第69話 フィッシャー辺境伯領
たぶんカインとあんな話をしたから、思い出したんだと思う。
私がアゾートのことを異性として好きになった、あの出来事を。
当時はまだよくわかっていなかったが、今ならその気持ちが何なのか、ハッキリ理解できる。
それはまだ5歳のころの思い出。
そう、私はいま夢を見ている。
ボロンブラーク伯爵が病に倒れ、二人の息子を旗頭にサルファー派とフォスファー派が互いに領政を牛耳ろうと凌ぎを削っていたころ、サルファーの軍事面の側近だったお父様の勢力をそぐために、フォスファー派の騎士団が野盗に化けてうちの屋敷を強襲したのだ。
その日のフェルーム騎士団は、隣接するスキュー男爵が自領の境界に騎士団を展開させたため、それに対抗する形で境界に出動していた。しかしこれは陽動だったのだ。
「おかあさま、アゾートの家にあそびにいってくる」
「今日はダメよ、ネオン。お父様が帰ってくるまで家に隠れているようにって」
「おとうさまはいつおうちにかえってくるの?」
「ネオンがいい子にしてたら、すぐ帰ってくるわよ」
「ふーん。ほんとかな~」
わたしがいい子にしているかなんて、外にいるおとうさまは、どうやったらわかるのだろうか。
わたしにはアゾートが今なにをやってるかなんて、わからないのに。
となりの家なんだし、アゾートがあそびに来てくれないかな。
夜遅く大きな物音がして、私は目を覚ました。窓の外を見ると大きな爆発が何回も起きて、色んな魔法が飛び交っていた。
するとノックの音がして、護衛騎士たちが部屋に流れ込んできた。
「おかあさまたちが、たたかっているの?」
「そうです。ネオンお嬢様は我々の側から離れないでください」
そう言って、私を安全な地下室まで避難させようとした。途中、セレン姉様やアゾートとその弟妹たちも合流して地下室までたどり着いた。
でも一歩遅く、賊が地下室の前で待ち構えていたのだ。
「奥さま達が到着されるまで、ここに隠れていてください。賊は我々が対処します」
私たち子供5人は階段脇の倉庫に押し込められ、中で戦いが終わるのを待っていた。扉の外では激しい音が鳴り響いている。
「きしさんたち、だいじょうぶかな?」
「正直分からないが、もし敵が侵入してきたら俺がみんなを守るよ。俺はまだ小さいから魔法を撃てる回数は限られているので、使用魔法は状況により判断していく」
「アゾートは、まだ5さいなのにおとなみたいに話せてすごいね」
「来やがった。みんな俺のそばから離れるなよ」
突然扉が開かれ、賊が数名侵入してきた。
「ガキどもがいたぞ。こいつらを全員捕まえろ」
【焼き尽くせ】ファイアー
しかしアゾートが放ったファイアーが、賊をまとめて倉庫の外へと吹き飛ばした。
「このガキ魔法を使いやがった、だが威力が弱い。魔法防御シールドを張れ」
「そうくると思った」
【安住の地】ウォール
アゾートが呪文を唱えると扉の位置に新たに壁ができ、賊の侵入を防いだ。
「どうなってるんだ。コイツ瞬時に魔法を発動させたぞ」
「新手の護衛騎士だ。ガキどもは後回しにしろ」
ホッとする私たちだったが、アゾートは警戒を緩めない。
「あの程度の壁、魔導騎士なら簡単に破られる。魔法はあと1回、どうする?」
アゾートがしばらく考えた末に出した答えが、壁を偽装してその中に隠れるというものだった。
しかし、スペースの関係で中に隠せるのが3人まで。女子を優先し、アゾートとアルゴがカムフラージュを兼ねて、壁の外に残って犠牲になることになった。しかし、
「わたしがアゾートと外にのこるよ。わたしはおとこにしか見えないから、ちいさいアルゴが中にかくれてるといいよ」
「お前がそれでいいのなら。時間がないから3人は早く部屋の隅に行け」
セレン姉様たち3人をウォールで作った薄い壁の向こうに隠し、私たち二人は倉庫の中で助けが来るのを待ち続ける。
しかし、助けよりも先に再び賊が侵入した。
「なるほど。先発隊がここで全滅していたのは、こいつらを捕獲しようとしていたのだな。男のガキ二人か捕まえろ」
もうだめだ。やられる!
