#048:静音の、スモークブルー
#048:静音の、スモークブルー
猟銃を携えながらも凄まじい跳躍で、カァージはジェネシスのその横たわる機体の膝の部分に取り付くと、間髪入れず、片手と両脚を繰り出して、さらに上を目指す。
力強く躍動していたその鋼鉄の大型機は、今やまるで鉄屑の集合体のように、そこに積み上げられているだけのように見えた。先ほどの大立ち回りが嘘のように、辺りは静けさを取り戻してきている。
カァージのサポートに来たと思われる兵士たちの乗る「兵機」の駆動音が遠方より、ようやく響いてくる中、当の彼女は猟銃を左手に握ったまま、ひょいひょいとそのしなやかな長身を、ジェネシスの腰に当たる部位まで苦も無く運んで行っている。
鉄骨が縦横無尽に張り巡らされた広大な足場のような、そんな広々としたジェネシスのやや右に落ち込んで斜めになっている「背中」の中央に、上に向けられた「左脇腹」らへんから、勢いよく滑り降りるようにしてカァージは駆け下りる。
「……」
人間で言うと肩甲骨と肩甲骨の間より少し上、金属の円いリング状の物が突き出している所まで歩を進めると、
「!!」
思い切りそれを右手で掴み、駆け下りて来た勢いもプラスして、その「リング」をぐいと反時計回りに回す。がごり、というような音がしたと共に、背中の一部がハッチのように上部から下方向に向かってゆっくり降りてくる。通常、搭乗者は機体の前面、「胸」側から乗り込むが、非常時はこうして背後からも乗り降りすることが出来る構造となっている。
ぱくりと開いた内部は、しかし静寂に包まれている。大型のその機体は、コクピットも他の「兵機」と比べ、やや広い間取りとなっている。
現在、ジェネシスはその巨体をうつぶせ気味に倒しているため、このコクピット内はかなり急な下り斜面の様相を呈していた。前方へ前方へと体が自然に引き寄せられていってしまうものの、壁面を埋め尽くすようにある様々な機器をよけつつ、さらに手掛かりにしながら前方にある操縦席を目指していくカァージ。
「アルゼっ」
声を出してから、そしてその音が暗闇の空間にむなしく反響していくのを感じながら、柄にもなく焦っている自分に気が付き、カァージは意図的に大きく息を呑み込むようにする。
すっ、と瞬時にテンションがフラットになるのは彼女の性質と訓練によるものであったが、暗闇に包まれたコクピット内から未だ何も物音もしないことに、カァージは不穏な空気を感じ取ってしまうのであった。何とか傾いた座席に取り付く。
「……アルゼ」
座席にシートベルトで固定されながらも、くずおれる様にして、小さな華奢な体はそこにあった。しかし、がくりと首は垂れた姿勢で、腕も脚も力無く投げ出されているばかりだ。カァージは慎重に、その黒髪に覆われた首筋に揃えた指を当てる。
(脈は……ある)
ふっ、と短く息をつく。ともかく生存が確認されたことに内心安堵しながらも、その細い体になるべく衝撃を与えないよう、ゆっくりと、だが的確に素早く、カァージはアルゼを座席に拘束しているベルトの類いを次々と外していく。




