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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 異世界女子、異世界で生活してみる
13/26

異世界女子、城下町を見学する

このお話はファンタジーでフィクションです。

「チハヤを俺に下さい」


 そう言ってクラウンベルド公爵邸の離れでジークはレスタに頭を下げた。その場には千早とロイもいて、一瞬場が静まり返る。


「いやいや、ジーク。セリフと言う相手が違うでしょ! 緊張しすぎだよ!」


 ネズミの精霊ロイが慌てながら修正を試みると、自分でも言葉が足りなかったと自覚したらしい青年騎士の頬がうっすらと染まった。


「間違えた。チハヤの一日を俺にくれないか。城下町を君に見せたい」

「いや、間違えすぎでしょ」


 改めて格好よく決めたジークだが、すでに千早は腹を抱えて笑い出し雰囲気もなにもない。それでも涙まで拭ってから平静を取り戻したアイスブルーの目を見上げる。


「お忍びで連れてってくれるってこと?」

「いや、俺の休みの日に案内しようかと。行ったことがないだろう?」


 プライベートの誘いだったらしい。これまで王城と馬車旅とクランベルド公爵本邸にしか行ったことのない千早はその申し込みに目を輝かせた。


「いいの? なんとか三世の像とか、この国で一番古い鐘楼とか、マーハっていう昔からあるお菓子とか、王立の植物園とか、すごい装飾と芸術作品がある国立劇場とか見たい!」

「植物園以外なら一日で回れるな。植物園は少し郊外にあるから日を別にしよう」

「あと市場とか商店なんかも見て回りたい。できるなら普通の人が住む家の中とか、一般の食堂なんかも!」


 これぞ異世界体験と意気込む千早を生ぬるい目で見守るジークとロイ。彼女の希望は田舎から出てきた人間のお決まりの観光コースである。


「そうだねぇ。千早はお城なんて普通の人はいけないところしか行ったことないんだもんね。もっと早く誘ってあげれば良かったよ」


 言動がいちいち常識人なロイはしんみりとしながら千早の頬に顔を摺り寄せていると、レスタはジークに何事かを語っていた。真剣な面持ちでうなずいていた彼は幾度かのやり取りの後、レスタに頭を下げて千早に向き直る。


「クランベルド閣下には許可をいただいている。護衛は俺とロイ、というか俺と二人きりでもいいだろうか」


 突然二人きりだと自覚して、少し恥ずかしそうに目じりを染めたいい年の男性に千早は思わず息をのむ。

 これにはなんだか自分がエスコートしてあげなきゃならないような、初デートに緊張する純情男性を可愛がってあげなきゃならないような、妙な気分にさせられた。


「千早?」

「っん、こちらこそよろしくお願いします」


 レスタが不思議そうに見上げてきて、千早はアホな妄想を振り切るように慌てて軽く咳払いするとお世話になりますと頭を下げる。

 ジークはある程度日程を調整していたらしく三日後に迎えに来るといって帰っていった。








 それから何事もなく二日が過ぎ、明日には王都観光に行くという夜。

 いつものようにレスタと共にベッドに入っていた千早は、なにかが落ち着かずに寝返りを繰り返していた。楽しみなのもあるのだろう。興奮が気持ちを落ち着かなくさせているのもある。

 けれど。


「千早? 眠れないのか?」


 隣で悠然と横になっていたレスタが顔を上げて心配げに見つめてくる。彼が起きたのをいいことにゴロゴロと転がって胸元に近づくと、太い腕を上げて招き入れてくれた。

 かけ布団はないがレスタの体温に温められて寒くはない。それなのにどこか不安で、千早は目の前の黄金のたてがみに顔を(うず)めてしがみついた。


「何をそんなに不安がっているのだ。私に話せるか?」


 低くて穏やかな声は夜そのもののように安心を与えてくれる。しばらくじっと抱き合い、ようやく肩の力が抜けると千早は起き上がってぽつりと漏らした。


「明日、レスタは一緒に行けないんだよね」


 伏せた体勢から美しい姿勢で頭を上げていたレスタはしばらく思案した後、ぺろりと千早の唇の端を舐める。いつもなら大騒ぎをするきわどい位置だったにも関わらず、うつむいた千早は暗い目でシーツを睨むだけだ。


