第34話 新領地プロメテウス
王都を出発して1週間後、順調に旅程を終えた俺たちは、無事プロメテウス城に帰還した。
多くの者はすでに自領に戻っており、城に残っていたのはフェルーム家のみだった。
当主とサルファーはダイニングホールに全員を集め、夕食をとりながらの結果報告を行った。
「アゾートは男爵として独立し、ここの領主になるのか。すると俺たちはどうなるんだ」
「ロエルたちは今のままフェルーム領で暮らしてもいいし、アゾートと共にここプロメテウス領に移り住んでもいい。どうする」
「できれば俺は父上たちに一緒にいてもらいたい。正直、俺一人で領地を治める自信はない」
「それもそうだな。じゃあ俺たちは、アゾートと一緒にここに移り住むよ」
俺の家族が一緒にプロメテウス城に住むことになった一方で、セレーネが不安そうにダリウスにたずねた。
「私はどうなるの」
「お前はそのままフェルーム子爵家次期当主となる。そしてアゾートとの婚約は解消する」
ダリウスから婚約解消を告げられたセレーネは少しうつむいて、それから俺の方を見て言った。
「そっか。なんか寂しいね。子供の頃からアゾートが婚約者であることが当たり前で、それが急に解消されて、もうアゾートとは関係なくなって。そんなの・・・」
そういってセレーネは、ひとり部屋から出ていった。
当主からの報告が終わり、その場は解散。俺はすぐに席をたち、セレーネを探した。
セレーネを見つけたのは城の外、彼女は庭園のベンチに座り一人夜空を眺めていた。
俺は彼女の隣に腰かけて、しばらく空に浮かぶ2つ月を見ていた。
「あっけないものなのね、婚約が解消されるのって。私はアゾートと結婚する未来を当然のように考えていて、サルファーから求婚されたときもアゾートやお父様が何とかしてくれて、だからこんなことになるなんて想像もしてなかった」
「俺も同じさ」
「今から他の結婚相手を探すんだろうけど、気持ちがついていけない。貴族の政略結婚に愛はいらない、必要なのは魔力だけ。頭ではわかっているけれど、心ではわかってなかった。私、アゾートのことが好きだったのね。婚約が解消されてから気づくなんて、本当に皮肉」
「セレーネ・・・」
「私とアゾートは当主同士だから結婚はできない。お互いにいつかは他の誰かと結婚して、別々の道を歩いていくことになるのね。でも今の気持ちは無視できないし、したくない。あーあ、マールの気持ちが理解できてしまったな」
「・・・・・」
「アゾートの結婚相手はネオンになるのかな。どうせネオンのことだから、アゾートの婚約者にしてくれってお父様に言ったでしょ」
「ああ、だけどその場で断ったよ」
「え?」
「俺はネオンを次期当主にすれば、セレーネとの婚約は解消せずに済むと、当主にお願いしたんだ。うやむやにされたけど」
「アゾート・・・」
「覚えているか。俺たちの婚約が決まったときに、俺がセレーネに騎士の誓いをたてたことを」
「ええ、覚えているわ」
「あれは俺自身の誓い。当主の決定でセレーネとの婚約が解消されたとしても、あの誓いは違う。他の誰にも解消できない。セレーネがもういいと言うまで、俺はセレーネの騎士だ」
セレーネが俺に抱きついた。
セレーネの顔が俺の肩に乗り、白銀の髪が俺の顔にサラサラと触れて少しくすぐったい。
俺たちはしばらくそうして抱き合っていた。
セレーネが立ち上がり、俺に手を差し出した。
「ありがとうアゾート、少し元気が出てきた。みんな心配してるかもしれないし、そろそろ行こっか」
「そうだな」
二人並んで庭園を歩く。
「あの決闘の時、フリュオリーネの攻撃からセレーネを先にかばったのがサルファーだったのが、実は少し悔しかったんだ。サルファーに負けたみたいで。あいつセレーネのためなら戦争だって起こせるしな」
「そうよ、なんで先に来てくれなかったのよアゾート。サルファーに遅れをとるなんて、まだまだ鍛え方が足りないようね。それに私より強くならないと、私のことを守れないでしょ。私の騎士さま」
「うっ・・・」
次の日の朝、サルファーや当主たちはそれぞれの領地に帰って行った。
