第三十三話 暴竜と死神
「〈死線の暴竜〉……攻撃力と素早さを倍化させるスキル。しかし、それっぽっちでこの私と正面から打ち合えると思っているのかな?」
突進する俺へと、カロスは不敵な笑みを返す。
重騎士は元々の攻撃力と素早さが低い。
格上のクラス魔剣士、それもまだ相手のスキルツリー構成も全く見えていない。
分の悪い勝負なのは間違いないが、今の四人の中でカロスを正面から抑えられるのは俺だけだ。
「剣術は得意かな、エルマ」
カロスが剣を振りかぶる。
高レベル魔剣士のパラメーターを活かした斬撃が来る。
俺は相手の力と極力ぶつからないように、剣で搦めとって軌道を誘導し、外側へと弾く。
〈パリィ〉のスキルだ。
「それなりにはな」
「ほう」
カロスが感嘆の声を漏らす。
「〈ダイススラスト〉ッ!」
宙へと跳んだルーチェがナイフを引く。
〈竜殺突き〉は大振り過ぎるためカロス相手に通用しないと判断し、六分の一のギャンブルへと切り替えたらしい。
浮かんだ数字をルーチェの刃が貫く。
数字は【六】を示していた。
本当に、ここぞというときに引き当ててくれる。
カロスは素早く剣を戻し、ルーチェのナイフを防ぐ。
確定クリティカルヒット。
更にそこへ〈奈落の凶刃〉のクリティカル二倍ダメージが乗る。
威力3.9倍、防御貫通50%の一撃が炸裂した。
「むっ……!」
さすがのカロスも力負けして後方へ跳び、体勢を崩すことになった。
「驚いた……エルマだけじゃないのか。君の攻撃は安易に防ぐべきではないな」
カロスが目を見開き、ルーチェを見る。
次の刹那、カロス目掛けて一本の矢が死角より飛来する。
ケルトの放ったものだ。
カロスは首を動かし、最小の動きでそれを回避する。
「安直だな。そんな攻撃が当たると……」
「〈アサシンアタック〉!」
ケルトが空中よりナイフを繰り出す。
音を最小限まで殺して敵を不意打ちするスキルだ。
ケルトはこの効果を引き上げるため、自身の矢の風切り音を利用した。
カロスはこれも素早く防いだが、やや振り遅れていた。
続くケルトの蹴りが、カロスの側頭部を捉えていた。
即座にカロスがケルトを狙って剣を振るうが、ケルトは蹴りの反動を利用して後方へ逃れる。
「どうだ、一発真っ先に入れてやったぞザマア見やがれ! エルマとルーチェ以外はどうとでもなると思ったか? このまま一気に行くぞ! 勝てない相手じゃねえはずだ!」
ケルトが叫ぶ。
よくやってくれた。
ダメージがさほど通っていないだろうが、間違いなくパーティーとしての士気は上がる。
ケルトは現在の戦況において、それが重要であることを理解して動いている。
今までカロスに呑まれていたが、これで空気が一変した。
「ルーチェは奴の背を頼む! 俺は正面から叩く!」
「はいっ!」
ルーチェが地面を蹴ってカロスの背後へ跳ぶ。
攻撃力特化の重騎士が表に立ち、クリティカル型の道化師が死角から付け狙う。
暴竜と死神の挟み撃ち。
さすがにひと回りレベル上の魔剣士とはいえ、この状況で余裕を保ってはいられまい。
決して楽な戦いではないが、勝算がないわけではない。
カロスはルーチェのナイフを躱し、俺の剣を弾く。
戦闘の主導権は完全にこちらが奪った。
ケルトの不意打ちとルーチェのクリティカルを警戒し続ける必要があると理解したが故に動き辛くなっているはずだ。
ただ、優勢は取れたが、未だにカロスのスキルツリー構成が全く見えてこない。
高レベル冒険者はその分スキルポイントを有している。
どんなスキルが飛んでくるかわかったものではない。
ここから慎重に奴の手札を暴いていく必要がある。
「本当にいいパーティーだな……この人数差は少々厳しいか」