「そうだな。私が行けば騒ぎになって王都観光はできなくなってしまう」

「……行くの、やめようかな」


 漠然とした不安が強くて、どうすればいいのか判らない。とにかくこのぬくもりから離れたくない。泣きそうになりながらもレスタのたてがみを握って耐えていると、深い青い目がのぞき込むように見上げてきた。


「私の真名(まな)を覚えているな?」

「レスタ、ヴィル、クード」


 答えた千早に慈愛のまなざしを向けたレスタはすりすりと頬を合わせて擦り付けてくる。


「そなたがその名を呼べば私はどこにいようと駆けつける。約束するよ、千早。どれだけ離れたとしても私はそなたを一人にはしないと」


 静寂が世界を包む中、まるで神聖な契約のように耳元でささやかれた言葉はジワリと胸の奥底の不安を溶かした。ふわふわのたてがみを抱きしめながら声もなくうなずくと、レスタは小さく笑って千早に横になるように(うなが)しながら言った。


「明日はたくさん歩くだろうから早く眠らないとな。それと昼は一緒に歩いてやれないが、今度の満月の夜にハークレスの鐘楼に連れて行ってやろう。上から見る景色は素晴らしくて私のお気に入りの場所なのだ」

「王都一古い鐘楼だよね? 外から見るだけだって聞いたけど」


 言われたとおりに横になりながら見上げると、どこか悪そうな雰囲気でにやりと笑うライオンがいた。


「私は精霊だぞ。入れぬ場所などないよ」


 包むように胸の上に置かれた前足の大きな肉球を揉みながらつられて笑えば、魔法で引き寄せられた薄掛けがレスタごと千早を包む。


「そういえば精霊は王様の私室にも入れるんだったね。魔導士長の精霊(リュー)がお城で一番安全だからとおやつ(・・・)を隠してきたって話してた」


 そういえばおやつはちゃんと回収されたのだろうか。精霊の性格上、もしかしたらリスのようにずっと隠しっぱなしで忘れている可能性もあるが、(リュー)は真剣だったのだ。その時は。

 思い出して笑う千早のまぶたにレスタがそっと口づけ、心地いい腕の重みとレスタのぬくもりに思考が溶けていくのが判る。肉球の絶妙な柔らかさと見守ってくれている視線にへらりとほほ笑めば、唇をざらついた舌が柔らかく舐めていった。


「おやすみ、千早。私の愛し子」


 眠りにつく愛しい存在を見守るレスタの目が細められる。

 人は人の中でしか生きられない。仕事を退(しりぞ)いた前契約者(サラ)を精霊の森に誘ったときにレスタが言われた言葉だ。

 もしサラが生きていたら問いたい。人の中にいて、それでも誰よりも自分を慕ってくれる千早を隠してしまいたいと思うこの気持ちはなんなのか、と。サラの時はすぐにあきらめがついたが、千早には欲を隠すだけで精いっぱいなのだ。

 腕の中の鼓動はここにいる(あかし)。おそらく二度と起きることのない確率で出会えた愛しい存在。


 あらゆる意味で壊してしまわぬようにと願いながら、レスタは理知的な目を窓の外へと向けた。三日月は登ったばかりでまだ夜が明ける様子はないが、明日の天気は晴れるだろう。絶好の王都観光日和であることに安堵して、黄金のライオンは眠る千早の髪に鼻先をつけてゆっくりと横たわったのだった。








 晴天の空の下、帽子とワンピース、履きやすいブーツと肩掛けのバッグを身に着けた千早はクラウンベルド公爵邸の裏門に立っていた。


「チハヤ」


 約束の時間より少し早く迎えに来てくれたジークは肩に乗ったロイを千早に預けると、麻のシャツにジャケット、ジーンズ生地に似たズボンをはいたプライベートな格好でそっと手を差し出す。


「ロイを必ずチハヤのそばにいさせるが、いいだろうか」


 最初この質問の意味が判らずに深く考えぬまま了承したが、街に連れ出されてから千早は本当の意味を知った。街ではジークが常にそばにいたものの、それでも目を離す時間がある。屋台で食べ物を買ったりしたときに支払いをしてくれたり、お手洗いに行くときなどだ。その時間でもロイがそばにいてくれるというのがとても心強かったから、もしかしたら昨夜の不安をレスタがジークに話したのかもしれない。

