第十一話 異常事態
天運のスカラベ討伐後、なし崩し的に〈魔銀の笛〉の冒険者達と半ば共闘する形で残ったオレアント達の討伐に当たる形になっていた。
とはいえ防御力が高く〈自己再生〉を有するオレアント相手の決定打が全体的に不足しており、ほとんどルーチェに依存するような戦い方ではあったが。
俺や他の冒険者達がオレアントを引き付け、ルーチェが死角から〈竜殺突き〉で順調に数を減らしていく。
気が付けば最初に二十近くいたオレアントも、残りは四体程度になっていた。
「オラアアアアッ!」
俺が〈影踏み〉で引き付けていたオレアントを、大剣使いの青年が叩き斬ってトドメを刺した。
これで残りは三体だ。
今倒したオレアントにドロップにはなかったが、これまでの戦闘で集めた〈魔虫銀の石塊〉は合計で六つになっていた。
充分過ぎる数である。
「ナイスタンクだぜ、兄ちゃん」
体験使いが俺に振り返り、サムズアップを向け、即座に次のオレアントの許へと駆けて行った。
しかし、元より身入りのよさそうなレイドだとは考えていたが、とんでもないドロップ額になったものだ。
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〈魔虫銀の鉱石塊〉:2600万ゴルド×5
〈ヘルメスのコイン〉:5000万ゴルド
〈オレアントの魔石〉:350万ゴルド×13
〈天運のスカラベの魔石〉:700万ゴルド
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総額、二億三千二百五十万ゴルド。
一度の探索ではぶっちぎりで過去最高金額である。
ほとんど鎧の製造や〈魔銀の笛〉との交渉に消えるだろうが、この額は圧巻だ。
ドロップが美味しかったのと、ルーチェが狩りやすいタイプの魔物だったのが幸いした。
俺も残りのオレアントを狩りに向かおうと歩き出した、そのときのことだった。
「何を馴染んでやがる。散々舐めた真似をしでかしてくれたな……!」
フラングが青筋を浮かべ、俺の背へと剣を向けていた。
「馴染むも何も、俺達は同じレイドの仲間だろう。それにルーチェの手助けがなければ、そちらは大分危なかったように思うが」
「どいつの差し金だ? 貴様の行動には意図を感じる。何者かの指図を受けて、情報提供を受けてここに潜り込んできた。そうだろう?」
半分は当たりだ。
俺は〈魔銀の笛〉が囲っている錬金術師を暴くために、こうして出向いてきたのだから。
そうでもなければ、さすがにあからさまにクランに喧嘩を売るような真似はしない。
「あの根暗……銀面卿の奴か? おい、そうだろう?」
「仲良しこよしだと思っていたよ」
銀面卿は表に出てこない。
暗躍する頭目を支えているのは、クラン長の補佐であるフラングの役割のはずだ。
「何にせよ、俺はギルドのルールに従って、金目になりそうなレイドに参加しただけだ。お前から脅迫を受ける謂れはないな」
「チッ、シラを切るか。まあいい。貴様らが確保した〈魔虫銀の鉱石塊〉の内、三つを寄越せ。あのコガネムシからドロップしたコインもだ。それが貴様が穏便に街へ戻る唯一の方法だ」
実力行使に出てきたか。
ここまで直接的に仕掛けてくるとは考えていなかったが、どうやら連中の言動を見るに、今回のレイドは〈魔銀の笛〉の派閥争いにも大きく関わっているようだ。
なんとしてでも無様な結果を残したくないらしい。
短絡的で暴力的なのはいただけないが、相手が切羽詰まっているならチャンスでもある。
連中がなんとしても隠したいであろう、〈魔銀の笛〉が秘密裏に囲っている錬金術師との接触を引き出せるかもしれない。
「条件次第で〈魔虫銀の鉱石塊〉を二つ譲ってもいい。それが最大譲歩だな」
