第53話 城塞都市ヴェニアル電撃作戦
12月18日(土)雪
プロメテウス騎士団、サルファー騎士団及びフェルーム騎士団の連合軍(プロメテウス連合軍)は、プロメテウス城を出発後、ソルレート領内へと侵攻する際の玄関口ともいえるアドリテの街を強襲した。
この街はアドリテ騎士爵家が守護していたが、100騎にも満たない騎士団では連合軍に対抗する術もなく、早々に降伏。武装解除に応じた。
さっそくこの街に後方支援部隊を設置し、プロメテウス領と前線間の補給路を確保。長期戦になった場合はソルレート領からの亡命商人たちがこの補給路を使って、必要な物資を前線へ送り届ける役割を担う予定だ。
街の占領後は後方支援部隊に後をまかせ、連合軍はソルレート領のさらに内へと進軍を続け、途中にある騎士爵領地も同様に占領していった。
12月19日(雷)曇り
早朝、野営地を出発した連合軍は、昨日同様にソルレート領内を奥へ奥へと進軍した。
ただ、歩兵が多数を占める軍隊であり、砲兵隊が保有する40門の大砲の運搬にも時間がかかるため、一般的な騎士団と比べてゆっくりとしたペースでの進軍となっていた。
そしてようやく夕方に差し掛かった頃、プロメテウス連合軍は目的地である城塞都市ヴェニアルに到着した。
このヴェニアルはプロメテウス城の城下町と同様に、南北に連なる山地の間に建設された街であり、東西を移動するためにはこの街を通過しなければならない。
もちろん、山地を超えるルートもあるのだが、移動には労力と時間がかかりすぎるため、通常は使われない。
ヴェニアルの街を囲む城壁は、プロメテウス城よりもさらに堅牢であり、ソルレート領内部への侵攻を阻止するためのまさに関門。
難攻不落とも言われる城塞都市なのである。
今回の戦争では担保資産の奪い合いが目的の一つなので、この城塞都市ヴェニアル内にあるロディアン商会の倉庫と物資の確保は最低限必要。ここを攻めることは確定事項なのだが、できれば、ソルレート領内へ侵攻するための拠点として、この城塞を利用したい。
逆にソルレート騎士団に先に入城されてここを拠点として利用されれば、プロメテウス領への侵攻や、籠城戦による長期戦も視野に入るなど、戦略的に不利な展開となる。
つまり我々がここを攻め落とすにしても、それほど時間がないのである。
城塞都市ヴェニアルはその名の通りヴェニアル子爵の居城であり、ソルレート伯爵入城前の現時点では、常駐のヴェニアル騎士団のみの1500騎が守備している。
兵数では連合軍が勝っている。あとは堅牢な城壁をどう突き破るかだ。
そして今、全騎士たちを前にしてフリュオリーネ・メルクリウス総参謀長が作戦の最終確認をする。
「今回の作戦は、この戦争の趨勢を左右する最も重要な一戦です。ソルレート伯爵の到着より先にこのヴェニアル城塞を陥落させなければ、我々に勝機はございません。時間との戦いですが、我々にはこの王国のどこの騎士団も保有していないような強力な火力があります。作戦は至って単純。砲兵隊の持てる全火力を城門付近に集中させ、一気に城壁を破壊します。砲兵隊が城壁を切り崩したら騎士団が城塞内に突入し、速やかにヴェニアル子爵を捕らえるか殺害するとともに、ロディアン商会の倉庫と物資を確保してください。ヴェニアル子爵の一族は取引のカードになりますので、なるべく生きたまま捕縛を。その他の街の設備や物資は、我々が占領後に使用いたしますのでなるべく保全いただければと存じます」
フリュが一歩後ろに下がり、俺が前に出て号令をかける。
「それでは作戦開始!」
ヴェニアル城門が遥か東の方向に見える。
この位置からは城門は視認できるものの、弓矢も遠隔魔法も到底届かない距離である。
そこにプロメテウス砲兵隊が誇る40門の大砲を横一列に並べ、メルクリウス、フェルーム両家の砲手が勢ぞろいして、居並んでいる。
攻城戦における大砲の有効性は2年前の内戦ですでに確認できているが、今回は射程距離をさらに伸ばした改良型である。
ただ今回の城壁は相当厚く硬い。どこまで通用するかはやってみなければわからない。
場合によってはリスクをとって近距離射撃も念頭に置いておく。
発射準備はすでに完了。あとは命令するだけだ。
ただ今回は、先にやることがある。
セレーネによる完全詠唱での「超長距離エクスプロージョン発射実験」である。
