第410話 皇家との晩餐会
男嫌いのマリア・ローゼス子爵の再婚相手が、まさか俺の弟のアルゴだったとは。そんなマリアにローレシアが問いただす。
「ちょっと待ってくださいマリア。アルゴ様といえば魔王メルクリウスの弟君で、今年魔法アカデミーに入学したばかりの16歳・・・あなたの再婚相手がなんであんな少年なんですかっ!」
するとマリアが頬を赤く染めて、アルゴとの馴初めを語り始めた。
「最初はアスター邸に殿方が下宿して来るのがとても嫌で、アルゴ様にはなるべく近づかないようにしていました。そんな彼は勉学にまじめでとても頭が良く、休日になるとたくさんのご友人が彼の元を訪れ、男女両方に好かれる大変な人気者でした」
「わたくしも彼とは何度か話をしたことがありますが、とても素直な性格で邪心が微塵も感じられませんでした」
「そんな彼は年上の女性から慕われるようで、毎週のようにゲシェフトライヒから訪ねて来られる3人の婚約者候補の女性を始め、我らローレシア侍女軍団のみんなも彼の気を引こうと躍起になってました」
「最近忙しくてあまりソーサルーラに帰れていなかったのですが、まさかそんなことになっていたなんて」
「そんなアルゴ様とは距離を取っていたわたくしでしたが、ある日彼が熱を出した時に思いがけない出来事が起こったのです」
「アルゴ様が熱を・・・」
「彼を看病しようと侍女軍団のみんなが彼の部屋に押しかけたのですが、あまりに騒がしくしていたため、わたくしは思わず全員を部屋の外に追い出しました。苦手な殿方とはいえメルクリウス家からお預かりした大切な王子であり、何かあっては大変なのでわたくしが責任を持って看病を始めたのです」
「・・・そ、それで」
「それからの数日間ずっと彼の看病を続けたのですが、ある朝気が付くといつの間にか眠っていたわたくしが風邪を引かないようにと、彼が自分のジャケットをわたくしにかけて下さっていたのです。そして目を覚ましたわたくしの身体を気遣いながらも、甘えるような瞳でわたくしを見つめていたのです」
「ごくりっ・・・そ、それで?」
「その瞬間、わたくしの身体中に衝撃が走りました。それまでは全く気がつかなかったのですが、甘く潤んだ瞳に、幼さが残りながらも精悍な顔つき、少女のように華奢な身体に白魚のような細く長い指。わたくしの理想を体現した完璧な美少年でした」
「確かにキレイな男の子だとは思いましたが、そこまででしたっけ?」
「何を言っているのですかローレシア様! 彼こそが至高の美少年です!」
「ええぇ・・・」
「そうして彼との間に作っていたわたくしの心の壁が取り払われると、もう彼のことが愛おしくて仕方なくなりました」
「つまりマリアはその美少年に恋に落ちたと・・・」
「はい。でもアルゴ様には大勢のライバルがいらっしゃいますし、アスター邸を舞台に激しい争奪戦が日々繰り広げられておりました。でも彼はわたくしにだけそっと囁いてくれたのです。夜に二人だけで時間を過ごしたいと」
「まさかアルゴ様の方から、マリアを選んでくれたのですか。そして大人の女性であるマリアと、純真無垢な美少年との夜の密会が始まった訳ですね!」
「はい・・・みんなが寝静まった夜に、バルコニーで二人だけの時間を過ごしました。そんな幸せな日々が続いたつい先日、アルゴさまから正式にプロポーズを受けました」
「年下の美少年からのプロポーズ・・・」
「アルゴ様が言うには、本国のご両親と宰相からわたくしを妻に娶ってもよいとの許可が下りたとのことでした。どうやらクレア様からご助言をいただけたようで、この場を借りてお礼申し上げます」
するとネオンが、
「助言なんかしてないわよ。Type-ビスマルクに適合する最高値がマリアだったって本国でも報告したけど、アルゴと結婚させろなんて一言も言わなかったけど」
「え、そうなのですか? アルゴ様からは、クレア様の報告を聞いたアウレウス宰相が両親を説得してくれたと聞いてますが」
「ふーん・・・たぶんだけど、安里君がいつも自分がもて余した嫁をアルゴに押し付けてばかりいるから、アウレウス宰相が勘違いして、魔力の強い女性はアルゴに娶らせる方針だと深読みしすぎたんじゃないの」
俺は直立不動のまま、両手をワナワナさせてマリアの話を聞いていた。
俺がいない間に、魔法王国ソーサルーラではアルゴを主人公とする恋愛劇が展開されていた。
アルゴのくせに生意気な!
