第22話:容疑者マルセルのアーレンベルク公爵令嬢殺人事件の動機について
「アーレンベルク公爵め!!」
屋敷に父上の怒声が鳴り響いた。
我が屋敷の者たちはみな父上に忠実だが、それでもアーレンベルク公爵の耳に入らないか心配するほどだ。
私とて公爵を慕っているわけではないし、恐れてもいない。だが、不必要に敵に回すのは不合理だ。
「父上。またアーレンベルク公爵の横やりが入ったのでございますか?」
何度も聞いた同じ話だとは思うが、人は不満を聞いて貰えればそれで落ち着くものだ。
「かねてより私が計画してた屯田兵制を今になって反対してきたのだ! すでに予算も算出し、実務担当者の人選まで始めていたのだぞ! それを今更だ!」
「それは、確かに今更で御座いますな」
「しかもだ。私が今更反対なされるのはご無体と言ったら、公爵はなんと言ったと思う!」
「さて。気が変わったとでも言ったのですか?」
「話を聞いていなかったと言ったのだぞ!! さんざん何カ月も会議をして置きながらだ!」
「それはひどいですね」
まあおそらく会議中は狩猟のことでも考えていたのだろう。それとも舞踏会のことだろうか。貴族にとって政治とは社交界のことだからな。
その後も父上の愚痴をさんざん聞いていた。いや聞き流していた。その意味では私もアーレンベルク公爵を非難できないかも知れないな。
父上はこの国の、いや王家の宰相として王家の権威を取り戻そうと必死だった。そのために貴族たちが幅を利かせている元凶。魔族討伐を王家自身で行えないか。その計画を何度も立案し、そのたびにアーレンベルク公爵に潰されて来た。
もしかするとアーレンベルク公爵は父上の話を聞いていなかったのではなく、父上が一番心が折れるタイミングを見計らい父上の計画をつぶしているのかも知れない。ありそうな話だ。
先に父上が話した屯田兵も、王家による魔族討伐を行うための制度だ。魔族は王国の各地に出没する。しかし王家にそのすべてに対応する戦力も拠点もない。
しかし屯田兵。つまり通常は農地を耕して自給自足をし、魔族が出没すれば武器を持って戦うようにすれば費用は少なくて済む。兵員にしても、土地を相続できない農家の次男、三男に対し農地を与えると募集すれば、必要な数は集まるだろう。十分、現実的な計画だ。アーレンベルク公爵の横やりさえなければだ。
そしてこの屯田兵制以前にも、父上は多くの計画を立てアーレンベルク公爵に潰されて来た。
だが私はアーレンベルク公爵が別段、非道とも横暴とも思わない。公爵の立場としては当然だろう。どこの世界に自分の権益を奪おうとする政策に協力する者が居るだろうか。
だが父上が宰相として王家の権威を取り戻そうとするのもまた当然。お互い、己の立場で勝負をしているのであって、どちらが悪いというものではないはずなのだが……。
「アーレンベルク公爵め! 我が王家の臣下でありながら、横暴の限りを尽くしおって! 不敬とは思わぬのか!」
王家の臣下なのだから王家を敬うべき。確かに正論ではあるのだが、だったら敬られるべき存在であるべきだ。現実、魔族討伐はアーレンベルク公爵を筆頭とした貴族たちに任せきり。臣下に働かせているばかりで何もしない王家。と言われても仕方がない。
しかし王家の臣下なのだから王家を敬うべき。この正論が父上を縛る。それは長年、王家に仕えてきた父上にしてみれば当然の思考かも知れないが、現実について行かないのも事実。
「マルセル。お前も何か考えはないのか?」
何かか……。反発されるかも知れないが、父上の一方的な愚痴を聞くだけなのにも飽きてきたところだ。
「アーレンベルク公爵を敵とし排除することだけを考えれば、当然、公爵に反対されます。それではいくら政策を計画しても徒労に終わりましょう。いったん、公爵にも旨味があるような計画を立て、それを推し進めていけば、公爵も手出しが出来ぬまま王家の権威が取り戻せる。そのような策はないでしょうか」
「うむ……。しかし、そのような上手い策などあるものなのか?」
父上も言うことは分かるが。という感じだ。
「勿論、私もすぐにそのような策は思いつきません。ですが、立案の基本方針とすべきかと。とにかくアーレンベルク公爵に協力して貰えなくてはらちがあきません」
「たしかにな……」
父上も頭では理解できても、アーレンベルク公爵と協力するというのに引っかかっているようだ。
「如何にアーレンベルク公爵の協力が得られるか。それが第一です。まず公爵が利益を得られそうな政策を考え、それをどうすれば王家の権威を高めるのに使えるかを考えても良いほどです」
「う……む」
父上は無理やり自身を納得させたのか、しぶしぶ頷いた。
その後、父上は私の助言の通り、アーレンベルク公爵へ利益を与えながら王家の権威を高める政策の立案に専念した。
