第21話:ストーカー被害
ある日の夜。屋敷でこの世界の私の父であるアーレンベルク公爵が晩餐の後に話があると部屋に呼ばれた。
「お父様。お話とは何ですの?」
「気なる噂を耳にしたのでな。最近、カミル殿下やデニス殿下と距離を置いているそうではないか」
「距離ですか? 別にお二人とは以前からお付き合いはしておりませんけど?」
「そうは言うが、カミル殿下やデニス殿下とは以前は遠乗りなどに出かけていたではないか」
ああその程度の付き合いなら確かにしてたわね。
でも、将来私を殺そうとする人なんて、友人としても付き合えないわ。
とはいえ、事情を説明できないのが辛いところね。
「お前の幸せを考えれば、お二人のどちらかと結婚し、王妃として迎えられるのが一番だ。お前もそのつもりでいるように」
う~~ん。現実の世界なら娘の将来を勝手に決める酷い父親ってことなんだろうけど、この世界の価値観で言えば、十分娘を思っての言葉なのよね。どちらかを選択させて貰えるだけ良いんでしょうね。
でもな~~。まっぴらごめんだな~~。
とはいえここで反発することもないよね。話を合わせておくしかないよね。
「分かりましたわ。距離を置いていたつもりはなかったのですけど、他の友人たちとの約束が重なり気づかないうちに疎遠になっていたのかも知れませんわ。気を付けるようにいたします」
「うむ。だったら良いのだ。それがお前の為なのだからね」
そして翌日、お父様の話もほとんど忘れて学園に登校して授業を受けた。そして昼休み。
普段ならクララやコテンパンと一緒に昼食を取るのだけど、クララたち1年生は午後の授業を野外で行うらしく昼休みの間に移動するとかで今日は居ない。
以前はヴェラやカロリーネと一緒に食事をとっていたのだけど、最近は疎遠だ。なので今日は1人で食事をとっていた。
クララやコテンパンが居る時と同じように中庭でランチボックスを広げている。
するとそこにカミルが声をかけてきた。
「アーレンベルク公爵令嬢。先日大変でしたね。あの時はごたごたしてあまり公爵令嬢に気をかけることが出来ず申し訳なかった」
ごたごたとは、魔王が私とクララを連れ去った時のことね。
「あらカミル殿下。お気になさらずに。今日はそのために?」
「いや、以前も話をしたが久しぶりに遠乗りでもどうかと思いましてね」
おいおい昨日お父様から話があって直後かよ。
でも、今日声をかけてきたのは多分、クララが居ないからだろうし偶然なのかな?
クララに気があるなら、クララの前で私を遠乗りに誘えないだろうしね。
「そうですわね……」
と私は考えるように顎に手をやる。
お父様の話もあったし、カミルも悪い人じゃないんだろうし顔も好みではあるんだけど……。
アーレンベルク公爵令嬢を殺しさえしなければ良い人。っていうのはどうなのよ?
「アーレンベルク公爵令嬢。どうした?」
私がなかなか返事をしないとカミルが顔を近づけてきた。私も女性としては背が高い方だけど、カミルはさらに背が高い。私に覆いかぶさるように覗き込んでくる。
ぐはぁ!
くっ。しまった。油断した。かなり慣れてきたと思ったけど、久しぶりにイケメン圧を真面に受けちゃったわ。
「え。あ、はい」
「そうか。良かった。では次の週末に屋敷に迎えに行こう」
しまった! イケメン圧に負けて反射的に返事したらOKしたことになっちゃった。っていうか。カミルも分かってて押し切ってるよね?
何とか断りたいところなんだけど、イケメン圧が邪魔をする。
「週末は……」
用事がある。と言いかけたところで、
「ああ。週末はよろしく頼む」
カミルはそう言うと笑みを浮かべて手を振ってから背を向けた。
いやいやいや。絶対に断られる前に分かってて立ち去ったよね?
とはいえ、約束してしまったのには違いない。どうしたものかな……。
しかし屋敷に帰り晩餐の後、部屋に戻ると魔王が待ち構えていた。
「週末にカミルと遠乗りに行くそうだな」
ストーカー?
「どうして知ってるのよ?」
ストーカーなのね?
「攻略対象たちはお前を殺そうとするんだぞ? 監視しておくのは当然だろ」
ちっ! 上手く言い逃れたわね。
「でも、私を殺そうとするとしても、ゲーム終盤なんでしょ?」
「それはそうだが、気を付けるに越したことはない。仲良くする必要もないんだからな」
「そりゃまあ、仲良くしたいと思ってるわけじゃないけど、お父様がうるさいのよ」
「ああ、確か……。いや、そ、そうかアーレンベルク公爵がそう言っていたか」
え? 今、”確かに”って言いかけたよね? 私とお父様との会話も聞いてたわよね。ストーカーよね?
「こちらの世界のとはいえ、父親の言うことは聞かないとな」
魔王はそう言って背を向ける。
あ、逃げる気だ!
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! どうやって盗み聞きしてるのよ!」
しかし魔王はそれに答えず窓から飛び去って行った。
ちっ! 今度会ったら、絶対に吐かせてやるわ!
