第73話 時間遡行
また次の週末がやってきた。
ここは旧領都バートリー。私とカインは例の地下神殿がある教会まで来ていた。
教会の奥にある古びた神具の前に立ち、カインが神具に指を押し付けた。
カインの指から血が流れ神具に滴る。
「その神具で私も指を切った事があるんだ。それ危ないよね」
「やはりネオンもこれで指を切ってたのか」
「どうして?」
「この神具は過去を見せるための魔術具で、バートリーの血やメルクリウスの血を持つものだけに作用するものなんだ。この魔術具は、教会ごとバートリー家が管理しているんだよ」
「前に指を切った時に、私にだけ神父さんや逃げてきた信者さんたちが見えたのは、そういうことだったんだね」
私も神具に指を押し当てて、カインとともに教会の地下室に入っていった。
「あ、あの時の神父さんだ。こんにちは、また来ました。食料や薬は大丈夫ですか」
私が神父さんに話しかけたところ、神父さんは不思議そうに私を見つめ、
「前にどこかでお会いしましたっけ、お嬢さん」
「ネオン、あの魔術具は過去を見せるだけだから、今こうして会話をすることができても、もう一度入ってくるとリセットされてしまうんだよ」
「ふーん」
「これで魔術具が発動したな。俺の額に魔術具の紋章が現れただろ」
「本当だ、私の額にもある?」
「ああ、一度教会の外に出てみるか」
教会の外に出るとバートリーの町並みがすっかり変わっており、街は活気に溢れていた。
「あれ? 前来た時は町並みは現代のままだったのに。おかしいな」
「そうなのか? ・・・ひょっとしてダンやセレーネたちと一緒にいたから、魔術具の影響が限定されていたんじゃないかな。いやそれも違うな・・・。でも今日は二人とも魔術具の影響下だから、完全に昔のバートリーに来れたはずだ」
「カインは前に来たことがあるの?」
「母上たちに連れられて何度か来たことがある」
「過去に戻れるのはこの街の中だけなの?」
「さあどうだろう。街から出たことがないからわからない」
「あ、そうだ。私はプロメテウス領までジャンプして、ご先祖様の夫婦を逃がしたんだった。他の街にも行けるはずだよ」
「そこが理解できないところだなんだよな。過去を見るだけで干渉はできないはずなのに、どうやってその夫婦は逃げ延びる事が出来たんだろう。・・・わからん。それよりもネオン、どこか行きたいところはないか?」
「教会の地下に戻って、もう一度地下神殿を調査したい。過去の地下神殿には何かあるかも知れないから」
教会の地下室のさらに下、メルクリウスの鍵を使って地下神殿の扉を開く。
「へえ、これがお前たちが言っていた地下神殿か」
「カインはここには入ったことはないんだ」
「ああ。このバートリーの鍵ではここに入ることができないからな。ちなみに俺の鍵はバートリー城の地下で使うものなんだ」
「そっか。じゃあ中に入るよ」
私は地下神殿の奥へ進み、祭壇とオーブを確認した。
神殿の様子は前に来たときと特に変わっていない。ここが過去なのか現代なのかもわからないほどだ。
オーブに軽く触れてみる。
オーブが赤く光って、火属性魔法の詠唱が頭の中に流れる。これも前と同じ。
「カインもオーブに触れてみる」
「やってみよう・・・何も起きないな。二人同時に触れてみるか・・・」
「何も起きないね」
祭壇の中も確認したが、これといった変化はなかった。そもそもマールがいないから何もできない。
壁もくまなく調べたが隠し扉のようなものもなく、地下神殿の調査はこれ以上進みそうにない。
「うーん、ちょっとわからないな。今度はバートリー城の地下に行ってみようよ」
「いいぞ、行ってみよう」
バートリー城は、現代では建物が崩れて廃墟になっていたが、過去では街の奥でその威容を誇っていた。
城門の兵士にカインが指輪を見せるとあっさり通してもらえた。
城の中に入ると、今度は人の目を掻い潜りながら、地下室へとどんどん進んで行く。
「手慣れたもんだね」
「母上たちと来たときに、行き方を教えてもらったからだ。着いたぞ、ここだ」
城の地下にある廊下の突き当たり、壁には何もない。
だが、カインは指輪を壁の方に掲げて呪文を詠唱すると壁に穴が開き始め、人が一人入れるほどの通路が現れた。
「ネオンついてこい」
細い通路を進むと、私たちの後ろ通路が自然に消えていき、ただの壁へと変化していく。
そしてこの細い通路を抜けると、広い石室に繋がっていた。
「ここは地下神殿と同じ、古代魔法文明の遺跡」
周りを見渡すと壁には様々な紋様が描かれ、奥には白く光るオーブが鎮座している。
だが例の祭壇はここにはなく、変わりに妙な神具が祀られてある。
「オーブに触ってもいい?」
「いいけど多分何も起きないぞ」
私は白いオーブに触れた。
しかし何も起きなかった。
「それはバートリーの固有魔法の詠唱が頭の中に流れてくる魔術具だ。バートリーの血が流れているもの以外には、たぶん何も聞こえない」
「なるほど。じゃああの神具は何?」
