第27話:容疑者ライマーのアーレンベルク公爵令嬢殺人事件の動機について
「やめてよーー!!」
目の前で自らの手にこぶし大の石が叩きつけられた。
皮膚が破れ血がにじむ。それが何度も繰り返される。
数人の同級生に押さえつけられ逃げることが出来ず、止めて欲しいと懇願した。
「うるさい! お前が悪いんだ! お前さえいなければ!」
友人。そう思っていた者たちが私に憎しみの目を向け、私の手に石を叩きつけ続ける。
「お前たち何をやっている!!」
偶然通りかかった教師が発見し、彼らは逃げ散ったが逃げ遅れた生徒から全員が掴まった。
彼らはすべてこの国の音楽家の子弟たちだった。
私の才能に嫉妬し、私の手をつぶせば自分たちが音楽会で優勝できる。先生に褒められると思い、この凶行に及んだということだった。
「ご安心ください。骨に異常はありません。すぐに発見されたのが幸いでした」
主治医はそう言って完治すると保証し、父上は安どのため息をついた。
「良かったな。ライマー。怪我を治し練習を再開すればすぐに遅れは取り戻せる」
しかし私にとって、話はそれでは済まない。
「僕の手を壊そうとした奴らはどうなったの?」
「なに。あいつらは全員退学だ。来月にも王都からも姿を消すだろう。宮廷音楽家の我が家の跡取りに怪我を負わせようとしたのだ。当然なのだが、自分が行った結果がどうなるかも分からぬ奴らだ。お前が気にするほどの者たちではない」
父上はそう言ったが、気にしない方がどうかしている。音楽は私の命だ。それを奪おうとした者たちを退学程度で許してなるものか。
「父上。ですが今回と同じようなことがまた起こらないとも限りません。私は、武術を身につけたいと思います」
「なるほど。それは分からぬでもないが、音楽の練習は良いのかな? 今後お前には十分な警護をつけよう。今は後れを取り戻すのが先決ではないか?」
「父上のおっしゃることももっともです。ですが音色は心の状態に大きく左右されます。今のままでは今回のようなことがあればと気が落ち着きません。それより、いざという時には自分で何とか出来る。そう思える方が心が落ち着き、結果的に音楽の練習にも身が入ります」
「なるほど。お前がそう言うなら仕方があるまい。お前の心の問題なのだからな。分かった。お前には良い武術の先生を見つけよう」
「はい。ありがとうございます」
更に出来れば手を使わない、脚が主体の技を教えてくれる先生を希望し、父上はそれにも応えてくれた。
そして父上が用意してくれた武術の先生は、私との相性も良かった。
「ライマー様は音楽の才能がおありです。しかも手を使わないでとなると、蹴り技の型を数多く覚え、それを臨機応変に使い分けると良いでしょう」
「型を覚えて使う?」
「はい。相手の構えから相手の攻撃方法を予測し、それに合わせて足技で攻撃するのです」
「なるほど。相手に合わせて選曲し、演奏するようなものか」
「さすがライマー様。察しが良い。相手が素人ならば、それで大抵は勝てます。相手がある程度の心得があるなら、それを利用し、相手をこちらの思い通りに誘導することも可能です。ライマー様は即興で演奏できる方とも聞いております。その判断力と決断力は、武術にも重要なものです」
「分かった。僕に合っていそうだ。よろしく頼む」
こうして武術の稽古が開始された。
そして確かに先生の言う通り、私の即興演奏の技能は武術にも適していたようで、わずか1カ月で先生も驚くほどの技を身に着けていた。
「さすがはライマー様。もしライマー様が宮廷音楽家のご子息でなければ、武術に専念するように口説き落としたいくらいですよ。そうすればライマー様は、この国一の武術家にもなれましょう」
「ありがとうございます」
先生の言葉に素直に礼を言った。先生の言葉がお世辞なのか本気なのかどうでも良かった。この時、私の頭には別のことでいっぱいだったのだ。
翌日。元同級生の5人を呼び出した。私の手に怪我を負わせようとした奴らだ。
「な、なんだよライマー。こっちもあの所為で退学になったんだ。もう良いだろ」
奴らは、まるで自分たちこそが被害者かのように不貞腐れた顔をしていた。
「だいたい、お前の手の怪我はたいしたことなかったんだろ。だったら俺たちの退学だって無効だ!」
「そうだ。お前からも俺たちの退学を取り消すように言ってくれよ」
こいつらは何を言ってるんだ?