 一人で外出もできないなんて恥ずかしいと思いつつも、少しでも千早の不安を減らそうと気を使ってくれたジークとロイには感謝しても足りないだろう。

 街馬車に乗り一番初めに行ったのはハークレイの鐘楼だ。石造りの建物だが、古く趣のある色合いをしていた。そして何より……


「でかい……」


 鐘楼のそばまで行って初めて判ったのだが、太さがないわりに高さのある建物だったのだ。高さはだいたい百メートルくらいだろうか。迫力のある塔の下まで行ってしまうと鐘楼が見えなくなり、少し離れれば青みがかった白と銀の装飾が施された優美な姿が見えてくる一度で二度美味しい観光名所だった。塔の周りには露店が立ち並び、鐘楼と同じ装飾が刺繍されているというハンカチや鐘楼と同じ形の小さな置き鈴なども販売していて人気だという。


「もし、万が一俺とはぐれたら大通りを使ってここを目指すように」


 どうやら観光客の迷子待ち合わせ場所になっているらしく、王都のどこから見ても確かめることができるのだという。


「僕がいるからジークのだいたいの居場所は判るけど、一応教えておくね。けど心配しないで。どんなことがあっても僕が千早から離れることはないからね!」


 ネズミのロイは自身の体が小さいことをこの時ばかりは不便だと嘆いていたが、千早は至極真面目に「その姿じゃないと肩に乗せられない」と言い切った。


「ほら、いざとなったら服の中とかにも隠れられるでしょ」


 どこかの映画で見た女スパイが胸元に大事なものを隠すシーンを思い出しながら言えば、ロイは小さく首をかしげて小さな青い目で見上げる。


「千早って意外と大胆だよね。僕たちが雄だって認識してる? いくらライオンの姿だからと言ってレスタの前を裸で歩いちゃダメなんだよ?」


 裸はないが、薄着でうろついた。

 ロイの指摘に沈黙を返す千早。泳ぐ視線に小さなため息を吐くと、賢い友人は小さな手で頬を軽く叩いてアドバイスをする。


「前例がないからといって油断しちゃダメだよ。精霊と人間のハーフ第一号が生まれる可能性だって、無きにしも非ずなんだからね!」


 無邪気な言葉のあまりの威力に、千早とジークは真っ赤になってうろたえるだけだったが。


「では、気を取り直して」


 ハークレイの鐘楼から歩くこと三十分ほど。王都の中心に近い国立劇場はまるでギリシャの古代神殿のようだった。多分もっとたくさん海外に行ったことのある人ならばもう少し的確な(たと)えができたのかもしれないが、千早の知識で一番近かったのがこれである。

 白い石造りの太い柱と重厚な屋根、奥まった中に同じく白磁の様々な石像が壁を装飾するように並んでいた。まるで神々を表しているかのような荘厳さだが、すべて過去に実在した人物だという。


「背中に羽生えてる人いるよ?!」


 半裸に薄絹を(まと)い、下からのぞき込めば大事な部分が見えてしまいそうなほど露出の高い格好で、筋肉たくましい背に鳥の羽が付いた男性や、フサフサの尻尾に犬耳をつけたおじさん、そしてでかい胸に折れそうに細いウエストとプリっとしたお尻のグラマラスな女性など、人間ではなさそうな像ばかりに千早は驚いていた。

 千早の疑問にジークはどことなく(うつ)ろに答えを返してくれる。


「実際に羽が生えていた訳ではないらしい。この像を制作した彫刻家が『まるで羽の生えたような』という史実の描写を鵜呑(うの)みにしたとか、素晴らしい功績を成した人物なのでいろいろ付け足したとか、そんな感じらしいぞ」


 それは蛇足というやつでは……と思ったが、まぁ見る分には楽しいし、理由はともかく神秘的な雰囲気で写実的な石像は見ごたえがあった。精緻な装飾と相まって建物そのものが芸術作品のようになっているのも、人にありえない物が付いている像を周囲に溶け込ませているのだろう。


「中はもっと凄いが公演がある時でなければ入れないし、チケットはほぼ貴族専用だな」

「大した事なかったよ。赤いじゅうたんが目に痛いくらいで、舞台の幕はきれいだったけど、観劇するときは上がってるから見えないしね」


 国立劇場なのでそうだろうとは思っていたが、やはり貴族と平民では対応が違うようだ。ロイの話を聞いて興味を惹かれなかったのでよしとしていると、顔をしかめたジークが額に手を当ててため息を吐いた。


