第120話 ナルティン領の支配者
その後戦いは乱戦の様相を呈し、魔法の乱打戦から純粋な騎馬戦へと変化していく。やがて夜を迎えて疲労のピークを迎えた双方の騎士達は、阿吽の呼吸で兵を引き、戦いは仕切り直しとなった。
そしてナルティン城の執務室では、ナルティン子爵が今日の戦果について、息子たちや側近である分家筋の者たちから報告を受けていた。
「我が方の損失が300であちらは100だと・・・逆じゃないのか」
「推計ですが概ね間違いありません。敵が強すぎて数の優位が覆されてしまいます」
「いくらなんでもそんなバカなことがあるか。向こうはメルクリウス男爵の騎士団1000にポアソン騎士団が50加わっただけなんだろ。そう報告していたじゃないか」
「それが、サルファー次期伯爵とフェルーム子爵の姿を戦場で確認いたしました。その他にもまだ学生ですがアウレウス家の例の才女のフリュオリーネの他、ジルバリンク侯爵令嬢とその護衛騎士その他複数の上位貴族の子弟が確認されています。とにかく強力な魔導騎士だらけなのです」
「ちょっと待て。ボロンブラーク伯爵家まで参戦しているとは聞いてないぞ。それにフリュオリーネはあいつの嫁だからわかるとしても、なぜ、アウレウス派の軍にシュトレイマン派の重鎮ジルバリンク侯爵の令嬢が混じっているのだ。どう考えてもおかしいだろう。そうだ、ポアソン騎士団は大して強くないはず。やつらの損害はどうなっている」
「信じられないことに、死傷者が確認できておりません」
「それはゼロって意味か? なんで?」
「ポアソン家次期当主のマールが終始バックアップに回っており、強力なバリアーとキュアで、騎士団にダメージを与えられないのです。あと、強力な風魔法を放ってくるため、下手に近づくとメッタ切りにされて危険なのです」
「ちょっと待て、それもおかしいじゃないか。ポアソン家は光属性の家系だ。なぜ風魔法が使える」
「それもそうですが、魔力がすでに騎士爵レベルを越えています。あれはもう子爵クラスでも上位の魔力ですよ」
「はあ? そんなに魔力があるなら、上級貴族の嫁になっても全くおかしくないではないか! 放っておいても引く手あまただ。・・・あんなボンクラ息子なんかには勿体ない、私が妾にもらっておいた方がよかったわ。・・・いや待て、今からでも遅くないか。マールはまだ学生だが、ポアソン家の女は美人揃いだから、そのうち私好みのいい女に成長するだろう。いまのうちに手にいれておくか。ヒッヒヒヒ」
「そんなことを言ってる場合じゃありませんよ子爵。このままでは10日と持たず我々は全滅します。援軍が必要です」
「そ、そうだな、すぐに援軍を呼ぼう。トリステン男爵に救援要請を。あいつは金に汚いから頼みたくなかったが、背に腹はかえられぬ。そうだ、金と一緒にソルレートの奴隷女から少女を適当に選んであてがっておけ」
「またですか・・・私にはトリステン男爵の趣味が理解しかねます。吐き気がしますよ」
「わかっておる、あれは変質者だ。私も関わりたくないが、仕方がないではないか。奴隷の選択はお前がやっておけ」
「えっ? いや、しかしっ・・・はぁ、り、了解しました」
メルクリウス軍の野営地でも、今日の戦果と明日の作戦行動について確認が行われていた。
両軍の被害状況、損耗率などを確認し、戦況の変化やそれに対応した戦術の効果を評価した。明日の戦いに向けて、戦術レベルでの修正を加えていく。
騎士団幹部による打ち合わせが終わり、それぞれが自分のテントに帰っていくと、俺たちは夜の作戦行動を開始する。
