第32話:最終イベント開始
「魔王ルートのエンディングルートに入った」
順調に攻略対象たちの邪魔をしていたある日、屋敷にやってきた魔王が言った。
「クララが、魔族討伐の計画があると俺に漏らしてきた。これで、もう間違いない。魔王ルートでなければ俺に漏らさないからな」
途中魔王に怒られたりしたけど、何とかうまくいったみたいね。
やり直し、っていうのも経験してみたかった気持ちもあるけど、これを言ったら魔王は怒るんだろうな。
「じゃあ、もう選択イベントはないの?」
「いや、選択イベントは残っているが、今更どう選ぼうとエンディングには影響しないな」
なるほど。
「後は、王国側が魔族討伐の軍勢を集結させるところからエンディングまで一本道だ」
「やっとなのね……」
「ああ……」
魔王が遠い目をしている。それが、どれほど遠いのか私には想像もつかなかった。
「隊列を整えろ!」
「貴様! 所属はどこだ! ぐずぐずするな!」
王都郊外に、王国全土から王家直属の騎士団から貴族の軍勢まで、すべての戦力が集結していた。
ついに、ザクセンブルク王国が総力を挙げた魔族討伐が行われるのだ。
私はお父様から参加しないように命じられていたが、こっそりと参加している。
お父様が心配するのは分かるが、すでに魔王ルートに入っているので、私がゲーム期間終了後も生き延びるのは確定しているし、”割と幸せ”になれるのも確定している。なので、ここで死ぬのはもちろん、幸せになるのに障害となりそうな大きな怪我だってしないはずだ。
魔法が使えるこの世界では、魔法が強ければ女性でも戦力になる。なので女騎士も多い。
あまり目立たないありふれた形の甲冑を着て兜をかぶっていれば、誰も私がアーレンベルク公爵令嬢とは分からないはずだ。
しばらくして隊列が整うと、左右に見事な装飾の甲冑をまとった騎士を従え、王都の正門を背にして国王が現れた。国王の甲冑は従える騎士よりもさらに豪華な装飾だ。その国王の演説が始まった。
「長年、我が王国は魔族の襲撃にさらされてきた。だが、それはもはや過去のものとする時が来たのだ!」
「おおー-っ!」
「さあ、勇者たちよ! 恐れずに戦え! 我が軍に神のご加護があらんことを!」
「おおー---っ!」
兵士たちからの割れんばかりの歓声を受け、国王が退場した。演説は終わったようだ。
本当の演説だったらもっと長いんだろうけど、さすがゲームイベント。演説が短くて助かる。
国王の演説の後行軍が始まる、はずだった。
軍勢が進もうという、その方角に砂煙が上がった。初めは小さい砂塵だったがどんどんと大きくなっていく。
「なんだ?」
「到着が遅れた軍勢か?」
「いや、全貴族の兵が集結しているはずだ」
軍勢が騒めき始めた。しかし、すぐにその正体が判明する。
「魔族だ! 魔族の軍勢が襲撃してきたぞ!」
その言葉の通り、しばらくすると私の目にも魔族の姿が確認できるようになった。その魔族の集団がこちらに向かってくる。
魔王が言っていた通り魔族討伐未遂。つまり魔族討伐をしようとしたところに、逆に襲撃されるのね。それで王国側がボコボコにされるんだったかな?
しかし、ここで予想外のことが起こった。
「奇襲のつもりだろうが、見渡しの良い平原で軍勢の正面から突っ込んで来るなど笑止! まったく奇襲になっておらんわ!」
そう兵士たちが言う通り、陣形を整えている軍勢の正面から魔族たちは攻撃してきた。しかも大して数も多くなさそう。
魔王に聞いていたのと違い、なんと王国側が襲撃してきた魔族をあっさりと撃退してしまったのだ。
「しょせん、魔族の頭などその程度よ!」
兵士たちは、そう言って魔族をあざ笑っている。
あれ? おかしいな。もしかして魔王ルートに入ってない?
