異世界女子、宗教とハーレムと自分の心を知る
このお話はファンタジーでフィクションです。
出てくる宗教は実在しませんのでご注意ください。あくまで作者が創作した宗教です。現実と混同されませんようにご注意ください。
エーレクロン王国の王城は大まかに三つに分かれている。
一つは王族方が住まう最重要区画。もう一つは政務を行う重要区画。最後に騎士団や魔導士が常駐する区画だ。それぞれが尖塔を持つ建物を持ち、その間を廊下や建物でつないでいるため大変迷いやすい構造になっている。聞けばその迷路のような構造そのものが守りになっているらしいが、いまだに人の多い場所が苦手な千早にとって人々が行き交う通路は好きではなかった。
それを知っているレスタはあまり人のいない通路を選んでくれるが、それでも比較的出入りが容易な区画では偶然の出会いというものがあるらしい。
「はじめまして。私はカルロス・リッツィアーノと申します。創生教会の信徒であります」
灰色の髪と薄茶色の目の男性がにこやかに笑いながら挨拶してくる。人に紹介されたわけでもなく、レスタの知り合いでもないその人物は、全身黒いシンプルな服を身に着け、胸に聖印らしきものを下げていた。
彼が話に聞いていた連中なのかと視線だけでレスタに問えば肯定され、無視されているというのに怒りもせず、どのように対応するかは契約者の判断に任せると黄金のライオンは態度で伝えてくる。千早が嫌がればレスタが彼を追い払ってくれるのだろう。
けれど千早は彼らの存在を知ってから、彼らと話をしてみたいと思っていたのだ。ここは人通りの少ない廊下で邪魔になることはないだろうし、レスタがそばにいれば何も怖いことはない。わざわざ彼らの教会に行きたくはないし、これからの予定もない千早は彼の思惑に乗ってみることにした。
「はじめまして。何か御用でしたか?」
名乗りはしない。ラスニールに不用意に名を明かすなと注意されているからだ。何か理由を言っていた気がするが、正直覚えているのはとにかく紹介もなく名乗るな、だったのでそれだけは守っていた。
名乗り返さない千早に男は落ち着いた眼差しを向ける。どこか憐れんでいる視線にむかつくが、今は我慢だと笑みは崩さない。
「あなたに神のご意思を伝えに来ました」
人に説教しなれた声と上からの物言いに、とにかく話を聞こうと小さく首をかしげる。
「判りました。お話をこの場で最後までお聞きします。その代わり私の話も反論せずに最後まで聞いてくださいね」
約束ですよ、と念押せば、男は満足そうな笑みを浮かべて続けてレスタに蔑むような視線を向けた。
「どこかに行ってもらえますか? あなたには関係ないので」
「ああ、レスタは私の精霊なんです。あなたに神って方がついていらっしゃるように、私にはレスタがいるんですよ。あなたの神はこの場から立ち去らないでしょう? それならレスタがここにいるのも私にとっては公平ですよね」
こちらは信者には常に神がついてるって知っているんです。当たり前のことを言わないでくれます?と言葉の裏で示せば、こちらを小娘と見くびっていたらしい男の頬が引きつる。
「さ、お話をお聞きしますよ」
そういって話を促せば、男の話は事前に聞いていた教義とほぼ同一だった。
曰く。この世は神が作った。神は唯一で、絶対である。慈愛と寛容を人々に教え、導くものである。また悪を許さず、神を騙るものを魔として滅する使命を持つ。神を信じない人間は悪であり、神を信じる者は死後に神に招かれる。故に精霊は神の名を騙る魔であり、精霊の契約者は魔に魅入られた哀れな魂を持つ者であり、自分たちは彼らを救う使命がある。
ざっと要約すればこんなことを男は長々と語った。なんだか人間とは思えない逸話を持つ聖人の話や、この国は魔に侵されているなどと千早個人には何の関係もない話が混じっていたが、だいたい彼が言いたいことを聞き終えた千早は笑顔を崩さずうなずく。
「私、その宗教の話は聞いていました。一方のだけの話を聞くと情報が偏るので、今日あなたの話を聞けて良かったです」
「それでしたら」
「私の話を反論せずに最後まで聞く約束でしたよね?」
話を遮るように言葉を発すれば男の柔和な笑みが崩れていく。ずいぶんと年上の男性だが、千早は恐れることなく挑発の言葉を吐いた。
「それとも私との約束など守る気もなかったのですか?」
