#089:前途の、焦香
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ドーム状の空間には、先ほどまでと同様の静謐な空気が満ちている。
「ハイクロスブリッダー」。その単語の意味はつかめないままだけど、ファミィさんは流麗な笑顔のまま続ける。
「……ぜひとも、ジンさんにはここに留まっていただきたいですわ。我々が求める人材なのかも知れません。待遇は保証いたします」
だが、その持っている「空気感」みたいなものが微妙に変化したかのように僕には感じられた。「求める人材」と言いつつも、まるで実験動物でも見るような感覚を、確かに知覚している。
「……ジンは渡サない」
「光力」をあまり感知できない僕でも、隣にいるアルゼが発している怒気のようなオーラは感じられる。すごい目つきでファミィさんを睨んでいるけれど、もうどうあがいても穏便には収まらなくなってきたようだ。後ろのミザイヤさんやボランドーさんも、丸腰ながらはっきりと「戦闘」の空気を出してきている。しかし側に控えているオリーブつなぎの男は小銃を肩がけにして保持しているぞ……この近距離、ちょっとまずいんでは……
<……あいヤ、双方しバらく>
その時だった。そろそろ慣れてきてはいたものの、やはり突拍子もなく聞こえる声色が響いたと思った瞬間、ファミィさんサイドと僕らとの間に閃きを持って金属物体が躍り出て来たのである。言わずとも、オミロだけど。
「……」
傍らで音も無く崩れたのは長髪と丸男。え? こ、殺してはない……よね? 白目剥いてるけど、ちょっとキツめに締め落とされただけ、と思いたい。
一方のオミロは、先ほどからの首に嵌まっていたリング状の形態は解いて、また折り紙のようにパタパタ目まぐるしく空中で変形していくと、人型の「ロボットフィギュア」形態へと変貌を遂げていた。
「……喋る『聖剣』かよ……そこの『少年』といい、何か力場すら感じるぜ。お嬢、捕らえるでいいか?」
ファミィさんの前に踏み出し、遂にその小銃を腰だめに構えたオリーブつなぎは、鋭い眼光でこちらの全員を睥睨してくる。7対1とは言え、丸腰対武装……どうする?
「そう……ですね、モールさん。非常に……興味深いですわ」
もはやファミィさんとの会話も成立しそうにない。やり合うしかないのか。モールと呼ばれたつなぎの男が銃口を遠慮なくこちらに向けて来る。しかし、
<……嬢ちゃン、『ジェネ』の野郎ニ乗ってル言いはってたナ>
金属人形オミロは、呑気にも聞こえるゆったりとした調子でアルゼに語りかけてるけど、大丈夫? アルゼもアルゼで、対峙する相手からは視線は切らないものの、うんそだよーみたいに緊張感もカケラもなくそう返している。
<せやっタら、オミロっちゃンは、『着て』おくんナましぞなモしッ!!>
そう言い放ったオミロの金属の体が、後ろに跳んだと同時にがぱりと展開し、その背後にいたアルゼに覆いかぶさる。な、何してんだっ……と思う間もなく、瞬時にアルゼの体は、何かのパワードスーツが如く、いや、ジェネシスにも似た「甲冑」然としたものに包まれていた。
<……コれが『武装化鋼』……嬢ちゃン、思う存分、暴れてくんナまし>
オミロの声がするかしないかの内に、アルゼの金属鎧を纏った体は跳躍を始めている。