夜は攻撃しないなんて誰が決めた? 今から俺たちはナルティンの居城を空爆する。
フレイヤーは矢に弱いため昼間は積極的に使えなかったが、地上から視認しにくい夜間であれば、発見されるリスクは極めて低い。フレイヤーは夜空を舞って爆裂の炎を散らす兵器でもあるのだ。
そんな爆撃隊のメンバーは以下の通りだ。
第一波、セレーネ✕クロリーネ
第二波、アゾート✕マール
第三波、リーズ✕クロリーネ
第四波、ネオン✕マール
ナルティン子爵の居城は強固な石造りで、おそらく強力なバリアーも使われている。城塞都市ヴェニアルでの実験結果からも、エクスプロージョンが効きにくいことは承知の上だが、爆撃を続ければ夜間神経を消耗させて、明日の戦いに疲労として現れるかもしれない。
クロリーネとマールは大変だが、我が騎士団の損耗率をさらに下げるためには、ここが正念場だ。嫌がらせをどうせやるなら、とことん徹底的にだ。
次の朝、居城の上半分が焼失し、残された下半分も未だに炎がくすぶっているナルティン城では、仮設の執務室にナルティン騎士団の幹部が詰めていた。
一晩中、断続的に続いたエクスプロージョンによる空爆は夜明けと共に完全におさまったが、城の爆砕と炎上への対処に徹夜を強いられたのだ。城の全壊は防げたものの火災の発生は防ぎようがなく、騎士団を動員しての消火活動に明け暮れた。
「で、敵の攻撃がどこから行われたのかわかったのか」
「全くの不明です。城内に敵が侵入した形跡がなく、城の直上にあれだけの強度の魔方陣を出現させる方法がそもそも存在しません。あるいは鳥のように大空を飛んだとしか」
「それだよ! あいつら遺物を使った人類初飛行でこの前勲章をもらってたじゃないか。その遺物を使って空からエクスプロージョンを一晩中打ち込んできやがったんだ」
「まさかそんな方法で攻撃するとは非常識な」
「メルクリウス男爵・・・頭のネジが完全にぶっ飛んでいやがる。我々は一番危険な奴を敵に回してしまったのかもしれない。・・・騎士団は出撃可能なのか」
「徹夜の消火活動で疲労がピークに達しています。出撃しても昨日以上に損耗を強いられるでしょう」
「籠城は・・・」
「敵の新兵器で城門が完全に破壊されていて不可能です」
そこへ伝令が飛び込んできた。
「北から新たな敵です。メルクリウス騎士団500と、バートリー騎士団200の連合軍です。メルクリウス軍は謎の新兵器で武装し、バリアーもほとんど効かない防御不能な攻撃を仕掛けて来てます」
「新手の騎士団にまた謎の新兵器・・・しかもなんでバートリー騎士団までが一緒に来るんだよ。あれはフィッシャー辺境伯の懐刀じゃないか。メルクリウスはフィッシャー辺境伯まで味方につけたというのか」
さらに別の伝令も飛び込んできて、
「メルクリウス騎士団が突撃を開始しました。間もなく城門を通過されます」
「ええい、騎士団の連中をたたき起こして防衛に当たらせろ! 市街戦だ。混戦状態にして援軍の到着まで粘れ」
「はっ!」
「それにこんな部屋に閉じ籠って、お前たちの報告を聞いているだけでは状況がわからん。私も前線に出て直接指揮を執る」
「お待ちください。敵は強力な魔導騎士です。危険ですので絶対にお止めください」
「しかしここじゃ戦況が分からんではないか・・・なら、指令室を城の監視塔に移動させる。あそこなら街の様子が分かるし安全だからいいだろ。行くぞ!」
「承知しました」
サー少佐の部隊も合流し、ナルティン城の城下町を舞台にした市街戦となった今日の戦い。メインストリートにはバリケードがはられ、入りくんだ路地裏では罠や待ち伏せなど、騎馬兵の機動力が全く活かせないジリジリとした展開が続いているようだ。
