってみない? この時代の情報が手に入るかもしれないよ」
「面白そうだな。よし俺たちも制服に着替えて潜入捜査開始だ」
「じゃあ、私はそこの路地裏で制服に着替えるから、外を見張っててね。絶対にこっちを見ないでよ」
「お、おう。見ないから警戒するな・・・」
今はちょうど昼休み。制服に着替えた私たちは、校門から中に入ると学生が集まる食堂へと向かった。
建物の様子はボロンブラーク校とは少し違うけど、どこに何があるのかは大体わかる。
「ここって、フィッシャー騎士学園なんだよね。ホルスはここの生徒会長なんだ」
「いや、今はもうないけど、たぶんここはバートリー騎士学園だったんじゃないかな」
「そうだよね。フィッシャー騎士学園は、たしかエーデルにあるんだよね」
私たちは食堂に入ってランチを購入し、適当に空いている席に二人並んで座った。
ランチを食べながら、回りの雑談に耳を傾けていると、
「お前たちはここの生徒ではないな」
私の向かいに座っていた大柄の男子生徒が、私のことを面白そうに観察している。
「実は私たち、ボロンブラーク騎士学園の生徒です」
「ボロンブラーク騎士学園から来たのか。どうりで見慣れない制服だと思った。それでここに何しに来たのだ」
「他の騎士学園の様子に興味があって、見学に来たんです」
「そうか、だったらこの学園をゆっくり見ていくがいい。もし良ければ、この俺が案内してやってもいいぞ」
「ありがとう。ぜひお願いします」
私たちは食事を済ませると、さっそくその男子生徒に学園を案内してもらった。
この学園は教室や図書館、剣術訓練棟など基本的な設備は私たちの学園と同じだったが、魔法訓練棟の建物はとても大きく頑丈そうだ。
「どうして魔法訓練所があんなに大きいんですか」
「このバートリー騎士学園は、魔法教育に特に力を入れているからだ。学生のレベルも高いぞ。放課後に見に行ってみるか?」
「ぜひ見せて下さい。ボロンブラーク校も魔法教育に力を入れているから、興味があるんです」
「ほう、それは楽しみだ。ついでに授業も見ていけよ、俺のクラスに入れてやる」
午後の授業は社会だった。
私とカインは他校からの交換生という扱いで、今日一日バートリー校の生徒として受け入れられることとなった。
教科書も貸してもらい、教室の一番後ろの席で先生の授業を聞いていた。
アージェント王国の建国は、この時代から200年と少し前で、勢力を失った前王朝を、強い魔力を持った若い王が打倒して始まった魔法王国である。
その若い王は貴族出身の冒険者で、前王朝を打倒した時の仲間の一人が、後にシリウス教国の大聖女に就任している。以来、両国の蜜月時代が続き、アージェント王国は敬虔な旧教徒の国として、大陸でも知られるようになった。
それから時代は進み、この時代から100年ほど前に宗教革命が起こり、過度に儀式的になった旧教に異を唱え、神使徒テルルの教えに立ち返ることを宗旨とする新教徒が現れた。
民衆の間に草の根的に拡がった新教は、旧教徒からの弾圧にも耐えて少しずつ勢力を拡大し、この時代から30年ほど前に、ついに独立国を建国した。
その名も神聖シリウス王国。
バートリー領に隣接するその神聖王国は、大陸全体へ新教を広めるべく侵略を開始していた。
「ブロマイン帝国はこの頃にはまだ存在していなかったんだね」
「だな。というか、王国の歴史が200年前の焚書令で一部失われてしまっていたから、ここまでハッキリとした歴史にふれたのは初めてだ。シリウス教国の司祭の話とか、歴史学者の仮説でボンヤリとは判明していたが、やはり所々間違っているみたいだな」
放課後になり、先程の大柄の男子生徒に連れられて、私たちは魔法訓練棟を見学させてもらった。
中ではたくさんの生徒が、実戦形式で魔法の訓練を行っていた。
「カイン、あの女子生徒を見て」
「・・・あれは、メルクリウス一族じゃないのか」
煌めくような白銀の長い髪をたなびかせ、赤く大きな瞳に魔力を灯し、巨大な魔力を練り上げている一人の女子生徒。
その手元から放たれたファイアーが、巨大な火の玉となって、相対する男子生徒に飛んでいく。