でも魔王ルートに入ってないなら、すでに私は攻略対象の誰かに殺されているはずだって聞いてたし……。
どうなってんの?
「よし魔族が逃げたぞ!」
「追撃し被害を拡大させろ!」
撃退され、逃げる魔族の軍勢を追って王国側が追撃を開始した。
軍勢は逃げながらは戦えない。追撃されれば一方的にやられるだけ。魔族の軍勢は見る見るうちに討ち減らされていく。
やっぱり、王国側が勝っちゃうよね?
私も馬を駆り軍勢に付いていきながら首をひねった。ちなみに、この世界の貴族は女性でも学園で魔族討伐の授業を受けるし、乗馬は当然の嗜みの一つだ。
しかし、ある場所まで追撃したところで事態は急変した。
魔族が大きな川まで逃げ、さらに橋を渡って逃げ続けた。王国軍もそれに続く。そして王国軍がすべて橋を渡り切ったところで、突如、その橋が陥落したのである。
「なに!? 橋が落ちたぞ!」
「退路が断たれた!」
兵士たちが騒ぎ始める。
「まさか……。罠……か?」
その声を待っていたかのように、今まで晴れ渡っていた空がどんよりと曇りだした。そして空中に落ちる雷。魔王登場の演出だ。
「よう、馬鹿ども。王都に籠られては面倒だからな。吊り出させて貰った。ちんけな罠だったが、お前らにはお似合いだったな」
宙に浮いた魔王の嘲笑。さほど大きな声ではないはずなのに、戦場に居るすべての兵の耳に届いた。
「魔王……シュバルツ・ライゼガング」
「魔王が……」
優勢だったのが一転劣勢となり、兵士たちに動揺が走った。いつの間にか、王国軍の前方と左右から魔族の大群が近づいてきている。
魔王が右手を軽く上げた。
「一網打尽にせよ。かかれ!」
それを合図に魔族の大部隊が王国軍に襲い掛かった。背後の川には水に棲む魔族が待ち構えているようで、水面は巨大な何かが泳ぐ水流で渦を巻いている。そのため川を渡って逃げることも出来ない。
なるほど。これで王国軍はボコボコにやられるのか。
魔王が詳しく説明してくれなかったから、魔王ルートに入ってないのかと思ってひやひやしたよ。
私がそんなことをのんびり考えているうちに、魔族の軍勢と王国軍が衝突した。本格的な戦いが始まったのだ。
だけど、今は魔族の魔力が強まっているとき。しかも数も違う。王国軍はたちまち総崩れになる。
魔族による魔法攻撃が、私の近くに落ち炸裂する。
「きゃあ!」
と悲鳴を上げたが、気づくと全くの無傷。しかも、かなり近くに落ちたはずなのに乗っている馬まで無傷だ。地面に落ちて吹き飛ばされた土砂なんて、広範囲に飛び散っているはずなのに、それもまるで当たっていない。奇跡的に全部外れたの?
私はゲーム設定の影響で怪我をしないのは当然とは思うけど……、馬までってどういうことかしら? あ、そうか。馬が怪我をしたら暴れるし、そうなったら私は落馬をして怪我をする。だから馬も怪我をしないようになるのね。
なんだそうか! と、安心して改めて周囲を見ると、そこは惨劇だった。魔法の攻撃により多くの屍。そして、それより多くの怪我人がうめき声をあげていた。
「う……うそ……」
私は大丈夫。でも他の人は違うのだ。普通に攻撃が当たり、そして死んでしまう。しょせんゲームだと思って軽く見ていた私だったが、この世界の”現実”に声がない。
王国軍は魔族の攻撃に合いボコボコにされる。その軽い言葉の裏の現実。
私は戦場に出てもどうせ死なないし、怪我もしない。だから気楽なものと思っていた。でも私以外の人たちにとっては、ここは”通常の戦場”なのだ。
私は馬鹿だ。しょせんゲームなんだから何度でもやり直せる。やり直せばいい。そう思っていた。
でも”私以外の人”は普通に死ぬのだ。それに今更ながら気づいた。
こんなこと、何度もやり直してはいけない。一度で十分だ。
そこにまた魔族の魔法攻撃。私は無傷。そして屍に変わる兵士たち。
そうだ!