それならばそれでも構わない。なぜなら結果は一緒だからだ。
だが男は信仰心から本気で千早を助けたいらしく、小さく謝罪して話を聞くらしい。まじめなことだと胸の内でつぶやくと、遮られたところから話を続ける。
「あなたのお話は大変ためになりました。特にあなた自身の逸話がとても素晴らしかったです。お子さんを亡くす悲しみは、子供を持ったことのない私には計り知れないものがあったでしょう。そんな傷ついた心をあなたの信仰する神はその言葉で救ったのですね。本当に良かったです。ですが―――」
室内のここでサラリと吹き抜ける風はたぶんレスタの合図。乱れた髪を撫でながら、千早の言葉に期待を露わにする男へ遠慮のない意見を口にした。
「私には必要のない神ですね。あなたが失ったのは例えるなら足。歩けなくなったあなたは杖だったあなたの神のおかげで、好きな場所に自力で移動できる自由を手に入れた。だから便利であると人々に教え説いていらっしゃるようですが、私が失くしたのは声なのです。両足が残っているから杖はいらない。それにあなたの神は自愛と寛容を教えているのに、足のケガ以外をケガと認めていないように思えます。そして『唯一』で『絶対』な神は杖以外の形にはならないでしょう。だからあなたの話は神の教えを守らせるために私が手にいれた声をなくせ、と言っているように聞こえるのですよ」
言い切った千早は男が口を開く前にもう一言だけ付け足した。
「ちなみに声を失った私に代わりをくれたのはレスタでした。あなたの神じゃない。第一、私は神になど会いませんでしたよ」
最後の嫌味は判らないだろうなぁと思っていても言わずにいられなかった。本当に彼の言う慈悲深い全能の神とやらがいるのだとしたら、私が自分の世界からこちらに落ちることなどなかったはずだ。本当にいるとしたら落ちた時や言葉が通じないときに助けてくれたはずだし、もし信者でもない人間に勝手に試練を与える神なのだとしたら、それは災厄でしかない。
「あなたはあなたの神に救われたのでしょうが、私は精霊に救われたんです。これはもう覆しようのない過去なので、私たちが平和に過ごすにはお互いが干渉しあわないことが一番でしょう。私はあなたになんと思われていようとも、関りあいにならなければ気にしませんから」
「精霊風情があまねく人々を救うと思っているのですか」
怒りで顔を赤くしながら、それでも理性的に言葉を紡ぐ男に千早は怒りの視線を向けた。
「あなたの神はあなたの子供を救いましたか?」
こっちは大人な対応ですまそうとしているのだからこのまま別れればいいものを、考えてはならない領域に片足を踏み出したのは男が先だ。
「それは、私に与えられた試練で……」
「あなたの試練になるために、お子さんは助からなかったのですね……言いすぎました。申し訳ありません」
口にしてから後悔して謝罪する。押し黙ってしまった男を軽い一礼で通り過ぎると、それまで黙っていたレスタがスルリと頭を擦り付けてきた。
「千早」
低く慈愛に満ちた声が名を呼ぶ。それは温かくてやわらかくて、この世界の人間と対峙した恐怖を溶かしてくれる。こんなに優しい存在をどうやって手放せというのだろう。たとえレスタが悪だとしても、きっと自分は彼を受け入れることだけは間違いない。
「千早、少し歩こうか」
歩みが止まってしまった千早にレスタはそっと寄り添い、小さな庭園へと連れ出した。
「どうしてほしい?」
人気のない庭園はとても落ち着いた雰囲気でよく手入れされていて居心地がいい。緑の香りと庭を渡る風がささくれ立った心を撫で、レスタの青い目がすべてを受け入れてくれるように柔らかく微笑んだ。
そこまで我慢した千早は座り込むと震える手で黄金のライオンにしがみつき、涙声で心の内を話し出す。
「あの人を傷つけた。私、レスタを馬鹿にされたのが我慢できなくて、頭にきて、他人を平気で傷つける宗教なんて大っ嫌いで、一番助けてほしいときに何もしなかったくせに今になってうるさく言ってくるのも嫌で、必要ないっていったのに押し付けてくるのも嫌で、あの人とレスタなら私はレスタを選ぶ。でも――」
支離滅裂な言葉の羅列だが少しずつ心が落ち着いてくる。
「それでも子供を亡くした人に言っていい言葉じゃなかった」
「そうか」