通常エクスプロージョンのような遠距離魔法は、魔法術者と魔法発動場所との距離が遠く離れるほど魔法の威力が弱くなる。そのため、攻城戦においてはエクスプロージョンは有効ではないとされていた。
しかし、完全詠唱を行うことで魔法の威力自体が相当強くなっているため、遠距離であってもある程度の破壊力は期待できるはず。
つまり完全詠唱が距離の制約をどこまで覆すことができるかが実験のポイントである。
「最初にセレーネによる「超長距離エクスプロージョン発射実験」を行った後、全砲門攻撃を開始する。じゃあセレーネ頼む」
「わかったわ」
連合軍の隊列の一番先頭に立ち、赤く沈みゆく夕日を背に、セレーネは杖を握った右腕を前に大きく掲げ、朗々と詠唱を開始した。
セレーネが初めて唱えるエクスプロージョンの完全詠唱は、どこか優美な雰囲気と歌を奏でるような調べが心地よく、古来日本の伝統までもその魔力に上乗せしようかという錯覚まで感じさせた。
そして、その長い詠唱が終わるころには、セレーネの体からあふれ出る赤い魔力のオーラが誰の目にもはっきりと目視できるまでになっていた。
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ。 天空の覇者太陽神よ。無限の炎と輝きを生み出せしその根元を、我が眼前に生じせしめ全ての力を解放し、この大地に永遠の滅びをもたらさん。 降臨せよ、降臨せよ。死を司る冥界王よこの地上へと降臨し、天上神の創りし幾年生きる全ての衆生、大洋山河の万物を悉く爆砕し、凡そ全てを無に帰さん】エクスプロージョン
遠く城塞都市ヴェニアル上空には、都市全体を覆うかのような巨大な魔法陣が出現し、その中心から零れ落ちた光り輝くしずくが城門へと零れ落ちた。
その瞬間、強烈な光とともに巨大な炎熱による大爆発が発生。城門上の兵士を一瞬で蒸発させた巨大なプラズマ塊が少しずつ上空へと昇って行き、地表の砂塵を巻き込みながら爆煙がきのこ雲を発生させていた。
「すごい。この距離からのこれほどの破壊力がだせるとは」
フェルーム家当主ダリウスは、愛娘が使用した魔法の破壊力にただただ感心するのみだった。
そして城門に出現したきのこ雲を中心に、円周が広がるような砂塵の波が、こちらにも急速に近づいてきた。
「衝撃波が来ます。魔法防御シールド展開!」
騎士団全体を覆ったバリアーに爆風と舞い散った砂塵が嵐のように吹き付ける。
「よし実験は成功だ! バリアー解除後、砲兵隊は攻撃開始」
ヴェニアル子爵はプロメテウス騎士団の来襲を確認し、城門の守備を固めていた。
城壁には弓兵を並べ、敵の攻城兵器を粉砕するための巨大な投石器もいつでも撃てる準備が整っていた。
難攻不落とも言われるこの城塞都市ヴェニアル。長い歴史の中では幾度もの戦いを潜り抜けてきたが、その一度も陥落を許したことがなかった。
またここは物流の集積地だけあって、兵糧を含めた物資は十分であり、数か月以上は外部からの補給なしでも戦い抜くことが可能。ましてやソルレート伯爵到着までのたった数日間を耐えしのぐことなど造作もないことであった。
城の塔の上から戦場を見渡すヴェニアル子爵の目には、城壁近辺で敵の攻撃を受けて立つわが軍の兵士たちと、その遥向こう側に小さく見えるプロメテウス騎士団の姿が写っていた。
「見たところ敵は2000騎程度か。やつらあんな少数でこの城を陥落できるとでも思っているのか。今回の戦争は兵力に圧倒的な差がある時点で我々の勝利が確実であり、あとはどれだけの褒賞をせしめることができるかが問題なのだ。せっかくのこの立地。まさにわしのための戦いではないか。他の子爵、男爵連中に手柄を立てさせる前に、このわしが全て手に入れたいところだが、さてどうするか」
戦勝後の褒賞の分配ばかりが気になるヴェニアル子爵は、捕らぬ狸の皮算用とでも言わんかのように、この後自分が直接プロメテウス領に攻め入る姿を想像していた。
そこへ、突然巨大な魔法陣が城壁上空に出現する。
「なんだ、あの魔法陣は。プロメテウス騎士団? いやさすがに距離が離れすぎている。一体だれが」
子爵の混乱をよそに、その魔法陣からは白く光り輝く光点が城門の方へ落下していった。
「あの魔法はエクスプロージョン! やつら、まさかあの距離から発射したのか!」
そして次の瞬間、強烈な光と爆風がヴェルニア子爵に襲い掛かった。