たった15歳で魔法アカデミーに単身留学し、美女しかいないアスター邸での下宿生活をスタートさせ、ローレシア侍女軍団にちやほやされながら、週末になるとルカたち3人娘が押しかけ女房を気取り、壮絶なアルゴ争奪戦の裏ではマリアという大人の女性との恋を密かに育んでいたとは。
これもSubject因子のなせる業なのかもしれないが、
「どんだけハーレム展開なんだよ!」
俺が絶叫すると、さっきからずっと考え込んでいたセレーネが俺に尋ねた。
「ねえねえ安里先輩。こんな展開のハーレムラブコメってサ〇デーとかマガ〇ンで連載してたよね。なんてタイトルのマンガだったかしら・・・ひょっとするとスピリ〇ツかもしれないけど、わかる?」
「知らねえよ、そんなの!」
するとセレーネが「あれでもない、これも違う」と、俺にしか理解できない独り言をブツブツ言って再び考え始めたが、それ以外のメンバー全員が生暖かい空気を醸し出してOKサインを出していた。
そしてローレシアが俺に尋ねる。
「マリアとアルゴ様との婚姻など、およそ想定外のお話でしたが、7家融和戦略上は大変好ましいお話だと存じます。わたくしはこの結婚に賛同いたしますが、実兄である魔王はいかがでしょうか」
「ま、まあ・・・正直言って、アルゴのクセに生意気なとは思いますし、そんなベタなハーレム展開が現実に存在する訳がないと疑ってますが、人の恋愛に口出しする気もないし、ビスマルク復興計画上いとこ婚は避けられませんが一応合法だし、勝手にすればいいんじゃないですか」
「ありがとうございます。では魔王の許可も下りましたので、7家融和戦略会議はマリア・ローゼス子爵のメルクリウス王家への嫁入りに同意することといたします。それでは以上を持ちまして、本日の会議は終了します。皆様お疲れさまでした」
7家融和戦略会議も終わり、参加者がぞろぞろと引き上げていったが、アルゴの話が衝撃的過ぎて呆然と席に座っていると、ローレシアがやって来た。
「魔王メルクリウス、この後は皇宮で晩餐会を予定しておりますが、魔王には我ら皇家との親睦をより深めていただきたいと考えております」
「それはもちろん。晩餐会には出席予定ですのでその時にでも歓談させてください」
「ありがとう存じます。ただ今夜は皇宮での晩餐会とは別に、皇家だけの懇親会を用意しているのです」
「へえ、そうなんですか」
他のみんなが先に退出した後も、一人だけ残っていてくれたフリュに確認する。
「あなたがボルグ准将への報告に行っている間に、ローレシア様からお誘いを受けておりました。皇宮の公式晩餐会はリアーネ様が取り仕切られるそうで、わたくしたちはそれとは別の会場に向かう手筈になっております」
「そうだったんだ。ところでその懇親会に出席するメンバーは?」
「わたくしとセリナ様とクレア様、それからアゾート様のご両親とわたくしのお父様です」
「なんだ、父上も帝都に来てたのか」
そして俺たちも会議室を退出しようとして、あることを思い出した。
「そう言えばなんでナツが今日出席しなかったのか教えてもらってなかったな」
俺がローレシアに尋ねると、彼女は頬を赤く染めて幸せそうな表情でお腹の辺りをさすった。
「まだ公表してませんが、妊娠3か月なのです」
「妊娠・・・」
なるほど、そうだったのか。
クロムと結婚したのはローレシアではなくナツだ。
そして彼は自分がクロムとの子供を妊娠してしまった事実が恥ずかしくて、俺に顔を見せられないのだ。少し複雑な気分だが、とてもいい話だと思う。