「あれは転移陣と同じ機能を持つ魔術具だよ。ここから出るだけで、城の裏庭に繋がっている」
「そっか。じゃあここには何もないのか」
「そうだな。この地下神殿はお前にとって、たいして面白い場所ではなかったな。とりあえずここから出るか。一緒に神具に触れてくれ」
私はカインと一緒に神具に触れて、地下神殿から外に転移した。
「ここがバートリー城の裏庭?」
私たちが転移したのは裏庭ではなく、城下町を囲む城壁の上だった。
城壁の上から下を眺めていると、たくさんの平民が拘束されて街中から何処かへ連行されていくのが見えた。
「ここはどこだ? バートリー城じゃない・・・」
いつも飄々としたカインだが、顔に焦りの色を滲ませている。
確かにさっきまでいたバートリー城ではなく、もっと重厚な雰囲気の町並みだ。
遠くにはとても大きな城が見える。つい最近、見たことのある風景だ。
「ここって、王都アージェントじゃないかな。秋の叙勲式で来たばかりだから間違いないよ」
「王都アージェント・・・しかしなぜ俺たちはこんなところまで飛ばされたんだ」
「わからないけど、あの平民たちがどこかへ連れ去られてるよ。助けに行かなくちゃ」
「無駄だよ。俺たちは過去に干渉できないから、今助けても、次に来たときはリセットされて、また同じことが起こっているから」
「本当にそうなのかな・・・とりあえず彼らがどこへ連れていかれるのか、確認しよう」
連行される平民たちを見守るように、その列について行く群衆に紛れて、私たちも平民の列を追った。
列は王都を離れ、近くの丘の方へと進んでいく。群衆も列を追うようにゆっくりと丘へと進む。
やがて丘の頂上につくと、平民たちは横一列に並ばされた。
そして彼らの前にはシリウス教の牧師が立ち、何かを話し始めた。
「シリウス神とその使徒テルルの教えを忘れ、信仰をおろそかにして意味のない儀式にうつつを抜かす旧教徒たちよ。新教徒となって教えの原点に立ち戻り、悔い改めるのであれば、直ちにここから家に帰ることを許そう。さもなければ、今ここで神のみもとへと帰り、直接懺悔するのだ」
その牧師の言葉が終わり、しばしの時が流れる。すると一部の平民が周りにいる兵士に何かを伝え、どこか別の場所に連行されていく。だがそれ以外の多くの平民は、黙ったままその場所を動かない。
牧師がどこかに合図を送る。するとどこからか処刑人が現れて、平民を四つん這いにさせて順番に首を落としていった。
「ひどい! なんて事をするんだあいつら」
「これが新教徒の王による旧教徒の虐殺か。歴史では習ったけど、実際に見るとヘドが出るな」
「彼らを助けに行こう」
「無駄だよ」
「無駄でもいい、じっとなんてしていられないよ。でもちょっと待って、あの人たちのこと見たことがある。私が前に教会の地下で見た、旧教徒の避難民だよ。するとここはあのときよりも前の時間軸だったんだ。だったら、今ここで彼らを助けることは、何か意味を持っているはず」
「本当かそれは・・・よしダメでもともと。俺たち二人で暴れてやるか」
「あんなへなちょこ兵士、簡単に倒せるよ・・・たぶん。カインは学園では強いの知ってるけど、実戦ではどのくらいの強さなの?」
「この時代の兵士がどれだけ強いのかやってみないとわからないが、これでも辺境伯家の男だぞ。余程の相手でなければ、大丈夫だよ」
「じゃあ、兵士は任せたね。私はあの平民たちを逃がしてくるよ。じゃあいくよ、突撃っ!」
「おう!」
私は超高速知覚解放を発動し、持てる限界速度で平民の列に突入した。
そして処刑人に近接し、至近距離からファイアーを放った。
以前より魔力の増した私のファイアーは、ゼロ距離による発動も重なってか、強力な火力で処刑人を一人づつ消し炭に変えていく。
「な、何者だ。一体どこから現れたのだ!」
壇上の牧師が私の存在に気がつき叫び声を上げたが、私は最短で次のターゲットに近接する。
「や、やめろ、グワッ!」
処刑人に身構える隙を与えることもなく、私は一人ずつ始末していく。
5人ほど倒したところでようやく、他の処刑人たちが私を倒すべく剣を構えた。
「反応が遅すぎる!」
処刑用の大鉈のような剣を振り下ろす処刑人の動きなど、私には止まっているようにしか見えない。
私は踊るようにステップを踏みながら、処刑人たちの背中に左手を触れてファイアーを発動させる。
ファイアーの発動間隔はおよそ2秒。あくまで高速詠唱であり、無詠唱ではないところが私の弱点だ。
次の発動までの間は、右手の細剣と体術で敵の攻撃を凌ぎきる。
「敵だ! 旧教徒どもの魔導騎士が現れた。あの女を殺せ」
王国の騎士が、配下の騎士たちに命令を下した。そこに俺は全力で突入する。
ネオンは相変わらず速いな。もう処刑人をあんなに倒してやがる。さて、俺はこの時代でどこまで戦えるのだろうか。
・・・考えすぎるな、いつもと同じだ。
ブロマイン帝国のやつらに対する時と同じ、目の前の敵を片っ端からぶったぎるだけだ。
いくぞ!
