第20話:容疑者カミルのアーレンベルク公爵令嬢殺人事件の動機について
ザクセンブルク王国の第一王子として生まれ、将来はこの国の王になると信じて疑わなかった。
幼き頃より武芸に励んだ。筋が良いらしく同年代の者の中で私に敵う者は居なかっただろう。
「我が国は魔族の討伐を貴族に任せっきりにしているから貴族たちが増長するのです。私が王になったあかつきには、自ら先頭に立ち魔族を討伐しましょう。そうなれば必ずや我が王家の権威は取り戻せます」
10歳になるころにはそのようなことを父上や母上どころか、王宮の者たちにも言っていた。
しかし、時折、侍女たちがクスクスと笑いあう声が聞こえた。笑っている者になぜ笑ったのか問いただしても、
「殿下の気の所為で御座います。たまたま他愛のない話をしていて、そのことで笑っただけですわ」
とはぐらかされた。
そして弟であるデニス。弟は私を慕ってくれていたと思う。少なくとも当時はだ。
「デニス。私が国王になれば、私が魔族討伐の先頭に立つ。王宮を留守にする間はお前に任せることになる。頼んだぞ」
「はい。兄上!」
私の言葉にデニスも、兄である私に信頼されていると誇らしげに答えてくれていた。
しかし
「あははははっ」
と笑い転げる侍女たちの声。
「貴様ら、何がおかしいか!」
無礼な侍女たちに激高したが、侍女たちはまた、たまたま雑談していただけとはぐらかした。
その時はそういうものかと思っていたが、真実を知ったのはその2年後だった。
12歳の誕生日の夜、父上に改めて部屋に呼ばれたのだ。
「お前が分別のある年齢になるまで、皆にもお前の耳に入れないように言い聞かせておった。今日お前を呼んだのは、わしの次の王位継承についてだ」
「はい!」
自分が次の王。そう信じて疑っていなかった私は、王位を継ぐ正式な時期についての話でもあるのかと思い気負って返事をした。しかし父上の話は、そのようなものではなかった。
「実は次の国王はデニスにしようと思っておるのだ」
「は……い?」
自分の耳が信じられず、父親とはいえ国王に対し無礼な返答をしたものだ。しかし父上はやむを得ないと思ったのか、それを咎めず話を続けたのだ。
「お前が驚くのも無理はない。お前はずっと自分が次の王になると考えていたようだからな。お前がそのために努力をしていたのも知っている。だが、お前の望みをかなえてやるわけにはいかぬのだ」
「な、なぜなのですか。私に何か落ち度がありましたでしょうか」
「お前に落ち度などない。それどころか、良くやってくれていると常々感心しているほどだ」
「では、なぜなのですか。訳をお聞かせください」
「理由はお前の母だ。いや、こう言ってしまえばお前の母に落ち度があるかのように聞こえてしまうな。お前の母に落ち度があるわけでもない。ただ、お前の母が私の正妻ではなく、デニスの母が私の正妻。それが理由だ」
「母が正妻でないから……。それが理由で」
「うむ。いうなればお前の母を正妻に出来なかった私の所為ともいえる。だが、お前も知っての通り、我が王家はアーレンベルク公爵の顔色を伺わなければならぬ。口惜しいがな。私がまだ妃を迎える前、当時のアーレンベルク公爵から自身の姪を私の妃にと申し出があったのだ。それがデニスの母だ」
「では、私の母上は……」
「お前の母は、以前より私の父、つまり前国王から私の妃として話があった者だった。それを知ってか知らずかは分からぬが、アーレンベルク公爵から姪を私の妃との話があり、お前の母は正妻に出来なかった」
正妻の子が王位を継ぎ、第二婦人の子は王位につけない。少し考えれば分かりそうなものだったかも知れない。
しかし、私が王位を継ぐと言っても父上も母上もそれを否定せずに笑みを浮かべていた。なので問題ないと考えていたのだ。
父上と母上は幼い私に現実を突きつけるのは不憫と思い、12歳になるまでその事実を黙っていたようだ。だが、その方がはるかに残酷ではないのか。