すり合わせてくる頬の温かさとたてがみの柔らかさに大きく息をつくと、レスタは喉の奥で笑った。
「良いことを教えてやろうか。彼らが『神』と崇めるモノに会ったことがある」
「え?」
驚いて身体を離すといつもは穏やかな雄のライオンが苦笑していて、耳に心地いい低い声が内緒話をするために千早の耳元でささやく。
「まだ形が保てず意思だけが存在している精霊なのだが、もしかしたら精霊初の人型になるのではないかと皆で見守っているところなのだ」
かれこれ二百年ほどになるかと、まるで期待の新人を見守る先輩のような言葉に一気に脱力してしまった。
「それって凄い秘密だよね……知りたくなかった……私は何も聞いていない。何も知らない」
精霊を魔と定義する宗教の神が精霊だったなど、どんな喜劇なのだろうか。先ほどとはうって変わってうつろなまなざしで自己暗示をかけていた千早の意識を戻すように、近づけていた耳をベロリと舐めたレスタは悲鳴を上げて慌てる契約者を見つめ楽しそうに独り言ちる。
「そなたが悩むのは私のことだけにしてもらいたいものだな」
「レスタ! 耳はダメだって言ってるのに!」
ようやく落ちついたらしい千早が涙目で抗議する姿に思わず唾を飲み込んだライオンの精霊がいたりしたが、目撃する者がいなかったので彼の名誉は守られたのだった。
ハーレム。それは男性の夢。男なら一度は夢見る空間。もちろんそこに侍るのは様々な美女ばかり。彼女たちは寵愛を乞い、男の来訪を待ちわびる。
王政のこの国に国王の後宮があるのは当たり前らしい。ちなみに規模は小さいが王太子である第一王子にも後宮があるらしいのだが、千早がこの世界にきて初めて見た女性はソコにいるそうだ。
「あら、お茶がなくなったわね。今新しいのを淹れてあげるわ」
「本当に綺麗な黒髪。ここまで純粋な黒は見たことがないわ」
「肌も真珠色で吸い付くよう。ああ、お風呂で洗ってあげたい」
「王妃様、彼女はここには入れないのですか?」
「残念ながら断られているのよね。ラスニールが後見人なんだもの」
「ええ! あの粗暴な男が後見人なんて……いやなことがあったらここに逃げてきてもいいからね」
「うちの陛下はあの男より優しいわよ? アレも大きけりゃいいってものじゃないし……」
「駄目よ。その話は彼女にはまだ早いわ」
「はい、お茶のおかわりをどうぞ。美容に良い香草が入っていますから、苦手なら遠慮しないで言ってちょうだいね」
ここまで最初と最後が同じ人物である以外すべて王妃と国王の後宮に住む女性たちの言葉である。千早は大変緊張しながらさわさわと触られる身体を無視してお茶のお代わりを口にした。
千早の両隣には美女と美少女が座り、向かいと両脇のソファには王妃と数人の側妃が侍っていて、楽しいお茶会を開いている最中である。そこにいるすべての女性が華やか美女だったり、知的美女だったり、可愛らしい美少女だったり、とにかく共通しているのは彼女たちはだれが見ても美しいと思えるような容姿をしていることだった。
そしてラスニールが言った通り、王妃は男女どちらも愛せる人間であった。
ここはエーレクロン王国国王の後宮。そう、男性の後宮……のはずなのだが、どう見てもそこにいる女性たちは王妃に心酔している。惚れているように見える。王妃に撫でられて頬を染め、幸せそうに微笑んでいるのだ。
今まであまり興味はなかったが、日本でも大奥や外国のハーレムでの女性の戦いは陰険で、正妻とも仲のいいイメージはなかった。それがここでは国王と同じくらい王妃が慕われているのだ。うっかりすると国王よりも王妃のほうが慕われているかもしれないように見える。
なんと平和な場所なのだろう。
最初お茶に誘われたときは半分パニックになっていた。それはレスタを連れていけないと言われた上に、側妃全員が出席すると聞かせられたからだ。身分制度のあるこの世界に紛れ込んだ異分子がどれだけ嫌われているのかと恐ろしくもあったのだが。
第三王女が大丈夫、大丈夫と言って連行……同行してくださったおかげで、千早は今、後宮にいる高貴な身分の女性たちに大変可愛がられていた。
「ラスニールとは仲良くやっているのかしら?」
王妃が穏やかに笑いながら話を聞いてくる。
「はい。閣下はお忙しすぎてなかなかお会いすることはできませんが、時間が合えば食事を一緒にとってくださいます。その時に不自由はないかと気にかけていただいております」
