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第36話:優しい世界

「明日。お前が通っている学園に留学生がやってくる」


 晩餐の時、お父様であるアーレンベルク公爵がそのようなことを言い始めた。


「あら? お父様がなぜそのようなことをご存じですの?」

「うむ。実は去年、魔族と和平を行ったことが隣国に思わぬ影響を与えてな。お前もサザーン王国のことは知っているだろ?」


「勿論ですわ」


 何だったかしら? アーレンベルク公爵令嬢の昔の記憶って普段あまり思い出さないから結構忘れてきちゃってるのよね。


「そのサザーン王国が我が国を狙っておるのだ」

「狙っている? まさか隣国が攻め込んでくるのですか?」


「いやすぐにというわけではない。だが我が国を狙っているのは間違いない」

「ですけど突然どうしてですの?」


「サザーン王国の本国は遥か東方にあるが西へ西へと国々を侵略し、ついに数年前、我が国と領土を接するまでになったのはお前も知っておろう」

「勿論ですわ」


 そうだったんだ。


「そのサザーン王国が我が国に使節団を送って来たのだ。その中に留学生も含まれているというわけだ」

「侵略する相手に使節団を送ってくるのですか?」


「彼らの常とう手段だ。侵略する相手の情報を徹底的に調べ上げ、万全の体制を整えて攻めるのだ。かといって断るとそれはそれで攻める口実を与えることになるからな。使節団を迎えつつことを荒立たせぬようにせねばならん」

「お話は分かりましたが、その話をどうして私に?」


「彼らは情報を収集するとともに、敵国の内部分裂を謀るのも彼らの常とう手段なのだ。彼らが侵略した国には、彼らよりも大国もあったが、彼らの内部分裂工作により滅ぼされたのだ」

「それは分かりましたが、それが私にどう関係あるのです?」


「隣国からの留学生が、お前を狙っているかも知れんのだ」

「私に危害をくわえようとでも?」


「いやまあ、なんだ。お前を口説こうとするかもしれんということだな」

「なるほど」


 その留学生というのが今回のゲームの攻略対象ということね。


「でも、どうしてお父様にそんなことを分かるのです? 彼らが、私を口説くと公言しているとでも?」

「そういう分けではないのだがな。隣国からの侵略の危機に、陛下から貴族たちの取りまとめを任されたのだ。確かに魔族との戦いが終わり、その意味での役目は終わったが、いざとなれば、わしに代われる者などおらぬからな」


 そういうお父様は、国の危機というのに少し嬉しそうだ。まあ、失ったと思った公爵家の影響力が戻って来たんだから仕方ないわね。


「そのわしを取り込む、あるいは評判を下げるために、お前に近づくことも大いにあり得るという話だ。過去にも、侵略対象の有力者の姫をたぶらかし味方につけたこともあるそうだからな」

「分かりました。そういうことでしたら、私も気を付けますわ」


 なるほど。今回はこういう設定で辻褄を合わせてきたのね。


 そして、翌日学園に行くと教師から紹介される留学生。


「今日から君たちと一緒に学ぶこととなったノワール・ラファルグ君だ」


 そういって紹介されたのは、黒い髪と黒い瞳。そして白い肌の美男子だ。


 あれ? これが今回の攻略対象よね? なんか見覚えがある顔なんだけど……。


 私がそう思っていると、その留学生が私に視線を向けて他の人に気づかれない程度に手を振って来た。


 やっぱり魔王か~~!! 見覚えがあると思っていたら、去年の収穫祭の時の人間バージョンの肌の色違いか。


「ちょっとどういうことよ!?」


 授業が終わると私は校舎の裏に魔王を引っ張った。もちろん事情を聴くためだ。


「今回は、1作目の登場人物をそのまま使うんじゃないかって言っただろ? もちろん俺も出るさ」

「それはそうかも知れないけど……。どうして学生としてなのよ?」


「魔族と王国との戦いが終わったからな。敵対者として登場出来ないなら、こうでもしなきゃ出番がねえってことだな」

「じゃあ、貴方は知ってたの?」


 そう言うと、今まで茶化した感じだった魔王の表情が引き締まる。


「あんまり気分が良いもんじゃないが、ゲームの強制力が俺の思考に働いたみたいだ。学園に潜り込んだ方が良いってな」

「ゲームの強制力で学園に?」


「そうだ。隣国の奴らがこの国を狙っていて、その関係でお前のことも狙っているってのはお前も知ってるよな? 基本このゲームは、お前を狙っている奴がヒロインに心を奪われるって流れだからな」

「やな流れね。でもそうね。って、どうして私が知ってるのを貴方が知ってるよ。やっぱり貴方、私を監視でもしてるの?」


 やっぱりストーカーよ。ストーカー。


「別に俺が直接覗いてるわけじゃねえよ。俺は真面目にゲームを攻略してるんだ。隠密行動が得意な魔族に命じてゲームに影響がある情報は報告させているだけだ」

「本当かしら」


「ちっ。まあいい。それで隣国の奴らが留学生として学園に潜り込んでくるなら、対抗してこっちも潜り込んだ方が良いって考えが頭に浮かんだんだよ」

「でも、どうして魔王が隣国の人に対抗しようって考えるの? 魔族には関係ない話よね?」


「どうやら今回のゲームの時間軸は前回からの続きで、しかも俺も出演させる関係で魔王ルートの続きって設定らしい。そうじゃないと俺は死んでることになるからな」

「そこまでして貴方を出演させる必要あるの? 普通、こういうのって正規ルートで続編を作るんじゃないの? 魔王ルートって、いわゆる裏ルートなのよね?」


「この続編は、登場人物の人気で続編を作ってるんじゃないかって言ったろ? それはお前も同じことだ。お前と俺が生き残って登場できるのは魔王ルートの続きだけだからな」

「それもそうね」


「で、そうなると魔族と王国が和平してるのは当然なんだが、せっかく和平した国が隣国に滅ぼされたら和平した意味がなくなるってんで、俺もそれを阻止しようとしてるってことだな」