「おめでとうローレシア・・・そしてナツもな」
「・・・ありがとう存じます」
それだけ言うと、入り口の所で待っていたクロムと共にローレシアは部屋を出て行った。俺もフリュと共に部屋を出ながら考える。
これでランドン=アスター帝国にも後継者が誕生することになり、公表されれば帝国臣民も祝賀ムード一色となるだろう。
その夜、俺たちはローレシアに案内されて皇宮の転移陣室に向かった。これから皇家との懇親会に出席するため、クロム皇帝の私邸へと向かう。
「アスター大公家とは一度食事したことはあったが、ランドン大公家との会食は初めてだよ」
俺がそう言うと、ローレシアが事情を説明してくれた。
「ランドン侯爵家は、アスター家と同様に本家と分家の関係があまり良好ではなく、この前の内戦が終結するまでお家騒動を抱えていたのです。そしてクロムが主戦派貴族の粛清に成功した結果、分家の反乱分子もまとめて一掃し、ようやくランドン大公家として再編できたのです」
「マジか・・・うちは本家と分家が一つの家族みたいで、いつも飲み会ばかりやっていたから、そういう血で血を洗うような親戚づきあいはちょっと想像できないな」
「ウフフフ、貴族家というのはどこもそういうものなのですよ。さあ、転移陣の準備が出来ましたので、クロムの私邸に行きましょう」
ランドン大公領は元帝国元老院議長のヴィッケンドルフ公爵の所領であるブラウシュテルンを徴収したものであり、クロムの私邸は公爵家が住んでいた城を全面改修したものだそうだ。
大公領の領主はもちろんクロム皇帝であり、彼の私邸には母方の一族が暮らしている。
クロムの父親はもちろん先代の皇帝であり、クロムの異母兄弟で後継者争いのライバルの一人に暗殺されたとされている。クロムの母親もその時に亡くなり、帝国全土を割った内戦へと突入したそうだ。
クロムはこの闘いに勝利するため、主戦派貴族の重鎮のヴィッケンドルフ公爵を後ろ盾に勢力を拡大し、最後はライバルを全て粛清してブロマイン帝国の皇位へと上り詰めた。
これを未成年のうちにやってのけたのだからその才覚は本物であり、アウレウス宰相をして彼の知略に舌を巻くほどだった。
そんなクロムの私邸の大広間に通されると、絢爛豪華なシャンデリアや調度品で彩られた広間の中央に懇親会の準備が整えられ、クロム皇帝を始め多くの出席者が既に着席していた。
「待っておったぞ、魔王メルクリウス」
クロム皇帝がわざわざ席を立つと、俺を出迎えて座席まで案内してくれた。俺たち以外はほぼ揃っているようで、父上と母上、アウレウス宰相も既に着席している。
俺はフリュ、セレーネ、ネオンと共に着席すると、早速クロムが親族の紹介を始めた。
「そなたから見て余の左側がランドン大公家で、余の祖父母と姉だ」
そして自己紹介を始めた老夫妻はとても礼儀正しく穏やかであり、ほんの短い挨拶の中にも知性が感じられた。また姉のコンスタンツェは今年結婚する予定で、その婚約者も今日の懇親会に出席予定らしい。
「そして余の右側がアスター大公家だ」
クロムの右隣にはローレシア(またしてもナツではない)とイワン、アナスタシアが並んでいる。ていうかアナスタシアのお腹が少し大きく見えるのは、俺の気のせいだろうか・・・。
「では我々メルクリウス家側も紹介させていただきます。向かって右側から女王セレーネ、大聖女クレア・ハウスフォーファ、両親のロエルとマミー、向かって左から王妃フリュオリーネとその父親のアウレウス宰相です」