「お、俺たち友達じゃないか。そうだろ?」
「あ、ああ、確かにちょっとやり過ぎだったけど、それもお前が凄すぎるからなんだよ」
「そうなんだ。お前の才能にちょっと嫉妬してしまっただけなんだよ」
「な? これからも仲良くしようぜ。良いだろ?」
そうか。分かった。こいつら馬鹿なんだ。
私は呆れ果て、口を開くのも面倒だった。だが彼らはそれを肯定と受け止めたようだった。
「じゃ、じゃあ。今から校長先生のところに言って、とりなしてくれよ」
「頼むよライマー。俺たち友だ……っげふぅ」
耳障りな言葉を吐く口に蹴りを叩きこんだ。
初めからやるつもりで呼び出したのだが、それでももう少し謝罪なりがあるかと思っていた。彼らを買いかぶっていたようだ。
自らの行いを謝罪するどころか、私にとりなしを頼むとは。
「ラ、ライマー。いきなり何を……っが」
さらに別の奴の口に蹴りを放つ。せっかく先生に教えて貰った技だったが、それを使うまでもない。
先生に教えて貰った技は、あくまで相手に戦う意思がある場合の技。
言い訳し、逃げ惑うだけの奴らには、一方的に蹴りを叩きこむだけだった。相手の動きに合わせる必要がない。
さらにもう一人を蹴り倒すと、残りの2人は跪いて懇願した。
「た、助けてくれライマー。お願いだ」
「お願いだ。謝るから許してくれ」
考えようによっては、この2人の方が助かりたいが為とはいえ、謝罪している分他の奴らよりはマシだったのかも知れない。
だが、むしろそれが私の心を逆なでた。1カ月前、止めて欲しいと懇願する私の手に石をぶつけ続けたのはお前らではないか。
手をついて跪く、彼らのその手を踏み抜いた。指の骨が折れたかも知れしれないが、運が良ければ骨に異常はないだろう。私の時のようにだ。
その後、ある程度の処罰を覚悟していたが、向こうは泣き寝入りすることを選択したようだ。
彼らのやったことを考えれば、私は報復しただけ。今騒いでも同情は得られないと察したのだろう。
その後、一通りの技を身につけた私は、名残惜しそうな武術の先生からの指導を終えた。
今は、早朝に覚えた型の復習をする程度だ。それでも先生が言った通り、私の音楽家としての才能との相性が良いのか、技は衰えるどころかキレを増している感覚すらある。
もちろん、音楽の練習はさらに熱心に行い、ついには学生のまま父上から宮廷音楽家の地位まで継承したのだ。
そんなある日、父上から話があった。
「ライマー。アーレンベルク公爵のことはお前も知っているだろう。そのアーレンベルク公爵の一人娘アーデルハイド嬢のピアノの教師にとお前を指名してきたのだ」
アーレンベルク公爵といえば、この国では王家よりも権力があると言われる大貴族だったかな。
とはいえ他人に指導するくらいなら、その分、練習したい。
「父上。その話、お断りするわけにはいかないのですか?」
「うむ。お前ならばそう言うかと思っていたが……。だが、この国でアーレンベルク公爵に逆らうわけにはいくまい。すまぬが頼む」
「分かりました。仕方がないですね」
「ああ。頼んだぞ」
こうしてアーレンベルク公爵令嬢のピアノの教師となった。令嬢は、それなりに才能があった。真面目に練習すれば、仲間内で演奏を聴かせる程度ならばお世辞抜きに称賛される腕前にはなるだろう。
とはいえ、この国一の令嬢。その自尊心は己を過大評価していた。
「私。ライマー様の代わりに宮廷音楽家になれるのではないかしら。そうなったら、ライマー様は私の家の専属にして差し上げますわ」
何言ってんだ。こいつ。
「アーレンベルク公爵令嬢。貴女には確かに才能があります。ですが、僕を含めて宮廷音楽家になる者たちは、幼いころから一日中楽器の練習をしているのです。公爵令嬢としてのお付き合いのある貴女には難しいでしょう」
私なりに気を使って言葉を選んだが、それでも公爵令嬢には気に食わなかったようだ。
「私が貴方たちより劣るというの! 私を誰と思っていますの!?」
「い、いえ。劣っているというのではなく、それだけ専念しないと行けないと……」
「私に口答えするの! 貴方なんてお父様に言えば、いつでも宮廷音楽家を止めさせられるのですからね!」
あ。こいつ殺そう。
反射的にそう思い、あまりに自然にそう考える自分に狼狽した。
私の手に怪我を負わされそうになった一件が、自分でも深い心の傷になっていたのだろう。
私から音楽を”奪うのに失敗した”彼らすら私は許せなかった。
”奪おう”という者に対しては、許す許さない以前に、奪わさせないようにするのは当然だった。
宮廷音楽家でなくなるだけで、音楽は続けられるとは思うが、アーレンベルク公爵の圧力で宮廷から追放されるということは、公式の場での演奏は出来なくなると言うことだ。
つまり、音楽が出来ると言っても、自分の屋敷で一人で引き続けるだけということだ。
だけど、私も好んで人を殺したいと思ってるわけではないし、実際、殺人を犯してそれが発覚すれば、宮廷音楽家では居られない。
殺しても、殺さなくても音楽を奪われる。
さてどうするか。
彼女の気を変えさせれば良いということなのだが、どうすれば彼女の気を変えられるのだろうか。
そうか!!
「アーレンベルク公爵令嬢。誤解をさせてしまったようですね。申し訳ありません。貴女には自身で奏でるのではなく、私が奏でる曲を聞いて頂きたいのです」
「ライマー様の曲を?」
「はい。できればこれからもずっと」
遠回しながらも分かりやすい求婚。
今まで怒りに顔を赤くいていたアーレンベルク公爵令嬢も、別の意味で顔を赤らめる。
「そ、そんなことを急に申し込まれましても……」
事態の急変にさすがの公爵令嬢も言葉はなく、この時は話をはぐらかされた。
しかし、音楽の授業は続けることになったので、まったく脈がないわけでもないようだ。
彼女と結婚すれば、さすがに夫の仕事を奪おうとは思わないはず。
彼女を殺すかどうかを考えるのは、彼女と結婚するのが失敗してからで良いだろう。
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