第58話 魔法障壁の向こう側
ソルレート伯爵との戦後処理が終わり、プロメテウス軍司令部で新たに加わった旧ヴェニアル領の分割統治について話し合っていると、使用人から一通の手紙が届けられた。
アウレウス伯爵からの速達で、クレイドルの森ダンジョンまで至急来てほしいとのことだった。
どうやらジルバリンク侯爵との交渉が大詰めで、今回の戦争の結果も含めて最終調整を行いたいそうだ。
交渉が終われば、そのままダンジョン攻略に向かうことができるらしい。
これでようやく古代魔法文明の謎に迫れるのだ。
俺はみんなに手紙の内容を報告し、後のことを父上たちに託すことにした。
さあクエスト再開だ。
今回のパーティーメンバーは、いまここにいる俺、セレーネ、ネオン、ダン、マール、フリュ、アネット、パーラ、親衛隊、少佐の合計21名。あいかわらずの大所帯だ。
カインとサーシャ、ユーリ、オッサンたちはいないが、21人もいれば大丈夫だろう。
ちなみに城壁都市ヴェニアルはプロメテウス領より東にあり、クレイドルまでかなり近づいているし、戦いの連続で俺たちの魔力も随分と成長した。
それもあってか、ヴェニアルギルドの転移陣に魔力を込めてクレイドルギルドまでジャンプしても魔力にかなり余裕があり、その足で一気にダンジョンに向かった。
ダンジョンに着くと、入り口の前には大型のテントが多数設置されていて、魔法協会の職員たちがテント間を出入りしていた。
俺たちの到着に気付いた職員の一人が、その中でも一番大きいテントの中へ俺たちを案内してくれる。
テントの中には豪華な応接室がセットされており、その中央のテーブルを挟んでアウレウス伯爵ともう一人、モノグラスをかけたやせ形の神経質そうな男がソファーに腰掛けながら、交渉を進めているところだった。
「アゾート・メルクリウス男爵閣下がお見えになりました」
「おお婿殿か。随分と早かったな」
職員からの報告で俺たちに気付いたアウレウス伯爵は、俺に席に座るように促した。
「こちらが魔法協会会長のジルバリンク侯爵だ」
「アゾート・メルクリウスです」
俺とフリュは侯爵と挨拶を交わし席についた。
俺たちのためにアウレウス伯爵が、交渉の前提となる互いの主張を簡単にまとめてくれた。
【侯爵の主張】魔導結晶を含めた遺物の採掘とその処分は魔法協会の事業であり、口出しは認めない
【伯爵の主張】魔法協会は王国の機関であるため、派閥間で不公平となる運営は認められない
【婿殿の主張】古代遺跡の遺物から魔導結晶を採掘するのを中止せよ
「このうち、婿殿の主張については、遺物が魔導結晶よりも価値があると確認ができれば、結晶の採掘を中止してもよいという事となった。ただし私と侯爵の主張が折り合わなければ、今度は遺物そのものがシュトレイマン派閥に流れるため、このままではアウレウス派としてクエストの再開は認められない」
・・・これは完全に派閥争いに巻き込まれたな。
「それでお父様はどのような落としどころを提示されたのですか」
フリュだ。
「監察局長のポストを要求した。これで魔法協会の不正を牽制する」
「今の局長はシュトレイマン派でしたわね」
「そうだ。だから魔法協会という不正の温床が野放しになっている」
「魔法協会は不正の温床ではない。そもそもお前たちの派閥が監察局長だったころは、アウレウス派がやりたい放題だったではないか」
「シュトレイマン派ほど露骨にはやっていない」
「見解の相違だな」
・・・どっちもどっちな気がするな、これは。
「それでは婿殿。ソルレート伯爵との戦争の結果を詳しく教えてほしい」
俺は先ほどの裁判所の仮決定と戦後処理の結果を二人に説明した。
「なるほど。であれば扱いに困っているソルレート領の領有権を私に譲ってくれないか」
伯爵の提案に、フリュが俺にこっそり合図を送ってきた。提案に乗れという事だ。
「もちろんです。今回の戦争では色々とご支援頂いた分もありますし、伯爵にお譲り致します」
「よろしい。では侯爵、旧ソルレート領と引き換えに局長ポストを譲ってもらうのはどうかな」
「領地と引き換えか。それなら認めてやらんこともない。5年でどうだ」
「バカを言うな。20年だな」
「20年もアウレウス派の専横は認められん。なら副局長ポストを新設して・・・」
革命軍やら新教徒やらが暴れている面倒くさい領地を、さらっとジルバリンク侯爵に押し付けて条件交渉を始めちゃったよ、この伯爵。