瞬時にバリアーを展開し城壁の陰に身を潜めた子爵は、爆風がおさまったのを確認してから、恐る恐る城壁の上に顔をのぞかせてあたりの様子を見た。
「ば、ばかな・・・」
城壁にはきのこ雲が出現し、それが天高く昇っていくと、城壁の状態が少しずつあらわになってきた。
「じょ、城壁に兵が一人もおらん。全滅・・したのか」
たった一発のエクスプロージョンにより、城壁に配置していた攻城戦部隊がその武器ごと無残な残骸を残して消滅させられていた。
そして次に起きたのは断続的な破壊音。
はるか遠方から到達した巨大な金属の塊が、莫大な運動エネルギーと引き換えに城壁を粉砕していく有様だった。
「今度は何なのだ。なぜ城壁がいとも簡単に崩れ去っていくのだ」
石造りの頑強な城壁が、見る見るうちに破壊されていき、あっという間に城門もろとも城壁がその機能を失った。
子爵は慌てて指示をだした。
「直ちにプロメテウス騎士団を迎え撃て。それからロディアン商会の倉庫にある穀物に毒をまいておけ。あいつらに奪い返されるぐらいなら全てダメにしてやるわ」
勝ちを確信していた子爵が一瞬で敗者の立場に放り出されてしまった混乱と絶望と怨嗟。
その指示はもはや論理性のかけらも失った、自暴自棄に近い物であった。
崩れ去った城門を乗り越えて、俺は砲兵隊とともにようやく城塞都市ヴェニアルに入っていった。
大砲は決戦兵器ではあるのだが重量が大きく機動性が全くないため、進軍速度が遅いのが欠点だ。
先に入城していた騎士団から俺に報告があった。
「ヴェニアル子爵とその家族は既に全員捕獲しており、騎士団も戦意喪失しており全員が武装解除に応じました」
「ご苦労。何か問題はなかったか」
「はっ! それが大変なことが発生しておりまして」
「なんだ」
「ヴェニアル子爵の命令で、ロディアン商会の穀物に毒を巻いたと証言しているものがいるのです。既にとらえていますが、いかがいたしましょう」
「今すぐここに連れてこい」
「はっ!」
敵兵からの証言に基づき、俺たちはヴェニアル子爵を引き連れてロディアン商会の穀物を調べたところ、多くの穀物に毒物混入がされていた。
「ふはははっ。ざまあみろメルクリウス男爵。貴様らの穀物はこれで全て台無しだ。苦労してここを攻めた甲斐がなくなって残念だったな。はははっ」
ヴェニアル子爵が狂ったように笑った。
俺は後ろに控えていた男たちに向かって、
「このヴェニアル子爵の毒物混入はどのような取扱いになりますか」
その中の一人が俺の前に歩みでて、説明を始めた。
「決闘法に基づく今回の戦争は、あくまでも伯爵の借金の清算が目的であり、その戦闘中においては当事者の資産価値が不当に棄損されないことが前提となります。従って今回の行為は重大なルール違反となり、子爵が毒物混入を自ら認めていることからも、同額の弁済が行われるか、さもなくば爵位と領地の返還命令が出される可能性があります」
「わかりました」
俺たちの話を聞いていたヴェニアル子爵は、顔を真っ青にしながら男たちにたずねた。
「お前たちは何者だ」
「私たちは今回の戦争に随行している王国裁判所の調査官です。決闘法の規定どおり戦争が遂行されているか、資産価値が棄損されるような行為がないかをチェックするのが仕事です」
「なんだと。何を言ってるのか理解できないのだが。決闘法の戦争は他のと何が違うのだ」
「ソルレート伯爵から説明は受けていないのですか」
「具体的なことについては何も」
「それはソルレート伯爵の説明義務違反ですね。戦争に参加するすべての当主にルールを守ってもらわないと、この制度が成り立ちません。伯爵には何らかの責任をとってもらいますが、実行犯であるあなたも相応の罪が問われます」
「そんなバカな。私はどうすればよかったんだ」
「何もしなければ良かったのです。この戦争の目的が伯爵の借金清算なので、あなたがリスクをとる必要なんて最初からなかったのですから。欲で冷静さを失うのは、貴族としていかがなものでしょうかね」
自分の浅はかさから、全てを失うことになるであろうヴェニアル子爵は、力なくその場に座り込んでしまった。
次回は、敵主力に積極攻勢をかけるフリュオリーネ
一方アゾートは、セレーネとある約束をする
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