第60話 アゾートの記憶とセレーネの記憶
全員が調査を終えた調査団は、行きと同様に石室の魔法障壁を反対向けに潜り抜け、クレイドルの森ダンジョンの前に設営された野営地に戻ってきた。
本日の調査完了である。
明日以降も今日と同様に遺物のリストを作成するため、調査団はこの野営地に宿泊することになる。俺たちもしばらくはここで寝泊まりする。
あたりはすっかり暗くなっており、これから少し遅めの夕食だ。野営地では魔法協会から夕食が提供されたが、さすが侯爵や伯爵が調査に参加しているだけあって、屋敷で食べる食事とそん色のない豪華さだった。
昼間のセレーネの事もあり、俺は食事をしながら、フィッシャー領の地下神殿での出来事を、ネオンに聞いてみることにした。
「なあネオン。フィッシャー領の地下神殿の赤いオーブを触った時、何か変なことが起きなかったか」
「ああ、あれね。火属性魔法の完全詠唱が頭の中に流れ込んできたけど?」
「そうだよな。親衛隊のみんなも、何か変なことはなかったか?」
「私たちも特に何も。あの詠唱もあまりよく聞き取れなかったし」
「そうか。ありがとう」
ネオンも親衛隊のみんなも、特に何も起こらなかったみたいだ。そうするとあの現象はセレーネだけに起きたということで間違いない。
「なあネオン。今度またフィッシャー領の地下神殿をじっくり調べに行くか。まだ何か見つかるかもしれないからな」
「行こう行こう。なんたってあの神殿は、ご先祖さまから受け取った大事な神殿だからね」
「ご先祖さまか。そうだったな」
ネオンの証言が真実なのかどうか、古代魔法文明とフェルーム家のご先祖さまとの関係など、あの神殿にはまだ何か秘密が隠されている気がする。
夕食後、俺は侯爵、伯爵と遺跡調査のスケジュールについて話し合い、俺たちの冬休み中に全ての遺物のリスト化を終わらせることに決まった。
魔法協会の監視の意味もあるが、やはり俺たちがいた方がスムーズに調査が進むので、一気に終わらせた方が効率的というのが主な理由だ。
なお、侯爵と伯爵は王都での執務があるため、明日の朝王都へ帰還し、最終日に完成したリストの最終確認のため、再びここに来ることになった。
途中正月休みを挟み、1月8日までの突貫作業になるが、調査自体はとても楽しいのでやりがいはある。
スケジュールも決まり、俺は魔法協会から与えられた個室に入り、明日の準備をしながら今日のことを振り返っていた。
怒涛のような1日だったな。
ソルレート伯爵との戦後処理から始まり、古代魔法都市の探索、そしてセレーネが俺と同じ日本からの転生者だったことがわかったのだ。
だが最後にもう一つだけ、やることが残っているが。
深夜、俺は野営地を抜け出して、クレイドルの森に入っていった。
冬場は全ての木の葉が散って、森の小道には木々の隙間から月明かりがさしている。
俺は一人小走りに森の奥へと進んでいき、昼間にセレーネと約束した少し小高くなった丘に来ていた。
この辺りは木が少なくて夜空がよく見える。大きな岩に腰かけてしばらく星を数えていると、
「遅くなってごめん。待った?」
セレーネが少し小走りにやってきた。
「俺もついさっき来たところだよ」
セレーネも俺の隣に腰かけて夜空を見上げた。
「アゾートとゆっくり話す時って、いつも夜だよね。また月が出てるよ。セレーネとディオーネ」
そう言ってセレーネが笑った。
「そうだな。昼間はなぜかバタバタしていて、二人っきりになる機会があまりないからな」
「それはアゾートが悪いのよ。いつも他の女の子と一緒にいるから。ネオンとかマールとか、フリュオリーネさんとか。・・・私ね、自分もアゾートと同じ転生者だと知った時、不安と同時に少しホッとしたの。なぜだかわかる?」
「ううん。どうして?」
「婚約者だった頃はアゾートの隣に私がいることが当然だと思ってた。でもアゾートのことが好きって自覚した時には、私は婚約者としての特別な立場にいなくなっていて、お父様からは別の人と結婚するように言われて、そしてアゾートの隣にはいつもフリュオリーネさんがいて。私の席がなくなっちゃったって思ったの」
「・・・・・」
「でもね。アゾートと同じ転生者だってわかったから、もう婚約者ではないけれど、また特別な関係でつながれるって思ったの」
「それならもっと早く教えてくれればよかったのに」
「そうよね。でも私は自分に自信がなくて、いつも悪い結果ばかり想像して臆病になるの」
「セレーネが自信がないって。学園のアイドル様が何を言ってるんだよ」
「アイドルって・・・私のこの性格は、きっと前世での記憶が無意識に現れてたのかも」
「前世で何かあったの?」
「知りたい?」
「知りたい」
「あのね。私が高校生のときに好きな人に告白して、ふられちゃったの」
「えっ・・・」
「ずっと憧れてた先輩だったんだ。自分で言うのもなんだけど、私も学校ではすごく人気がある方で、友達からも絶対大丈夫だよって言われてた。私は前世でも引っ込み思案だったからずっと告白できずにいて。でもみんなに言われて、ひょっとしたら先輩と付き合えるかもって勇気を振り絞ったら・・・ダメだった。他に好きな人がいるから付き合えないって。ショックでしばらく引きずってたなぁ」