「なるほど……。それで辻褄を合わせてるのね」


 つまり魔王も今回は裏ルートじゃなくて普通に攻略対象ってことなのかしら。でもそうなると……。


「貴方。クララとはどうなったの? その……クララとは結ばれたはず……よね?」

「ああ。クララとは別れた」


 はや! ハ〇ウ〇ド映画並みにはや!

 前に見た映画で、1作目で命がけで助け合ってたカップルが、続編の冒頭で別れたことになってるのにはずっこけたけど、同じだわ!!


「まあ。今回も攻略対象たちとクララを取り合うことになるのに、俺とクララが付き合ってちゃ話にならないからな」

「それは分かるけど……。貴方とクララが結ばれたってのは、みんなも知ってるんでしょ? それは大丈夫なの?」


「俺も今回のイベントことは分からないからな……。何とか辻褄は合わせてくるんだろうが……」

「そうなんでしょうけど……」


「そういえば、バルリング伯爵令嬢とかいうのも今回のヒロインっぽいな。お前がモブなのにヒロインより可愛いとか言ってたやつ。おそらくファンからの要望でヒロインに昇格したようだな」

「そういうこともあるのね」


「しかしそうなると、俺はどっちのヒロインとくっつけば良いんだ?」

「…………さあ、二股すれば良いんじゃない?」


 何となくにらみ合う私と魔王。


「とにかく、今回は俺も他の攻略対象と同じ立ち位置なら、ヒロインと会うのに回数の制約はないはずだ。それについてはやりやすくなったが、今回のイベントの情報が何もないのはマイナスだな」

「ヒロインが2人いるのもね」


 何となくにらみ合う私と魔王。


「ふう~~。まあいい。問題は今回もお前が死ぬルートがあるかどうかだ。前回の攻略対象たちがお前を殺すというイベントは、クリアしていると思うんだが……」

「じゃあ今回は安全なの?」


「いや、何せこのゲームは『隣の君はサイコパス』だからな。完全に安全とは思えない。多分だが、隣国の奴らがヒロインを攻略するとやばい気がするな……」

「そういえば、そういうタイトルだったわね……」


 しかし。もうちょっとタイトルどうにかならないの?


「まあ、とにかく特に隣国の奴らにつけ入る隙を与えないようにしよう。前回と同じ攻略対象たちも安全だという確証はないから、気を付けるにこしたことはないけどな」

「分かったわ」


 そう言ってるうちに次の授業が始まる時間になったので私と魔王は教室に戻った。


 そして次の休み時間。

 魔王ともう少し打ち合わせしたい気持ちもあったけど、その間にクララに隣国からの留学生がちょっかいを出してくるかも知れないのでクララの教室に向かう。魔王とは学校が終わってから屋敷でも会えるしね。


 でも、今回改めて魔王とクララが結ばれなおすことになるかも知れないなら、前回、結ばれたのはなかったことになるのかな? そんなことある?


 いくらゲームの強制力があるっていっても、今回は魔王とクララが結ばれた魔王ルートの続きのはず。それがなかったことなるなら、それこそ辻褄があわない。


 そうだ!!


 私はちょうど通りかかった女生徒を呼び止めた。


「貴女ちょっとよろしいかしら。聞きたいことがありますの」

「あ。ア、アーレンベルク公爵令嬢様! わ、私に何の御用でしょうか」


 そりゃ突然、公爵令嬢に呼び止めらたらモブ女生徒は驚くか。


「実は2年生のクララ・ノイラートが、その……魔王のシュバルツ・ライゼガングとお付き合いしているのはご存じ?」


 魔族と王国が和平したのは魔王とクララが結ばれたのとセットの話。そして魔族との和平はこの国で誰も知らない者はいない。必然的に誰もが魔王とクララが結ばれたのは知っているはず。


 それを、あえてモブっぽい子に聞けば、このゲーム全体の状況が分かるかも。


「そ、それは……」


 ……なんか、知っているけど、口に出せない事情があるって感じよね。どうしたのかしら? やっぱり、ゲームの強制力が働いてるのかしら?


「何か言えない事情があるの? 誰かに脅されているとか?」

「い、いえ……。決してそういう分けではないのですけど……」


「このアーデルハイド・アーレンベルクにも言えないことなの?」


 権力をかさにきているみたいだけ、このさい仕方ないわね。


「じ、実は……」

「実は?」


 躊躇していた女生徒だったけど、アーレンベルク公爵家の名前が効いたのか女生徒は意を決したように口を開いた。


「あれだけ人前でキスまでして結ばれておいて、あっさりと振られたらしくて……。あまりにもあわれ……いえ。可哀そうですので、みんなで相談して、触れないでおいてあげようということに……」

「ええ。それは良いことね」

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