なれない敬語に四苦八苦しながらもなんとか近況を報告すれば、側妃たちの中でラスニール拒否派と肯定派のおしゃべりが始まった。
拒否派曰く、手慣れていたり大きければいい訳じゃない。相手に対する愛情の度合いが女性を幸せにするのだということを彼は理解していないらしい。
肯定派の皆様は、そうはいってもあの逞しい筋肉と身体は魅力的だし、なにより高貴さの中に粗野なしぐさが見え隠れするのがいいらしい。
「貴女はどちらかしら?」
「私は少年姿が可愛らしいと思います」
とても素敵な笑顔で聞いてきた甘い匂いがする美少女にドギマギしつつも、千早はあたりさわりがない返事を返すのが精いっぱいだ。
「確かに、あのお姿は惹かれるわ……」
「可愛らしいのに憎たらしくて、そこがいいです……」
ラス様は愛されてるなぁと遠くを見ながらお茶を飲んで時間を稼いでいると、王妃が場をまとめるように話し始める。
「皆様もお分かりになったでしょう? この通り、チハヤはとてもいい子なのだけれど祖国を離れて一人なの。この先彼女の立場がどうなるかまだ判りませんが、わたくしは彼女を守ってあげたいわ」
王妃へと視線を向けていた全員が一斉にうなずいて、このお茶会の主旨がようやく明かされた。
「さしあたっては皆様の実家のご当主への根回しだけで十分です。協力していただけるかしら」
「もちろんです。王妃陛下の御心のままに。ですが、同じ年ごろの令嬢への対処はいかがいたしましょう?」
お茶を淹れてくれていた側妃が代表するように答えると、小さく首を傾げるという大変可愛らしいしぐさで考え込んだ王妃が理知的な青い目で千早を見返す。
「千早ならうまく捌けるでしょう。クラウンベルド公爵家を後見に持つ以上、ある程度貴族のあしらい方は知っておいたほうがいいし、同じ年ごろの令嬢なら練習としてはちょうどいいんじゃないかしら」
自分のことなのに千早の意思とは関係のないところで話が進んでいくが、なんとなく言いたいことは判る。要は自分の友達は自分で見つけろということだろう。同年代の女子に会ったのはこのお茶会の側妃一人と護衛してくれたリズくらいだが、これからさらに出会う人間が増えれば否が応でも自分の立場にあった対応が必要になってくるのだ。
正直、一般人になりたいと思わないでもないが、レスタという精霊と契約している以上彼らの協力はあるに越したことはない。ラスニールという強力な後見人は半年を過ぎれば再びカルシーム砦に赴くことになるので、それまでに自分の立ち位置を決めろと言われているのだ。
「でも無理はしないでね。レスタが貴女を守るでしょうが、精霊の癒し手が現れるのは本当にまれなの。いざとなったらここに入ればいいのだから」
「はい、ありがとうございます」
最後が本音じゃないだろうな、と警戒しながらも気づかいは嬉しかったので、千早は素直にうなずくとお礼を言ってお茶会は終了した。
「それにしても側妃が七人って多くない? 王妃様を入れれば八人よ?」
「まぁ側妃といっても子供を産んだのは三人だけだしな。サディの祖父の代は三倍くらいいた気がする」
お茶会から帰ってすぐに感想をレスタに言えば、穏やかな精霊は昔の懐かしい話をしてくれた。
「先々代国王陛下の側妃様は全部で三十一人です。お子は十六人だったはず」
メイサが補足してくれたが、正直どうでもいい情報だ。
「その十六人の直系の王族の一人のお子が、文官長と名乗っていらした男性でした」
ああ、そういえばそんな人もいたなぁという気分の千早とは逆に、レスタは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「サラの血族とは思えない程度の低い男だったな」
「サラ?」
いつものようにオットマンに一緒に座ってモフモフのたてがみを撫でながら聞き返せば、レスタはとても懐かしそうに窓の外を見ながら目を細める。
「ああ、千早の前の契約者だよ」
三十七年前に亡くなったというレスタの前の契約者の話はそれとなく耳に入ってきていた。大変気に入っていたらしく、以降は新たな契約を結ぶことなくいたらしい。
「すごく素敵な人だったって」
千早がレスタの契約者であることを気に入らない人物からの情報をそれとなく口にすれば、レスタの青い目が千早を見上げてうなずいた。