お互いの紹介も終わって懇親会が始まったのだが、この座席の並びに俺は違和感を感じた。
ランドン大公家の人数が多いのが理由だと思うが、俺の右隣のセレーネとネオンの向かいにクロムとローレシアが、俺の両親の向かいにローレシアの両親が座っている。
そして俺の左隣りのフリュとアウレウス宰相の向かいにはクロムの祖父母が座っている。
なのになぜか俺の向かいは空席で、そのまま会食が始まってしまった。
「あの~、クロム皇帝陛下?」
「なんだ」
「この座席順に少し違和感を感じるのは、俺の気のせいでしょうか?」
「そなたの気のせいであろう」
「はあ・・・」
隣のフリュにも聞いてみるも、特に気にした様子もなく食事を始めた。セレーネは・・・・おいしそうに食事を楽しんでいる。
なんか怪しい・・・。
そこへ執事がクロムの元にやってくると、何やら耳打ちをしている。そしてクロムが指示を出すと、執事は恭しくお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。
そして、
「ようやく余の妹の準備ができたようだ。遅くなってすまなかったな」
「クロム皇帝の妹だと・・・」
そう言えばクロムには妹がいたっけ。皇女リアーネと結婚したアルフレッドを、最初はクロムが自分の妹と結婚させようとしていたと聞く。
その妹がわざわざ俺の向かいの席に座る。
それってまさか・・・。
「今日の懇親会は、余の妹と魔王メルクリウスとの顔合わせも兼ねている」
「ちょっと待ってくれ、そんな話俺は聞いてない」
俺はフリュを見るが、彼女はさっと顔をそむけた。
「アウレウス宰相・・・」
も、顔を向こうにそむけている。
セレーネとロエル、マミーの3人は話そっちのけで食事を楽しんでおり、ネオンだけがニシシとほくそ笑んでいた。
はかられた・・・。
どういう裏取引があったか知らないが、この懇親会は俺とクロムの妹とのお見合いだったのだ。
「く、クロム皇帝陛下・・・俺はついさっき嫁が9人に増えてしまい、さすがにこれ以上は無理ですけど」
「余もそう思うのだが、先ほどそなたが言っておったではないか。鬼人族統一国家メルクリウス帝国では、嫁の人数は一人10人と決まっていると」
「それはゴブリン限定のルールだよ!」
「それに、魔族は魔族と結婚する必要があるのだろ。帝国貴族の中に魔族の純血種の男子はいないのだ」
「うぐっ・・・確かにそうですが、その相手は俺じゃなくてもアージェント王国にはいくらでも人材がそろっているはず」
「だから姉のコンスタンツェの婿はアージェント王家から来てもらった」
「・・・え、そうなんですか?」
「イプシロン王子だ」
「い、い、イプシロン王子だとーっ!」
「イプシロン王子も間もなく到着するはずだ」
「ウソ・・・」
まさかイプシロン王子とこんな場所で初対面になるとは、心の準備が全くできていない。
俺の頭がついていけなくなったその時、クロム皇帝の妹である皇女殿下が広間に到着した。
淡いオレンジの可憐なドレスを身にまとい、フリュと同じような悪役令嬢の扇で口もとを隠した皇女殿下が、ゆっくりとこちらに歩いて来る。
膝丈しかないそのスカートは、どこか現代風のお嬢様にも見える斬新なデザインだ。シルフィード王国のドレスに似ているが、どこで入手したんだろうか。
そしてぎこちなく一礼した皇女殿下は、俺の向かいに座ると扇をたたんでその素顔を見せた。
羞恥心で真っ赤になった彼女の顔に、俺は自分の目を疑った。
「ヒルデ大尉・・・どうしてここに」
次回もお楽しみに




