第404話 書き換えられた未来
「お帰りなさいませ、あなた。そしてセリナ様や皆さまもご無事で安心いたしました」
セレーネの軍用転移陣でゴブリンの巣穴に戻った俺たちは、タイムリーパーの周りを取り囲むフリュたちの出迎えを受けた。
「フリュたちもお疲れ様。最後はかなりヤバかったけど、なんとかミッションは成功した。後で話すがまずは空母に戻ろう」
そしてドン宰相に別れを告げて空母に戻ると、転移酔いを醒ます時間を使って、過去の世界での出来事をフリュたちに伝えた。
時空の狭間でマイトネラを見つけたことやシルフィード族の長老が実はアレクシスだったことなど、最初は興味深そうに聞いていたみんなだったが、シルスとの戦いの話にはみんな驚き、フリュは血の気が引いて卒倒しそうになっていた。
「フィリアさん、急いでヒルデ大尉の治療をしなければなりません!」
「はい、若奥様!」
「私は大丈夫だから、もういいわよ」
ヒルデ大尉は遠慮したが、アポステルクロイツの指輪を光らせた二人がキュアとヒールをかけると、大尉は見る見るうちに回復していった。
「大尉の顔色も良くなったしそろそろ艦橋に戻るか」
この世界線の俺たちは果たしてシルビア王女の反乱を無事に止めることができただろうか。
「おかえりなさいませ魔王様。既に入港の準備はできております」
オーガ王国王妃ガブリエラに迎えられた俺たちは、彼女からこの世界線での現状報告を受ける。
それによると、現在この空母はウンディーネ王国ではなくシルフィード王国沿岸に停泊しており、シルビア王女の反乱を直前で阻止した俺たちは、彼女の身柄をシルフィード王に引き渡してその後の捜査にも協力したらしい。
そして裁判の結果、シルビア王女には国外追放処分が言い渡されたのだが、俺たちが彼女の身柄を引き受けたいと申し出たため、今からレイモンド港に入港するところらしい。
俺はフリュにこっそりささやく。
「この話はひょっとして・・・」
「おそらく、7家融和戦略のためとか理由をつけて、アゾート様が申し出たのだと存じます」
「やっぱりフリュもそう思うか。今回の調査ではビスマルクの直系血族が見つからなかったから、傍系血族の女子をなるべくたくさん集めて、アージェント王国の王子たちと交配させようと考えるのが、この俺だ」
「あなたは王族の婚姻を家畜の繁殖と同じようにお考えですからね・・・ですが彼女を連れ帰ってどなたと結婚させるおつもりで」
「そこは義父殿とアージェント顧問に頼んで、アージェント王国の王族を紹介してもらう。貴重なビスマルクの血を手放すなんて、どう考えても勿体無いだろ」
「またそれですか。どうなっても知りませんよ」
レイモンド港に入港した俺は、フリュを連れてレイモンド城で待つシルバール王子の元へと向かった。
シルバールは穏和な笑みを浮かべてシルフィーヌと仲良く寄り添っており、その姿を見るだけで作戦がうまく行ったことを実感できた。
そんなシルバール王子が不思議そうに俺に言った。
「姉上の反乱を未然に防止していただき改めて礼を言うが、簒奪を企むような危険な女をアージェント王国は本当に王家に迎え入れるつもりなのか」
「それは帰ってから王国側と相談することになるが、彼女の血筋はとても貴重なもので、少なくともみんなからはとても喜ばれると思う」
「そ、そうなのか・・・まあ姉上はどうせ国外追放処分なのだからキミの好きにしてくれて構わない。それとマイトネラのことだが、本当に僕との結婚を諦めさせることができるのか」
「彼女はああ見えて実に聡明な女性だ。アージェント王家から婿を迎え入れてもらえるよう、粘り強く交渉してみる」
「あのマイトネラが聡明・・・とてもそうは見えないがキミには僕とは違うものが見えているようだね」
地下牢から連れ出されたシルビア王女を連れて空母へ戻った俺は、今度はガブリエラ王妃とポークシア王妃の二人を連れて彼女を客間へと連行した。