「どうすれば良いのか。アーレンベルク公爵へ利益を与えるのは簡単だ。しかし、それから王家の権威を高めるのは簡単ではないぞ」
「父上。以前、父上が計画した屯田兵制をアーレンベルク公爵に利益があるように出来ないですか? それから最終的に父上が計画した形に持っていくのはどうでしょう」
「なるほど。では、まず屯田兵の拠点を貴族たちの魔族討伐の拠点を建設する計画だとしてみるか。それなら公爵も反対すまい」
「さすが父上です。その後、貴族たちから取り上げる。できれば、貴族たちの方から手放すように仕向けられれば良いですね」
「なに。せいぜい粗末な建物にしてやるさ。そうすれば貴族たちはこんなところには住めぬとすぐに放り出す。その後、多少手を加えて駐屯兵の拠点としよう」
「父上。早急に行うと気づかれる危険があります。いったんは王家の兵に任せてそれから士官だけを残して兵は後から農民を募集するように変えていきいきましょう」
「うむ。分かっておる」
「はい」
この時の私は、父上との協議をある種の知的遊戯として楽しんでいた。
それが遊戯などではなく現実の政治闘争であると思い知ったのはそのすぐ後だった。
「マルセル。不味いことになったぞ。アーレンベルク公爵がこちらの意図に気づいたかも知れぬ」
「アーレンベルク公爵がですか?」
「ああ。公爵自身ではなくその家臣の誰かが公爵に進言したのかも知れぬがな。今まで公爵と敵対していた私が、どうして自分の利益になるような政策を持ち掛けるのかと探って来おった」
「なるほど……。確かに公爵が疑問に思うのも仕方ありませんね。ですが、まだ何か確信があるわけではなくこちらの意図を探りかねているだけではないですか?」
「なるほど。そうかも知れぬな」
「はい」
そして更にしばらくしたある日。
「マルセル。アーレンベルク公爵が、姪のレーナルト嬢をお前の夫人にと言ってたぞ。奴め、自分の味方になるのならと保険をかけて来よったわ」
「今まで敵対していて、それがいきなり味方顔をしても信用ならないということですか……」
「どうする。公爵の姪などと結婚しては屋敷の中に密偵を飼うようなものだぞ。そうなればお前を人質に出すに等しい。さすがにお前を公爵への人質とは出来ん」
「分かりました。父上。こうなったら私も覚悟を決めましょう」
「覚悟? まさか公爵の姪と結婚してまで公爵の信用を得ようというのか?」
「いえ。むしろその逆とも言えましょう。公爵が結婚によって私を人質にしようというなら、こちらも結婚によって公爵から人質を取るまで」
「公爵から人質? 誰を人質にするというのか。それも結婚とは……。まさか!?」
「はい。そのまさかです。アーレンベルク公爵には一人娘のアーデルハイド嬢がいらっしゃる。彼女を私の妻とすれば、これ以上の人質は御座いますまい。それに一人娘の婿ともなれば公爵も信用いたしましょう」
「だが、公爵が承知するかだ。アーデルハイド嬢を息子の結婚相手にと申し込んでも、公爵は首を縦には振るまい」
「はい。もちろん、公爵にお願いしても拒絶されるでしょう。直接アーデルハイド嬢を口説くしか手はありますまい。父上は、公爵の姪との婚約を何とか引き延ばしてください。その間にアーデルハイド嬢を口説くのです」
「う。うむ。しかし、そう上手く行くものか。アーデルハイド嬢はなかなか傲慢なお方と聞く。王家すら自らの下とみるアーレンベルク公爵家だ。その宰相など目もくれまい」
「確かにそうでしょう。ですが幸いなことに彼女も私も今は学生。学生には学生の階級というものが御座います。自ら称するのは恥ずかしい限りですが、これでも私は学園一の秀才と呼ばれております。学園での地位ならば、学園一の令嬢に引けは取りますせん。彼女の関心を得るのに十分でしょう」
「なるほど。学生の間に令嬢と既成事実を作るという分けか」
「はい。その通りで御座います」
「それは良いのだが、失敗すればどうする? おとなしく公爵の姪と結婚するか?」
「そうですな。その時はどうしましょうか……。できればそれも御免こうむりたいですね。何か公爵が政治に興味をなくすほどの大事件でも起こってくれれば良いのですけど。そうなればこちらはその隙に法案を通せましょう。以前の法案と違い一見貴族に有利なものなのですから、公爵が意を唱えなければ問題ないでしょう」
「まあ、それはそうだろうが、あの公爵が政治に興味をなくすほどの事件などそうそうあるまい」
「確かに。まあ起これば良いというぐらいです」
まあ、実際に公爵がそこまで気を落とす事件など、可愛がっている一人娘のアーデルハイド嬢を失うことくらいか。
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