セレーネは、ここに残りたいと駄々をこねるネオンを力ずくて制圧し、引きずって連れ帰った。
それを見て俺は思った。今、セレーネと闘えば負けると。
みんなが去って急に寂しくなったプロメテウス城だが、ここに残ることになった俺の両親が、何やら始めようとしていた。
「アゾート。これからこの城が新しい我が家になる訳だから、さっそく掃除を行いたい。使用人を含めすでに清掃員は手配した。お前も城の中を見回って、改修が必要な場所がないか確認しておくのと、フリュオリーネさんの部屋も決めておけ」
「わかったよ、父上」
そうだな。彼女もここに住むのだから、部屋を決めなければならない。
さて、この城の大まかな間取りを紹介しよう。
1階は入ってすぐが大きなホールになっており、そこから2階へ上がる立派な階段がある。映画などでよく見る典型的な城の玄関だ。
そのホールの正面奥が応接間(フォスファーを倒した部屋)でさらに奥に厨房や倉庫、地下牢へ降りる階段などがある。また両側には使用人たちの部屋がある。
2階は主に客間が20部屋ほど並んでおり、客室の利用者が使用する食堂もある。
3階は家族の個室や貴賓室(計10部屋)、ダイニングホールがある。
そして4階が当主の間であり、俺の部屋となる。当主の間の奥には宝物庫があり趣味の品々を保管しておけるが、今は空っぽである。
城の両端には塔があり、螺旋階段で上までいくと展望台になっている。
風呂とトイレ、洗面は各階に複数ある。
庭は広い。城門から城への通り道全体が庭であるが、今は最低限の手入れしかされておらず、少し殺風景だ。
城壁はしっかりしており、ここは大規模な修復は不要そうである。
さすが伯爵家の城。スケールが違うな。
フェルーム騎士爵家の屋敷のいったい何倍あるのだろうか。男爵家が使う城としても大きすぎる。
だが汚い。
これ全部掃除したり改修するのにどれぐらいの時間と金が必要となるのか。
さて、見回りでも始めるか。
最初に俺は自室となる4階に上がっていった。
階段を上がって4階に着くとすぐに謁見の間があり、左右に控室のようなものが並んでいる。
謁見の間の奥の扉を開けると、そこには広い部屋が一つあり、そのさらに奥の扉の向こうは当主つまり俺の部屋になっている。さらにそこから奥には、魔法のカギで施錠された宝物庫がある。
まずは当主部屋の調度品をざっと検分する。家具類は修理すれば使えそうなものがほとんどだが、ベッドのマットレスは傷んでおり新調する必要がありそうだ。
当主の部屋から出て、前の大きな部屋に入る。ここは何の部屋かわからない。調度品が何もなく、ただ広い空間が広がっているだけだ。
それから謁見の間に戻る。たぶん使わないな。
ちょうど4階に清掃員が入ってきたので、邪魔者は消えるとしよう。
3階では両親と俺の弟妹が、清掃員に指示をしながら自分の部屋の掃除をしている。俺にはネオンのような偽者ではなく、本物の弟妹が3人いるのだ。
このフロアーには10も部屋があるので、まだまだ部屋が余っている。俺はずっと後ろに控えていたフリュオリーネに話しかけた。
「フリュオリーネ、好きな部屋を選んでくれ」
「私は2階の部屋を使わせていただければ」
「2階は客間なので部屋が少し小さいけど、いいのか」
「はい」
俺たちは2階に降りていった。
2階は廊下をはさんで左右に部屋が並んでいる。雰囲気は違うがホテルの客室のようなものと考えてよさそうだ。
ちょうど真ん中あたりにある部屋の前で、フリュオリーネが立ち止まった。
「この部屋でいいのか?」
フリュオリーネが選んだのは、地下牢から助けた時に彼女をかくまったあの部屋だった。
「探せばもっといい部屋があると思うぞ」
「私はこの部屋がいいのです。あの時に私を助けてくださったこの部屋が」
俺にしがみついて大声で泣き続けていたフリュオリーネの姿を、俺は思い出していた。
「そうか。この部屋でいいのなら、ここはフリュオリーネの物だ」
「ありがとうございます」
二人で部屋の中を見てまわる。
この部屋はある程度掃除されており綺麗なのだが、よく見ると調度品などは傷んだものが多く、折角なので入れ替えることにした。