魔力を封じられ、拘束具を着けられた彼女はすっかり観念しており、自分の運命を受け入れ俺への絶対服従を誓った。
「わたくしの身柄を引き受けてくれたことには礼を言います。ですがわたくしをどうするおつもり」
そう俺に尋ねるシルビアに、あの舞踏会の夜に見せた尊大な態度はなく、むしろ怯えているようだった。どうやらこの世界線の俺はシルビアと直接戦い、完膚無きまでに彼女を叩きのめしたらしい。
「心配しなくても悪いようにはしない。お前には誰か適当な王子と結婚してもらい、ビスマルクの血筋の子供をたくさん産んでもらうつもりだ」
「そういうこと・・・女王になれなかったのは残念だけど、この国にはもうわたくしの居場所なんかありませんし、生活が保障されるのならそれもいいわね」
「分かってくれたか。シルフィード王国のように暖かくはないけど、アージェント王国もいい所だぞ」
そして彼女の見張り役としてガブリエラとポークシアを部屋に残すと、俺はウンディーネ王国に行くため転移陣室へと向かった。
「さあいよいよ最後の仕上げだ。この世界線のマイトネラをなんとか説得して、アージェント王国から婿を取ってもらう。彼女ならきっとわかってくれるさ」
だが転移陣室に向かう途中、俺が買ってあげた冒険者風の衣装を着たエルリンとキーファが廊下で遊んでいるのを見つけた。
「エルリンとキーファ、廊下で遊ぶと危ないから部屋に戻りなさい」
「しょうちいたしました、お父さま。ではお姉さま、へやにもどりましょう」
「そうね。行きましょうエルリン」
そう言うと二人は手をつないで自分の部屋へと戻ろうとするが、
「ちょっと待てエルリン。なんでキーファのことをお姉様と呼ぶんだ。一体何の遊びをしてたんだ」
「はいお父さま。えるりんたちは冒けんしゃごっこをしておりましたの」
「冒険者ごっこ・・・ってまさかキーファがTS転生してしまった設定なのか。なんてマニアックな遊びを思いつくんだよお前たちは」
「TS転生?」
「それにキーファ。お前はエルリンと結婚するために強くなりたいとシルフィードの宿で俺に相談していたじゃないか。お姉様呼ばわりされて本当にいいのか」
だがキーファはキョトンとした目で俺を見て、
「何をおっしゃっているのでしょうかお父様は。シルフィードの宿で相談したのは、わたくしがディオーネの生まれ変わりだということでしたが・・・」
「な、なんだとっ!」
俺の目の前にいるのは間違いなくキーファだが、彼は自分のことをディオーネだと名乗った。
一体どうなっているんだ?
俺は二人の手を引っ張ると、急いで部屋に戻して鍵をかけた。
「キーファ、誰にも言わないから今から言う俺の質問に答えてくれ」
「承知いたしました。では何からお話させていただきますか」
「まずはお前の身の上についてだ」
「はい。以前にも申し上げましたように、天寿を全うしたわたくしはメルクリウス公爵家の権力にものを言わせてシリウス教国の聖女軍団を動員し、エルリン同様にリーインカーネーションで転生いたしました」
「権力にものを言わせたって、無茶苦茶だな」
「結果、わたくしはエルフの里で代々自警団長を務める家の長女・キーファとして生まれ変わりました」
「長女ってお前は女だったのか。しかも捨て子じゃなくエルフの里で産まれた・・・」
「わたくしの生家はエルフの里でも屈指の名家で、簒奪帝などと悪名をとどろかせておりますが、ネプチューン帝国最後の皇帝シルスの子孫にあたります」
「シルスの子孫だと!」
まさか思わぬところで未来の歴史が変わっていた。
エルフの里に影響が出てしまったのは想定外だが、今の話を聞く限りこういうことかも知れない。
まず、あの強大な力を持つシルスが歴史の表舞台から忽然といなくなった理由だが、アイツを倒せる奴が過去の南方未開エリアにいるとは思えず、俺たちが時間遡行して倒すことが歴史の必然だった。
