1
惑星トルーデは、人類がテラフォーミング技術を有してからわりと初期に開発された星だった。
星には海に囲まれた大陸が一つ、そしてその周りを囲むように大小の島々があった。大陸の名は入植した人類によってアルテ大陸と名づけられた。
アルテ大陸にある、首都ホルンから西に遠く離れた場所にある辺境ともいえる場所に街カナーデアがあり、その町から更に西にある荒野にトルーデ軍第13スクラップ待機場があった。
トルーデ軍第13スクラップ待機場は軍で使用された軍事物資、特に兵器などの普通に廃棄できない物を廃棄の手配が出来るまで一時的に保管する場所だ。だが現在では予算削減の為、ほとんど廃棄作業は行われず、スクラップが増えるばかりのゴミ捨て場と化していた。
「きゃっ!」
深夜、その女は乱暴に投げ出された。
その女は、スクラップ待機場には似つかわしくない高級ドレスを身に着けていたが、スクラップから流れ出た油や錆で汚れた地面に投げ出された為、瞬く間に汚れ、その美しいドレスは見る影をなくした。
「何をするの!この変態っ!」
その女はここに連れてきたであろう、男達を睨み付けた。
男達は、全員ライフルブラスターで武装しており、何人かはそれを女に向けて構えている。それはスクラップ廃棄場に申し訳程度に設置されているおんぼろの街灯でも十分に見えた。
その女の容姿は整っており、髪は長い黒髪に勝気そうなつり目。瞳はヒスイ色をいた。服装からしても高貴な者特有の誇り高さがにじみ出ている。年齢は大体17~18才くらいだろう。
睨みつけれた男達は黒い戦闘服を着て全員覆面をしていて表情は見えない。しかし、その覆面の向こうには弱者をいたぶる事への愉悦を感じ、唯一見えている目に獣欲が渦巻いているのが女には見て取れた。
「失礼、お嬢さんあなたには、ここで死んでもらいます」
男達のリーダーであろう人物の目は、ただ冷徹にその女を観察していた。万が一にもこの場から生き延びる事の無いように。
その女、クレハは誘拐された。
彼女は軍閥貴族であるクロードロン家の長女だ。
数時間前まで彼女は、とある家のパーティーに呼ばれていた。
その家とはあまり親しい間柄ではなかったものの、軍に属する父がお世話になった上官に娘さんも是非に出席してほしいと言われた為、嫌々ながらパーティーに出席した。
名目としては1000年も前の惑星郡独立戦争の戦勝記念日を祝うといったものだった。
クレハは何故呼ばれたのか多少疑問に思っていたもののパーティーに参加。パーティー自体は何も問題も無く終了した。だが、パーティー終了後の帰り道、護衛達と一緒に自動車に乗っていた所をこの黒い戦闘服を着ている男達に襲撃され、誘拐されたのだ。
護衛達は何とか護衛対象であるクレハを守ろうと善戦したが、せいぜいハンドブラスターくらいしか持っていない護衛達と、軍用のライフルブラスターや催涙弾を持っていた誘拐犯達にはかなわなかった。
次々と護衛達を撃ち殺され、クレハは何とか逃げ出そうとしたが、あえなく捕まりこの場所まで連れて来られたのだ。
ニヤニヤと笑いながら笑いながらクレハを囲んでいる誘拐犯の一人が楽しそうにそのリーダーに話しかけた。
「隊長ぅ。どうせ殺しちまうんだから、俺達にちょっと楽しませてくれませんかねぇ」
「いいぞ。依頼主には出来るだけ残酷に殺せと言われている。好きにしろ」
隊長と呼ばれた男は躊躇わずにそう言った。
「ありがとうございます」
その答えにうれしそうに笑った一人は、隣にいた仲間にライフルブラスターを渡すとゆっくりとクレハに近づいていった。
