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第8話:ゲーム世界の憂鬱

 魔王により現実世界の記憶が呼び起されて数日が経過した。


 え? マジ? ここってゲームの中なの!? という、テンションが高い時期、いわゆるヒャッハー状態が過ぎた私は、近頃テンションが駄々下がりだった。


 だってそうでしょ? ここで私が何をしようと現実じゃないのよ?


 ここがゲームの世界だと思うと、何もかも冷めてしまう。


「どうしたアーデルハイド? 食が進まぬようだが」


 この世界の父であるアーレンベルク公爵が、私の様子に気づいたのか声をかけてきた。


 私と同じく金髪碧眼。だけどお腹は出ていてお世辞にもかっこ良いとは言えない。


 う~~ん。今までは気にならなかったけど、絶対これって悪役令嬢の父親だからだよね。


「大丈夫ですわ。ちょっと考え事をしていただけですの」


 そう言って、笑顔で料理を口に運んだ。美味しいは美味しいんだけど、やっぱり、頭ではゲームの中なのよね? と思ってしまうのだ。



「どうした?」


 その夜、攻略対象たちへの妨害工作の進捗状況を聞きに来た魔王が怪訝そうに尋ねた。やはり魔王も、私の様子がおかしいのに気づいたようだ。


「別に……」

「別にって顔じゃないだろ? 言えよ」


 う~~ん。言っても仕方がない話だとは思うけど……。そういえば、こいつも同じ経験してるのかな?


「ここがゲームの世界って思うと、なんだか何をやってもテンションが下がっちゃって……」

「ああ、それか……」


 やっぱり、魔王も同じ経験をしてきたのかそう言って頭をかいた。


「しかし、この世界は現実世界と変わらない。たまにちょっとおかしいことが起こるくらいでな」

「ちょっと、ね」


 その”ちょっと”とは、もちろん、”イベント”のことだ。


「まあ暮らしていけば、色々と折り合いがついてくるもんだが……」


 そう言うと魔王は腕を組んで、俯き加減に考え込み始めた。

 しばらくそうしていたが、不意に表情を明るくしたと思ったら顔を上げて言った。


「よし! じゃあ、気分転換するか」

「気分転換?」


「ああ」


 魔王は、そう言うと私を抱き寄せた。


「ちょ、ちょっと。気分転換って、何をするつもりよ! ま、まさか。ゲームの中だから、貞操を気にするなとか……」

「いや、ちょっと黙ってくれ。少し飛ぶ」


 魔王はそう言うと、さっきより少し強く私を抱き寄せた。


「ちょ、ちょっと!」


 魔法の力なのか、さっきまで部屋の中に居たはずなのに、屋敷を見下ろすように宙に浮いていた。


「え? なに?」


 しかし魔王は、私の声を無視して夜空を飛び始めた。ぐんぐんとスピードを上げていく。


「掴まっていろ」


 その言葉に魔王にしがみつく。すると、私を抱きしめる魔王の力が少し強くなった気がした。その力強さに、少し落ち着いてきた。


 しばらくすると、魔王がどこかの山の頂上に降り立った。大した時間、飛んでいたわけではなかったけれど、かなりのスピードで飛んでいたのか、家々の灯は見えず王都からもかなり離れているようだ。


「ここは? 何か特別な場所なの? もしかして現実世界に戻れる秘密が隠されているとか?」


 魔王がわざわざ私を連れてきたのだ。何か特別な場所なのだろう。


「いや、何の変哲もない、ただの山の頂上だが?」

「は? 何それ?」


 こともなげに言う魔王に拍子抜けした私は、あきれたように言った。


「ただ、まあ、星が綺麗だ」


 魔王は、そう言いながら夜空に顔を向けた。つられて私も夜空に顔を向ける。


 ぞくっとするほどの数の星々。何万、何百万にも思える光の洪水。どんなに小さな星の光でも見つけることが出来る済んだ夜空。現実世界では見たこともない、美しい光景だった。何も考えられず、しばらくただ、ただ見惚れていた。


「俺も、ここがゲームの中だと思って、うんざりしたことはある」


 その言葉に私は思い出した。自分が悩んでいたことをだ。星に見惚れていた私は、その瞬間、悩みを忘れていたのだ。


「お前は、設定のためにゲーム期間中は学園を離れることは出来ない。だが俺はお前と違って、この世界中を飛び回ることが出来るからな。どこか、この世界からの抜け道でもあるんじゃないかと世界中を飛び回った。だが、どうしても見つからず、諦めて身体を投げ出したのがここだ」


 何の変哲もない山の頂上。でも魔王にとっては特別な場所か……。


「この世界も、まんざらでもないだろってこと?」

「いや、違うが?」


 違うんか~~い!!