というのも俺たち昨夜の空爆組は、今日の戦いは免除されている。
午前中は完全に熟睡していたが、午後になるとモソモソと起き出して、ナルティン城の城下町を望める高台から戦いの様子を観察していた。敵のボーガン等の射程外で一応安全な距離をとっており、なんか体育の見学みたいな雰囲気である。
ちなみにポアソン騎士団はマールが休みのため、俺たちとともに高台に待機していた。
空爆組は一度はみんな起きてきてここに集まって来たのだが、二度寝している者もいたり、真面目に戦いの様子を見学しているものもいる。
リーズは真面目に双眼鏡で市街戦の様子を観察し、何かあると俺に報告してくれる。
クロリーネは・・・完全に眠っていて、お稲荷姉妹がすぐ側で見張っている。セレーネとネオンも惰眠をむさぼっている。あと起きているのは、
「マール、お前はクロリーネと同じで特に疲労が激しいんだから、ちゃんと休んでおけ。今夜も空爆やるからな」
「大丈夫よ。さっき眠ったし、今はちゃんと芝生の上に転がってるから、休んでるのと一緒でしょ。それに戦いの様子が気になるのよ」
「だからって、リーズの真似をして双眼鏡で戦いの様子を見てたら、休息にならないよ。ていうか、マールが手に持ってるの俺が作った照準じゃん」
「これすごくズームが良くて、城の中まで見えるよ」
「それ俺の自信作なんだよ。そこまで倍率を上げるために、どのように工夫したかというとだな・・・え、城の中までの? 本当か?」
「うん、見てみる?」
俺はマールから照準を受け取り、城の様子を観察した。たしかにこの位置からだと、良く見える。
あ・・・あれナルティンじゃないか。塔のてっぺんに登って、幕僚たちと何か話をしている。
「・・・マール、ナルティンを見つけた。ここからアイツを狙撃できるか?」
「え! ナルティンがいたの? その照準で見えるのならたぶん狙えると思うけど・・・やってみようか」
「ああ、ひょっとしたらこれで戦いは終わる」
私はレーザーライフルをセットし、心を落ち着けてサー少佐に教えてもらったことを頭の中で復習する。正しい姿勢で正しい動作。照準の調整のためにちゃんと試射も行った。照準のズレはない。アライメントも動作手順も完璧だ。
深呼吸して、改めて狙撃の姿勢をとる。
狙いはナルティン子爵。この男を討ち取れば戦いは終わる。
ソルレートの奴隷が大量に帝国に送られることも、もうなくなる。
お父様を殺そうとしたり、ポアソン領に火を放って滅ぼそうとしたアイツ。死んでいった騎士団のみんなのためにも、ナルティンだけは生かしておけない。
この私がナルティンを討つ。
私は静かにゆっくりと詠唱を始める。ライトニングと同じ詠唱だけど私だけの固有魔法、パルスレーザー。
私の体に光属性の魔力が満ちていくのがわかる。私はそれを限界まで高めていき、そして詠唱が完了した。
溢れんばかりの光の魔力が私の右手人差し指からライフルの引き金に流れて、そこに刻まれた魔方陣を活性化させる。
レーザーライフルの最奥に埋め込まれた光共振器と呼ばれる小さな領域に、魔力によって生じた膨大な光エネルギーが閉じ込められる。
照準の中にはナルティンの顔が映っている。距離が遠すぎて、うまく追いかけないとすぐに照準から外れてしまう。これまでに経験のない最長距離だろう。私は心を無にして、ナルティンの動きを感覚で捉える。
完全な没入感。私の感覚がナルティンの動き以外何も感じなくなったその瞬間、ナルティンが静止した。
・・・私は静かに引き金を引いた。
パーン!