クレハは、倒れたまま後ずさるが、すぐ後ろのスクラップの山に当たった。はっとした表情で後ろを見るがそのスクラップの山には登れそうも無い。それでもクレハは立ち上がった。
「へへ」
「近寄らないでっ!」
クレハは、立ち上がる時に拾っていた何かの金属片をつかむと力いっぱい相手に向かって投げつけた。
しかし、下級とはいえ貴族のお嬢さんであるクレハの投げた金属片など、誘拐犯にとっては子供の投げたボールに等しい。
「おっと」
軽く避けてしまう。更に何かを投げようとスクラップの山にあったサポートボットの残骸を両手で頭上高く持ち上げた。持ち上げたサポートボットは旧型の前線指揮官サポート用のボットでいざと言うときは変形してマスターである指揮官の盾になるタイプの物だった。だが今は、機体前部についていたカメラのレンズが割れ、暗い眼窩を晒し、穴の開いた装甲の隙間から錆が流れ出ていた。
「来ないでっ!」
「ククク、そんな危ない物は地面に置いて、人生の最後を楽しもうぜ」
その様子を楽しそうに誘拐犯達は見ていた。無力な小娘の必死の抵抗が面白くて仕方が無いのだ。
その様子を、軽く嫌悪しながら見ている誘拐犯もいた。だが男達のリーダーが許可したので止める気はない。誘拐などと言う卑劣な手段を取ったが、それは命令だったからだ。
少しでも気をまぎれさせようと同じく嫌悪している仲間に話しかけた。
「本当趣味の悪い奴らだ。そういや、知ってるか?最近ここに化け物が出るらしいんだよ」
「化け物?どうせ壊れかけのスクラップ共が偶然再起動して動いてたんだろ」
「いや、それがよ。翌日その場所を見ても動いているスクラップは無し、しかもその場所に何かいた痕跡すらなかったらしい」
「はぁ?ここにあるのは古すぎて、もう捨てるしかなくなったゴミだぜ?そんなことあるのか?」
その時、「いやぁ!」と言う叫び声とともにドガシャン!と重いものが地面にスクラップ置き場に響いた。
クレハが持っていたサポートボットの残骸を地面に投げつけたのだ。
「イテェ!」
重いサポートボットの残骸は、誘拐犯の体には届きはしなかったものの近づいてきた誘拐犯の脚の上に落ちた。だが誘拐犯の靴は足先に鉄板が仕込んであり、たいしたダメージを与える事は出来なかったが、情け無い悲鳴を上げさせるには十分だった。
「うぁわぁ!なっさけねぇ」
「油断のしすぎだバァカ」
その様子を見た仲間達に馬鹿にされた誘拐犯は一気に声を怒らせて言った。
「やさしくしてりゃこのアマ!ボケがっ!」
誘拐犯は一気に近づくとクレハの長い髪を掴み上げた。クレハの背は大体165cm前後、大して誘拐犯の背は180を超えている。
掴みあげた髪を高く掲げ、頭を無理やり上持ち上げる。ブチブチと髪の毛がちぎれる音がする。そして誘拐犯は力任せにクレハの顔を平手打ちした。
「痛いっ!いやっ!やめてっ!」
クレハが悲鳴を上げ、何とか自分の髪から手を離さそうとするが、元々背が小さいのでそれもかなわない。
その様子に気が済んだのかスクラップの山へ投げ飛ばす。
「きゃっ!」
「どうせ死ぬんだ。最後にいい目を見させてやろうってんだ。おとなしくしやがれ!」
平手打ちによってクレハの顔は赤く腫れ、口の中が切れて口の端から血が流れる。
しかし、目は死んでなかった。起き上がり口の端から流れている血を腕でぐいと拭うと更に睨みつけて叫んだ。
「死んでたまるもんですか!絶対に生き延びてやるわ!」
その様子を見て誘拐犯達は爆笑した。スクラップ廃棄場に似つかわしくない笑い声が響く。
「馬鹿が、現実って奴が見えてないようだな!」
「ここは、軍事兵器の最終処分場。誰も助けは来ないぜ」