あれ? この学園では魔法作用力の判定値ではなく、実際に魔法が発動するんだ。
昔の騎士学園はワイルドだなー。
しかしその男子生徒は素手で巨大な火の玉を払いのけ、その跳ね返された火の玉が訓練棟の天井に激突し、轟音を上げる。
「おいおいあいつ、あの火の玉を素手で払いのけたぞ」
「本当だ。手が熱くないのかな」
私たちが驚いていると大柄の男子生徒が、
「今、素手でファイアーを払いのけたのは、俺の弟なんだ。バートリー家秘伝の固有魔法・護国の絶対防衛圏を使った応用技だ」
「え、あの魔法の応用技!?」
「バートリー騎士学園ではわりと有名な技なんだが、ボロンブラークにはそもそもバートリー一族がいないし、あれを見る機会はないだろうな」
「その技って俺にも教えてもらえるのか」
「それは無理だ。バートリーの血を引くものしかあの魔法は使えんからな」
「だったら大丈夫だ。俺にもあの魔法が使える」
「なんだと。お前も俺と同じバートリー一族なのか? 一度も顔を見たことはないが・・・申し遅れたが、俺はバートリー本家の長男のウェイン・バートリーだ。ここの生徒会長も務めている」
「俺は・・・たぶん遠い親戚だと思うが、カイン・バートリーだ。そしてコイツはネオン・フェルーム」
「フェルーム? どう見てもメルクリウス一族じゃないか。名前を変えているのも変だけど、なんで男装なんかしているんだ。その髪と目で女子生徒なのはバレバレだぞ」
「え! 女子生徒だって気がついていたの?」
「ああ、最初からな。なんか面白そうな事をやってるから、黙って見ていたんだが」
「・・・・・」
そういえば周りの男子生徒も、私のことをチラチラ見ている。
「もし良ければ、うちの制服に着替えてこいよ。そこの更衣室に予備の制服があるはずだ」
「・・・わかった。着替えてくる」
いくら私でも、この状況は少し恥ずかしかったので、お言葉に甘えてバートリー校の制服に着替えさせてもらった。
「うちの制服がよく似合ってるじゃないか。しかしネオンはそのスタイルでよく男装なんかできるよな。どうやってるんだ?」
「限界にチャレンジしてるんだ。方法は乙女の秘密」
「そ、そうか」
「俺はウェインさんに、さっきの技を教えてもらうことになった。ネオンは適当に時間を潰しててくれ」
「わかった」
カインがウェインさんに連れられて向こうのほうに行ってしまったので、私は私で魔法の訓練でもやるか。
先ほどの二人組の方を見ると、ウェインさんの弟は既に対戦を終えて休憩している。
そしてさっきのメルクリウス一族の女子生徒は・・・こちらに向かって歩いてきた。
「ごきげんよう。あなた見かけない顔だけど、どちらさま?」
「私はボロンブラーク校から来た交換生で、ネオン・フェルームです」
「でもその顔、私と同じ一族よね。どこに住んでるの?」
「ボロンブラーク伯爵支配エリアよ」
「ふーん。ところで私と実戦訓練をしない?」
「あなたと? いいよやろう」
同じくらいの年齢だと思うけど、顔と雰囲気がどことなくセレン姉様に似ているので、闘争本能が私に戦いを要求する。
魔法訓練棟の生徒たちは、いつしか壁際に待避して二人の少女の撃ち合いを眺めていた。
「おいおい、あのセシリアと互角に戦ってるぞ、さっきの交換生」
「メルクリウス一族同士の戦いは、やはり一味違うな。魔法の破壊力がどちらも桁外れだ」
「でもセシリアはメルクリウス本家で次期当主だぞ。いくら同族といっても分家であそこまで戦えるやつがいるのか」
「でも現に互角で戦ってるじゃないか、いやむしろセシリアよりも少し強いんじゃないのか、あの子」
「魔法の発動時間が異常に短くて、その上反応速度が速すぎる。目で追いかけるのがやっとだ」
「セシリアは圧倒的な魔力量で攻撃を寄せ付けていないが、確かにやや押され気味に見えるな」
「しかし実戦馴れしてやがるな、あの交換生。ボロンブラークって戦争のない平和な地域なのに、どこで実戦経験をつんできたんだ」
「あ、動きが止まった。交換生が何かを仕掛ける気だ。いやセシリアも何かやるぞ」
こいつ強い!