照準の中のナルティンは、何事もなく立ったままだ。
一瞬外したかと思ったけど、左目が破裂している。
ナルティンは軽く痙攣して、そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。左目から血が流れ始めていた。
幕僚たちがナルティンを助け起こそうとし、そして諦めるところまで、はっきりと確認できた。
「やった! 私がナルティンを討ち取った!」
「本当かマール! ちょっと俺にも見せてくれ」
俺はマールに場所を譲ってもらい、レーザーライフルの照準を覗き込んだ。
照準の中では、ナルティンの遺体の周りに幕僚たちが集まり、やがてその傍らで狼煙を上げようとしてるのが見えた。
あの狼煙の色は俺たちへのメッセージ。「我、降伏する」だ。
「見てみろマール、あの狼煙の色を。俺たちの勝ちだ。マールのおかげで今、戦いが終わったんだよ。ポアソン領への侵略者を、マールが討ち取ったんだよ」
「うん」
「これで奴隷が大量に帝国に送られることもなくなったし、戦いも無駄に長引くことなく、多くの騎士たちの命も救われた」
「これでよかったんだよね」
「そうだ。次期当主としてマールは自分の領地を守り抜き、侵略者であるナルティン子爵を討伐してナルティンの領地を制覇した。貴族家同士の戦いの結果として、マールはこの地の支配者としての資格がある」
「えーーっ? し、支配者?」
「実はシャルタガール侯爵には、ナルティンを討伐したら、この地の領有権を俺が持つことを認めさせていたんだ。だからここは今この瞬間から、メルクリウス領なんだよ」
「だったら、アゾートがここの支配者じゃん」
「そうなんだけど、俺の目的はあくまでソルレート領の支配なんだ。ナルティン領まで直接領有する余力がない。でも俺が伯爵位を取ればここはメルクリウス伯爵支配エリアとなり、俺の臣下の中級貴族に所領として与えることが可能となる。その時にはマール、この領地を是非受け取ってほしい」
「なんで私が・・・」
「マールがこの領地の領主に一番ふさわしいからだ。今回のナルティン戦の功労者は誰が見てもマール。ドルムさんにプロの目で見てもらっても、きっとそう言うはずだ。それにここはマールが生まれ育った土地で、ポアソン騎士団やつながりの深い貴族家だってたくさんいるだろ。領地を治めるにはたくさんの人手が必要で、マールにはそれがある。なんたってマールはポアソン家の次期当主じゃないか」
「私はもう次期当主じゃないよ。ポアソン家はもう滅んだって、お父様が」
「ポアソン家は別に滅んでなんかいないよ。・・・確かにポアソン騎士爵家はなくなるだろう。だがそれは、家門の廃止ではなく、このナルティン子爵領の新たな支配者、中級貴族家としてのポアソン家になるからだ。そしてその当主の資格はマールの父上ではなくマール、君にしかないんだ」
「・・・本当に私なんかでいいの?」
「俺は君以外にこの領地は渡さない。君にだけだよ」
「私だけ・・・か。うんわかった、アゾートのいう通りにする。私がアゾートの臣下になってここを統治するから、アゾートも私の事をちゃんと助けてくれる?」
「もちろんさ。マールのことはずっと助けていくよ。約束する」
「わかった・・・これからはずっと一緒ね。よろしくねアゾート」
「ああ、任せろ」
そう言うとマールは俺の胸に顔を埋め、しっかりと抱き締めてきた。
「ねえ、アゾート」
「なんだい、マール」
「卒業までって約束だった私たちの関係って、これからどうなるのかな・・・。私は婚約者がいなくなって、今はフリーなんだよ」
「ま、マール?」
「アゾートは主君だから臣下の私の結婚相手の相談をしてもいいのよね。あのね、お父様からは私が好きな人と結婚してもいいって言われてるの。それで中級貴族の女性当主の結婚相手なら、やっぱり相応の魔力をもった男性がいいでしょ。できればポアソン領の相続権でもめごとを起こさないような、どこかの貴族家の当主がいいな」
「それって・・・」
「すぐに返事をくれなくてもいいの。卒業まででいいから。・・・アゾートが私のことをどうしたいのか、ちゃんと考えてね」
頬を少し赤く染めて、恥ずかしそうに微笑んでるマール。
俺たちのやり取りを一部始終を見ていたポアソン騎士団からは、盛大な拍手と口笛とヤジが飛び交った。
リーズはガッツポーズをしながら飛び跳ねて喜び、いつの間にか起きていたネオンがあきれ顔を見せ、セレーネはほっぺたを膨らませて怒っている。
そして騎士団長のパウエルは所在無さそうに頭をかきながら、妹の幸せそうな笑顔に心なごませていた。




