第26話:これって、本当はそういうゲーム?
「貴女のような身分の低い娘が私と同席するなんて。少しは遠慮すべきではありませんこと? と、お姉さまがおっしゃっています!」
「申し訳ありません。アーレンベルク公爵令嬢様。すぐに……」
私の台詞を代弁するコテンパンの言葉に、クララはそう言って立ち去ろうとする。
今はまさにイベントの真っ最中。時々ある攻略対象との強制イベントなので回避不可能だ。
食堂で私が食事をしていると、友人との会話に夢中だったクララが私のすぐ傍の席に座ろうとし、その時に私の取り巻きの一人にぶつかって、それを発端にクララが私に罵倒される、というものだ。
っていうか、ぶつかる以外のきっかけがない。
「お前ら何を騒いでいる!」
「シンシチ先生……と、お姉さまがおっしゃっています……」
コテンパンの声が小さい。シンシチにビビってるのかな? シンシチおっさんだし、怖そうだしな。
「生徒同士で身分もなにもあるか! かまわぬ。クララ・ノイラート座れ!」
「シンシチ先生……」
「あら? 学園とは、今後の生活の基礎を学ぶところでもあるとお父様がおっしゃっていました。学生のうちから身分というものを理解しておくべきではありませんこと? とお姉さまがおっしゃっています……」
え? 私、こんなことを言うの? 完全に悪役じゃない。
あ~~。でも現実の記憶を思い出さず、公爵令嬢としての生活の記憶しかなかったら言ってたかな……。言ってたかもな……。
そういえば、割と楽勝に思えるのにどうして今までは失敗してたの? って、魔王に聞いたら、なんか不機嫌そうに教えてくれたっけ。
「現実世界の記憶がある俺たちからすれば、この世界はカオスのように感じるが、この世界だけで見ればすべてが辻褄があうようになっているんだ。だからイベントの時の台詞も不自然に強制されたものじゃない。ゲーム世界のアーデルハイド・アーレンベルクは、その台詞を自然と口に出すように育てられた。物心ついたころから植え付けられた価値観に打ち勝つのは難しいってことだ」
確かに、さっきの台詞を自然に口にするような価値観なんだったら、クララと仲良くして攻略対象たちの邪魔をするのは難しいのかもね。
「アーレンベルク公爵といえど、この学園の教育方針に口を出す権限はない。そして俺はこの学園の教官だ!」
おお。権力者に屈しない教育者の鏡! って、いう感じか。
でも設定では、実は公爵家と敵対する貴族の息のかかった人物で、私に取り入ろうとしているのもその貴族からの指示なんだよね。
たしか、その割に私におもねらないのも、教官の立場で下手に出ても、生徒に舐められるだけなので、毅然とした態度の方が大人の男として信頼されるだろう、という計算もあるのだとか。
「わ、分かりましたわよ! 好きになさい! とお姉さまがおっしゃっています」
と、コテンパンが言っているのに、シンシチは私の頭にぽんっと手を置き
「よしっ!」
と笑う。みんなおかしいと思わないのだろうか。
しかし冷静に見ると、絵に描いたような飴と鞭なのよね。
っていうか、私の代わりなのかコテンパンが顔を赤らめている!