・・・しかし、いつまで続くんだ、この話し合い。
侯爵と伯爵の話し合いがようやくまとまり、クエスト再開のゴーサインが出た。
出るには出たのだが・・・
「おいアゾート。これ全員クラン登録するのか」
「・・・ああ、頼む」
俺たちは新たにクランを結成することになった。
クランに加わるのは、俺たちのパーティーの他、ジルバリンク侯爵率いる魔法協会本部パーティー20名と、アウレウス伯爵率いる王国監察局パーティー20名。3パーティー、合計61名のクランだ。
ていうか伯爵は、監察局のスタッフをあらかじめここに連れて来ていたのか。
手際が良すぎる。
「クランが王国の役人だらけで、わくわく感が皆無だな。このクエスト」
「なんか、いろいろとすまん」
クラン登録を終えて、俺たちは第13層にジャンプした。
「石室へは入る人数を制限したいので、そちらのパーティーからは1名ずつ、侯爵と伯爵でお願いします。こちらは俺とマールの2名です。それから中の護衛は、セレーネ、ネオン、フリュ、ダンの4人にに任せます」
「よかろう」
俺たちは他のみんなを外に残し、石室の祭壇に向かった。
そしていつものように、俺とマールが祭壇の中に上半身を突っ込む。
「じゃあマール、始めてくれ」
奥の壁面にディスプレイが現れ、3箇所の祭壇のマークの右側にある6つのボックスに、6ケタの数(2進数をベースにした特殊な数字。一文字で255まで表せる)が入力できるようになっている。
俺は3つのキーワードを順に入力していった。
祭壇1: 3 1 4 1 5 9
祭壇2: 2 7 1 8 2 8
祭壇3: 8 14 14 30 20 12
ENTER
「おっ! 何かプログラムが起動したぞ」
「ほんとだ。何か文字のようなものが出てきたけど、アゾート読める?」
「読めるよ。転移陣の行き先だと思う。【ジオエルビム】だって」
そう。この文字は日本語(英語なのかな?)だ。
やはりこの遺跡は、古代魔法文明に転生したであろう日本人が関係しているものだった。
「じゃあ、ボタンを押すぞ」
「押しちゃえ!」
おそらく複数の言語で【ジオエルビム】と書かれたボタンを押すと、何かが作動する音がした。
祭壇から出ると魔法障壁の渦の様子が少し変わっている気がした。
「婿殿が祭壇の中で何かしたのと同時に、魔法障壁の渦が変化した。行き先が切り替わったようだが、入ってみるのか?」
「ええ。我々の先に入ってくれるゴーレムたちを召喚します」
俺は三体のゴーレムを出し、魔法障壁の中に入らせた。
「魔法障壁の向こう側をそれぞれ違う距離だけ進んだ後、こちらに帰ってくるように指示しています。お、一体が戻ってきた」
時間差をおいて三体すべてのゴーレムがこちらに帰ってきた。
「大丈夫のようですね。では順番に中に入って見ますか」
「もちろんだ」
伯爵が返事をすると、侯爵も大きくうなずき俺にたずねた。
「男爵がどのようにして、魔法障壁の封印を解いたのか教えてもらえるか」
「一言では説明できないのですが、古代魔法文明の研究を丹念に進めたからだと、ご理解ください」
「キミは考古学者を目指しているのか。ならば魔法協会に入ってはどうだ」
「侯爵、婿殿を変な組織に勧誘しないでくれないか」
「変な組織ではない。彼は魔法協会向きの人材だ。適材適所という言葉を知らないのか伯爵は」
・・・この二人は放っておいて、先に進もう。
俺は先ほどのゴーレムに続いて魔法障壁の中に入っていった。
魔法の渦を通過すると、どこかに転移させられた感覚がして、さきほどと同じような石室にジャンプさせられたようだ。
石室の構造は他の遺跡と同じようなものだったが、祭壇の代わりにコンピューターの端末が設置されていた。
端末は生きているようだ。
スリープモードから立ち上げると、先ほどの祭壇と同じパスワードを入力する画面が表示された。
これで魔法障壁の行き先をコントロールするのか。
俺が端末の確認をしている間にも、魔法障壁からは続々人が入ってくる。
61名全員の移動が完了したら石室が一杯になった。
満員電車かと思うほどキュウギュウだ。これは早く移動した方がいいな。
「みなさん、これから石室の外に出ます。ゴーレムの後に列を作って順番に移動してください。ただし遺物には勝手に手を触れないようにお願いします。特にそこにある端末は絶対にさわらないでくださいね。帰れなくなりますよ」
