第29話:容疑者デニスのアーレンベルク公爵令嬢殺人事件の動機について
「兄上が国王になるのではないのですか!?」
父上からそう言われたのは10歳の時だ。兄上の12歳の誕生日の前日。父上に部屋に呼ばれ、次期国王は兄上ではなく自分だと言われたのだ。
「ですが、兄上は次期国王にふさわしいお方です。貴族たちに牛耳られている我が王国の王家の権威を取り戻せるのは兄上しかおりません!」
「馬鹿なことを申すな。魔族討伐を貴族たちに任せているのだ。にもかかわらず権威だけ振りかざしても、反発を招くだけではないか」
いや。兄上は、国王である自分が先頭に立ち魔族を討伐するとおっしゃていた。貴族に魔族討伐を任せるのは止めるとおっしゃっていた。今までの国王たち。父上も自ら戦場に赴く勇気がなかっただけではないか。覇気がなかっただけではないか。努力をしなかっただけではないか。
兄上は日々努力をなさっている。必ずやおっしゃったことを実行する。父上は、兄上のいったい何を見ているのか。
「父上。この国の国王は兄上をおいてほかにはおりません」
「デニス……。分からぬことを申すな。お前がカミルを慕っているのは知っている。だが世には秩序というものが必要なのだ。正妻の子が王位に就かず、他の兄弟に王位を譲るなどという先例を許せば秩序は乱れるぞ」
「し、しかし!」
「もうよい! お前が次期国王なのは決まったこと。いや、決まっていたことだ。つべこべ申すな! もう話は終わりだ。部屋に戻れ」
父上は怒鳴り、私を部屋から追い出した。こうなっては反論のしようもない。
当時の私には分からなかったが、父上の怒りは私にではなく、父上自身に向いていたのかも知れない。
私の母上は先代のアーレンベルク公爵の姪。その息子である私を次期国王にするのはアーレンベルク公爵家に従うことだ。だが、それを認めたくない父上は、アーレンベルク公爵に逆らえないから。という部分を心の奥深くに隠し、正妻の子だから次期国王なのは当然。
そう己自身すら納得させて私を国王にしようとしたのだ。
しかし、私が反論するたびに、アーレンベルク公爵に逆らえないから、という真の理由が心の奥底から掘り返される。それに耐えかね、掘り起こそうとする私を怒鳴って退席させたのだ。
しかし、それでも次期国王には兄上がなるべきだ。
どうすれば兄上が次期国王になれるのか。日々考えたが良い方法が思いつかない。
やむを得ず、信頼する教育係のレーナルト男爵に相談した。以前は侍従長を勤め父上の信頼もあつい人物だ。
しかし、私の考えを聞いたレーナルト男爵は驚きの声を上げた。
「デニス殿下。そのようなとんでもない考えはお捨てなさいませ。国が乱れる元で御座います」
「お前までか。兄上ほど国王にふさわしいお方は居ないのはお前も分かっているだろう」
「いえ。国王に相応しいのはデニス殿下。貴方様で御座います」
「何を言う。私のどこがば兄上より国王に相応しいなどと言えるのか」
「デニス殿下は、国王陛下の正妻の息子。つまり世子で御座います。それが国王の資格で御座います」
「いや、国王は優れた者がなるべきである。それこそ王国の為ではないか」
「いえ。それは恐れながら浅慮と申すもので御座います。優れた者と申しますが、何をもって優れているというのですか。自ら優れた者が良き国王になるとは限りませぬ。人を上手く使う者こそが優れた良き国王ともいえましょう」
「い、いや。兄上ならば私などより、もっと上手く人を使うことも出来よう」
「ならば、兄上であるカミル殿下よりも、もっと優れた者が現れれば、その者に王位をゆずるのでございますか」
「問題をすり替えるな。兄上は国王である父上の息子だ。能力だけの問題ではない」
「ならば、デニス殿下は正妻の子で御座います。能力だけの問題ではありますまい」
「それとこれとは……」
「同じで御座います。国を乱すのを防ぐには、血筋が重要。それを乱すことは国を乱すことで御座います」
「しかし、それでは兄上があまり哀れではないか」
「デニス殿下……。貴方がカミル殿下をお慕いし、ご不幸を嘆かれているのはよく分かりました。ですので、あえて申しますが、だからこそ、これよりはカミル殿下に対し、自分が次期国王であり、カミル殿下は将来自分の臣下になるのだとお示し下さいますよう」
「馬鹿な。なぜそのようなことをしなければならない」
「それがカミル殿下のお身を救うことになるからで御座います」
「兄上の身? なぜそのような話になる」
「貴方がおっしゃる通りカミル殿下は国王に相応しい能力を持ちの方。臣下の中にカミル殿下を担ぎ王位を臨もうとする者がいるやも知れません。それで国が割れるようなことがあれば、カミル殿下は反逆者として罰せられましょう」
「ま、まさかそんな大げさな。お前も王位継承には血筋が重要と申したではないか。ならば兄上を担ぐいわれはあるまい」
