第30話 ポアソン領へ脱出せよ
8月12日(雷)雨
「姫様。フォスファー様が目を覚ましました」
「わかりました。伺います」
フォスファーの侍従から報告を受けた私は、彼の容態を確認するため寝室に入って行った。
「お体の調子はいかがですか」
左腕に重傷を負い、右腕と背中にも重度のやけどを負ったフォスファーは、私が救出して野営地に戻ってからずっと眠り続け、先ほどようやく目を覚ましたところだった。
身体のあちこちに包帯がまかれ、その姿は痛々しかった。
「フリュオリーネか。私を助けてくれたのだな。ひとまず礼を言おう」
「それには及びませんが、お体は大丈夫ですか」
「目は見えるようになったのだが、体中が痛い。早く治癒師に診てもらわなければ痛くてたまらん。それで戦況はどうなっている?」
「積極的な交戦は行わず、援軍の到着を待っているところです。予定では明日スカイアープ渓谷を全軍が通過し、領都を占領しつつ各領地を包囲制圧していく予定です。フェルーム領は一番最後になりますが、順調にいけばあと3,4日で包囲網が完成するでしょう」
「そうかわかった。ありがとう。もう下がってくれていいぞ。そなたは作戦指示に専念してくれ」
「かしこまりました」
「出ていったか」
僕はフリュオリーネが部屋を出ていったのを確認すると、侍従を部屋に呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「ああ。ちょっと近くに寄れ」
侍従をそばに寄せ、小声で指示をだした。
「今日の夜フリュオリーネを拉致して、プロメテウス城の地下牢に監禁しておけ」
「なっ!何を言い出すのですか、フォスファー様」
「いいかよく聞け。このまま内戦が終わったら、手柄はすべてフリュオリーネのものだ。スカイアープ平原の戦いでは、サルファー軍の作戦を見抜いて我が軍を勝利に導いた。今回の領都と各領地の包囲作戦も全部あいつ一人で考えたものだ。忌々しいことに全てうまくいっている。サルファー陣営の古だぬきどもを、あいつ一人で手玉に取っているのだぞ。それに昨日の決闘の話は聞いているだろう。お前は見てないので信じられないかもしれないが、あいつの戦闘力は化け物だ。相手のセレーネも大概だったが、僕や兄上では到底かなわない。このままでは兄上の言う通り、僕は一生あいつに頭が上がらず、アウレウス伯爵の傀儡になり果ててしまう。そんな人生は絶対に嫌だ」
何かに追い立てられたように焦りを隠せないフォスファー。顔を青ざめる侍従だったがフォスファーはさらに続ける。
「だから、フリュオリーネにちょっとしたお仕置きをして、俺に従順な女にしてやるんだ。あの不潔で劣悪な地下牢にずっと閉じ込めていれば、あの何の感情も持たないようなクソ女でも、そのうち心が折れるに違いない。見た目だけはいい女だからせいぜい楽しんでやる。あとは兄上の愛するセレーネ。あいつも手に入れて、ウヒウヒヒヒ」
「フォスファー様。お止めになった方がよろしいかと」
「黙れこれは命令だ。僕も後を追ってプロメテウス城に戻るから、お前は彼女と先に行ってろ」
「・・・承知いたしました」
その頃サルファー軍指令部では、反抗作戦のための会議が行われていた。
「昨日のバカ騒ぎから、貴重なヒントが得られたな」
「僕が徹夜で頑張って実現した貴族の決闘を、バカ騒ぎなどというな」
「フォスファーとアウレウス軍は一枚岩ではない。フォスファーとスキューは安い挑発に乗ってきたが、フリュオリーネは決闘に慎重だった。おそらくアウレウス騎士団は、時間稼ぎをするよう本体から指示が出ていると思われる」
「つまりどういう事だ」
「血気にはやるフォスファーの騎士団を誘き出す。今回の戦争の勝利条件は、突き詰めればお互いの旗頭である次期当主を討つこと。うまく行けば、数の劣勢を覆せるチャンスだということさ」
「なるほど。ではフォスファー騎士団の動きを見張り、チャンスをうかがうとするか」
8月13日(光)雨
アウレウス騎士団では朝から蜂をつつくような大騒ぎが起こっていた。
「姫様がいなくなっただと」
「はい、それにフォスファーとその直営部隊もいなくなりました」
「誰か事前に話を聞いていたか」
「それが誰も」
「うーむ。スキュー騎士団はどうなっている」
「あちらも状況がつかめていないようですが、あちらはあちらで、男爵の救出をするのだと突撃準備で大騒ぎです」
「それは不味い。勝手なことをされては包囲作戦がくずれてしまう。ちょっと向こうの隊長に話をつけてくる。お前たちは敵に気取られないように注意しつつ、姫様の行方を探せ」
「ハッ」
「どうだ、敵の様子は」
「ハッ。朝はバタバタしていて突撃準備をしているように見えましたが今は落ち着いていて、スキュー騎士団が前面に出て守りを固めています。フォスファー騎士団は後ろに下がったようで、ここからは様子が分かりません」