「シンシチ先生……」
クララも顔を赤らめ、立ち去るシンシチの背を見送った。
「仲良くしろよ」
と、背を向けたままクララの言葉に応えるシンシチ。
……私はおもむろにコテンパンの頭を撫でた。
「え? お姉さま、なんですか?」
私の突然の行動に、コテンパンが顔を赤らめてこちらを向いた。
コテンパンが自由に動けるってことは、イベントが終わったのね。
「いえ。なんでもないのよ」
とにっこりと笑う。
「では、食事にしましょうか」
と、私は食事を開始した。
「は、はい……」
と、クララも俯き、私に遠慮しているふうに食事を始める。
そして、コテンパンも続く。
クララは時折肩を震わせている。他の生徒たちは、私がいびったせいで泣いているのだと思っているのか同情の視線を向けている。だけど、実はそうではないと私は知っている。
食事の後、私が校舎の裏に移動するとクララとコテンパンが後からやってきた。
「周りのみんな、きっと私とお姉さまの仲が悪いと思ってますよね!」
クララが楽しそうにそう言った。
彼女が食事中に肩を震わせていたのは泣いていたのではなく、周りの反応に笑いを堪えていたのだ。
夏休みの一件以来、コテンパンだけではなくクララも私をお姉さまと呼んでいる。
ちなみに、初めてそれを聞いたコテンパンは殺しそうな目でクララを睨んでいた。
「でも、お姉さまって本当にツンデレなんですね!」
つい最近まで、ツンデレって言葉も知らなかったのに、ツンデレを使いこなしてやがる。
「そ、そうなのよ~~。公爵令嬢ともなると色々と世間体というものがあるの。私はともかく、勝手に気をまわして貴女に色々と言ってくる人もいるでしょうしね」
「そうなんですよね~~。困りますよね~~」
クララも分かっていて言っているので、お決まりのやり取りだ。コテンパンが拗ねた目でクララを睨んでいる。
「そういえば、貴女、コテ……もとい、バルリング伯爵令嬢にちゃんと負けてあげたのですよね?」
私はこっそりとクララに耳打ちをした。
クララとコテンパンとの「模擬戦で負けた方が言うことを聞く」という勝負だけど、あまりにもクララが勝ち続けるので不憫になり、「一度くらいは負けてあげなさい」と言っておいたのだ。
「それがなんですけど、負けよう、負けようとは思っているのですけど……。どうしても勝ってしまって。やっぱり魔法の相性がありますので……」
「そうなの……」
いくら相性が悪くても、わざと負けることすら出来ないって、どういうこと? ゲームの設定で、模擬戦では全勝とでもなっているのかな? だったら仕方がないわね。
昼休みが終わると、私とクララたちはそれぞれの校舎に戻った。
こんな感じの学園生活を送っているんだけど、実は、今日は魔王イベントがある。
授業が終わり、いつもなら途中まではクララと一緒に帰るのだけど、今日は”一緒に帰れなかった”のだ。
後ろからついて行ったりは出来るのだけど、一定の距離からはどうしても近づけない。
なぜなら、これから起こるイベントでは、クララが1人で宿舎に帰るシーンから始まり、イベントの”絵”として私は映らないはずだからだ。
私がクララの居る方に向かおうとすると、隣にいるコテンパンが
「お姉さま! あちらに小鳥が……」
と、笑顔で話しかけてきながら私を羽交い絞めにし、クララに近づけないようにしてくるのはイベントの強制力なんだろうけど、ちょっと怖い。
そして、クララの方も私たちのことを認識して当然なくらいの距離であっても、私たちの姿が見えないかのように歩いている。
そうして、しばらくすると本格的にイベントが始まった。
「よっ! 久しぶりだな」
と、歩いているクララに浅黒い肌の美青年が声をかけた。
「え? 誰かとお間違えではないですか?」
「間違えてねえよ。分からねぇものかね~~」
戸惑うクララに、青年はさらに声をかける。
もちろん人間に扮した魔王だ。
「分かり……ませんけど……」
「俺だよ。シュバルツ・ライゼガングっていえば分かるか? それとも魔王って言った方が良いか?」
「ま、魔王!?」
「やっと分かったか?」
すぐそばに居る男の正体を理解したクララの顔は、真っ青だ。
「だ、誰か……」
と、助けを呼ぼうとする。
「俺としては呼んでも構わんが、そいつ、死ぬぞ?」
魔王の言葉にクララは自分の口を押えた。助けを呼びたいのを必死で堪えているようだ。
マゾ!? マゾなのか? このイベントで、どうやって魔王と親密度が高くなるんだ?
