第31話:魔王とアーデルハイド・アーレンベルクの1回目から884回目までについて
姉貴に誘われたゲームにはまり、にも拘わらず、元凶の姉貴が「一人暮らしをする」とそのゲームを持っていってしまった。やむを得ず自分用のゲームを買った帰路で、車に轢かれる……というのが現実世界での最後の記憶だ。
気づけば、というか、目を覚ませば知らない天井。起きて色々と確認してみると、なんと、買ってきていたゲームに登場する魔王になっていたのだ。
じゃあ、いっそのこと魔王としてこの世界を征服してやろうかと思ったが、これがゲームのシナリオ通りのことしかできないと来たもんだ。そしてヒロインと攻略対象が結ばれ、攻略対象から致命傷を受けた俺は
「しょせん、こんなもんか……」
と、死んだ。
……と思った瞬間、また初めの日からのやり直しだったのだ。
それが何十回、何百回と繰り返された。同じことの繰り返し。致命傷の苦痛を受けて、苦しみ死んで、生き返り、同じことをして、また死ぬ。
気が狂いそうだった。どうにかして、この無限地獄から抜け出せないか。
魔王ルートに入れば殺されない。それにはすぐに気づいた。だが、どうすればそのルートに入れるか。それが分からない。
魔王ルートは、攻略本を見て”普通だったらしない選択”を繰り返して、やっと入るルートだ。自然に任せれば入るわけがないルート。
どうすれば魔王ルートに入れるのか。ずっと考え、そして殺され、生き返り、また殺された。
そして気づいた。魔王ルートに入って得をする魔王以外の唯一の登場人物。
俺と同じく、正規ルートなら必ず死ぬ女。
俺と同じく、魔王ルートの場合のみ生き残る女。
公爵令嬢アーデルハイド・アーレンベルク。
殺され生き返ったその直後にアーデルハイド・アーレンベルクに会いに行った。
金色の巻き毛にディープブルーの瞳、年齢のわりに大人びた体つきの、人形のような美少女。驚きに見開かれた大きな青い目がきれいで、一瞬だけ俺は見惚れた。
アーデルハイドは、始めは俺の話を信じなかった。信じず、協力を得られないまま殺され、俺も殺された。
次は、どうすれば公爵令嬢を説得できるかを考え抜いて準備をし、上手くやった。
授業をさぼれと言ったり、次の休み時間に下級生がぶつかってくるが、それを避けられるものなら避けて見ろと言ったり、この世界は設定通りのことしかできないと思い知らせたのだ。
「仕方がないから、手伝ってあげるわよ」
アーデルハイド・アーレンベルクは、そう強がってはいたが、俺に協力しなければ自分も死ぬのだ。協力するに決まっている。
だが実際、なかなか上手くいかなかった。
ヒロインのクララと仲良くなり、攻略対象たちとの親密度が上がるのを妨害するのが計画だ。
アーデルハイドは幼いころから公爵令嬢として育てられてきた。しかも王国一の公爵家の一人娘としてだ。彼女に取り入ろうとする者は数知れない。
「交流する人物をよく見極めるんだよ、アーデルハイド。特に、お前に取り入ろうとする身分の低い者とは関わるんじゃない」
彼女の父であるアーレンベルク公爵は、身分による差別ではなく、彼なりの”常識”として、彼女にそう教え込んでいた。そして彼女も、それを”常識”だと思っていた。常識はそう簡単に修正できるもんじゃない。
「ちゃんとしろよ! お前だって死ぬんだぞ!」
毎晩、アーデルハイド・アーレンベルクに会いに行き、言い聞かせた。
「分かってるわよ! でも、仕方がないでしょ!」
公爵令嬢としてのプライドがそうさせるのか、魔王である俺の指示で動くことにアーデルハイド・アーレンベルクは反発したが、徐々にその反発も薄れていった。
そしてゲームも中盤に差し掛かろうとするころ、アーデルハイド・アーレンベルクは魔王ルート後のことを口にすることが多くなっていた。
「私って、その魔王ルートっていうものになったら、その後”幸せになる”んですわよね。絶対に」
「”わりと幸せ”な。まあ、幸せになるってことで良いだろうな」
そうするとアーデルハイド・アーレンベルクは嬉しそうに笑った。
または、こんなことを言うときもあった。
「それって、私が何をどうやっても幸せになれるってことなんですわよね?」
「まあ、そうだろうな。”わりと幸せになる”っていうことだけが決まっている。極端な話、王様を切り殺しても、なんだかんだで幸せになれるはずだ」
「じゃあ、これくらい大丈夫ですわよね……」
アーデルハイド・アーレンベルクは、嬉しそうにそうつぶやいていた。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。この世界の住人は「全員ちょろい」ということに。ちょろいのは、ヒロインや攻略対象たちだけと思っていたのだ。
だが、魔王ルートに入るようにしろと言っても、身分意識のあるアーデルハイド・アーレンベルクにとって、身分が低いヒロインと友好的になることは難しい。彼女には取り巻きもいる。取り巻きたちも、ヒロインを身分の低い者として扱う。そして彼女にはどうしようもない”強制イベント”の数々。
強制的にヒロインを罵倒する。その後、崩れた関係をどうすれば修復できるのか。