「わかった。チャンスは少ないので確実にしとめたい。このまま様子をみるように。少しでも動きがあれば教えろ」
「ハッ」
8月14日(闇)雨
「もう時間がない。一か八か突撃を図ってみるか」
「突撃しようにも、肝心のフォスファー騎士団の姿が昨日から確認できていないそうだ」
「フォスファーがいなければ、突撃するだけ無駄だ。こちらの狙いが読まれていたのか」
「しかしこのまま手をこまねいていても仕方ない。やはり突撃するか」
「サルファー、お前突撃しか言えないのか。いたずらに兵を失ってどうする。フォスファーを討てないなら、終戦後の条件交渉を有利に進めるためのポイント稼ぎを考えた方がいい」
そこへ伝令が飛び込んできた。
「モジリーニ領が降伏したようです。また領都も完全に包囲された模様で、領民の通行が制限されています。ゴダード領も交戦中ですが、降伏まで時間の問題かと」
「そうか、報告ご苦労だった。下がってよい」
「ハッ!」
「敵の動きが予想以上に早かったな。どうやらあちらの指揮官の方が一枚上手のようだ。条件交渉で何とかなりそうなものはあるか」
「今のところ、スキューの身柄を拘束しているだけで何もない」
「それじゃあ、サルファーや俺たちの命は助からんな。せめてフリュオリーネの身柄があれば、アウレウス騎士団は交渉に応じてくれたかもしれんが」
「バカ言うな、あの決闘を見ただろう。フリュオリーネの身柄を捕らえられるぐらいなら、フォスファーのやつの方がよほど簡単だ。アイツを捕らえて我々の勝利だよ」
「まあ俺たちの命は助からんとして、フェルームの血を残すために子供たちの命を救えるかどうか。セレーネはフォスファーのやつが自分のものにしたがってたから生き残るとして、アゾートとネオンを何とかしたいな」
「フォスファーとは交渉は無理でも、アウレウス伯爵との交渉のテーブルにうまく着ければ、あの二人が生き延びる可能性がある。なにせ新兵器の開発能力は魅力だからな」
「だが交渉中にフォスファーに襲われる危険性は残る。その間の二人の安全の確保のため、中立派の筆頭家のフィッシャー辺境伯家を頼ろうと思うのだがどうだ」
「それはいい考えだ。では、セレーネも辺境伯にお願いするということでどうだ。セレーネがあのフォスファーの毒牙にかかるのだけは死んでも嫌だ。考えたくもない」
「サルファー、お前はまだセレーネにこだわっているのか。お前がそんなだから戦争になって、負けてしまうことになるんだぞ」
「すまん。それでも俺はセレーネを愛しているのだ」
「傾国の美女というやつか・・・そうだな。セレーネをただであいつにくれてやることはない。三人まとめてお願いしてみよう」
俺は当主に呼ばれて、司令部のある部屋にセレーネとネオンを伴って訪れていた。
「間もなくこのフェルーム領はフォスファー軍に包囲されるだろう。戦況は極めて悪く我々は降伏することになる可能性が高い。その場合、俺たちは首脳陣やその家族は全員処刑されることを覚悟した方がいい。普段偉そうにしてる分、貴族の末路なんてこんなもんさ」
俺たちは処刑されるのか。
まさかこんなところで人生が終わるとは。逆転の目はもうないのか。
「だから、お前たちだけでも逃がすことにした」
「え?」
「アウレウス伯爵との交渉次第だが、当面の保護を中立派のフィッシャー辺境伯にお願いしようと思う。辺境伯の事だから、たぶん悪いようにはならないだろう。これから受け入れを打診してみるので、その間どこか別の中立領地に身を隠しておいてくれ」
泣き崩れてしまったセレーネとネオンを俺は部屋まで連れていき、その後マールと相談するために町までやってきた。
ダンとマールは俺たちのことを心配してまだフェルーム領にとどまっており、今の時間帯はたしかギルドにいることになっている。
ギルドに入ると二人は食堂のテーブルに座っていて、他の冒険者たちと雑談をしているところだった。
「アゾート、こっちこっち」
俺に気づいたマールは、手を大きく振ってこちらに手招きした。
ここでは話せない内容なので、俺は二人をギルドから連れ出し、宿屋のダンの部屋で事情を説明した。
「そんなことになってるのか」
ダンが沈痛な面持ちで聞いていた。
「それで一時的にマールの領地に滞在できないかと思って相談にきたんだ。たしかポアソン領は中立派だったと思うが」
「もちろんいいよ、うちに来て。うちの両親は私のお願いは断らないから大丈夫だよ」
「ありがとうマール。実はあまり時間がなくて、できればいますぐ出発したい」
「わかった。アゾートとネオン、セレーネさんの3人だけでいいの」
「ああ。両親たちはここに残らざるを得ないそうだ。自分達が戦争責任を取らないと分家にも責任が広がっていくので仕方がないらしい」
俺は悔しくて拳を握りしめた。
「ネオン親衛隊のみんなは? 銃装騎兵隊は?」
