第十五話 〈破れた魔導書堂〉
俺は冒険者向けの店で教えてもらった通りの場所へと向かい、歓楽街にある、寂れた小さな建物を訪れた。
中では老婆が煙管を咥えており、煙たい空気が広がっていた。
俺は手で扇ぎ、煙を避ける。
本当にこんなところに〈技能の書〉があるのかと思いつつ、周囲へ目を向ける。
ぶっきらぼうに台の上に並べられた、剣や首飾り、魔石。
そしてその横にある、埃の被った本棚にそれはあった。
分厚い古い本に、宝飾があしらわれている。
あった……! あれが〈技能の書〉だ。
なんと五冊もあった。
「弱っちい防具さね。ここ〈破れた魔導書堂〉は、アンタみたいな新人が来るとこじゃないよ」
店主はそう口にした。
防具から大体の俺のレベルに見当を付けたらしい。
「金ならある。〈技能の書〉を見せてもらっていいか?」
「見るのは自由さ。ガキの手垢が付いたって、価値は変わらんかんね」
……そういう考えなら、埃っぽい店内に雑に置いていることも納得がいく。
俺は一冊の〈技能の書〉を手に取った。
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〈技能の書〉《初級弓術》
【市場価値:二百万ゴルド】
〈初級弓術〉のスキルツリーを取得できる。
弓装備時の攻撃力上昇から、弓術の基礎スキルまで。
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に、二百万ゴルド……。
ゲーム世界から五十万ゴルドも値上がりしている。
クラスの力で見られる市場価値は、ゲームでは国内での取引履歴から算出された値であった。
この価格も恐らく、国内の取引から算出されたものなのだろう。
貴族の独占のせいで〈技能の書〉自体が特権化し、全体的に値上がりしているのかもしれない。
「言っておくけど、それ、ウチでは三百万ゴルドさね」
「さっ、三百万!?」
「当然さね。こっちだって、危ない橋渡ってるんさ。役人は見て見ぬ振りしてくれとるけどね、もっと上にバレたら、アタシは最悪打ち首さね」
初級の基礎スキルツリーでこの有様か……。
俺の現在の持ち金は約九十万ゴルドである。
仮に〈狂鬼の盾〉を上手く売り捌いても、合計で三百万ゴルドといったところだろう。
とてもじゃないが、レアな〈技能の書〉を購入できるとは思えない。
二冊目は〈魔法力上昇〉、三冊目は〈びっくり箱〉、四冊目は〈エレメンタルガード〉であった。
〈魔法力上昇〉はいつも通りのステータス上昇スキルツリーだ。
よほど魔法力頼みのストイックな完成系が見えているのでなければ、敢えて取得するべきではないだろう。
この世界では死ねばそれまでであるため、低級冒険者としての活動を安定させるために取得する冒険者もいるのかもしれないが。
〈びっくり箱〉は、運要素と戦術の幅が売りのスキルツリーである。
ただ、ネタキャラとして楽しむのでなければ、敢えて〈びっくり箱〉のポイントを伸ばす必要もないだろう。
ゲーム世界であれば格上相手にワンチャン狙いで挑むという戦略もまあ取れるが、デスペナルティを考慮すれば割には合わない。
楽しいだろうけども。
それも死ねばそれまでのこの世界では、運否天賦のキャラビルドはできない。
〈エレメンタルガード〉は四大属性である火、水、土、風に対する耐性を主軸としたスキルツリーだ。
その他の属性技もあるので完全ではないが、この四属性に引っ掛かる技は多い。
嵌れば強力な対策になるので、仲間に一人置いておきたいスキルツリーではある。
……もっとも、ピンポイント対策キャラを自キャラになんかしたくないという人が多いので、そういう意味では不遇なスキルツリーとなっている。
このスキルツリーを伸ばせば、攻撃スキルが足りなくなって火力不足にも陥りやすい。
防御特化だが、魔法攻撃で崩されやすいクラスであれば、採用する価値はあるかもしれない。
四大属性に引っ掛からない聖属性や闇属性魔法で滅多打ちにされている姿が目に浮かぶが。
……俺は購入しないが、なかなかレアなアイテムが揃っているな。
目当てのスキルツリーは見つからなかったが、まあ最初から期待はしていなかった。
この世界における〈技能の書〉の立ち位置が見えてきただけでも大きな収穫だったというべきだろう。
この手の店を巡ってみるのもいいし、店主に見つけたら教えてもらえるように頼んでおいてもいい。
元々、現状で手の届く金額だと思ってはいなかった。
俺は最後の一冊へと手を伸ばした。
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〈技能の書〉《燻り狂う牙》
【市場価値:三千万ゴルド】
〈燻り狂う牙〉のスキルツリーを取得できる。
このスキルツリー保持者の傍に寄ることなかれ。
砕けた身体を引き摺り、裂けた尾を舞わせ、なお止まることを知らぬ奴の凶行には、死神さえ近づくまい。
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あ、あった……!
無数にある〈技能の書〉の中で、貴族に大半を独占されてほんの一部しか出回っていない状態で、まさかいきなり〈燻り狂う牙〉が見つかるとは思っていなかった。
重騎士の必須スキルツリー……手に入れるまでが重騎士のチュートリアル、〈燻り狂う牙〉!
これさえ手に入れば、こっちのものである。
「なんね機嫌よう顔して。そんなのが欲しいなんて、アンタ変わった奴さね」
「あの……店主さんよ、これ……」
店主は深く頷いた。
「ああ、ウチでは五千万ゴルドさ」
容赦ない値段設定であった。
俺はがっくりと肩を落とす。
まあ……予想していたことではあった。
〈初級弓術〉…三百万ゴルド
〈魔法力上昇〉…六百万ゴルド
〈びっくり箱〉…千五百万ゴルド
〈エレメンタルガード〉…三千万ゴルド
これが〈破れた魔導書堂〉の値段設定であった。
随分と足許を見てくれる。
「……用心棒も置かずに、よくこんな高額アイテムを置けるな」
別に襲撃しようと考えたわけではなかったが、ぽつりと疑問が口を出た。
「アタシが弱いと思ってるなら、試してみるかえ? この前は五人叩き出したよ」
店主がニヤリと笑い、俺へと顔を上げた。
脅しているふうではなく、楽しげな様子でさえあった。
「き、気になっただけだ。……この〈技能の書〉、売りに出さないで置いておいてくれないか? 絶対に五千万ゴルド用意して、戻ってくる。そう長くは待たせないと約束する」
「アタシに何の得があるんだい?」
「それは……」
店主からしてみれば、平等に同じ客である。
当然、贔屓する理由もない。
おまけに冒険者なんて、いつの間にか死んでいたっておかしくはないのだ。
「フン、アンタみたいなガキは嫌いじゃないよ。いいさね、取っといてやる」
「本当か……!」
店主は煙管に口を付け、ゆっくりと息を吐き出した。
「五百万ゴルド上乗せでね」
俺は深く溜め息を吐いた。
商魂逞し過ぎる……。
しばらくは金策を練ることになりそうだ。
〈夢の穴〉に入れば、稼ぎも増える。
高価なアイテムドロップ狙いで頑張ってみるしかなさそうだ。