罵倒した相手に、その後どんな顔をして会いに行けるのか。
結局うまくはいかず、ヒロインは第一王子のカミルと結ばれた。
そして、第一王子がヒロインと結ばれれば、アーデルハイド・アーレンベルクは、弟である第二王子と結ばれるはず。そうなれば、弟が王位を継ぐのは決定的。それを避けるため、という自己中の見本のような理由でアーデルハイド・アーレンベルクはカミルに斬られた。
この世界はゲームの設定に支配されている。その”イベント”に俺は参加することができない。イベントの”演出”の範囲外から手を出すことができず、アーデルハイド・アーレンベルクが斬られるのを見ていることだけしかできなかったのだ。
その”イベント”後、虫の息の彼女に駆け寄った。
息を引き取るアーデルハイド・アーレンベルクの手を取った。
「ごめんなさい。貴方を助けてあげられませんでしたわ……」
お互いに生き延びるため手を組んだだけ。そう思っていたアーデルハイド・アーレンベルクの言葉に、俺は絶句した。震える手で彼女の手を握る。その手はすでに冷たい。
「魔王ルート、というのが終わったら……クララから、貴方を奪ってあげるつもりでしたのに……上手くいきませんわね……」
「……お前」
「次……、次もあるんでしょ? 次は……上手くやりましょうね……」
そう言ってアーデルハイド・アーレンベルクは息を引き取った。
その後、魔族と共に俺は滅ぼされ、またゲーム開始時点に戻された。
すぐにアーデルハイド・アーレンベルクの元に飛んで行った俺は、早速、ベッドに寝ていた彼女をたたき起こした。
「失敗しちまったな。今度は上手くやろうぜ」
息を引き取る前の彼女の言葉から、俺に気があるのがわかっていたので、照れもあってぶっきらぼうな言葉になった。
「貴方……誰ですの?」
「え? 誰って……」
呆然とした俺をよそに、アーデルハイド・アーレンベルクは叫んで助けを呼んだ。
「だ、誰か!! ふ、不届き者が、私の部屋に! 早く誰か来て!!」
前回のことを覚えていない?
この世界がゲームだと伝え、自分と協力するようになれば、アーデルハイドも記憶が引き継げるようになるのではないか? そう思っていたが、そうではなかった。
現実世界の記憶があるものだけが記憶を引き継ぐことができ、そうでなければ、この世界がゲームだと理解しても記憶は引き継げないのだ。
「邪魔したな……」
何とかそれだけを言うと、俺はアーデルハイド・アーレンベルクの部屋を後にした。
それから、何とか事情を説明し協力を得られたが、やはり上手く行かなかった。
そして俺に惚れないようにしようとしても、それもどうしようもない。友好的な関係にならなければ協力は得られない。
それに、この世界の住人はちょろすぎる。
それから何十回、何百回とアーデルハイド・アーレンベルクと出会い、その死を看取ってきた。
はっきりとアーデルハイド・アーレンベルクと恋愛関係になったのは5回目からだ。
その時に告白してきたのは、アーデルハイド・アーレンベルクからだったが、俺の気持ちを察していたんだと思う。
6回目からは、俺からアプローチをしていた。
だからこそアーデルハイド・アーレンベルクを守る。その決意の意味もあった。
だが、それでもイベントが上手く行くことはなかった。
そして884回目。
また、正規ルートでのアーデルハイド・アーレンベルクの死。
「すまない……」
いつも通りだ。握ったアーデルハイド・アーレンベルクの手は、すでに冷たい。
「泣かないで……。貴方が悪いんじゃないわ……。私が失敗したのよ……。自分を責めないで」
「だが、俺がお前に協力なんて持ち掛けなければ……」
「でも、貴方が私に会いに来なくても、私が死ぬのは決まっていたんでしょ?」
そう言うとアーデルハイド・アーレンベルクは、俺の手を握り返し微笑んだ。
「次の私にも会いに来て。そして、次の私にも優しくしてあげてね……」
そうして884回目のアーデルハイド・アーレンベルクは目を閉じた。
その後、正規ルートのイベントで殺された俺は、蘇るとすぐにアーレンベルク公爵の屋敷へと向かった。
何百回とやってきたことだ。アーデルハイド・アーレンベルクに、この世界がゲームの中だと納得させるなんてお手の物だ。
初対面の相手に、お前を助けてやると言われても信じない。助かりたいのは魔王である俺自身。お前とは利害が一致するから協力を求めるだけ。そう話さなければならない。
初めは、なるべく軽い感じで話しかける。そうした方が、話がすんなり進む。
アーデルハイド・アーレンベルクの言葉を思い出しながら、あえて軽い口調で説明を始める。
何百回と繰り返してきた言葉。
「信じられねぇかもしれないが、この世界は現実の世界じゃないんだ。実は、ゲームの世界の中っていうやつでな。まあ、ゲームって言ってもお前には分からないだろうがな」
そう言って笑った。
驚く885回目のアーデルハイド・アーレンベルクに、一から説明してやるのだ。いつも通りだ。
「ここって……ゲームの中なの……?」
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