「そうだな。誰からも好かれていたし、私も好きだった。サラに子が生まれた時には私の子も産んでくれないかと頼んだほどだ。もちろん断られたがね」
「……そう……なんだ」
おそらく知っている者はもういないだろう昔の事実に、千早はなぜか意気消沈してうつむいてしまう。自分でもどうして気落ちしているのか理解できないまま、なぜか不安が大きくなって体の内側でグルグルと回った。
『お前のような下賤な者が精霊王の契約者など……』
レスタがそばにいない時に誰かに言われた言葉だ。
その言い淀んだ部分をしっかり言葉にしろ!と何度も思ったが、高貴なる方々というのははっきりと言わないのが好きなのだろう。そしておそらくその言葉にしなかった部分には前の契約者がいかにレスタに寵愛され、素晴らしい人物だったのかを語りたかったのかもしれない。
だからレスタを撫でていた手が自然と止まり、自分がこの高貴な生き物のそばにいていいのだろうかとの考えが浮かぶ。暗い思考はこの世界に落ちてきた時からつきまとっていて、ともすればずぶずぶと深みにはまっていくのだが。
「千早?」
常に契約者を気にかけているレスタが千早の異変を見逃すはずもなく。
「あ……」
無意識に離れていこうとしていた手首をやんわりと噛んでレスタが引き留める。温かい口内の感触に千早の頬がブワリと赤く染まり、羞恥に逃げ出そうとする体は前足で押さえつけられる。ウエストを引き寄せられて逃げ出すことができなくなってから甘噛みしていた手首を離すと、蒼天のような綺麗な青い目が真剣な雰囲気を乗せて千早の内側を見透かすように見つめてきた。
「今の会話のどこが不安なのだ? 話してごらん?」
低いけれど耳に心地いい声が優しく、柔らかく、ゆっくりと不安を溶かすように千早に向けられる。
自分でもよく判らない不安はなぜかレスタのまなざしで消え失せ、そして唐突に自覚した。
「私、サラって人に……嫉妬した、みたい」
レスタには何でも話してきた。自分の醜いところも悪いところも弱いところも、ほぼ全てをだ。けれどこれはダメだ。
真っ赤になった顔と動揺する視線を隠すために両手で顔を覆った千早の反応に、さすがのレスタも硬直する。しばらく二人の間に沈黙が続くが、年の功なのか最初にレスタが立ち直って震える千早の手をペロリと舐めた。
「私は千早が好きだよ。その小さな身体で精いっぱい生きている姿も、常識も知識もない世界を懸命に受け入れようとする心根も、そして私を何よりも慕ってくれている想いも、すべてが愛おしくて大切だ。それこそ今までの契約者などどうでもよくなるくらいに」
語られるレスタの告白が嘘を吐いているとは思わない。いつだって精霊は自身に正直だからだ。
けれど、千早が動揺したのはその事ではないのだ。
「さぁ、泣くのはおよし。私は言ったはずだ。そなたがどれだけ望んでも私の契約者である事実は覆らないのだと」
激しい感情に涙まで流していた千早はようやく落ち着いてレスタを見返した。一番肝心の、千早が隠したかった事実に気づいていないらしいライオンに安堵しながら、もふもふのたてがみに抱き着いて顔を擦りつけ自覚した想いを沈めようと目を閉じる。
どう考えても可笑しいだろう。私なら、レスタに子供を望まれれば断ったりしないと思ったなどと。
【次回嘘予告】
「あの者はこの世界の人間ではないらしい。われらが神が創造したもの以外が存在するなどあってはならない。故にあの者を消去せよ」
「かしこまりました」
小さな出会いが大きなゆがみをもたらす。訳のわからない理由から突然命を狙われ始めた千早。レスタは彼女を守るために大きな決断を下す。
「あれらの神とやらを顕現させよう。神が精霊だと判ればおとなしくなるか?」
「それならあやつらを壊滅させたほうが早いのではないか? 大きな集団を二、三潰せば静かになるだろう」
「え? レスタもリーガも過激すぎない? もっとこう、千早のために穏便に済まそうよ」
「しかしロイ、千早が傷つけられてからでは遅すぎる」
「然り」
「まぁ、そうなんだけど……」
「では神だといわれている精霊を顕現させて、あの宗教の大本を叩き潰すということでいいだろうか」
「了解した。叩き潰すのは任せてくれ」
「ちょ!! 最初の案より過激になってるんだけど?! 誰か止めてよ! 千早!」