「お前はまたそんなところに入ったのか」

「僕だけじゃないよ! あの時はリューとか、リーガとか、あ、レスタもいたよ!」

「一体何をしに……」


 そうそうたるメンバーに思わず聞き返したジークに、ロイはとても楽しそうににんまり笑いながら答える。


「な、い、しょ」


 実に精霊らしい返答に脱力するジークと笑う千早。国立劇場の前は広場になっており、これまた美男美女がそれぞれポーズをとっている大きな噴水で(いこ)う人々もいる。石像が盗まれることはないだろうが破壊されないのだろうかと心配していると、ジークがここは騎士団の巡回ルートに入っていて比較的安全な場所なのだと教えてくれた。

 周囲をめぐって十分に堪能してから、お昼近くになったので市場に向かいながら食事をとることになった。


「うわ、これぞ外国って感じ」


 案内された市場は国立劇場から巡回馬車に乗って三十分ほどした場所にあった。

 頑丈そうな柱と巨大な屋根だけの下にさまざまな品物が所狭しと並んでいる。生の食品だけではなく、服や食器など生活に必要なものなら大概のものが揃っているのだそうだ。お店は月によって交代制で前回あった店が次も必ずあるということはないが、何度も同じものを購入するなら市場ではなく個人商店に行くのが王都の庶民の常識のようだ。


「物の名前がまったく判らないや」


 食事は美味しいと思っていたが、原材料を見ても何に使いどんな味がするのか想像もつかないものが多い。これは大変な問題である。一般的な物の名前が判らないってかなりまずい状態だ。肉も魚も見たこともないし、そもそも何から獲れたのかも判らなかった。


「ラス様が城下での生活は無理だって言った理由が判ったよ」


 文字を教えてもらってはいるが市場に品物の名前や値段は書かれていない。わざわざ名前と値段を表記してくれる元の世界はサービスが良かったのだろう。


「ええ? 千早、本当にここにある物の名前を知らないの?」


 驚くロイに人の行き交う市場を歩きながらうなずいた。


「果物はいくつか見たことがある物もある。野菜も一部は。けど、あの紫色のウネウネと動く触手が生えているあれが食べ物なのかも判らないし、その隣の白い腕の長さほどで筒状の先端に鋭い牙がついて動いているアレって」


 ゲテモノ屋なのかとも思ったが、お客さんがそれなりに立ち寄って購入していくのを見ているとどうやら一般的なナニかではあるようだ。


「ああ、あそこは生もの専門店だな。殺してしまうと風味が落ちたり、傷みやすい食べ物を扱っている。紫色はガニメデ、白いのはサロフルフルだ」


 ちょっとまて。

 ジークの言葉に千早はビキリと固まった。

 ガニメデという食べ物は知らないが、サロフルフルは聞いたことがある。というか何度もお世話になってる。あの状態(白い未知の物体)ではなくてオシャレなグラスに入っていた液体状だったが。

 ああ、外見を見ればなんとなく中身のクリーミーさを想像できる。疲れていればそれほど酸味を感じないという滋養強壮不思議ドリンク。木の実を絞ったものと聞いていたが想像とずいぶん違っていた、というかあれは木の実なのだろうか。エイリアンではなくて。


 少し離れた場所から生もの専門店を眺めていると疲れた様子の男性が店を訪れて一言二言話し、店主はおもむろにジョッキのような大きなグラスを取り出してサロフルフルを持ち上げた。太さは親指と人差し指で回るくらいのそれを、牙の生えた口を下にして尻尾を強く握ると一気に――これ以上は見てはいけないと本能で悟った千早は隣にいたジークの背中にしがみつくのと同時に「ギー!」と断末魔(?)が聞こえてきた。


「チハヤ?」


 うろたえるジークの背中にくっつきながら深呼吸を数回。落ち着いてからそっと伺うとジョッキの中身を飲み干した男性がお金を払って立ち去るところだった。

 これはあれだ。原材料や作り方を知ったら食べられなくなるパターンだが。


「白魚の踊り食いを初めて見た海外の方もこんなに衝撃を受けるんだろうなぁ」


 残念ながら外国の人にゲテモノだと言われる物を食べる国に生まれている千早は、美味しかったり体に良かったりするなら多少の見目の悪さは気にしない性格だ。発酵食品だって好んで食べるのだから、この程度なら慣れれば気にならなくなるだろう。