「何を偉そうにしてやがる。貴様は人様の仕事を邪魔してくれた貧乏神だ。条件を出す立場にない! それに、あのコガネムシに最初にダメージを与えたのはウチのアイネだ! 貴様らはそれを横取りした!」
頭に血が昇っているのだろうが、滅茶苦茶な言い分だな。
俺とルーチェのフォローがなければ連中は壊滅的な被害を受けていただろうし、アイネは天運のスカラベにダメージを与えられていなかった。
無論、フラングもそんなことは百も承知で、俺を脅して有利な条件を引き出す口実を探っているのだろうが……。
「納得しないなら、貴様らは蟻共相手に命を落としたことになるだけだ」
「数の有利があると思っているのか? お前の部下は、既に俺やルーチェに気を許し始めてる。殺して奪え、なんて命令が通じるとは思わない方がいい」
フラングは俺の言葉に苛立ったらしく、怒りで鼻を膨らませる。
「それに……俺やルーチェは強いぞ。どうしてもというなら、ギルドの立ち合いの許、決闘を受けてやってもいい。お前にその覚悟があるならな」
「なんだと……?」
フラングが歯軋りを鳴らす。
フラングの脅迫はただのハッタリだ。
荒くれ者揃いのチンピラクランとはいえ、進んで冒険者殺しをやりたがるはずがない。
ただ、俺の言葉は半ば本気だ。
決闘となれば負ける気はしない。
フラングのスキルツリーは既に透けているが、俺は何も持ち札を晒していない。
クランに喧嘩を売るような形になる以上、揉めたときのことは当然考えてきている。
「今のままだと他のクランメンバーに顔が立たないんだろう? 〈魔虫銀の鉱石塊〉を二つ譲る。それで俺の頼みを聞いてくれ」
フラングは握り拳を作り、眼力を込めて睨みつけてくる。
ただ、激昂しているポーズを取っても、今黙っているのは俺の交渉を聞くべきか否か、揺れ始めている証拠だ。
「なるほど……ガキめ。多少度胸はあるし、腕に覚えもあるようだ。だが、その生意気な面が気に喰わん」
フラングが剣を振るい、改めて構える。
刃に炎が走った。
「虫狩りでは多少不格好を晒したが、俺の本領は対人戦だ。貴様をこの場で叩きのめせば、少しは考えも変わるだろう。ガキ、剣を構えろ」
あと一歩だと思ったが、乗ってこなかったか。
ただ、相手主導で力試しが引き出せたのなら、その方が手っ取り早い。
もう少し穏便にやりたかったのだが、ここまで来ては仕方がない。
向こうもプライドがあるだろう。
「それでお前が納得するなら……む」
そのとき、視界の端に、他メンバーが残ったオレアントの群れと戦っているのが見えた。
そこに、オレアントからひと回り小さい、別の鉱虫がいつの間にか紛れ込んでいることに気が付いた。
それに気が付いた瞬間、強烈な悪寒が俺の身体を襲った。
〈マジックワールド〉をプレイし尽くした記憶を持ち越している俺にとって、未知の魔物やアイテムは基本的には有り得ない。
だが、唯一例外がある。
それは存在進化だ。
ゲーム時代でもその事象の稀少性から、一部の魔物を除いてほとんどデータが共有されていなかった。
だが、目先の魔物は、それも有り得ない。
「なんだ、あの魔物は……?」
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魔物:ルストベビー
Lv :57
HP :196/196
MP :23/23
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全長一メートル程度で、細身の魔物であった。
鉱虫の一種ではあるらしく、オレアント同様に金属の混じった頑強そうな体表を有している。
前脚が鎌になっており、蟻というよりはカマキリかサソリに近い容姿をしている。
いつの間にかオレアントの中に混ざっていた。
確かに最初はいなかったはずだ。
俺はあの魔物を知らない。
