#121:飽和の、ヒースグレイ
沈黙が、辺りを覆っている。その中を、殊更わざとらしく羽音を立てながら、たった今「変化」させた自分の両翼を誇示するかのように「骨鱗」は上空で羽ばたきを見せていたけど。
右手の「鞭」を手元に引き戻しながら、アルゼは再びその先っぽをひゅんひゅん回し始める。でもその鞭じゃあ、分が悪いんじゃ……
一方、上空でまたも余裕のような妙な間を取っている「骨鱗」。「鳥」形態。もともとこの「低重力」下で自らの体を「羽根」の一枚のように軽やかに風に乗るように自在に操っていたこいつだったので、今更翼が生えたところでその動作が劇的に変わることはないんじゃないの? と思っていた、その矢先のことだった。
「!!」
再び、一瞬にして、黒い「羽根」が僕らの視界を埋め尽くす。何のんびりした事を考えていたんだ! そうだよ、羽根は飛ぶためにあるんじゃない。こいつの、武器だった!!
触ると「光力」を抜き取られてしまう危険な代物。
しかし今回の「羽根」はただ舞っているだけではなかったわけで。
「……!!」
明らかに意思のある動き……「羽根」の一枚一枚が急制動で視界を縦横に駆け巡りはじめた……っ!!
ひとつひとつが生き物のように……例えるなら、水中で思わぬ素早さで天敵から距離を取るイカのように……例えが悪いかもだけれど、とにかくそんなこちらの対応が一拍遅れてしまうようなノーモーションからの瞬息移動、プラス尋常じゃないほどの物量も相まって、僕を含めた生身の面々は、その「羽根」たちの体当たりを全身に浴びるといった状況に陥ってしまっている。
個の衝突衝撃は軽く、例えるなら、ねえねえと肩を軽く叩かれる程度……これも例えが曖昧かも知れないけど、でもその軽いのでもトトトトト、くらいに息もつかせず、さらに頭から足先まで全身に食らい続けていると、何というか気障りだし、何となく気持ちも悪くなってくる。何より身動きが取れないぞ、どうする?
周りの人たちは黒い羽根の攻撃を受けて、またしてもばたりばたりと倒れていってしまっている。「光力」を奪う羽根。自らの活動も結構「光力」に依存している(と思われる)ここの人たちにとって、それは例えるなら急激に血液を抜かれるのと同じくらいのことなのかも知れない……って例えがいちいち微妙だな僕は!!
<……くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!>
そんな八方塞がり感が広がりつつある状況の中、鋼鉄兵機から、そんなアルゼの拡声音が響き渡った。
<こうなったら、本体をぶち叩く……ッ!!>
相変わらずの、ヒト変わったんじゃない? と思わせるほどの平時とは異なる腹からの恐ろし気な声を絞り出しつつ、アルゼは上空に未だ浮遊している骨鱗との距離を詰めていく。その後ろ姿を見やることしか出来ない僕は、しかし今頃になってそのジェネシスのお尻あたりに一本の「鉄の棒」がぶら下がっていることに気付く。
膝下くらいまで伸びているけど、今の今まで見えてなかったのは、おそらくそれが固定されていたからかな? と僕は思い返す。そして今、僕の拙い観察眼でも捉えられたのは、その「棒」が固定から解き放たれて、ジェネシスの歩く動作に合わせて、前後左右にぶらぶらし始めたからだ。
明らかにアレを使って何かをやろうとしている……アルゼの意図、それは分からないし、見守るほかには相変わらず出来そうもないけれど。
この窮地を打開する一手を、と願うばかりだ。アルゼ、がんばれぇぇぇぇっ!!