私は被っていた兜を投げ捨てた。金髪碧眼、アーレンベルク公爵の顔を晒した。
「私は、アーレンベルク公爵の一人娘。アーデルハイド・アーレンベルク! アーデルハイド・アーレンベルクよ!」
「アーレンベルク公爵令嬢!」
「なぜ公爵令嬢が戦場に!?」
予想外の人物の登場に兵士たちはどよめいているが、今はそれどころじゃない。
魔族の攻撃により壊滅しようとしているところに私は駆けた。
そして最前線で両手を上げて立ちはだかる。
「アーレンベルク公爵令嬢をやれるものなら、やってみなさい!」
私は大見えを切ったが、当然、魔族に貴族社会の地位など関係ない。むしろ大見えを切った私に攻撃が殺到する。
火竜が火炎を吐き、水竜が滝のような水流を浴びせてくる。
だけど、その2つが私に当たる直前でぶつかり合い、相殺される。私には傷一つない。
「こっちには、シナリオライターがついてるのよ!」
魔王ルートになれば、ゲーム終了後にも私は生き延び、割と幸せになる。それが確定している以上、この戦いで私が死んだり、幸せの障害になるほどの怪我を負ったりはしないのだ。
アーレンベルク公爵令嬢と名乗ったのは一応の保険だ。アーレンベルク公爵令嬢としては死んでないはずだったけど、名もなき女騎士としては死んでました、ってなったら目も当てられない。今までは大丈夫でも、これからも絶対という保証はないって魔王も言ってたし、保険は多いほどいい。
魔族の攻撃が、目立つ私に集中するが、その攻撃はことごとく失敗する。私に切りかかった魔族はつまづき倒れ、私に飛び掛かった魔族は外の魔族が放った矢に射られて倒されるのだ。
魔族の攻撃が失敗している間に、兵士たちが体制を立て直し反撃を開始した。
ゲームのイベントの”絵”として映っているところは仕方がない。全体として負けるのも仕方がない。でも、それ以外の場所の被害を最小限にとどめることは出来るはずだ。
「ここは大丈夫」と次の劣勢の戦場に向かう。
前方から魔法攻撃によって弾き飛ばされたらしい瓦礫が飛んできた。だけどかまわず進む。別の方角から飛んできた瓦礫とぶつかり空中で砕け散った。破片のすべてが私を避けるように落ちて、私も馬も無傷。
どんな攻撃も私を傷つけることはない。
そうして、私は戦場を駆け巡って戦線を支えたが、全体として劣勢なのはどうしようもない。兵士たちの被害が増えていく。
魔王……クララ……、早くしなさいよ。貴方たちがイベントを進ませないと戦いが終わらないじゃない。
イベントがいつ発生するかもゲームの設定のうち。それが分かっていても愚痴らずにはいられない。
私はさらに戦場を駆け巡った。息は切れているが身体は無傷だ。それに反し、傷つき倒れていく兵士たち。
あまりにも不公平。私も怪我を負いたい、そう思えてくるほどだ。
ふいに戦場全体を光が包んだ。
イベントが始まったの!?
そのとたん見るからに弱体化する魔族たち。クララの、魔族の魔法を封じる力が発動したのだ。
いくら数が多くても魔族は烏合の衆。今まで優勢だったのは個々の力が強かったからだ。
力の弱い烏合の衆は、魔族討伐に慣れた王国軍の敵ではなかった。
瞬く間に攻守は入れ替わり、今度は魔族が一方的にやられていく。
人間がそうであるように、魔族にも魔族なりの家族とか人生とかあって魔族だったら倒されても良いってことじゃないかもしれないけど……。今の私には、そこまで考える余裕はない。
私の出番はここまでね。
馬首を返して前線から引き上げる私に、多くの兵士たちがすれ違いながら声をかけてくる。
「アーレンベルク公爵令嬢! 貴女は戦場の女神だ!」
「この御恩は一生忘れませぬ!」
いや、私の力じゃなくてシナリオライターのおかげなんだけどね。
そういえばクララって、今どこに居るんだっけ? 本陣付きだったはずだけど本陣って今どこ?