「あの・・・セレーネのそういう話を聞くのは、精神的にきついな」
「え、アゾート? もしかして私にヤキモチ妬いてくれてるの?」
「ま、まあな・・・」
「大丈夫よ。今はもう何とも思ってないし。そもそも私は死んじゃったし」
「そ、そうだよな。死んだんだよな俺たち」
「そうそう。私は交通事故で死んじゃった」
「セレーネは自分が死んだ理由を覚えているんだ」
「覚えてるよ。大学の時に先輩と後輩と三人でドライブしていたときに、トラックと衝突して。他の二人がどうなったのかは知らないけれど、その時に私は死んで、そして今ここにいる。アゾートは死んだ時の記憶はないの?」
「俺の場合は、大学受験が終わった帰り道で記憶がぷっつり途切れてるんだ。そこで何かがあったんだと思うけど、全く思い出せないんだ」
「ふーん。でもそうするとアゾートは私の年下だね。私は大学生だから」
「じゃあ、今と同じだ。あ、でもひょっとしたら生きていた時代が違うかも。俺は2020年代から来たんだけどセレーネは?」
「私は2050年代・・・え?! アゾートって私の両親と同じ世代?」
「というか、セレーネって未来人だったの?」
「み、未来人? 何そのSF設定。おかしい~」
「いやいや、全然おかしくないよ。2050年の未来技術について今度じっくり教えてよ」
「私は文科系だから全然詳しくないし、2020年代とそんなに変わってないよ、きっと」
「そんなことないと思うけど。あ、じゃあさ。セレーネってどこに住んでたの?」
「私は京都だよ」
「京都か。なるほどそういうことか」
「何が?」
「セレーネの詠唱が、地下神殿の赤いオーブから聞こえた女子アナウンサーみたいな発音と違って、古都って雰囲気だったから不思議だったんだ」
「たぶん京都の訛りだよ」
「アゾートは東京?」
「わかる?」
「なんとなく」
「少佐は横須賀だよ」
「えーー? 少佐って転生者だったの?」
「そうだよ。しかもアメリカ人。米軍の少佐だよ」
「あ、だからいつも少佐って呼んでたんだ」
「そうだよ。まあ、少佐の本名が長くて覚えられないのが一番の理由だけどね。ところでセレーネって前世の名前は何て言うの」
「私の名前は【観月せりな】。なんか今の名前に雰囲気が似てるよね。アゾートの名前は?」
「俺の名前は・・・あれ?」
「どうしたのアゾート?」
「・・・俺の名前が思い出せない」
「・・・アゾート」
「前世の俺の名前が思い出せないんだ。家族の名前も。他の事は覚えているのに、なぜそれだけ」
「ひょっとしてまだ完全に記憶が戻ってないのかも。あのオーブを触った時みたいに、また脳の中に雑音が聞こえる感覚があれば、そのうち記憶が戻るよ」
「そうか・・・そうだな。記憶がまだ不完全か。確かにセレーネの言うとおりかもしれないな・・・」
「じゃあさ、前世のことで困ったことがあれば、私が相談にのってあげる。お姉さんに任せて」
「お姉さんって。でも、セレーネが相談にのってくれるのなら、俺も心強いよ。ありがとう」
「うん。それじゃ、明日もあるしそろそろ帰りましょうか。またこんな感じで、たまに前世の話をしようよ」
俺は岩から立ち上がると、セレーネにそっと手を差しのべた。
セレーネはその手をとると、二人は手をつないだまま森の中を歩いていく。
セレーネの頬が少し赤くなっているのが、夜の森でもわかった。
「・・・あ、あそこに誰かいる」
セレーネが俺の耳元に近づき、小声で呟いた。
「本当だ。あれはダンと・・・パーラ?」
「そうね。私たちみたいに、夜にこっそり抜け出して二人で会ってるみたい・・・。あ、見て、パーラが笑ってる。すごく幸せそうね」
「ダンはあたふたしてて情けないな。・・・でも満更ではなさそうな顔だな。そういえば、俺が別動隊で必死にロレッチオ男爵の足止めしてた時も、あの二人はずっとあんな感じだったんだよ」
「いいじゃない別に。あの二人はクエストのために付いてきただけなんだから。それに、ああしていられるのも、学園在学中だけだし」
「どうして?」
「パーラは子爵家本家令嬢で上位貴族との政略結婚をすると思うから。ダンは騎士爵家で分家でしょ。身分が違うから一緒にはなれないのよ」
「そうだな。フェルーム家ですら結婚相手は厳格に決められているから、子爵家だともっと凄いんだろうな」
「フェルーム家も子爵家になっちゃったけどね。だから私はあの二人の気持ちが分かるの」
「セレーネ・・・」
「私とアゾートの関係もあの二人と同じだから・・・でもね、だからといって私は自分の気持ちを否定したくない。この気持ちは大切にしていたいの」
セレーネの握る手の力が少し強くなるのを感じた。
「いつまでも覗いてるのも悪いし、そろそろ行こっか」
「ああ行こう。・・・セレーネとのこと、ダリウスに何度でもお願いしてみるよ」
「アゾート・・・」
俺たちは手をつないだまま、テントの方へと歩いていった。
俺はもうこの手を離したくなかった。
次回、第3章クライマックス
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