侍女たちが私を笑っていた理由。
「どうせ国王になどなれないのに、何を勘違いしているのか」
そう思って笑っていたのだ。
父上から現実を突きつけられた日の翌日、私は日課としていた朝の鍛錬を行わなかった。国王になれぬのなら、立派な国王になるための鍛錬など滑稽なだけではないか。
そう思うと剣が握れなかった。私は幼い日からずっと鍛錬をしていたのではない。道化を演じていたのだ。
そして鍛錬をしなくなってから3日後、いつも稽古をつけてくれる近衛隊長のヴィーラントが部屋までやって来た。
「カミル殿下。あれだけ励んでいた鍛錬を突然お止めになったのはどうしてなのですか? どこかお加減でも悪いのですか」
心配げに話しかけるヴィーラントに私は爆発した。
「お前だって私が国王になれないのは知っていたのだろう! 私が国王になれぬと知りながら私に稽古をつけ、裏ではあざ笑っていたのであろうが!」
「殿下。それは誤解です」
「それでは、私が国王になれると思っていたとでもいうのか! 私が国王になれぬのを知らなかったとでも言うのか!」
「それは……。しかし、たとえ国王になれなくても、鍛錬は必ずはカミル殿下の為になります。そう思い稽古をつけさせていただいておりました」
ヴィーラントの言葉は真実だったかも知れない。だが、この時の私は素直にそれを信じられず、ヴィーラントを追い返した。
そのヴィーラントの父であるケプラー伯爵が私を訪ねて来たのは、その翌週だった。
近衛兵は貴族の子弟で構成される。その隊長であるケプラー伯爵家は王国でも名門と呼ばれる家系なのだ。
「カミル殿下。息子から殿下のお悩みを聞きました。あの時は突然のことで息子も上手く返答できなかったようですが、息子が殿下が国王になれぬと知って殿下に稽古をつけていたというのは誤解で御座います」
「誤解だと! では近衛隊長ともあろう者が正妻の子でない者が国王になれると思っていたと言うのか! そうではあるまい!」
何の戯言かと私は激高した。しかしケプラー伯爵は12歳の子供の激高など涼しげな顔で聞き流し言葉を続けた。
「いえ。カミル殿下。殿下が国王になれるからで御座います」
「な、なに? 本当なのか?」
「はい。さようで御座います」
「そ、そのような戯言信じられるか! 国王である父上から直接言われたのだぞ」
「はい。国王陛下も殿下を国王にするとは思ってはおりますまい。ですが、恐れ多いことですが、この国の王位をお決めになるのは国王陛下ではございません」
「なに!? それはどういうことか」
「陛下は殿下が、分別がわかった方が素直に諦めるとお考えであったようですが、恐れながら陛下は考え違いをなされました。分別が分かるからこそ諦められぬこともあります。殿下が幼き頃より、国王になれないと知っていれば、殿下は早々に国王になるのを諦め、今のような努力はなさらなかったのではないですか? ですが、今の殿下は日々努力を積み重ね次期国王として恥ずかしく無いお方。足りぬのはまさに正妻の子でない。ただそれだけではありませんか」
「そ、そうだ。だが、その正妻の子でないのが問題なのだろう」
「では、殿下のお母上が正妻になれなかったのはなぜなので御座いましょう」
「知れたこと。アーレンベルク公爵の横暴の所為であろう!」
「はい。その通りで御座います。アーレンベルク公爵は恐れ多くも、王位継承にかかわる正妻問題まで意のままに出来る。ならば今回も王位継承に介入して頂こうではありませんか」
「今回も介入?」
「はい。アーレンベルク公爵は歴代の国王の妃にと、己の家門の者たちを送り込んでまいりました。あまりにも近親になると血が濃くなり問題になろうかと、最近では一門の中でも遠縁の者を自身の養女にしてから妃へと送り込んでまいりましたが、以前に公爵直系の子女を王家に迎えてからすでに100年以上経っております。そろそろ公爵の実の娘を妃に迎えてもよろしい時期かと」
