第141話 ソルレート軍最終防衛ラインの攻防
8月17日(風)晴れ
進軍開始より5日目、メルクリウス軍はついに領都ソルレートまで到達した。領都の手前に構築されたソルレート領民軍の最終防衛ラインにはソルレート領民軍14000が布陣し、メルクリウス軍11000と陣地の南東方面で対峙していた。
ソルレート領民軍は当初兵力15000をもってメルクリウス軍12000と相対していたが、相次ぐ農民兵の反乱や兵士の離脱が続き、戦線が維持できず後退を余儀なくされ、領都の手前まで防衛ラインを下げざるを得なかった。
メルクリウス軍も兵力を1000減らしていたが、そのほとんどはトリステン領の領民たちであり、負傷した者は直ぐに後ろに下げて戦闘から離脱させたため、戦死者はほとんど出していなかった。
そんなメルクリウス軍だが、敵に対し圧倒的な力量差を見せつけながら、相手の心を折る戦いを徹底してここまで進軍してきたのだ。
ベルモール・ロレッチオ領騎士団総数3000も、メルクリウス軍と肩を並べて敵陣地南西方面に布陣していた。
西部戦線と呼ばれる戦場を戦ってきた両軍には明らかに士気の差がある。
兵数合わせて10000を誇っていたソルレート領民軍は、農民兵たちの反乱が相次いで組織が完全に崩壊。領都出身の兵士だけで軍隊を再構成し改めて防衛戦に臨んだものの、今度は湖から上陸してきた騎士団に背後から攻撃を受けて再び敗走。結果的に3000の兵数がこの最終防衛ラインに逃げ込んできたのだ。
兵士が大量に死傷したわけではないが、数字だけ見れば損耗率は70%にも及び、兵士の士気は最低レベルに落ち込んでいた。
一方のベルモール・ロレッチオ軍は、この戦いに勝てば長期にわたる領土防衛戦からようやく解放されるわけであり、最後の戦いとして闘志が漲っていた。
戦場全体が見渡せる高台に布陣したメルクリウス軍司令部の中心で、フリュオリーネは全兵士たちを見下ろして、扇子を前へ振り下ろした。
「全軍突撃せよ!」
地響きかと思うような雄叫びとともに、メルクリウス軍が敵最後防衛ラインに向けて突撃を開始した。
それと呼応するように、遥か西方でもベルモール・ロレッチオ両騎士団が突撃を開始する様子が確認できた。
フリュオリーネは自分の馬に乗り、自らも敵陣へ向けて走り出していた。
ソルレート領民軍司令官のロックは、シュトレイマン派連合軍との戦線を放棄し、パッカール方面軍4000をやはり最終防衛ラインまで後退させていた。
ここは、防御壁や塹壕、トーチカなど防御に特化した拠点であり、ボウガンや軍用魔術具による魔法攻撃などを身を隠して行うことができる。
兵数14000、すでに半数以下にまで兵力が減ってしまったが、死傷者が出たわけではない。兵士の脱走が相次いだことによる軍の再編の結果であり、ここ最終防衛ラインは防御側に極めて有利なため、勝つ算段は十分に整っている。
また、領都内にはまだ治安維持部隊の5000が予備戦力として残っているため、いざとなれば兵力は増やすことができるはずだ。
それを兵士たちは理解しており、ここに布陣してから士気が高まりつつある。
だが不安材料もある。クロリーネ・ジルバリンク率いるシュトレイマン派連合軍の参戦だ。
かの軍の到着を遅らせるための足止め工作は行ったが、果たしてどれだけ時間が稼げるか。クロリーネが参戦するまでに、なるべく多くの敵兵を削っておきたいところだ。
メルクリウス軍司令部では、ダリウスがフリュオリーネに直訴していた。
「あの塹壕が意外に手強くて進軍が上手くいかない。そろそろエクスプロージョンを解禁してもいいんじゃないか?」
だがフリュオリーネが出した答えは、
「いけません。引き続きファイアーとバリアーのみでお願いします。バートリー騎士団を前面に出して、その後ろから少佐の銃装騎兵隊が攻撃、両サイドをメルクリウス騎士団とフェルーム騎士団で挟むようにしてください」
「しかしそれでは時間がかかりすぎるのでは」
「それで構わないのです。なぜなら、これは時間稼ぎをしているのですから」
「え、時間稼ぎ? 何のために」
「それはもちろん、犠牲を少なく確実に勝利をもぎ取るためです」
「どう言うことだ?」