 衝撃的な事実を頭の片隅に追いやって、千早の独り言に不思議そうにしていたジークとロイに謝ってから再び市場を回り始める。衣類や日用品に関してはなんとなく使用目的が分かるのだが、やはり食物関係が壊滅的だ。千早のいた世界とは関連性がなにもない。


 これでは言語と同じく覚えなおしが必要だろう。

 そういうとジークは千早をエスコートしながら律義に物の名前を教えてくれる、のだが。


「……」

「え? ジーク、これが何なのか知らないの?」


 パッケージングされていない野菜が山積みのそこで沈黙してしまったジークにロイの突込みが入る。観察してみると緑の葉っぱで、一つは葉のふちが真っすぐなもの、もう一つはギザギザなもの、そしてもう一つはふちは真っすぐだが裏にびっしりと白い繊毛の生えたものだった。

 これはあれか。ほうれん草と小松菜を見分けられないお父さん的な、そんな感じかと生ぬるい目で見上げるとジークは恥ずかしそうに謝罪する。


「悪い。この野菜のどれかがフェルコ、フェスモ、マニモなのは判っているんだが……」

「名前まで似てるし」


 そんな他愛もない話を続けながら市場を抜けると、遠くでハークレイの鐘楼がお昼を告げた。もうそんな時間かと顔を見合わせれば不慣れな様子のジークが心配そうに青い目で見降ろしてくる。


「昼なんだが、一般の食堂に行きたいと言っていただろう? 本当にそんなところでいいのか?」


 質問の意図が判らずに首をかしげていると、ロイが補足してくれた。


「なんかさ、レジットの双子とかリズがデートならちょっとお高いレストランを予約した方がいいってアドバイスをくれて、ジークが悩んじゃったんだよ」


 そういうことかと納得すると、市場の隅にある立ち食い食堂を指さした。


「私、ああいうお店でも……」

「ほらね、千早は高いから喜ぶわけじゃないって言ったでしょ。貴族の令嬢じゃないんだから大丈夫だよ」

「なら俺たちの行きつけの食堂でもいいだろうか。小さい店だが美味しいし、店の主人の人柄もいいからおすすめなんだ」

「わぁ、そういうお店好き!」


 オシャレなカフェも素敵だが大衆食堂にもあこがれていた千早は、迷子にならないようにぎゅっとジークの堅い手を握る。人通りが多いとちょっと怖くなる(・・・・)ことは事前に教えていたので、彼も小さく笑って優しく握り返してくれた。


「見た目だけなら恋人同士なんだけどね」


 千早の肩でロイが小さくつぶやく。


「あはは、ごめんね。どうしてもこの世界の人(・・・・・・)が怖くて。もし誤解されて困るようなことがあったら遠慮なく言ってちょうだい。しっかり説明するから」


 ジークもいい歳の青年だ。以前彼女はいないと聞いていたが、狙っている女性だっているかもしれないし彼の邪魔をすることだけはしたくないと訴えると、黒髪の青年が楽しそうに笑う。


「チハヤとの誤解なら役得だろう。それよりも怖がらせることのほうが嫌だから我慢するなよ」


 大変男前なセリフを吐きながらエスコートしてくれるジークと、初めての外出に隣の青年よりも周囲に集中している千早は王都デートを続けたのだった。


【ちょっとした小話】


「レスタが街に行ったらどうなるの? 前に村に寄った時はそれほどひどいことにはならなかったと思うんだけど」

「王城に近ければ近いほど、なぜか拝まれるな。私自身は人々に何かをしているわけではないのだが、高貴な人間のそばにいることが多かったせいか精霊の中でも高位だと思っている人間が多いらしい」

「意図していない付加価値がついちゃったのか。それじゃあ出歩くのは苦痛だね」

「リーガのように普段から出歩けば良かったのだろうが、ここ数年は外に出ることができなかったし、契約者がいない期間も長すぎたんだろう。王都でのイメージだけが独り歩きをしている状態だ」

「ああ、地方都市に来た有名人がほとんど相手にされないのと同じ理由だね」

「そうだな。王都以外では精霊王としても有名だが、それでも精霊と見てくれる者が多い。だからデートするなら他の街に行かないか」

「うん、行く行く!! わ~い、レスタとデート~」

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