だが時間遡行の前後で元いた世界線と少しずれてしまったのは、シルスと騎士団があのタイミングで全滅したことで誰かの行動が変わったせいだろう。
そして今の話を聞く限り、シルスが家に住まわせていた女性たちの中にはエルフもいて、何らかの理由でシルスのいた集団から離れて、エルフの里に戻った。
その時にはすでにシルスの子供を身籠っており、その子孫としてキーファが誕生したのだ。性別が変わってしまったが・・・。
「キーファに前世の記憶が戻ったのはいつだ」
「シルフィード王国に到着する少し前です。それまでは前世の記憶など全くなかったのですが、エルリンがエルフの里に来たのがきっかけで彼女のことがとても気になり、いつも一緒に過ごしておりました」
「そういうことか」
「最初は女性相手に恋に落ちたことにとても悩みましたが、記憶を取り戻して、ただ単に前世の妹のことを気にかけていただけだと気づきました」
「お前たちは前世でもすごく仲が良かったからな」
過去の改変前のキーファもエルリンに随分と執着していたが、彼の正体はディオーネがTS転生したハーフエルフで、前世の記憶が無意識に彼を駆り立てていたのかも知れない。
いくつか穴の空いていたパズルのピースが、頭の中で埋まって行くのを感じた。
「ありがとうキーファ、正直に話してくれて」
俺は二人に礼を言うとその場を立ち去ろうとしたが、キーファが俺の腕を引っ張った。
「どうしたんだ?」
「お父様、二人だけの時はわたくしのことをキーファではなくディオーネとお呼びください」
「俺と二人だけの時って、どういうことだ」
「わたくしのことをお母様たちには内緒にしていて欲しいのです」
「なんで? セレーネに教えてあげたらすごく喜ぶと思うぞ」
「いいえ、わたくしのことが二人にバレてしまうと、計画が阻止されてしまいます」
「計画を阻止って、まさか!」
「はい、わたくしはお父様と結婚しとう存じます」
「な、な、なにーーーっ!」
「エルリンに伺いましたが、今世のお父様には8人も嫁がいるらしく、フリュ母様のガードも甘くなっているので絶好のチャンスなのだと」
「いやしかしそれは・・・」
「わたくしたち二人を娶るぐらい、今世のお父様にとっては最早誤差だと存じます。でも、もしわたくしたちのことをお母様たちにバラしたら、エルリンと二人でゴブリンの巣穴で無残に一生を終えます。それでもよろしいのですか!」
「ゴブリンは絶対にダメだ! し、仕方がないから俺からは言わないでおいてやるが、結婚相手は他を当たってくれ。そうだ、俺の弟のアルゴはどうだ?」
「お父様の弟ですか? うーん、可能性としてはアリですが、ご本人を見てからでないと判断できませんのでそこは保留とさせてくださいませ」
ようし、こうなったらエルリンとディオーネの二人ともアルゴに押し付けてやろう。ウシシシシ。
キーファの正体がディオーネで、簒奪帝シルスの血を受け継いだ魔族の末裔という衝撃の事実が発覚したものの、どうにか心を落ち着かせた俺は転移陣室で待つフリュ達と合流した。
これからマイトネラの説得に向かう訳だが、この世界線ではシルフィード艦隊がウンディーネ王国に攻め込んでいないため、マイトネラとシルバールの関係はまだ壊れていない。
つまりマイトネラはシルバールに執着しており、当然あっさりとは諦めてくれないだろう。おそらく彼女の説得こそが今作戦最大の山場なのだ。
前回同様、王城のフリュの客間に転移した俺たちはそこから彼女のいる謁見の間に向かったが、過去の改変前と同様に、周囲を親衛隊に守られたマイトネラが玉座に腰を下ろしている。
俺をチラッと見るものの、何の反応を示さず笑顔でフリュを迎え入れるマイトネラ。やはり彼女は過去で出会ったマイトネラではなく、シルバールに執着するヤンデレBBA。
俺は彼女と過ごした4日間を振り返り、何か説得材料がないか必死に探した。
次回、南方未開エリアでの全調査終了
物語の舞台は再び帝国へ。




