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第12話:百合の花園

「何か困ったことはないか?」


 例によって学校が終わった後、屋敷に魔王がやってきた。


 椅子に座る私に立ったまま話しかけてくる。魔王はなぜか絶対に椅子に座ったりしない。

 なんだかどこか他人行儀なのよね。


「そうね。コテンパン……。バルリング伯爵令嬢がちょっと怖いんだけど」

「なんだ? 彼女はヒロインが優秀だということの引き合いに名前が出る程度のモブで、ゲームの進行にはほとんど影響がないはずだ。お前に何の脅威があるんだ?」


「なんだか……、私のことを好きすぎ? っていうの? なんか狙われている気がするの」

「……。いや、俺が言う困ったこととはゲームの進行についてだ。それは自分で何とかしてくれ。前にも言ったが、この世界の奴らは総じてちょろい。ちょっと親しくなった奴をすぐに好きになるからな。あまり関わらないようにすることだ」


 う~~ん。そりゃそうなんだろうけど、一応、ゲーム世界とはいえ人間関係ってものがあるのよね。


「それより、そろそろ夏休みだな」

「中世ヨーロッパの世界にも夏休みってあるのね」


 私にもこの世界の記憶があるけど、現実世界の記憶が戻っていて元の記憶の上に積まれているみたいになっているから、記憶の引き出しがワンテンポ遅れるのよね。さすがに日常的なことは忘れないんだけど。記憶喪失になっても日常的なことは忘れたりしないっていうから、同じようなものなのかしらね?


「いや、中世ヨーロッパ風のゲームの世界だ。しょせん、日本製のゲーム世界だから学校行事は日本の学校と同じなんだ」

「なるほど」


「当然、ゲーム的に夏休みはイベント盛りだくさんだ。ヒロインと攻略対象たちとのイベントが山ほどある」

「私はそれを妨害すれば良いのよね。例えばどんなイベントがあるの?」


「まずは夏祭りだな」

「夏祭り!? 中世ヨーロッパで……あ、そういえば毎年やってた気がする」


 現実世界の記憶を思い出す前っていうか、ゲーム開始前の生活の時にはそういうものだと思ってたけど、現実世界の記憶からすればどう考えてもおかしいわよね。


「なかなかカオスだろ? ちなみに、りんご飴あるからな」

「あ~~。そういえば食べてたわ。東方の国から伝わったお菓子とか言ってたわ」


「その夏祭りイベントは攻略対象の誰かと一緒に行かなくてはならない。選択性の強制イベントだからな。それには宮廷音楽家のライマーを誘うように誘導してほしい」

「どうして?」


「今、こいつの親密度が一番低いみたいだからな。バランスを取るためだ」

「そうなんだ。でも妨害するんじゃなくて、誰か特定の人を誘うように仕向けるってどうすれば良いのかしら?」


「そりゃ、ライマー様素敵! とか吹き込めば良いだろ」

「ええっ! 大丈夫かな……」


「何か問題あるのか?」

「だって、他の攻略対象とのイベントを妨害しろって言われたから、クララには結構、ぼろくそに吹き込んじゃった」


「まじかよ……。確かに攻略対象たちの妨害をしろとは言ったが……。そんな極端な感じじゃなくて、もうちょっとあるだろ……」

「いや~~。だって、ねえ?」


「それで、他の奴は?」

「ライマー以外も全員、私の気を引こうとしているくせに、貴女にも手を出そうとしてるとか、実は、私を殺そうとしているとか。嘘じゃないし」


 魔王が頭を抱えてうずくまった。


 そのまま、長い間うずくまっていたので、私は魔王を元気づけるように口を開いた。


「大丈夫、大丈夫、多分。だって、別に他の攻略対象が横並びにならなくても、結局、貴方との親密度が一番高ければ良いんでしょ?」

「それはそうだが……油断は出来ないだろ」


「それに、死んでも生き返れるんでしょ? そりゃ、必ず記憶が引き継がれるかの保証はないって言っても、今までは大丈夫だったんだから次ぐらいは大丈夫でしょう。私だって一回くらい死んでも……」


 バァッン!!

 突然、部屋にあった小さなテーブルを魔王が殴りつけ、それが粉々に砕け散った。部屋中に木片が散らばっている。


「軽々しく死ぬとか言うな!!」


 その言葉に反し、まるで私を殺しそうな目で見る魔王。普段は金色の瞳が紅く燃えている。


「え、えぇ……」


 今までの魔王は、どちらかというと、その容貌は別とすれば、のほほんとした印象だった。

 その豹変に、私は戸惑うばかりだ。


「次はないと思え。良いな?」

「は、はい」


 テーブルが砕ける轟音。にも拘わらず、誰もその音に駆けつけてこない。魔王が結界を張っているのだ。


 ああ、やっぱりこの人は魔王なんだ。今までこちらを気遣うような様子もあったし、口調からも怖いと感じたことはなかった。でも私は、今初めて魔王に恐怖を感じていた。


 殺されるはずはない。それはゲームの設定で間違いない。でも、殺さない以外のことは出来るかも知れない。ゲームの設定に反しない範囲ならば。


「必ず成功させるんだ。良いな?」

「分かり……ました」


 震える声の私の返事を待たず、魔王は姿を消した。


 こわぁ~~。何なのあれ?


 そりゃ、ちょっとふざけてたのは認めるけど、あんなに怒ること?


 逆らったら、手を出されたりするのかしら?