「カミル殿下を担ぐのは現在不遇な者たちです。カミル殿下を使って博打をし、上手く当てればお零れをあずかれると考えるのです。そして、そのような者の常として、博打に負ければ我関せずと逃げ出し、罪を受けるのはカミル殿下ただ御一人ということで御座います。またカミル殿下も誇り高いお方。他の者に踊らされたとは言い訳しないでしょう」
「しかし、そうなるとは限らぬではないか」
「はい。カミル殿下の王位継承に万一の望みをかけ取り入ろうという貴族は多いでしょうが、それで国が乱れるまでになるかは確かに高い確率ではない。私もそうは思います。ですが、カミル殿下のお命がかかっていることで御座います。確率が低いから何もしなくても良い。というものではありますまい。その万一が起こればカミル殿下のお命がないのですぞ」
兄上の命がかかっている。そう言われては私に返す言葉はない。
「そして、デニス殿下。貴方がカミル殿下をお慕いし、カミル殿下こそ国王に相応しいという態度を表せば表すほど、そのような者たちの数は増え、カミル殿下を担ごうとするのです」
「私が兄上を慕うほど……だと」
「はい。王位継承者に慕われているなら、御父上である国王陛下にも口添えし王位継承が覆る可能性もあると考えるのです」
「しかしその程度のことで……」
「先ほども申しましたが、カミル殿下を担ぐ者たちは博打をしているのです。可能性が少しでもあればカミル殿下を担ぎます。カミル殿下に王位継承の望みはない。彼らを封じるのには、そう周囲に示すのが重要なのです」
「……分かった。そうしよう」
兄上の命がかかっている。そう言われればやむを得ない。
兄上をお慕いしているとの心を隠し、兄上に対し自分こそが次期国王なのだという態度を取るようにした。
しかしそのような日々を過ごしていたある日、レーナルト男爵が訪ねて来た。
「カミル殿下が、アーレンベルク公爵令嬢のアーデルハイド嬢と親しくしているようです」
「アーレンベルク公爵令嬢と?」
「はい。おそらくはアーレンベルク公爵令嬢と結婚すれば、アーレンベルク公爵家の影響力で自分が王位を得られると考えたのでしょう。まさかカミル殿下が、そのような手を使うとは考えが及びませんでした。今までアーレンベルク公爵が王位継承者に対し娘を送り込んできたことは多々ありましたが、継承権のある者が王位欲しさにアーレンベルク公爵家の娘を手に入れようとは」
コロンブスの卵という言葉もあるように、分かってみれば簡単なことでも言われるまで気づかないこともある。
王家からすれば、アーレンベルク公爵からの介入を忌々しく思いこそすれ、利用しようとは今まで誰も考えなかったのだ。
「なるほど。さすがは兄上だ。ならば兄上が国王になれるのではないか?」
それで兄上が次期国王になれるのなら、すべて解決だ。そう思った私だったが、レーナルト男爵は顔色を変えた。
「何をおっしゃいます! それこそカミル殿下の破滅で御座います!」
「なぜだ? 私の母がアーレンベルク公爵家の影響で正妻となり、私が次期国王だというなら、アーレンベルク公爵の娘を妃とすれば国王になれるというのも道理ではないか」
「いえ。国王陛下は非公式とはいえデニス殿下。貴方様を次期国王と公言なされています。今更それを覆すのは王家の威信にかけて出来ますまい。そして貴族たちもアーレンベルク公爵家の元一枚岩というわけではありません。王家単独では公爵家にかなわなくても、公爵家に従わぬ貴族たちと力を合わせれば、公爵家を上回ります。このままではカミル殿下を推すアーレンベルク公爵家と王家と他の貴族たちとの連合との間で戦が起こりますぞ」
「まさかそのようなことがあるのか?」
「以前も申しましたが、カミル殿下の命がかかっていることで御座います。可能性があるのならば排除せねばなりませぬ」
「う、うむ」
しかしレーナルト男爵の言うことはかなり無理がある。アーレンベルク公爵家の元に一枚岩ではないのは確かだ。とはいえ、だからと言って王家の味方をするのとは話が別。だが、当時の私にはそれが見抜けなった。
以前レーナルト男爵は、兄上を担ぎ上げお零れにあずかろうとするものが兄上を王位につけようとする。そう言っていたが、このレーナルト男爵こそが、私を王位につけ、そのお零れにあずかろうとする者だと気づかなかったのだ。
「デニス殿下。こうなってはカミル殿下をお救いするには、貴方こそがアーレンベルク公爵令嬢を妃にするしかありません」
「私が?」
「そうです。そうなればカミル殿下も、カミル殿下を担ぎ上げている貴族たちも王位継承に望みがないと思い知りましょう」
「分かった。それが兄上をお救いすることになるなら、そうしよう」
兄上をお救いするためならば、何でもする。
それによって兄上に憎まれようともだ。
そのためにもアーレンベルク公爵令嬢を兄上に渡すわけにはいかないのだ。
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