カロスが剣を掲げる。
剣先に赤い光が宿った。
「ルーチェ、背後へ跳べ!」
俺は言いながら地面を蹴って後方に跳ぶ。
「〈クリムゾンウェーブ〉」
獄炎の衝撃波がカロスを中心に放たれる。
俺は盾で炎から逃れつつ、その衝撃を利用して距離を取った。
魔剣士の範囲攻撃スキルだ。
MP消費は大きいが、相手から確実に距離を置くことができる。
このレベル差では、対応を誤って巻き込まれれば一発で致命傷を負うことになる。
「まずは確実に一人落とすことにしよう。誰が犠牲になる?」
続いてカロスの周囲に、四つの黒炎が浮かび上がっていた。
〈ダークブレイズ〉だ。
確実に中距離攻撃の発動を通すために、まずは近距離全方位攻撃の〈クリムゾンウェーブ〉を放ったらしい。
開幕の力試しではなく、確実に殺しきってやるという明確な殺意を感じた。
恐らく追尾効果のある〈ダークブレイズ〉と自身の剣技を合わせて攻めてくる。
「ルーチェ、下がれ!」
俺は指示を出しつつ、自身は前進する。
ルーチェは背後に跳んだ後、俺が進むのを見て息を呑んでいた。
「エルマさんっ……!」
「なるほど君から死ぬか!」
四発の内の一発はルーチェを追い掛けていく。
残り三発が、大きく軌道を湾曲させながら俺へと飛来する。
同時にカロスが、剣を構えて俺へと跳んでくる。
カロスの二連撃を〈パリィ〉で正確に凌ぐ。
俺の背後に黒炎が回り込んでくる。
俺は地面を蹴って背面跳びをしてカロスを飛び越え、着地と同時にカロスへ斬撃をお見舞いする。
俺の剣は防がれたが、〈ダークブレイズ〉は射程の間にカロスを挟んだことで、俺というターゲットを見失っていた。
追尾効果の途切れた黒炎が、カロスの周辺へと落ちる。
カロスは自身の魔法攻撃から逃れるため、大きく後退せざるを得なくなった。
灯台下暗し、とでもいうべきか。
〈ダークブレイズ〉の最大の弱点は、追尾効果のある魔法の中でも動きが大きいため、術者本人を巻き込みやすいことだ。
魔法攻撃と共に攻め立てるのは有効だが、それには大きなリスクを伴う。
俺は立て直そうとするカロスへと距離を詰めて影を踏み、勢いよく足を引き摺った。
カロスは〈影踏み〉に引き摺られまいと足を踏ん張り、俺の追撃の剣を受け止める。
「ハハハハハ! 驚いた! これが重騎士の動きか!」
「〈当て身斬り〉!」
続けて至近距離から、重量を乗せた追撃をお見舞いする。
同時に〈影踏み〉の足を全力で引き、カロスの体勢を崩す。
カロスも抵抗していたが、ついに膝を突いた。
「おいおいエルマ……本当に私に勝つつもりじゃないか!」
カロスは脂汗を浮かべながらも、興奮からか肌を紅潮させていた。
隙だらけのカロスの背で、既に〈ダークブレイズ〉を振り切ったルーチェが大きく跳び上がっていた。
「〈ダイススラスト〉ッ!」
俺は息を呑んだ。
さすがにそれは強欲過ぎる。
焦る気持ちはわかるが、ここは堅実に〈竜殺突き〉で攻めるべきだった。
〈竜殺突き〉のクリティカルでも充分カロスを追い込めたはずだ。
だが、結果としてこの選択は正しかった。
カロスは素早く立ち上がりながら、〈影踏み〉を振り切ってルーチェへと向き直った。
もし完璧な姿勢を求められる〈竜殺突き〉であれば成功しなかっただろう。
空中に浮かんだ【六】の数字がルーチェに貫かれる。
ルーチェのナイフはカロスの不完全な防御を弾き、その胸に刃を叩き込み、彼を後方へと突き飛ばした。
「がはっ!」
威力3.9倍の〈奈落の凶刃〉が炸裂した。
魔物と違い、冒険者はレベルが高くても極端にHPが跳ね上がることはない。
レベルがひと回り上だとしても無視できない大ダメージになる。




