#077:微睡の、雄黄
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少し眠っちゃったみたいだ。
心地よい振動が僕を夢の世界へと誘っていた。見たのは何故か、学校の教室で幾何の三角関数を解いているという味気ないものだったけど、日常だった断片は、まだ僕の脳内には残っているみたい。それがいいことなのか、それは分からない。
帰れるのか、という問いは、寝る前、ふとんに入る時なんかにふと襲い掛かってくるけど、今、そこは考えないようにしている。差し当っての身の置きどころが確保されたからかも知れないけど、僕は割と柔軟に、この状況に慣れつつあった。
初っ端こそ、正体不明の黒い煙を纏った「化物」との戦いに放り込まれ、正直絶望しかけたわけなんだけど、ジカルさんらの心強い「味方」を得て、護られつつも一緒に戦っているという感覚が、何というか、僕に前向きな気持ちと、大袈裟な言い方になるけど、生きる勇気みたいなものを吹き込んでくれている気がする。
「吹き込む」と言えば、その先日の「戦闘」の時、構えていた小銃に「生命力」のようなものを引っ張り抜かれるようにして昏倒してしまったわけなんだけれど、「銃器」とか「ロボ」とかの動力源であるところの「光力」……この世界の人がそう呼称する謎の力を、この僕も身に着けようと四苦八苦している。
黒いイバラのような形態の「補助器具」を付けさせられ、長い距離をひたすら走らされる、といった地道な訓練を毎日課せられていたけれど、そのおかげもあってか、ほんの微量ではあるものの、僕の体内に淡い「光力」が生み出されたことがつい昨日、確認されたのだった。
まだまだ「実用」するにはあやふやで心もとない「力」ではあるそうなのだけれど、ゼロと一の違いというのはやはり大きいと思うわけで、僕はそこにも、この世界でやっていくための自信というものを感じている。
要は呼吸。肺の中の空気を限界まで吐いたところから、さらに吐く。そこから一気に呼吸を戻す時に、同時に体内で精製されるエネルギー、それが「光力」、らしい。あくまで聞きかじった情報と、僕の中でのイメージだけど。
そして、その体に溜まったエネルギーを、一点に集中させる。これは完全にイメージで、としか言いようは無いんだけれど、とにかく、意識をそんな感じに持っていく。
てのひらが一番集めやすいと聞いた僕は、集まれ集まれと念じながら自分の右手を開いて、そこを凝視するやり方をしている。てのひらの表面にピリピリと痺れるような感覚が生まれたら成功だ。目には見えないけれど、「光力」がそこに集中している。
その状態で、「銃」の把手や、操縦桿を握ったりすると、熱が伝導するかのように、流れ込むそうだ。計測された僕の「光力」の値は「22」。銃弾一発がおよそ「50」、巨大な「鋼鉄兵機」を一瞬動かすにも「30」くらい必要だそうで、まあ、まだまだかなあ、というような思いではいる。ちなみにアルゼに聞いてみたら最大瞬間出力は「777」くらいあるよー、うふふーと言われた。ケタが違う。
そのアルゼも、やはり心地よい振動に誘われたのか、僕の肩に顔を預けてすーすー寝息を立てている。起こさないようにと、僕は極力身動きしないで、いい姿勢を保持しているわけだけど、前の席から、フォーティアさん、という紫の髪のお姉さんがやたらとちらちらこちらをにやにや顔で振り返ってくる。
何で僕なんかにここまで興味を持って接してくれるのかは謎だけど、はっきり言って嬉しいわけで。そしてアルゼの黒髪から発せられている花のフレグランスに、僕の意識は持っていかれそうだ。