ゴーレムを1体に戻して先頭を歩かせ、その後ろを列を作ってぞろぞろと歩く謎の集団。
ダンジョン探索というよりは、観光旅行の引率をしている気分になってきた。
俺は後ろはなるべく気にしないようにし、前だけを向くことにした。
さて、石室を出ると外は廊下で、床や壁が人工的な素材でできていた。
天井には等間隔で小さな照明が光っており、かろうじて足下を照らしている。
前世とは異なるが、かなり高度な文明のようで、内装が少しエキゾチックな雰囲気だ。
しかも何千年前かわからない昔から、この廊下には絶えず照明が照らし出されていたのかな。
魔力なのか電力なのかわからないが、相当な技術力を持っているようだ。
先の方まで続く廊下を延々と進んでいく。
途中、廊下の両側にはいくつか扉が設置されていたが、どれもロックされていて中には入れない。
ただ、廊下の突き当たりには大きな扉が既に開いており、中に入れそうだ。
ゴーレムとともにその扉を抜けると、そこは何もない大きな部屋になっており、正面には壁一面の大きな窓があった。
そこから見えた外の景色に、一同から驚きの声があがった。
「何だこれは、外は巨大な街だ!」
窓の外にはずっと過去に滅んだのであろう、古代魔法文明の都市の遺跡があった。
巨大な地下の空洞の中に忽然と姿を現した、古代都市遺跡。その中央には巨大な塔が淡く光ってそびえ立ち、その光が周りの建物の姿をうっすらと浮かび上がらせていた。
幻想的な景色であった。
「この部屋も何かの建物の中なんだろう。かなり高層にあったんだなこの部屋。下に降りて街のようすを見に行ってみよう」
この部屋はどこか展望室のような構造になっていて、部屋にあるいくつかの扉の一つから下へ降りる階段を見つけた。
ゴーレムを先頭に61人がぞろぞろと階段を下りていく。一番下まで降りて階段室から外に出ると、今度は天井の高い大きな部屋に着いた。格納庫みたいだな。
中には様々な機械らしきものが並んでいて興味がそそられるが、調べるのは後まわしだ。
外に出るための扉を探そう。
階段室のすぐ右手に、大きな金属の扉が見えた。
だがその扉に描かれたマークがとても危険な雰囲気を醸し出していた。
このマーク、どこか放射線のマークに似ている気がするのだ。警戒するにこしたことはない。
「みなさん。あの扉は大変危ないので、絶対に開けないようにしてください。下手をすると死にます」
「キミは何故そんなことがわかるんだ」
侯爵が俺にたずねる。
「勘です。でもその勘が当たっていれば、中に入った人は体から血を吹き出して死んだり、最悪の場合、二度とこの遺跡に誰も立ち入ることができなくなります」
「勘といいながら随分と確信的に話をするんだな、キミは」
疑わしいものを見るように俺を睨む侯爵。だが、説明のしようがないため、放っておくしかない。
格納庫のような部屋を奥まで進むと、脇に小さな扉があった。そこを開けると外に出ることができた。
外に広がる古代都市遺跡。
冷たく静謐な空気に満たされた地下空洞に、朽ち果てた高層建築物が立ち並び、街の中心には一際大きな塔がそびえ立ち、淡く光を放ち続けていた。
俺は古代都市遺跡を呆然と見つめるセレーネの横に立った。
「すごいな・・・こんな高度な文明がかつてこの星にあったんだな」
「そうね、真ん中の建物なんか王都にあるどの建物よりも大きいね」
「それに文明が異なるからか、建物の雰囲気も全然違うよな」
「ねえアゾート。あの真ん中の建物に行ってみようよ」
そう言うとセレーネが突然、建物の方へ向かって走り出した。
「待ってくれセレーネ。ゴーレムに先に行かせないと、危ないぞ」
俺はあわててセレーネを追いかけた。いつも慎重なセレーネの様子が少しおかしい。
ゴーレムを追い抜かして、前に出てしまった俺たち二人。
みんなとも少し距離が開いてしまったところでセレーネが急に立ち止まり、俺の方を振り返った。
セレーネは真剣な目をしていて、俺を見つめて言った。
【私がアゾートに伝えたかったこと、今から言うね】
「え、今から?」
【私なんかがアゾートと同じって、ガッカリされるのが怖くて言えなかったんだけど】
「俺と同じって?」
【戦争が終わって、この遺跡を見て、言うなら今しかないって思ったの】
「・・・この言葉、まさか」
【・・・実は私も転生者だったみたい】
次回、セレーネから語られる前世の記憶とは
ご期待ください