「はは、もう諦めろ。こんな所に白馬の王子様も正義も味方もきやしねぇぜ。まぁ居るとしたら幽霊ぐらいか?なんせここは軍備の墓場だからなっ!ぎゃははは!」
「幽霊はさすがに助けちゃくれんだろうなぁ。ひゃひゃ!」
誘拐犯達は口々に口々に助けは来ない、生き残れないとクレハの心を折ろうとした。だが、クレハはそれらの言葉を無視し、いつでも行動できるように体勢を整えた。
「じゃあ。これを足に撃ち込んでも同じような事が言えるかな?」
平手打ちした誘拐犯が腰の後ろに手を回すとハンドブラスターを取り出し、クレハに向けた。
クレハは銃を向けられ、ビクッとするが、気丈にも唇をかみ締めブラスターを睨みつける。
「そうか…じゃあ試してやろう」
そして引き金が引かれる瞬間、突然周囲を照らしていたおんぼろの街灯が一斉に消えた。
「何だ!?」
「明かりがっ!」
「落ち着け!周囲警戒!対象を取り押さえろ!」
「了解!」
「了解しました!」
一瞬浮き足立った誘拐犯達だったが隊長と呼ばれた男の一言で冷静さを取り戻し、命令に従った。
「いやっ!離して」
「黙れっ!」
先ほど銃を向けていた男からもふざけた態度は消え、忠実な兵士へと姿を変えた。
男は無理やり拘束して立たせると銃口をクレハの口の中に突っ込み強制的に黙らせる。
スクラップ置き場に沈黙が訪れた。
誘拐犯達は、円陣を組み数分間静かに周囲を警戒するがなにも変化は無い。聞こえてくるのは仲間の息遣いと銃口を口に突っ込まれたクレハの荒い息だけだ。
「ただの……停電か?」
誘拐犯の一人がポツリとつぶやいた。
その時、スクラップの山の一角にぼうっと赤い光が一個ついた。その明かりは不安定に明滅しており、まるで火の玉の様に誘拐犯に見えた。
「何だ?あの光は?」
すると今度は別の場所に今度は緑色の光が二つぼうっと光り始めた。だが今度はズシャリと何かがスクラップを踏みしめる音が響く。
「ライトで照らせ!」
すかさず一人がライトで音がした方を照らす。そして、そこに照らされたものにクレハを含めて全員が息を呑んだ。
そこに居たのは錆にまみれた旧型ウェイトレスアンドロイドだった。
ウェイトレスアンドロイドとはその名の通り、レストランなどで給仕をする為のアンドロイドだ。このスクラップ置き場は軍用なので以前どこかの基地内の食堂で使われていた物が古くなって廃棄されたのだろう。
のっぺりとした顔に申し訳程度の目と口が付けられ、首にはぼろぼろの蝶ネクタイをしている。長年の放置から、元々は、黒いチョッキを着たような塗装がされていたのだろうが今は色あせ錆ており、片腕が根元からもげていた。
光っていたのはその両目に当たる部分だった。
。
「イ.キュオ.ャイマセ。イラッジャ…」
そのウェイトレスアンドロイドがスクラップ上をよたよたと不安定に歩きながら誘拐犯達の方に近づく。
「なんだ。誤作動したゴミか。脅かしやがって!」
そういったのはクレハを拘束していた男だ。クレハの口に突っ込んでいた銃口を抜き出すと今度はこちらに歩いてくるウェイトレスアンドロイドに向けた。
「ゴミはゴミらしく、おとなしくしてろ」
銃を向けられた、または腕を向けたのを感知したのだろうアンドロイドは歩くのを止め、残っていた右腕を腰の裏に回した。
「メニ…ド…ゾ」
「んなもんいらん。黙って壊れてろ」
男はためらうことなくそのアンドロイドの頭部に向かってブラスターをぶっ放した。
アンドロイドは頭部を破壊され、頭部の部品を撒き散らしながら派手な音を立てながら倒れた。
「ったく脅かしやがって。ゴミがっ」
だがそれは終わりではなかった。
仕組まれた始まりでしかなかった。