セレン姉様に似ているだけあって、簡単には勝たせてくれないな。
魔力はやはり向こうの方が上なので、手数は当たるけど決定打にはならないのだ。
しかも向こうの魔力攻撃は強力で、一発もらうと私の防御力では持たない。こういう所までセレン姉様そっくりで嫌になる。
だから私は勝つために、ここでエクスプロージョンを放つのだ。
強いわ、あの交換生。
たかが分家筋の娘が、なんで私と互角に戦えるのよ。私はメルクリウス家の次期当主なのよ。
しかも、魔法発動速度も基本的な体術も反応速度も全て私より上。
こうなったら奥の手よ。
私はあの子に勝つために、ここでエクスプロージョンを放つのだ。
【火属性上級魔法・エクスプロージョン!】
【火属性上級魔法・エクスプロージョン!】
同時に発動した二つの巨大な魔方陣は、お互いの頭上に白く輝く光球を出現させた。
その光球がゆっくりと落下していき、互いの魔法防御シールドに侵入を開始する。
「あのバカ! こんなところでエクスプロージョンを撃ちやがって、みんなを殺す気か!」
カインは慌ててバリアーを発動しようとするが、ウェインの方が先に呪文を唱えた。
【固有魔法・護国の絶対防衛圏】
ウェインの生み出したバリアーは、ネオンとセシリアの魔法防御シールドをえぐり取って二つの白い光点を丸ごと包み込み、魔法棟の壁をぶち破って、人のいない場所に着地した。
バリアーの中では二つのエクスプロージョンが起爆し、暫くのあいだ強烈な光をバリアーの外に放ち続けていた。爆発がおさまった跡には、大きなクレーターとガラス化した地面が残された。
呆れ顔のウェインが、二人の少女に近付いていった。
「この火力バカ。セシリアいい加減にしろ!」
「だってこの娘がなかなか負けないから、こうするしかなかったのよ」
「訓練なんだから、引き分けにするとかあるだろ」
「・・・確かにそうね。その発想はなかったわ」
カインも私に向かって言った。
「ネオンもいい加減にしろ。お前はいつも加減というものを知らないな」
「そこの女が、セレン姉様そっくりのポンコツ火力バカだから、ついいつもの姉妹ゲンカのつもりでやっちゃった」
「お前のうちの姉妹ゲンカは、エクスプロージョンを放つのか」
「そうよ。それで城の庭園が燃えるので、お母様によく叱られるの」
「・・・・・」
その時、カインの額の紋章が再び輝きだし、目の前の景色が大きく歪んだ。
「またどこかへ転移されるよカイン」
「そうだな、この学園にはもう少しいたかったのに、少し残念だ」
気がつくと、瓦礫だらけの荒れ地に私とカインはいた。
「ここはどこだろう」
「向こうのほうに例の教会が見えるから、まだバートリーだと思うけど・・・現代に戻ってきたようだな」
「そっか、帰ってきたのか。楽しかったね、バートリー騎士学園。見て、制服をそのまま来てきちゃった」
私はクルリと一周する、
「過去に干渉できないはずなのに、お前はなんでそんなの着て帰ってこれるんだ」
「え? ひょっとして現代に戻ると制服が消えて、下着だけになっていたとか」
「・・・たぶんそうなるはずだ」
「それがわかってたなら、私が着替える前に止めるよね。・・・カインのエッチ」
「いや悪い、そこまで頭が働かなかったが・・・惜しかったな」
「変な想像するな・・・あ、見てあれ。あの窪みってさっきできたクレーターじゃない? ということは、この廃墟がバートリー騎士学園・・・」
あたりには建物が崩れ去ったまま放置され、そこには人々から見捨てられた廃墟が横たわっていた。
ついさっきまで学生たちで賑わっていたのが嘘のように、今は静かにただ風の音だけが聞こえるのだった。
「ねえカイン」
「なんだ?」
「さっき戦ったあの女子生徒だけど、たぶん私がボロンブラークに逃がしたご先祖様だよ。かなり若かったので気づかなかったけど、同じ目をしていた。間違いない」
「そうすると、俺たちはいつもより少し前の時代に時間遡行していたことになるな。あの魔術具は俺たちに何かを伝えようとしているみたいだ」