「じゃあ、なんなのよ!」


 正直、この世界もまんざらでもないと少し思っていた私は、気恥ずかしさもあって叫んだ。


「この世界も広いってことだ。探せば新たな発見がある。何百回繰り返そうがな」

「今でも?」


「ああ、今でもだ。イベント中以外の俺は暇なんでな。まあ一人旅が趣味みたいなもんだ」


 魔王は夜空に顔を向けながら何気なく言ったが、なぜかその言葉に胸が締め付けられた。この人は、ずっとこの世界で1人だったのだ。


 あ、でも、今回から私が居るから2人か……。

 っと、思うとちょっとドキッとした。


 この世界にも多くの人が居る。でも現実世界の人間はこの世界で2人だけの男女って……。まるで、アダムとイブ?


 それに、改めて見ると魔王も乙女ゲームの登場人物。しかも裏ルートの攻略対象だけあって相当なイケメンだ。

 深緑の前髪から覗く金色の瞳は宝石のように輝いている。

 軍神アレスのカミル比で言えば……まあ、かなりのイケメンだ……。


 夜空に目を向ける魔王の顔をまじまじ見ると、そのまつ毛の長さにドキドキした。


「なんだ?」

「え? べ、別に」


 そう言って誤魔化したが、夜じゃなければ顔が赤くなっているのがばれていただろう。


 幸か不幸か、私の様子に気づかない魔王は近づいてきて、

「場所を変える」

 と、また私を抱き寄せる。


 意識しだした私の胸がドキドキと高鳴る。ちょっと、これ、こいつに聞こえないわよね? と心配になるほどだ。


「ここだ」

 と言って魔王が降りたのは、また別の山頂のようだった。


「今度はなに? また、ただの山の頂上?」

「そうだ」

 と、言った魔王だけど、そう言いながらも夜空の一点を指さした。


「ただ、ここからなら双子座が良く見える」

「え? うん。見えるね」


 抱きしめられていたドキドキに気づかれないようにあえて、それが何? という感じで答えると、魔王が不機嫌そうに舌打ちをした。


「ちっ! 双子座は、お前の星座だろうが」

「あ。そういえば、そうだったわね。ごめんごめん」


 この世界の人間にも、キャラ設定で現実と同じく誕生日で星座が決められている。だから、この世界にも現実世界と同じ星座があるのよね。


 確かにアーレンベルク公爵令嬢の星座は双子座だったわ。う~~ん。現実世界の記憶が戻ってるから、アーレンベルク公爵令嬢としての記憶の引き出しがワンテンポ遅れるのよね。ドキドキしてたのを気づかれないようにって思ってたから、余計にね。


「でも、私の星座の絶景ポイントなんて、良く知ってたわね」

「うん。まあ、それはな……」


 う~~ん。なんだか、歯切れが悪いわね……。

 私にバレちゃ困ることでもあるのかしら?


 私の視線に気づいたのか、魔王が

「もういい。次だ」

 と、言いながら私に近づいてくる。


 これで抱きしめられるのは3度目。でも、やっぱりドキドキするわ。


 魔王に抱きしめられた私は、またも宙に舞う。


 だけど、私を抱きしめる魔王は垂直に飛び続けるだけで、どこかに向かいそうもない。

 もしかして、宇宙を目指してる? まさか魔王ルートなら生き延びるはずのアーレンベルク公爵令嬢が宇宙空間でも死なないか実験するつもりじゃないでしょうね!?


 と、思った瞬間、魔王が私を放した。


 ちょっと~~~~っ!!


 急降下する私は、どんどんと地表に近づいていく。ま、まさか! 魔王ルートなら生き延びるはずのアーレンベルク公爵令嬢が、地面に衝突しても死なないかの実験!?


 だけど、不意に私の背が優しく抱き止められた。背中から私を抱きしめる魔王は、私に衝撃がかからないようになのか、弧を描くように軌道を変えて地面への衝突を回避する。


「ちょっと、何するのよ!!」


 抗議の声を上げる私に、魔王は後ろから私を抱きしめたまま平然と言い放った。


「前は、好評だったんだがな。なかなかスリルがあって面白いだろ?」

「スリルって、もし、失敗したらどうするのよ! 遊園地のアトラクションじゃないのよ!」


「いや、お前はこの世界の制約があるから死なないだろ。失敗するはずがないし、遊園地のアトラクションより安全だ」

「だ、だからってね~~」


 確かにそうなんだろうけど……。待てよ?