「まあいい。ちょっとついてこい」
魔王はそう言って、顎でクララを促し歩き出した。
逆らったら殺されるとでも思っているのか、クララも素直に従い魔王の後についていく。
2人の話に聞き耳を立てていた私も今まで立ち止まっていたが、イベントの強制力のせいで近づけない。
コテンパンにいたっては、2人の姿を認識すらしていないようだ。
なるほど。私が魔王とクララのイベントを見るためにクララの後をつけているのは、この世界の常識じゃ不自然なのね。その私と一緒に居るコテンパンに2人が見えると、この世界的には都合が悪いってことか。
コテンパン的には、クララは用事があるので一緒に帰れず、私と2人きりで帰っている、ということになっているのね。
とにかく、私が2人を見ながら立ち止まっているのを理解できないコテンパンは、
「帰らないんですか?」
と言ってきたが、いざ進もうとするとその表情のまま私を羽交い絞めにした。
どうやらゲーム画面的に、ここから先に進むと私が映ってしまうので強制力が発動しているようだ。
試しにと、コテンパンを引きずってでも前に進もうとしても、頑として動かない。
そのわりに
「あちらの方に綺麗な花が咲いていますよ」
と笑顔で言うのは、事情を知らなかったらホラーだろう。
仕方がない。
「じゃあ、ちょっと遠回りして帰りましょうか」
と、別方向に進もうとするとコテンパンはあっさりと離れた。
「はい!」
と元気よく答え
「私も、もう少しお姉さまとお話したかったんです……」
と顔を赤らめた。
まあ、画面に映らないように追いかけるなら、コテンパンが邪魔しない方に歩きながら追いかければ良いんだろうけど、見てるとなんかムカついてくるしね。
「あいつマゾなの? 実はこのゲームってそういうゲーム?」
「何を言ってるんだ、お前は」
その後、屋敷で魔王からイベントの報告を聞いていた。
「だって、あんな恫喝からどうやって親密度が上がるのよ」
「不良が子犬拾ったりすると、ギャップで余計に良い奴みたいに思われることがあるだろ? その効果を狙ってるんだよ。これからヒロインを大事にして親密度が爆上がりっていう演出なの」
「え? あんた子犬拾ったの? ちゃんと世話するんでしょうね」
「例えだ。馬鹿」
「冗談よ。馬鹿」
「て、てめえ……」
「ところで、今日のは魔王ルートのイベントなのよね?」
「ん? ああ、そうだな。今回のイベントは前回の避暑地イベントありきのイベントだからな」
「じゃあ順調なのよね」
「まあそうだな」
だったら良いんだけど、クララっていうか、この世界の人たちって、みんなちょろいから心配になるのよね。
「でも、この世界の人たちがちょろいのはわかるんだけど、同性に対してもちょろいのはどうなのかと思うわよね」
「そこは薄い本対策で、ゲーム会社的にも匂わせるような演出が入っているからだろうな。そういう層のファンってのも大事だからな」
「薄い本って?」
「まあ同人誌ってやつだ。ゲームや漫画のファンが、妄想で原作にはないキャラ同士のカップリングの話を作って楽しんだりするんだ」
「え? でも、それでどうして同性同士でちょろくなるの?」
「知らんのか? こういうファンには、男同士のカップリングや、女同士のカップリングをする奴らも多いんだよ」
「げっ! じゃああんたと第一王……。あんたとシンシチとかのカップリングもあるの?」
「どうして、えげつない方で言い直す」
「だって、一番なさそうかなって」
「まああるみたいだな。ゲームの実年齢では俺の方が上だが、外見は俺の方が若いからな。年上強面キャラが、年下キャラに蹂躙されるのが好きなファンもいるんだよ」
身動きが取れないようにされたイケオジのシンシチに、怪しげな笑みを浮かべた魔王がのしかかる……、そんなイメージが私の頭の中に浮かんできた。
「うわ~~。見たくない! 聞きたくない!」
あまりにもおぞましい絵面に、私は目と耳を塞いだ。
「お前が聞いたんだろ!」
あ~~。駄目だ。話題を変えよう!
「そういえば、クララがどうしてもコテ、バルリング伯爵令嬢に模擬戦で勝ってしまうらしいんだけど、そんなことまで設定で決まってるの?」
「いや、そんな設定はないはずだぞ?」
魔王が首を傾げている。
「そうなの?」
「ああ、ヒロインとそのバルリング伯爵令嬢っていう女の接点は、ゲームの初めの方にヒロインが優秀だっていうことの演出で、模擬戦で勝ったっていう一回だけだからな。その後は関わりもないし、どうとでも自由にできるはずだぞ」
「じゃあクララがコテンパンに模擬戦で負けたりは?」
「そりゃ負けることもあるだろうな」
「じゃあわざと負けるのは?」
「そんなの簡単だろ?」
あのアマ……。
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