だが、存在進化体だとも思えない。
大本の〈夢の穴〉であった〈鉱虫の森洞〉に対してレベルが低すぎるのだ。
あそこから出た魔物が存在進化した姿であれば、もっとレベルが高くなければおかしい。
「フラング、レイドは中断だ。何かがおかしい」
まだ〈交易の間引き〉は完了したとは言い難い。
ルーチェ達が残ったオレアントの討伐を終えた後に、また移動して別の大きな群れがないかを確認する予定であった。
ただ、今となってはそれどころではない。
すぐに戻って、レイドにこの件を知らせる必要がある。
「はあ?」
フラングが眉間に皺を寄せる。
「俺達も諍いに興じている場合ではなくなった。未知の魔物が紛れ込んでいる」
何か想定外のことが起きている。
そして恐らく、これはそう簡単に片付く問題ではない。
「この俺を相手取るのに怖気づいたか。ハッ、調子がいいのは威勢だけらしい!」
フラングが俺を嘲笑う。
この流れで、コイツに話を聞き入れてもらうのは不可能か。
「ルーチェ、戻ってきてくれ! あと……感知スキルを持っている奴! 誰でもいいから来てくれ!」
俺が声を掛けたとき、ルーチェはオレアントを新たに一体仕留めたところであった。
周囲の冒険者に軽く目配せした後、すぐに俺の方へと飛んできた。
「エルマさん、何かありましたかぁ!?」
遅れて、剣士系のクラスの男が一人、ルーチェの後に続いて駆けてくる。
「あの、一応オレ、感知魔法使えますけど」
「お前は下がっていろ! こんな奴の話、聞く必要はない!」
フラングが彼へとそう叫ぶ。
ただ、剣士系クラスの男は俺の様子が不安だったのか、〈サーチ〉の魔法を発動した。
周囲の生物の気配を確かめるスキルである。
「う、嘘、近くに群れが!? なんで!? こ、これ、なんか、地面の下にいっぱいいるような……」
嫌な予感が的中した。
あのどこからともなく現れたルストベビーなる魔物は、どうやら地下に潜伏した奴らの内の一匹だったらしい。
蟻共に加勢しなかったということは、決着が付きかかって疲弊したところを刺しにくるつもりのようだ。
つまり、そろそろ動き出す。
あのルストベビー自体は存在進化した魔物ではない。
だが、恐らく、存在進化した魔物によって生み出された魔物なのだ。
配下を大量に呼び出す魔物は幾つか存在する。
「この小柄の魔物……別に強くはないな。なんだったんだ?」
オレアントの残党狩りを行っていた連中が、ルストベビーを討伐していた。
剣で叩き斬ったらしく、頭が割られており、無惨な亡骸になっている。
その刹那だった。
「ギギ、ギギギギギ!」
「ギギギギギ!」
オレアント狩りを行っていた連中の許に、十体近いルストベビーが、地面を喰い破って一気に姿を現した。
残っていた最後のオレアントが、ルストベビーに纏わりつかれて鎌で一気に脚を斬り落とされ、全身を喰い尽されていく。
「う、うおおおお! なんだよこの数!」
〈魔銀の笛〉の冒険者達が悲鳴を上げる。
続いて、俺達から離れた場所で待機していた馬車の周囲の地面が、もぞもぞと動き始める。
「まさか、向こうに……!」
「ギギギギギギギ!」
地面が爆ぜる。
馬車に迫る巨躯を持つ怪虫が現れた。
赤茶色の錆びた外殻を有し、ルストベビー同様巨大な二つの鎌を持つ。
頭部の部分は外殻が盛り上がっており、金属で作られたような女の仮面が貼りついていた。
膨れ上がった腹部は不気味で、両脇には鰓のような穴が開いており、そこから次々にルストベビーが零れている。
あまりに不快な光景に、俺は思わず足を止めてしまった。
ルーチェも呆然と口を開いてる。
あれがルストベビーを生み出した、存在進化した魔物……。
即座に馬車が半壊させられ、御者が悲鳴を上げた。
俺はその声を聞いて我に返り、馬車目掛けて駆け出した。