「前は好評って、誰によ? もしかして、元カノなんて言うんじゃないでしょうね?」


 魔王は私と同じくこの世界の住人じゃない。元カノなんているわけがないのなんて分かっているけど、負け惜しみだ。


「え、いや……」

「え? え!? 本当に?」


「まあ……な」

「それって、どういうことなの? こっちに元カノ連れて来れるなら、現実世界にも戻れるんじゃないの?」


「別に、現実世界の人間を連れてきたわけじゃねえよ」

「じゃあ、誰が元カノっていうのよ!!」


 私をからかっているの! そう思って、私を後ろから抱きしめている魔王に振り向いて怒鳴り声をあげた。


 魔王は一瞬言い淀んだけど、仕方がないという風に口を開いた。

 苦々しい表情で目を伏せる。


「……アーデルハイド・アーレンベルクだ」


 アーデルハイド・アーレンベルク!? アーデルハイド・アーレンベルクって、どこのどいつよ! って、私か!?


「え? わ、私?」


 え、なに? こいつ私のこと好きなの?

 もしかして愛の告白?


 私にも心の準備ってものが……。

 で、でも、愛の告白の為に夜空の散歩とは、なかなかロマンチックじゃない。


 まさか、初めから私に告白するつもりだった?

 ちょっと、考えてあげても……。


「言っておくが、”お前じゃない”アーデルハイド・アーレンベルクだからな。”今までの”アーデルハイド・アーレンベルクだ」

「な、何よ。私がアーデルハイド・アーレンベルクじゃない!」


 抗議する私を、魔王はしばらく見つめていた。


 ということは、さっきの双子座の絶景スポットも、前回までの私とのデートスポットだったのね。


 でも、私が目覚めるっていうか、私が中に入る前のアーデルハイド・アーレンベルクって、この世界の住人、ゲームのキャラなのよね? それでも好きになったり、付き合ったりしたのか……。


 どういう感じなんだろう?


 そんなことを考えていると、いつの間にか高度は下がり、私はまたどこかの山頂に降ろされた。改めて向かい合う。


「まったく。中身が入ると、こうなっちまうかね」

「それってどういう意味よ!」


「前は、もっと素直な奴だったってことだ」

「私だってむちゃくちゃ素直じゃない!」


 私の抗議に、魔王はあきれたように首を振った。


「お前の素直は方向がおかしいんだよ」

「何よ! 全方位に素直なだけでしょ!」


「自覚してんのかよ……」

「とにかく、今は私がアーデルハイド・アーレンベルクなのよ!」


 左手を腰に当て、右手で魔王を指差し宣言した。


 すると魔王は驚いたように目を見開いた。自分で言ったものの、思っていたのとは違う反応に私は戸惑った。


「どうしたの?」

「お前……。現実世界でも、そんな偉そうなポーズしてたのかよ」


「え? これ? あれ? なんでだろう。多分、こっちの世界でついた癖なんでしょうね」

「そうか……」


 魔王がつぶやくように言った。


「今は、お前がアーデルハイド・アーレンベルクか……」

「そ、そうよ。さっきから、そう言ってるじゃない」


 魔王はそのまま長い間黙り込んでいた。しばらくすると東の地平から朝日が昇ってくる。その光に顔を向ける。


「綺麗……」


 その光景に思わず呟いた。

 この世界もまんざらでもない。そう思わせるため連れ出したのではないと、魔王は言っていたが、実際、この世界もまんざらでもないと思う私が居た。


「そろそろ帰るか……」


 しばらくすると魔王が言った。


 2人で飛ぶために私を抱きしめる魔王の腕が、気のせいかも知れないが、始めの時よりもぎこちない。恐る恐る抱きしめているように感じる。とても柔らかいものを、潰してしまわないように……。


 反対に、私は強く魔王に抱きついた。服を通してでも分かる、鍛えられ引き締まった身体。そう思うと、やっぱりドキドキする。


 魔王にそのドキドキが伝わらないかと思っていると、なぜだか違う心臓の音が聞こえる気がする。いや、間違いない。


 え? もしかして、こいつ、私にドキドキしてる?


 思わず、魔王の顔を見上げた。そして魔王の表情を確かめたくてじっと見つめた。が、魔王は私の視線に気づかないはずはないのに、ずっと私の顔を見なかった。

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