「おい、そこの騎士ども! お前たちの相手はこの俺だ」
学園では手加減をしていたが、ここは戦場。俺は久しぶりに全力で剣を握りしめる。そして、俺に切りかかってきた兵士を一人、また一人と一撃で葬り去る。
「手練れだ。一人で立ち向かうな集団で取り囲め!」
隊長の指示が飛ぶと、騎士や兵士がフォーメーションを組んで、俺に斬りかかる。
「ふん、200年前のフォーメーションだな。それは現代ではすでに研究され尽くされてるよ」
俺は子供の頃からフィッシャー騎士団でシゴかれたんだ。そこでは自国・他国含めて過去の様々な戦法や剣術、体術を教えられ、すでに俺の体に染み付いている。
敵の動きにあわせて俺の体が勝手に反応し、無意識に最適の動作を繰り出していく。
「ばかな! なんてやつだ。俺たちの集団戦法が逆手に取られている」
筋力も現代の方が少し勝っているのか。攻撃力でもさして驚異を感じない。
次々に襲ってくる敵兵士どもを、俺は後ろへ絶対に通さない。
これが他国の侵略から王国を守る、フィッシャー辺境伯家の戦い方だ。
「皆さん、処刑人は全て倒しました。今から私と一緒に逃げてください」
私は平民たちの手枷を一人ずつファイアーで焼き切り、生き残ったすべての平民を引き連れて、急ぎこの場を去ることにする。
「お嬢さんが何者かは知らんが、命を救ってくれてありがとう」
「お礼は生き残ってからでいいので、みなさんはこの群衆に紛れて、バートリー辺境伯領を目指して下さい。そこには旧教徒を匿って貰える教会があります」
「・・・バートリー辺境伯領ですね。わかりました」
逃げ惑う群衆に紛れて、旧教徒たちが去っていった。なんとかこの場は救えたが、バートリー辺境伯領に逃げ込んだ彼らがその後どうなったのか、正確には私は知らない。
バートリーの地で虐殺されたとは聞いてはいるが、このままここで処刑されるよりは良かったのだと、私は信じている。
・・・それより今は、カインを手伝いに行こう。
ネオンは上手くやったようだな。後はこの場から逃げるだけか。
「貴様、何者かは知らんが、ワシが相手になってやる」
俺の前に現れたのは、先ほど騎士たちに指示を出していた男。隊長のお出ましか。
他のやつらと違い、対峙しているだけでも殺気が伝わってくる。
強敵だ。
じりじりと周りを兵士たちに取り囲まれ、俺と隊長が一対一の形になる。
そして隊長が剣を振り下ろし、それを俺が受ける。重い。
俺の放った一撃は、隊長に盾で受け止められる。隊長の表情が少し歪む。
どうやら俺と同じぐらいの実力の持ち主らしい。
そこから俺と隊長の打ち合いが始まる。剣と剣がぶつかり合い盾に響く剣戟。しばらく打ち合いが続き、
「よし今だ。こいつを周りから串刺しにしろ」
隊長の命令を受けて、周りの兵士たちが一斉に俺に突撃してきた。
【固有魔法・護国の絶対防衛圏】
「な、なんだ! 何かに遮られてアイツに近付けない」
俺は自分の周りに小さくバリアーを張った。
通常の魔法防御シールドなどとはレベルの違う、バートリーの血で発動する、これは最強の盾だ。
「お前は一体何者だ。なぜそんな魔法が使える」
「バカめ。俺に話しかけてる場合かよ」
俺は一瞬の隙を逃さず、隊長の首を一撃ではね飛ばした。首を切り離された巨体が、地面へと崩れ去る。
「戦場での一瞬の気の緩みが、命取りになる」
俺が剣にこびりついた血を、剣一振りで払い落として、周りの兵士に睨みを効かす。
「隊長がやられた! 俺たちでは歯が立たない」
そんな狼狽える兵士たちの一部が、突然の炎で吹き飛んだ。
「今度は何だ! あの女がこっちに来やがった」
「アイツはやばい。早く魔法防御シールドを張れ。殺される」
しかし敵がもたついている間に、敵兵たちの囲みを難なく突破して、ネオンが俺のもとまで駆けつけた。
「無事だった、カイン」
「相変わらず速いな。目で追うのがやっとだよ」
「旧教徒たちはみんな逃げたよ。私たちもここから逃げよう」
「そうだな。こんなところに長居は無用だ」
「よしカイン突撃するぞって、あれ敵が逃げていくね・・・」
「・・・そうだな。戦意を喪失したのか」
逃げていく兵士たちとは反対方向に、私たちはこの場を後にした。
やがて時間遡行の魔法が解けて、私たちは過去の王都アージェントから、現代のバートリーの教会の前に戻ってきていた。
二人の額にあった紋章は消えていた。