ケプラー伯爵は、私に向かってにんまりと笑った。物わかりの悪い子供に、これくらい分かるだろうという嘲笑を含んだ笑いだったが、私にはそれを感じる余裕はなかった。
この国の王位を決めるのは国王ではなく、アーレンベルク公爵。ならばアーレンベルク公爵を味方につけろ。そう言っているのだ。
伯爵の言葉を反芻し、その意味を理解し、それがどれほど現実的か。12歳の頭で必死に考えていた。
返答をせずにいる私に伯爵が畳みかける。
「殿下。それではずっと王宮で笑い者になるおつもりなのですか! 殿下をお笑いなった者たち。彼らを見返すには国王になるしか方法はないのです」
伯爵の言葉が胸をえぐった。
鍛錬の日々。それは自分にとって誇りだった。それがすべて道化の日々だった。その屈辱。そして恥辱。王宮の者たちはすべて私が努力しているさまをあざ笑っていた。これからどのようにして王宮を歩けば良いのか。
もはや王宮を歩けぬ。部屋から一歩も出ぬまま朽ち果てる。そうまで追い詰められていた。
だが、伯爵の言う通りアーレンベルク公爵の娘を妃に迎えれば、私は国王になれる。国王になどなれぬのにと私をあざ笑っていた者たちはその浅はかさを思い知るだろう。
「ケプラー伯爵。アーレンベルク公爵の娘は、確かアーデルハイドと言ったか」
「はい。殿下より1つ年下で御座います」
「分かった。俺はその妃としよう。そして必ずや国王となる」
「殿下。その通りで御座います。殿下は次期国王として恥ずかしくないお方。アーレンベルク公爵令嬢も殿下の求婚を断わりなさいますまい」
見ていろ。
私を馬鹿にしていた者たち。私が国王となってから慌てふためくがいい!
そして、父上。そして母上もだ。
なぜ今まで、私が国王になれないと言ってくれなかったのだ。
私は国王になる。そう言うたびにどのような思いでそれを聞いていたのか。
もしや父上も、母上ですら私をあざ笑っていたのか。
もう父上も母上も信用できない。必ずやアーレンベルク公爵令嬢を手に入れ国王になって見せる。
そうして、鍛錬を再開した私は、さらにアーレンベルク公爵令嬢に近づいた。
彼女が参加するという舞踏会に合わせて参加し、既知となり、時には遠乗りなどにも誘った。
彼女も快く誘いに受けてくれて彼女の関係は順調に思われた。
しかしそのような時に、またケプラー伯爵が訪れた。
「どうやらデニス殿下もアーレンベルク公爵令嬢との結婚を望んでいるようで御座います。デニス殿下も頻繁に令嬢をお誘いになっているとか」
「それはまことか!?」
「はい。間違いありませぬ。デニス殿下は、どうしても貴方様に王位を渡したくないのでしょう」
以前は私を慕ってくれていたデニスは、自分が次期国王になると知ったのか、最近ではあからさまに私を侮辱するようになっていた。
父上も母上も私を馬鹿にしていた。しかしデニスだけは私を慕ってくれている。そう信じていた。しかし、その思いも容易く裏切られたのだ。
しかしだからこそ。許せない。だったら初めから馬鹿にしてくれていた方がましだ。立場が逆転したからと、よくもそう簡単に手の平を返せるものだ。ある意味、感心するほどだ。
「貴方様が国王になるにはアーレンベルク公爵令嬢との結婚が必要不可欠です。逆に、万一デニス殿下がアーレンベルク公爵令嬢とご結婚なされるようなことがあれば……。それは致命的なものとなりましょう」
「分かっている。アーレンベルク公爵令嬢は、必ずや私のものにして見せる。ましてやデニスになど絶対に渡すものか」
アーレンベルク公爵令嬢は私が手に入れる。他の誰にも渡すものか。どんな手を使ってでもだ。
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