「ロック司令官、メルクリウス軍に対し我が方の火力がほとんど通じません。前面に展開したあの黒色の騎士団のバリアーが強力で、トリステン方面軍指揮官によると、あれがバートリー騎士団だそうです」
「たしか傷一つつけられないという騎士団だったが、あれがそうか。なるほど人数こそ少ないが、一人一人の防御力は桁違いだな」
「その後ろから攻撃してくる騎士団も不気味です。見たことのない新兵器を使って、我が軍の武器をピンポイントに破壊していきます。こちらも人数が少ないが、バートリー騎士団との組み合わせでは最強です」
「そこはなるべく相手にするな、他の騎士から先に倒していけ」
「はっ!」
戦場が膠着状態になって半日が過ぎた頃、フリュオリーネが突然立ち上がった。
「お義父様、ダリウスさん、いよいよ最終局面です」
「え、どういうこと? 特にさっきから状況が変わってないけど」
「ほら、ソルレート城の上をご覧ください」
「城の上って・・・何か白いものが飛んでる?」
「フリュちゃん、あれはフレイヤーじゃないのか?」
「ええお義父様、フレイヤーです。クロリーネ様の偵察機がこの上空を飛んでいるということは、間もなくシュトレイマン派連合軍とマーキュリー騎士団がこの戦場に到着するということです」
「フリュちゃんはこれを待っていたのか」
「はい。それともう一つ」
「もう一つ?」
「ロック司令官! シュトレイマン派連合軍が現れました!」
「まさか! もうここまで到着したのか・・・進軍が速すぎる。我々の足止め策がたった半日しか持たなかったのか」
「恐らくは・・・しかしそんなことよりも奴らが現れた場所が問題です」
「・・・どこに現れたのだ」
「この最終防衛ラインと領都ソルレートとの間、北方より奴らが攻め込んで来ました。我々の防御陣の東側がすでに突破されたようで、そこから我々は後背をつかれてしまいました」
「・・・報告の意味がわからん。なぜ今まで敵の接近に気がつかなかった、そしてどうやって防御陣東側を突破されたのか、聞きたいことが多すぎて間に合わんわ!」
「あまりにも敵の進行速度が速すぎて、参謀本部でも状況が把握しきれていません」
「・・・だとするとマーキュリー騎士団も」
「はい、やつらはすでに派閥の壁を乗り越えて一体化し、一つの軍隊として動いています。それよりも、ここからどう対処いたしましょうか」
「我々は前後から敵に挟まれて、領都への退路を断たれた。最早仕方がない、領都へ増援部隊の要請を」
「はっ!」
「フリュちゃん、シュトレイマン派連合軍が突然現れて、いきなり騎兵たちが何事もなく塹壕を通過していったけど、あれはどうやったんだ?」
「正確なところはわたくしにも分かりかねますが、恐らくクロリーネ様が空から塹壕の位置を正確に確認して、一番通過しやすい経路を特定。シュトレイマン派貴族が得意とするバリアー魔法を使って、塹壕の上にバリアーを被せてその上を馬で走り抜けた」
「そんな無茶苦茶な! 下にバリアーなんか展開したら、下手すると待ち伏せられて蜂の巣にされるぞ」
「塹壕の全ての位置が分かっていれば、その危険性の少ないルートを通過することができると、クロリーネ様は考えたのかも知れませんね」
「・・・理屈ではそうかも知らないけど、そんな作戦普通やるか?」
「わたくしには恐ろしくて、とてもそんな作戦を実行には移せませんが、クロリーネ様には他にも何か算段があったのかも知れません。戦争が落ち着いたら、どうやったのか話を伺ってみたいですね」
「そ、そうだな。けど、フリュちゃんとクロリーネの会話は、ワシには難しくて理解できそうにないけどな」
「あ・・・お義父様、領都の城門が開きました。中からソルレート治安維持部隊が多数出撃してきます」
「フリュちゃんが待ってたのは、あいつらの出撃だったな」
「はい、これでチェックメイトです。我々もそろそろ動きましょう」
そしてフリュオリーネは再度、扇子を前に振り下ろして全軍に指示を出す。
「全軍隊列を組み、真正面の塹壕にある敵司令部に向けて進軍開始! 大声を上げて敵を威嚇しながら、ゆっくり堂々と進軍してください」
ソルレート戦のラストです
夜にもう一話投稿します




