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望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです  作者: 野々花


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31. 屈辱

 こんな場所で、突然持ち出された世継ぎの話。


 私が宰相の言葉に呆然としていると、マデリーン妃がクスクスと笑いはじめた。


「そうよぉ。あなたさっきからすごい偉そうに喋ってるけど、隣の国の王家から嫁いできた大事な王妃様って扱いを受けてたわりには、子どももできなかったんでしょぉ?ちょっとは弁えなさいよ。雑務よりそっちの方がよーっぽど大事な役目でしょう?!ジェリーはあなたを見限ったの。あたしとの間に子どもを作りたいわけ。そのためにはこうして二人でくつろいで仲良くする時間って大事なのよぉ。あなたみたいに心がギスギスしていたらいつまで経っても子どもができないわ!」


 私は無意識にジェラルド様の顔を見た。

 違う。私に子どもができなかったのは、彼が私にずっと避妊薬を……


「……。」

「……ジェラルド、さま……」


 どうして何も言ってくれないの?


 場は妙な空気に包まれた。私から目を逸らすように俯くカイル様。私の後ろに控えている護衛たちの小さく息を呑む音。そして、マデリーン妃の勝ち誇ったような表情と、興味津々の顔で私の反応を伺っている無関係の女性たち。


 晒し者にされている気分だった。


 誰も口を開かないその異様な空気を破ったのはアドラム公爵だった。


「…ま、どうぞマデリーン妃、お気をお静めくださいませ。…妃陛下、そういうわけでございますから、ここはどうぞ一旦お引き取りを…。陛下とマデリーン妃がお心安らかに過ごされることこそが、一日も早いお世継ぎの誕生に繋がることは、私もその通りであると考えておりますので」

「宰相閣下…っ!違います…!……陛下」


 このままでは事実と違う噂話が一気に広まることは容易に想像できた。ジェラルド様が真実を話してくれない限り、私の体に問題があって子を授かれなかったからジェラルド様が側妃を迎えたということになってしまう。


 祈る思いで見つめるけれど、氷のように冷酷な表情をしたジェラルド様は言った。


「…そういうことだ。下がれ、アリア。お前は世継ぎを成すという正妃として最大の責務を全うできなかった。それなのに、この俺に対してそんな偉そうな口をきくのか。カナルヴァーラの王女は気位ばかりは高いと見える。見損なったぞ」

「───────っ!」


 頭を思い切り殴られたようだった。


 信じられない。

 真実を話したい。だけど…、

 今ここで私が避妊薬の話をしたら、一体どうなることか。

 きっとジェラルド様はそれさえも私のせいにするのだろう。私が真っ赤な嘘を並べていると言うか、それとも…、その薬を使うのさえ私の希望だったことにされ、王宮中に私が責務を放り出して情事を愉しむ不届き者と噂されることになるか…。


 必死で堪えようとしても、涙で視界が潤む。


「…さ、もう参りましょう、妃陛下。お話は執務室で伺いますので…」

「……あなたは最低です、陛下」

 

 そんな捨て台詞を吐くのが精一杯だった。


「それはお前だ。さっさと出て行け」


 ジェラルド様は何のためらいもなく、そう言い放った。







 そういうことだったのね。

 宰相の後に続き執務室へ向かいながら、私はようやく自分に対する周囲の態度の変化、そしてこの環境の変化の理由に気付いた。

 私の知らないところで、ジェラルド様が側妃を迎えた理由は正妃の私に子ができないからということになっていたのだろう。

 そしてジェラルド様の側妃への溺愛ぶりを見て、皆は世継ぎとなる子を産むのはマデリーン妃になるだろうと考え、私を見限ったのだ。

 宰相も、ジェラルド様からそう言われているのだろうか。


「…………。」


 さっきのマデリーン妃のあけすけで品のない言動を思い出し、そしてジェラルド様の言葉を思い出す。




『彼女にはいろいろと事情があるんだ。本来なら王家に嫁ぐことなど有り得ない人生で、…だが俺と恋に落ちた。何の覚悟もないまま環境が一気に様変わりしたんだ』




 確かに、大国の国王の側妃ともあれば、普通は幼少の頃からそれなりの教育を受けられる高位貴族の令嬢が候補に上がる。正妃は無理でも、側妃として王家に嫁がせたいと考える家は多いはずだ。

 ジェラルド様がその気になれば、侯爵家以上の家柄からもっと教養のある令嬢を迎えた方がよかったはず…。まぁ、恋に落ちたから仕方ないと言われれば、それまでなんだけど。あの方の場合本当にそれだけの感情で側妃を決めてしまうだろう。私はもうジェラルド様に対する信頼も期待も完全に失ってしまっていた。


(だとしても…、あんなに粗野であけすけな言動をする人が…。…ベレット伯爵家って、一体どういう教育をされてきたのかしら…)


 気になって仕方がない。

 執務室に着くと、私はそのことをアドラム公爵に尋ねた。


「…ああ、ベレット伯爵家は…、妃陛下の気に留めるような家ではございません。かつては華々しい時期もあったようですが、今はもう王都からは遠く離れた田舎から出ることもなく細々と領地を経営しているだけの家です。マデリーン妃はたまたま街へ買い物に来ていたところを陛下に見初められたそうで…。…まさか自分らの娘がこうして国王陛下に見出される日が来るなどと思いもしなかったのでしょう。娘を社交の場に出すこともせず、ろくな教育もさせていなかったようですな」

「…それでいいのですか、アドラム公爵。あの方が側妃として陛下のおそばにいることが、本当に王家のためになると…?」

「は…、しかしもう我々がどう進言しても、今の陛下には全く響かぬご様子…。今は様子を見ながら、マデリーン妃への淑女教育を施していくしかないと考えております」

「……。」


(煮えきらないな…)


 頼りない。

 ここに来た頃は私のことを理解してくれる味方のように感じていたこのアドラム公爵に対しても、大きな不信感が芽生えた。







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