「そうだな、親衛隊には俺から話してみるよ。銃装騎兵隊は正式な騎士団なので連れていくことはできないが、少佐は教官としてクエストを依頼している冒険者なので、何とかなるだろう」
その後、親衛隊や少佐にも話をしてまわり、再び指令部のある本家に帰宅した。
そしてすぐにフェルーム領を立つことを伝え、両親や当主、サルファーに別れのあいさつをした。
「俺たちは、マールの実家のあるポアソン領にしばらく滞在することで話がついた。昼間はポアソンギルドにいるようにするので、ギルドの転移陣を使って来てくれれば、すぐに連絡できると思う」
「わかった。辺境伯への交渉は何とかするから、お前たちは元気で生き延びろよ」
「お父様、お母様さようなら・・・」
「アゾート、二人のことを頼むぞ」
そしてサルファーが申し訳なさそうな顔で俺に頼んだ。
「こんなことになってしまって、本当にすまなかった。アゾート、俺のセレーネを幸せにしてやってくれ」
「決闘の時も思ったが、お前のセレーネではない。俺の婚約者だ。お前に言われなくても幸せにするつもりだ」
「すまない、恩に着る」
「アゾート、少ないけどこれを持ってきなさい。その子たちには必要でしょ」
母から渡されたのはお金と魔石の入った袋だった。
「ありがとう助かる」
魔力の少ないネオン親衛隊が転移陣を使うためにはこれぐらい必要だ。
なにせ12人全員が付いてくることになったからな。
大所帯だけど、マールの実家は受け入れてくれるかな。
「時間がおしいので、もう出発するよ、父上、母上。それから最後まであきらめず自分たちも生き残れる道を探してほしい。これが俺たち3人からのお願いだ」
「当たり前だ。・・・頑張れよ」
両親たちとは屋敷で別れ、俺たちはなるべく目立たないようにギルドへ移動。そこから転移陣を使用して、プロメテウス城の城下町のギルドまでジャンプした。
ポアソン領まで一気に行ければいいのだが、距離がかなりあり全員が一足で飛ぶには魔力が足りなかった。
しかたなく、今日は中間地点にあたるプロメテウスで一泊する予定なのだ。
「プロメテウス城ってどのあたりにあるの?」
マールはあまりこの周辺の地理を知らないようだ。
「この城下町はボロンブラーク伯爵の直轄領なんだ。場所は伯爵支配エリアの東端に位置していて学園とはちょうど正反対の場所にある。ここからさらに東は他の伯爵支配エリアに隣接していて、交通の要衝になってる貿易と商業の町だ。ちなみに、ここはサルファーの城だが数年前から誰も住んでいない」
今日はここで宿泊して、明日の朝早くポアソン領までジャンプしよう。それまでに魔力を十分回復させなきゃね。まずは腹ごしらえだ。
ギルドの酒場で俺たちは食事にありついた。
セレーネとネオンはまだ元気がなかったが、今の俺にはかける言葉がないので、そっとしておいている。
親衛隊も心配そうな顔をして、ネオンをなぐさめてくれている。こういう時は女子の心遣いが助かる。
マールもセレーネに寄り添ってくれている。
こう言う細やかな心遣いは俺の苦手とするところなので助かる。
結局、少佐は俺たちと行動は共にせず、奥さんと二人でしばらく身を隠して様子を見るらしい。
ダンは魔力が弱く、自力で転移陣で移動できる距離が短いことから、今回は同行はせずに自分の領地に帰っていった。
落ち着いたら、きっとマールの領地に遊びに来るだろう。
食事も終わり、宿屋を探すためにギルドを後にした。
外は夕方になっており、あたりは薄暗くなってきていた。
今日一日いろんな事があった。今朝起きたときにはまさか、みんなを引き連れて他領地に亡命することになるなんて想像もしていなかった。
まだ身の振り方も決まってないが、俺がみんなを守って行かなければならない。気を引き締めなければ。
今気がついたが、ここにはクラスの女子全員いるのか。全員で亡命。
ということは夏休み開け、騎士クラスBの女子はマールだけになるのか。
モテない同盟には、また変に恨まれるのだろうな。
「どけどけ邪魔だ!道を空けろ!」
後ろから大声がしたので、俺たちはあわてて端の方によって道を空けた。
たくさんの騎士たちが町なかを馬で猛スピードに駆けて行った。
「隠れろ!」
俺たちはあわてて物陰に隠れて、騎士団をやり過ごす。
すると、隊列の後方付近にみたことのある顔があった。
フォスファー!
なんであいつがプロメテウスにいる?
フェルーム領を包囲していたのではなかったのか?
いずれにせよ不味い。奴らに見つかる前にここを出ていかなければ!
「みんな。今からもう一度転移陣を使って、ポアソン領に向かおう。魔石が足りないから、みんな有り金出してくれ」
全部あわせても少し足りない。
「いや、俺とセレーネとネオンがマジックポーションで魔力を回復すれば、なんとか行けるぞ」
「嫌だよ。もうお腹一杯でポーションなんか飲めない」
「ネオン。黙って飲め」
「うぷっ」
俺たちは持っていた魔石やお金を惜しみ無く使い、転移陣でポアソン領にジャンプした。