私が怖くて目をつぶった瞬間、アゾートが私の上に覆いかぶさった。
【無属性魔法・魔法防御シールド】
「コイツ魔法を使いやがった。チッ、物理シールドか。だが所詮ガキの魔法だ。気絶するまで蹴り続けろ」
賊がそういうと、アゾートの体ごしに賊の蹴りや殴打の衝撃が、私に伝わってきた。
「アゾートだいじょうぶ? いたくない?」
「最後の魔力の切れ端だから・・・効果がイマイチだな。・・うっ・・・でも平気さ・・・もうすぐ助けがくる・・はずだ。それまで・・・がまんすれば・・・俺たちの・・・勝ち」
そういいながらアゾートはずっと殴られ蹴られ続けていた。
私の体に鈍い衝撃が、何度も、何度も、伝わってくる。
私はアゾートの下でずっと泣いていた。
もうやめて。アゾートがしんじゃう。
そしてアゾートがついに気を失い、シールドが解除された瞬間、
「ネオン待っててね、すぐに助けるから」
お母様が間に合った。ホッとした私はそのあと気を失った。
アゾートは一命をとりとめて、しばらくは屋敷で治療の日々を送っていたが、やがて元気になると以前にもまして、私に魔法とか日本語とか算数とかの秘密の知識を教えてくれるようになった。
私がアゾートと離れて一人になっても、強く生きていけるようにと。
でも私はアゾートと離れるつもりはない。
私の命の恩人であり、私の大好きな人だから。
目が覚めると、いつもの寮の自室だった。隣のベッドではまだアゾートが眠っている。
「おはようアゾート。ふふふ、また間抜けな顔で寝てる」
私はアゾートの髪をやさしく撫でて、いつものように頬に軽く口づけをした。
「今日の放課後からフィッシャー領に行ってくるよ。これからしばらくは、週末はフィッシャー領で過ごすことになると思うけど、地下神殿の謎はきっと私が解いて来るから。待っててね」
放課後、私とカインはボロンブラークギルドに来ていた。転移陣でフィッシャー領の領都エーデルまでジャンプするためだ。
「そういえばカインは魔力がほとんどなかったよね。わたし一人じゃカインを連れてエーデルギルドまでジャンプできないんだけどどうするの?」
「魔力がないわけじゃないんだが、父上から転移用の魔石をもらっているから大丈夫だ」
「それならいいや。エーデルギルドに行く前にフェルーム城に寄って、服を着替えてからエーデル城に行くから」
「お、女装していくのか。楽しみだな」
「楽しまなくていい。別にカインに見せるためじゃないから」
ウィッグをつけてドレスに着替えた後、着替えを2,3着バッグに押し込み、私たちは改めてフェルームギルドからエーデルギルドにジャンプした。
エーデルギルドは領都エーデルの商業エリアにあり、そこからフィッシャー辺境伯が住むエーデル城までは歩いても近かった。
「エーデルって大きい街だね。人も多いしなぜこんなに賑わってるの」
「ここはブロマイン帝国の侵攻を食い止める最前線の街だ。騎士団や傭兵たちが集まっていて、そのための宿屋や商店などがたくさんあるんだよ」
「そう言われてみれば、やたらと騎士がたくさんいるね。ギルドも建物が大きくて冒険者もたくさんいたしね」
「ああ。冒険者も帝国との戦いに繰り出されているからな。ここは戦争で成り立っている領地ってことだよ。・・・そろそろ、エーデル城だ」
「ここがエーデル城か。近くで見るとやっぱり大きいな。フェルーム城やプロメテウス城よりも一回り大きい感じだ」
「一応、辺境伯家だからな。それなりの城が必要なんだよ」
「辺境伯ってたしか伯爵より上位で、侯爵と並ぶ地位だったっけ」
「まあ、そうだな。この領地は王国から色々な特例が認められてるから、権限的には侯爵クラスということになっている」
「じゃあカインは侯爵家令息ということ?」
「やめてくれ。柄じゃない」
「確かに、侯爵令息よりは傭兵の方が似合ってるよ」
「自分でもそう思うよ」
エーデル城内に入ると使用人たちが立ち並び、私たちを出迎えてくれた。
すでに夕方になっており、このまま晩餐会に参加することになっている。
カインのエスコートでダイニングルームに通されると、カインの家族はすでに揃っていた。
私は即座に猫をかぶる。
【フリュオリーネよ、我に憑依せよ!】