今度は魔族が殲滅されかけて、そこでクララの提案で魔族と王国が和睦。
そして魔王とクララが結ばれるのだ。
私はそれを見届けなければならない。
ゲームイベントの”絵”として私は映らない。だからイベントには参加は出来ないのだけど、イベントに写りこまない方向から眺めることは出来る。
クララがいるはずの本陣って、要するに王様がいるところよね? じゃあ一番安全なところよね。
そう思って、とりあえず王国軍の中心部に向かった。
しばらく馬を進めていると、軍勢の中心近くまでたどり着いた。もうここらへんよね? と思っていると、ふいに腕を掴まれた。
「なんですの!?」
「これ以上進むと危険だ」
私の腕を掴んだ兵士はそう言ったが、ここは味方のど真ん中。しかも私はさらにその中心に向かっている。とても危険そうには思えない。
なんか無理があるな……。そうか、なるほど……。
私が進む方向を変えると、騎士はあっさりと私の腕を放した。
こっちに進むとイベントの”絵”に写りこんじゃうってことね。じゃあ、ここの裏に回ればいいはずね。
私は、進むのを妨害してくる兵士や騎士に沿って進んだ。すると上手く魔王とクララとの”イベントの絵”の裏側に出ることができた。
ちょうどクララが魔族との戦いを止めるところだな。
魔力の低下した魔王は、誰かにやられたのかすでに手負いだ。
その魔王を前に、国王は精鋭の騎士たちを従え魔王に止めを刺そうとしていた。
「クララ・ノイラート! なぜ止める! 魔族を滅ぼす絶好の機会なのだぞ!」
その言葉の通り、魔王の前にクララが立ちはだかっている。
「確かに、このまま戦えば魔族を滅ぼすことが出来るでしょう。ですが、魔族たちもいずれ再び栄えます。その時、また魔族との戦いが繰り返されてしまうのではないですか?」
「ああ、魔族は滅ぼされても地獄の底から蘇る。その時は、間違いなくお前らを皆殺しにしてやるよ」
手負いの魔王がにやりと笑って減らず口を叩いている。
「ならば、今、ここで滅ぼしてくれる!」
「や、やめて下さい!」
国王が魔王を倒そうとしてクララが止める。そして魔王が減らず口を叩く。そのようなやり取りが何度か繰り返される。
そして、ついにクララの仲介により、国王と魔王との間で和平が結ばれることとなった。
「ザクセンブルク王国国王の名の元、魔王シュバルツ・ライゼガングとの和平を宣言する!」
「魔王シュバルツ・ライゼガングの名の元、ザクセンブルク王国との和平を宣言する!」
「「この和平により、双方の領土への侵略は、未来永劫行わないものとする!!」」
最後は魔王と国王が揃って宣言した。
ふ~~。魔王ルートに入ってるんだから、最後はこうなるのは分かってたけど……。
ここ何カ月の苦労の賜物だと思うと感慨深いものがあるわね。
だけど和平がなっただけで、”イベント”自体はまだ終わっていない。
「シュバルツ!!」
国王との宣言の後、やれやれという感じでいた魔王にクララが飛びついた。
ちょっとちょっと! 貴方たち、いつの間に名前で呼ぶ仲になってんのよ。
そして魔王も飛びついてきたクララを抱きしめる。
中世ヨーロッパ風のこの世界でも、人前で男女がいちゃつくのはもってのほか、でも魔族である魔王にその倫理観は通用しない。
大勢の前にも拘わらず、魔王シュバルツ・ライゼガングとクララ・ノイラートは熱い口づけを交わした。
なんだ……。アーデルハイド・アーレンベルクが、”割と幸せになる”なんて、嘘じゃない。
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