「この部屋の調度品を新調しようと思うので、今度好きなのを選んでおいてほしい。それから・・・地下牢は取り壊して倉庫にしようと思う。それでいいよな、フリュオリーネ」
彼女のつらい記憶が完全に消えるわけではないが、あのような場所は、俺の城には必要ない。
「はい」
そう言って、フリュオリーネはそっと俺の左腕に抱きついた。
「今から思えば、地下牢に閉じ込められている時、アゾート様のことを考えていた気がします。あなたなら、私をここから助け出してくれるのではないかと。私の心の中の声が、きっとあなたに伝わったから」
俺は察した。
ポアソン領のビーチで水のかけっこを楽しんでいた時の、地の底から俺を呼ぶ声が誰のものだったのかを。
少なくともモテない同盟のものではなかったことに。
腕にすがり付きながら俺を見つめるフリュオリーネの目を見るのが、なぜかすこし後ろめたかった。
その夜からは2階の食堂で夕食をとることとなった。
当主たちがみんな領地に戻り、久しぶりに家族だけの食事だ。この広すぎる城に、俺たちと使用人の他に誰もいない。
だから3階のダイニングホールは使わずに、食堂でこじんまりと食事をすることにしたのだ。
その夕食で、父ロエルが俺に話を切り出した。
「家名についてだが、俺とマミーは今後もフェルーム姓を名乗ろうと思う。今さら名前を変えるのもどうかと思うのでな」
「そうだな。俺自身も伯爵の提案でなければ名前を変えるのは嫌だったし、気持ちはわかる」
「だが、お前の弟妹たちには学園入学時にどちらの姓を名乗るか選ばせることでいいか。こいつらも一応メリクリウス家の一員だからな」
「好きにしてくれて俺は構わない。まあ当分メリクリウス姓は俺一人だな」
「何を言っている、二人だろ」
「どういうことだ」
「フリュオリーネがいるだろ」
「?」
「やっぱりわかってなかったか。フリュオリーネはアウレウス姓を名乗れない。学園や貴族社会で活動するには家名が必用。名乗れるのは後ろ盾になるお前の家名だけ」
「なるほど、そういうことか」
家族に混ざって夕食をともにしているフリュオリーネが、軽く会釈をしてみせた。
「フリュオリーネ・メルクリウスか・・・」
それから一週間ほどは、プロメテウス領の視察をしたり、城の掃除をしたりして、あっという間に時間が過ぎていった。
そしていよいよ明日から学園が始まる。
「俺たちはそろそろ学園に戻るよ。この城と領地のことをよろしく頼む」
「あとは私たちに任せて、しっかり勉強しておいで。フリュちゃんも元気でね」
フリュオリーネはうちの家族からは「フリュちやん、フリュちゃん」と呼ばれ、すっかり馴染んでいた。かくいう俺も、
「週末はなるべくこっちに戻るようにするよ。そろそろ行こうか、フリュ」
「はい、アゾート様」
フリュもDランク冒険者としてギルド登録を終わらせており、俺たちはプロメテウスギルドから転移陣を使ってボロンブラークギルドまで一気にジャンプした。
そこから学園まで歩き、今校門の前に立っている。あしたから、またみんなに会えるな。
あのサマーパーティーでの突然の悪役令嬢断罪劇から始まった今回の騒動は、まさかの内戦に発展したくさんの血が流れた。
俺自身もギリギリのところで生き残り、終わってみれば男爵として新領地と城の主となっていた。
夏休み前は学園の女王として君臨し、俺と会えばいつも怒りをぶつけてきたフリュオリーネとも、今は俺の家族とともにひとつ屋根の下に暮らし、こうして二人並んで学園に戻ってきた。
こんな状況、夏休み前には想像すらしていなかったことだ。
「なあフリュ。学園ではなるべく前と同じように令嬢として毅然とした態度で振る舞っていてほしい。平民落ちしたからとバカにする奴がいたら、俺が叩きのめしてやる」
「ふふっ。アゾート様がお望みなら、そのように致しますわ」
俺は明日からの学園生活な期待を抱きながら、フリュと二人並んで学園に足を踏み入れた。
こうして俺たちの夏休みは終わった。
次回エピローグです
それから新章スタート
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