 なんか結構前に、テレビで懐かしのドラマのシーンとかやってて、

 「顔はまずいよ。ボディーにしな」とか言ってたな……。


 魔王にお腹とか殴られるのかな。やだな~~。


 まあ、魔王も怒ってるし真面目にやりますか。


 ……ところで、この木っ端みじんのテーブルはどうすんのよ!!



 夏休みに入っても、私とクララは毎日のように一緒に居た。攻略対象たちの親密度を上げさせないように、毎日私のところに遊びに来るように言ってあるのだ。


 そして毎日、なぜか一緒に来るコテンパンことバルリング伯爵令嬢。


 もしかして、このゲーム世界の設定で百合OKとかになってるんじゃないでしょうね。


「バルリング伯爵令嬢はいつもクララと一緒だけど、仲がよろしいですわね」


 本当は、クララとコテンパンの仲が良いわけはない、と思いつつ聞いてみた。


「……はい。仲、良いです」


 コテンパン? どうして片言。


「そうなんですよ。いつも私の荷物を持ってくださいますし、仲良くさせて頂いています」


 いや、仲が良いなら荷物持たせるなよ。クララの奴、完全にコテンパンをパシリ扱いしてるな。


 まあいい、仕事しないと。魔王が怒っていたしちゃんとしないとね。


 夏祭りイベントは、今一番親密度が低い宮廷音楽家のライマーを推さないといけないのよね。


「クララ……。実は私、誤解していたことがありますの」

「何ですか? アーデルハイド様」


「ライマー様のことなのですけど……」

「はい。確か、アーデルハイド様の気を引こうとしているくせに、私にも手を出そうとしていて、しかも、アーデルハイド様を殺そうとしているとか……」


 素直な子だな……。私が言ったこと、一言一句覚えてやがる。


「実は、そのことなんですけど……。私の誤解で、まったくそのようなことはなかったようですの」

「ええ! そうなんですか? 私、みんなに言って回ってしまいましたわ」


 ごめんライマー。いや、本当は本当なんだから良いのか?


「そうなのよ。だから、ライマー様を毛嫌いすることはないのですよ」

「そうなのですね……。でしたら、カミル殿下やデニス殿下たちも、アーデルハイド様の気を引こうとしているくせに、私にも手を出そうとしていて、しかも、アーデルハイド様を殺そうとしているというのも……誤解だったのでしょうか?」


「それは、本当だから大丈夫よ」

「はい。分かりました。みんなに言って回ります!」


 う~~ん。そういえば、あいつら学園でモテモテで取り巻きを大勢引き連れていたのが、最近取り巻きが減ってるような気がしてたけど、こういう理由があったのか。


 まあ、自業自得だからいっか。


「そんなことより、お姉さまは夏祭りは誰と周られますか? よろしければ私と……」


 コテンパンが、おずおずという感じで会話に割り込んできた。それにクララも乗ってきた。


「そうです! 私たちと一緒に周りましょう!」


 まあ、そう思うわよね。でも、クララはライマーと一緒に周って貰わないといけないし、そうでなくても他の攻略対象の誰かと周るとイベントとして決められているはず。私と周るのは不可能なのだ。


 でも、ここでそれを説明するわけにはいかない。


「そうですわね。一緒に周りましょうか」

 と、答えておいた。どうせ攻略対象とのイベントだから、私とは一緒には周れないのよね。


 そうだ。魔王がなんか怒ってたし、ちょっと真面目に働いてみよう。


「クララ、そういえば学園生活はどうですの? 毎日、楽しく暮らせているかしら?」

「は、はい。大丈夫です。皆さん、お優しいですし。アーデルハイド様も……お優しくして下さいますし……」


 クララはそう言うと頬を赤らめた。


「えっと。じゃあ気になる殿方とかは、いらっしゃらないの?」

「えっ! 男の方ですか? 私、そんな趣味ありません!」


 いや、じゃあどんな趣味ならあるんだよ。


「で、でも、カミル殿下とか、デニス殿下とか……。シンシチ先生なんて、大人の男性で頼りがいがあると思うのですけど」

「とんでもありません! みんな、お姉さまを殺そうとしている方々ではないですか!」


 ……そうよね。人を殺そうとしている奴なんて、普通、好きにならないわよね。


「き、きっと男の人はみんな、女の人を殺そうとしてるんです……」

「そ、そうよ。デニス殿下まで、そんな方だったなんて……。男の人なんて……」


 あ、クララとコテンパンがぶつぶつ言いだした。もしかして何かやばい思想にとり憑かれているのかも。


「やっぱり、お姉さまのようにやさしい女性の方が……」

「ええ。お姉さまのようにやさしい女性の方が……」


 あ、なんか、こちらを見る2人の目が怖い。


 う~~ん。最近、この2人が百合っぽいかと思っていたら私のせいだったか。


 でも、私も死ぬわけにはいかないしな~~。

 そうだ! それにクララと彼らが結ばれるのを防げば、彼らに人殺しをさせずに済むんだし、彼らにとっても良いはず!


 よし! 私のしていることは正しい!

 完璧な理論武装だ!


「そうなのよ。男の人になんて近寄っちゃだめよ。特にカミル殿下とデニス殿下とライマー様とマルセル様とシンシチ先生には気を付けた方がいいわ」


「分かりました! カミル殿下とデニス殿下とライマー様とマルセル様とシンシチ先生には、気を付けるようにします!」

「私も気を付けます!」


 本当に素直な良い子ね。

 あ、ライマーの名前も言っちゃった。


 ……まあ、いいや。

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