そうこうしている間にやってくる週末。
ちなみに週休2日じゃないから週末って日曜日のことね。
まあ仕方ないわね。と朝食の後、赤い乗馬服に身を包んで侍女に淹れて貰った紅茶を飲んでいると、すぐにカミルがやって来た。
「これはカミル殿下。今日は娘をよろしくお願いします」
お父様がそう言って出迎えると、黒い乗馬服のカミルが礼儀正しく一礼する。
「はい。ご令嬢をお預かりします」
カミルはなんだかいつもよりキリッとしててなんだかかっこいいな。
「それではアーデルハイド嬢。行こうか」
「え、ええ」
なんでいきなり名前呼びかと思ったけど、確かにお父様であるアーレンベルク公爵の前でアーレンベルク公爵令嬢とは呼ばないか。
「それではお父様。行ってまいります」
「うむ。気を付けてな」
建物を出るとすでに表には、公爵家の白馬が用意されていた。
「さあ。アーレンベルク公爵令嬢」
お父様が居なくなって令嬢呼びに戻ったカミルが、白馬の横で私に手を差し出す。その手を取った私はカミルに手伝って貰って白馬に跨った。
そしてカミルは自分が乗ってきた黒い馬に跨った。
「では、行こうか」
と馬の腹を軽く蹴って進み。私もその後に続いた。
屋敷の敷地から出た私たちは、郊外へと向かう。
一応は並んで馬を歩かせてるんだけど、馬は結構揺れ、喋りながら乗っていると舌を噛みそうになるので特に会話はない。
そうして暫く馬を走らせた後、休憩を取ることにした。
初めは当たり障りのない会話をしていたんだけど、その間にカミルのイケメン圧にも多少は慣れてきた。
しばらくすると突然、カミルが話題を変えた。
「アーレンベルク公爵令嬢。俺はこの国の王になるつもりだ」
カミルはいつにもまして真剣な表情だ。慣れてきたはずのイケメン圧を感じ思わず視線を逸らした。
「だが貴女も知っているように、俺の母は正室ではない。このままでは弟のデニスが王位につくかも知れない」
「ええ。そうみたいですね……」
カミルから微妙に視線を逸らしつつ私がそう言った後、沈黙が続いた。
カミルがデニスを差し置いて王位に就くには、私と結婚するしかない。とはいえ、俺が国王になるために結婚して欲しい。とは言えないわよね。カミルとしては、私に察して欲しいという気持ちもあるんだろうけど。
カミルからは言葉はなく。私からもかける言葉はない。長い沈黙が続いた。
ふいに視線を感じてその方向を見ると。
ストーカーだ!!
なんとそこには木の陰に隠れた魔王の姿。身体半分だけ出してこっちをじっと見ている。
いや、今までもストーカーとか言ってたけど、それは半分冗談だったんだけど。
マジなの? マジでストーカーなの?
「どうした?」
魔王を見つけて落ち着きをなくした私にカミルが声をかけてきた。
「え、いえ……。別になんでもありませんわ」
「そうか。だったら良いのだが……」
だけど、これがきっかけになったのか、カミルが急に私の手を握って来た。
「アーレンベルク公爵令嬢。わ、私の……」
真正面から真剣な眼差しを向けてくるカミルのイケメン圧。
もし2人きりだったら、そのまま押し切られていたかも知れない。でも、今は魔王がストーカーしているのが分かっている。
幸か不幸かその視線があると思うと何とか抵抗できた。
「カミル殿下。落ち着いてください」
そう言いながらも、私はカミルの手を強く握り返した。
カミルは、はっとした表情をし、私はカミルの顔を正面から見つめた。
「カミル殿下。私は今、誰ともお付き合いする気はありません。もちろん、デニス殿下ともです」
「し、しかし」
「カミル殿下。私たちは、まだ将来を決めるのは早いと思います。貴方もです」
私の言葉にカミルは口を閉ざした。
沈黙が長い時間続いた。
その後、遠乗りを続ける雰囲気でもなくなり早い時間だったけど帰路についた。その道中も会話は道を確認するのに言葉を交わす程度で、ほとんど無言だった。
そして屋敷に戻ってその夜。
「貴方。絶対にストーカーよね?」
やって来た魔王に私はそう問い詰めた。
しかし悪事を暴かれたストーカーは、図々しくも悪びれた様子がない。
「カミルと2人で出かけるなんて危ないって言っただろ? 実際、危なかったじゃないか」
「そう思ったんなら、見ているだけじゃなくて助けなさいよ!」
「それが、俺は直接は手が出せないんだ」
「え? そうなの?」
「ああ、ヒロインとは会うイベントが決まっているってのは前にも言ったが、攻略対象たちとも同じようなもんでな。設定と辻褄があわないようなかかわりは出来ない。魔王が攻略対象からアーレンベルク公爵令嬢を助けたら、シナリオ的におかしいだろ?」
「まあ、それはそうかもね」
「でも、俺が居ると分かったからカミルに抵抗できたんだろ? 俺が居なかったら危なかったんじゃないか?」
「そ、それは……」
「というわけで、俺は感謝されこそすれ、非難される覚えはない」
魔王はそう言うとふんぞり返った。
ちっストーカーの癖に開き直りやがって。
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