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#112:混迷の、ピーチパフ

 「砂漠」の上を巻く様々な角度・強度の風に煽られて、視界一面を埋め尽くす「黒い羽根」の群れは音も無く舞い踊っているように見えた。


 夢の中の光景のようだ……と僕はこの危険が迫りつつあるかもしれない場において、そんなとぼけた感想を頭の中に浮かべることしか出来ていない。僕が来た地球よりも重力が弱いせいなのか、それらの舞いかたは、よりスローで、より軽やかで、その見慣れていない違和感が、よりいっそう、幻想感を抱かせるわけで。


 いや、抱いている場合じゃない。この「羽根」の、出どころはどこだ?


「……!!」


 雪のように空から降ってきたのか? いや違う。「下から一斉に吹きあがった」、そう表現するといちばんしっくり来る。


 じゃあ何処から? の問いには、ちょっと答えられないんだけど。広がる青白い「砂」には、見て分かるような穴が開いているというわけでもないし、でも確かに、「下」から上へと舞い上がったように見えた、思えた。


 そんなのんびりとした思考に浸かっていた僕の耳に、低いがよく通る声で警戒を促す声が飛び込んでくる。


「……その『羽根』に触るなっ!!」


 指揮車の運転席側の窓から、カァージさんが珍しく鋭い剣幕でそう告げて来たのだった。途端に一同に走る緊張。僕も周囲を舞う「羽根」に体が触れないように無駄に体を強張らせつつ、くねらせてしまうけど。


 この大量さ、触らずにいることの方が難しい……っ!!


 あえなく、肩と言わず、腹の辺りと言わず、舞いすさぶ「羽根」がくっついてくる。うわぁ……触るとやばいんですよね……でも体動かそうと、動かさなかろうと、この視界を埋めるほどの浮遊物から身をかわす術は無いわけで。


「……!?」


 でも、幸い、と言っていいかは微妙だけど、僕の体には「羽根」に触れることによる変化は起きてなさそうだった。痛みとか、そういうのが無いだけってことだけど。


「総員、車内・機内へ退避っ!! 『羽根』に生身で触れるな、吸い込むなッ!!」


 カァージさんの怒声は引き続き、かなりの危機感をもって響いてくる。よく見ると、羽根の舞う隙間から、地区自警の人たちが次々と砂の上に力無く倒れ込んでいるのが見えた。はっきり、まずい事態だと、遅ればせながら気づいた僕は、慌てて指揮車の方へ避難を始めようとするけど、ちょっと待った。


「……」


 ひょっとしてこの僕にはこの「羽根」が効かない? 


 前にも似たようなことがあったぞ……「アソォカゥ」に出張った時だ! ファミィっていうヒトとの交渉が決裂して悶着が始まった時に、あの宇宙船のようなホールに撒かれた「謎の霧」……僕の他の人たちは皆、力を失ったかのように倒れていった。


 ……それと似たようなこと、いや同じことが、今も起きているのなら。


 僕だけは普通に活動できる……僕にしかやれないことがあるはずだ。


 念のためゴーグルを降ろし、首に巻いていた布を引き上げて鼻と口はカバーしとく。粘膜とか、体内とかは流石にやばそうだから。


<ジン……気をツけて!!>


 僕の意向に気付いたのか、鋼鉄兵機ジェネシスからアルゼの心配そうな声が掛けられてくるけど、その機体も黒い羽根に覆われて、身動きが出来ていないみたいだ。ますますもってまずい雰囲気を感じ取った僕は、猟銃をバンドで背中に固定すると、皆さんが倒れ伏している前線へと砂を蹴って走り出す。


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