そして私はドレスを少しつまんで、令嬢っぽくお辞儀をした。
「ネオン・フェルームです。本日はお招きいただきありがとうございます」
フィッシャー辺境伯が笑顔で私を出迎えてくれた。
「ようこそ我がエーデル城へ。遠いところからわざわざ来てもらって疲れているとは思うが、夕食を用意したのでぜひ楽しんでほしい」
さっそく食事が始まり、辺境伯から順番に家族の紹介があった。
辺境伯の隣には正妻のエメラダ、それからカインの兄のライアンとホルス、弟のラースだ。カインは男ばかりの4兄弟の3男か。
ライアンは既に結婚していて、奥さんのミリーが隣には座っている。
ホルスはまだ独身のようで、私ににこやかに話しかけてきた。
「ネオンさんはとてもお美しく、その白銀の髪に赤く大きな瞳はまるで月の女神を見ているようだ。それに気品も高く、カインのようなガサツな男にはもったいないほどの姫君だな」
「ネオンは俺の婚約者なんだから、兄上は狙わないでくれよ」
「本当は俺の所に来た縁談だったのに、お前に譲るんじゃなかったよ。父上、今からでも俺の婚約者にすることはできないのですか」
するとフィッシャー辺境伯はため息交じりにホルスを諫めた。
「このネオンはフェルーム家で隠されて育った深窓の令嬢で、誰が求婚してもまずいい返事がもらえないほどの高嶺の花だったそうだ。カインとは騎士学園の同級生だったこともあり、ようやく了承を得られたのだ」
「確かに深窓の令嬢という言葉がピッタリだよ、ネオンさんは。しかし騎士学園って、ボロンブラーク校だろ。くそう、俺もそっちにすれば良かったな」
「ばかもの。女のために学園を選ぶな。男なら迷わずフィッシャー騎士学園に行くのだ」
「わかってるよ父上。カインのような軟弱者が行く所だからなボロンブラーク校は」
「え、カイン様が軟弱ですって? 剣術の実技はうちの学年で1位なんですけれど」
「ネオン、我が家では実際そうなんだ。俺は兄上たちほど剣術が強くないんだよ。まあ他にも理由はあるけど、それもあって俺はボロンブラークの方に進学したんだ」
「それでは、フィッシャー騎士学園の方がわが校よりも、お強いのでしょうか?」
「剣術はな。でも魔法はボロンブラークの方が上かな」
「そうなんですね。それでは一度両校で試合してみてはいかがかしら」
「面白そうだな。どうだ兄上、二つの騎士学園のどちらが強いかやってみないか。剣術と魔法何でもありの最強決定戦を」
「俺は構わんが、ボロンブラーク校の関係者がいないところで決めてもしょうがないだろ」
「ネオンのお姉さんが生徒会長だし、他の身内も役員をやってるので、話を通せば大丈夫だよ」
「何っ、ネオンさんにお姉さんがいるのか! 是非紹介してくれ。ネオンさんよりも美人か」
「俺はネオンの方がいい女だと思うけど、見た目はネオンとそう変わらないよ」
「乗った! 是非やろう最強決定戦。お姉さんにいい所を見せてやるぞ」
「ホルス様こそ、勝手に決めてもよろしいのでしょうか。学園の行事ですのに」
「いいんだよ。フィッシャー騎士学園の生徒会長は俺だから」
「まあ、ホルス様が生徒会長でいらっしゃいましたか。さすがは辺境伯令息、大変失礼いたしました」
晩餐会も終わり、カインと二人で夜の庭園を散歩していた。
もちろん、フリュオリーネ・モードはすぐに解除した。疲れるから。
・・・でも、アイツもたまには役に立つんだな。
「楽しい家族じゃないか、カイン」
「まあな、だが表面的にはだ。ホルスの性格がからっとしているから気がつかないだろうが、俺に対する態度が少しよそよそしいことに気がつかなかったか」
「いや、全く」
「・・・一番上の兄貴だよ。次期当主が内定しているライアンとその嫁のミリーが俺が当主を狙っているのではないかと警戒しているんだ」
「カインが次期当主を? なんで」
「血筋だよ。あの、兄弟の中で俺だけ母親が違うんだ。他の三人の母親は中立派の伯爵家から嫁いできた令嬢で正妻、俺の母上はフィッシャー家の臣下であるバートリー騎士爵家の娘で側室だ」
「あれ? だったら、血筋的には他の兄弟の方が上じゃないか。それがなんでカインが次期当主になることを恐れているの?」
「それは明日、俺の母上にあってから話すよ。その方が納得できると思う」




