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最速の女王  作者: YASSI
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ライディングマシン

 取りあえず、フランツが先導してコースを走る事となった。エレーナは、競走したくて堪らない様子だったが、アレクセイはあくまでも本場のGPライダーの走りを体験するという建て前を崩さない。

 最初のグループから、エレーナ、スベトラーナ、イリーナのAチーム主力メンバーが外された。体操競技出身者で構成されたAチームからは、ナターシャだけが、最初のグループに加わっていた。


 自分の育て上げた秘密兵器が、世界GPランキング三位のドイツ人に劣っているとは思っていない。体重差を考えれば、後れをとる事はないだろう。しかし、彼女たちには経験がない。自分も含め、初めて本物のGPライダーの走りを間近に見るのだ。自転車競技であっても、単に走力だけが勝敗を決するものでないのと同じように、オートバイレースにはオートバイレースの、端からはわからない競い合いの中のテクニックや駆け引きがあるだろう。双方が熱くなった状態でぶつけるのは思わぬアクシデントを招きかねない。当然の判断だった。



  フランツははじめのグループを従え、軽く流すようなペースで走り始めた。後ろの様子を伺いながら徐々にペースを上げていく。

 時折、振り返ると似たような体型の少女たちが、同じようなフォームできれいに一列に列なって付いて来る。ここ以外のライダーを見た事もなく、いつも一緒に走っていれば、ライディングフォームも似て来るだろうが、ウェアもマシンもまったく同じ集団が列なっている様は、忍者映画によくある分身の術のようで不気味だった。このペースではまだ誰も乱れる事なく、正確に前者をトレースしている。

 彼は更にペースを上げた。確かに彼女たちは相当走り込んでいるのが窺われるし、そのライディングセンスは自分より上かも知れない。それでもブレーキングコントロールもアクセルの開け方にもまだまだあまい。もっとペースが速くなればボロも出るだろう。遅れ始めたところで、一気にペースを上げて、実力と経験の差を見せつけるつもりだった。


 しかし、彼女たちはいくらラップを重ねても、遅れずぴたりとフランツの背後に列なっていた。

 これ以上のペースアップは、限界に近い領域に入る。間違っても転倒シーンなど演じたくない。かと言って、初めてのコースと走り慣れているサーキットの路面と感触の違う滑走路の舗装を言い訳にするのは、GPライダーとしてのプライドが許さない。

 候補生たちを先行させるよう伝えるサインボードを見た時、正直ホッとした。おそらく、後ろから彼女たちのライディングをチェックして欲しいという事だろう。フランツはラインを譲り、集団の一番後ろにまわった。


 前に出た少女たちは、行きなりペースアップした。フランツは走りのチェックどころではなくなった。一番後ろの少女のスリップストリームに入って、付いて行くのがやっとだ。

 いよいよフランツにとっても、マージンのないペースに入っても、彼女たちはまるで連続写真を見ているように乱れる事なくコーナーを抜けて行く。そしてコーナー立ち上がりから加速体勢に入ると、自転車レースのように次々に先頭を交代している。先頭を走っていたライダーは、後ろまで下がり、フランツの手前に割り込んで来るので、非常に走り辛い。

 本場GPでもスリップストリームを使い合うシーンはよく見られるが、レースは個人の戦いであり、ライバルの力を利用しているに過ぎない。時には、予選や引き離された先頭を追い上げる場面などで、一時的に協力関係を結ぶ事もあるが、お互いに自分にとっての有益を優先する即席の協力関係であり、ここまで見事な連係は見た事もない。少女たちの軽い体重と併せて、80ccとは思えないほどスピードが伸びる。経験した事がない領域に引きずり込まれたのは、フランツの側だった。

 ストレートの遅れをコーナーで取り戻せなくなり始めた頃、見定めたように走行終了のフラッグが振られた。

 フランツは辛うじて面目を保ったが、彼の限界は誰の目にも明らかだった。ハイペースで走ったのは、実質20分ほどであったが、彼は疲れきった表情で整備エリアに戻った。





「40分程休憩したら、次のグループも宜しく頼む。セッティングを変更するなら、その間にやっておいてくれ」

 アレクセイが事務的な口調で伝えた。その背後で、プラチナ色の短髪少女はじめ、つい先ほど、彼に剥き出しの敵意を見せていた少女たちが、無表情に準備運動をしていた。からんでこない事が逆に見透かされたようで、フランツのプライドは傷ついた。




「いったい彼女たちは何者なんだ?」

 フランツは、マシンの整備を始めた兄クラウスに尋ねた。自分は二輪最高峰の舞台、世界GPでトップ争いをしているライダーだ。その自分が、たった40分ほどの走行で息があがっている。前半は流す程度のペースだったのにだ。

「何者もなにも、おまえの乗ってるマシンと同じだ。ソ連がGPに殴り込むために密かに開発していた秘密兵器だろうよ。おそらくライダーに向く人材を全土から集め、徹底的にトレーニングして育て上げたライディングマシンだ」

「それにしたって、こんな隔離された所に居て、ずっと世界の檜舞台で闘かってきたオレに冷や汗掻かせるほどのレベルになれるのか?」

「自分で体験したろ?現実だ。どういうトレーニングしてきたか知らないが、バルト海の水がぬるま湯に思えるほど此処の水は冷たかったって事だ。たぶん次のグループこそ主力メンバーだ。本気で走らないと恥をかくぞ」

 クラウスは前のグループですら、辛うじてフラッグに救われて引き離されずに済んだのをずばり言った。

「チッ、あの銀髪少年か」

 フランツは舌打ちして、エレーナを敢えて少年と呼んだ。


「いいだろう、だったら次は本気でバトルしてやるぜ。さっきはいきなり集団走行されて面食らったが、レースは自分の思い通りには走れない、って事を教えてやるぜ」

 フランツは、これまでライバルたちとの死闘で培ったレースで勝つための技術(テクニック)を味あわせてやるつもりだった。レースに出場するつもりなら、危険は覚悟してる筈だ。女子供も関係ない。どんなに厳しい環境だろうと捕獲者のいない所で育った生物は外敵に対して無防備だ。彼女たちの速さは認めざる得ないが、負けてやるつもりはなかった。





「ナターシャ、もう一度走れるか?」

 皮つなぎを腰まで降ろしたナターシャに、アレクセイが声をかけた。

「はい、大丈夫です」

 ナターシャはごく普通に答えた。薄く汗を浮かべているが、疲れた様子はまったくない。

「次はレースだと思って走れ。向こうも本気で走ってくれそうだ」

 イリーナが何か言いたそうだったが、アレクセイが続けた。

「ナターシャは状況を視てチームを指揮しろ。エースはエレーナだ」

 エレーナは無言で頷いた。

「スベトラーナはエレーナから離れず、彼女をカバーしろ。イリーナは状況に応じて動いてもらう。ナターシャに従え。これまで練習した成果を見せてもらう。出来るな」

 四人は揃って頷いた。各々感情を抑え込み、自分の役割を頭に刻み込む。何度もこの四人でチームを組んできた。様々なパターンのフォーメーションを精密機械のようにこなせるよう練習してきた。最も息の合った四人だ。他のメンバーが加わる事もあったが、最近のトップ4は不動だった。

「今回は、おまえたち四人でレースしろ。始めは前グループ同様奴に先行してもらう。私がサインを出したら模擬レース開始だ。あとはナターシャに委せる。他の者は別チームとして走ってもらう」


 アレクセイは他のライダーもチームを振り分け、それぞれの役割を告げていった。


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