#111:蛇目の、オリオンブルー
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とにもかくにも、「壁」状の「マ」を仕留めることは出来たみたいだ。
「……」
暗闇の中、頼りない簡易照明のみの光の中で、アルゼの操る鋼鉄兵機は、そのボディに鈍い光を反射させながら、自らの右腕辺りに最早へばりつくようにして垂れ下がっていた金属生命体を割とぞんざいな仕草で引っこ抜く。
アヒィみたいな断末魔的悲鳴を上げた、もう何か巨大なハリネズミのような外観になっていたオミロは、それでもこれ以上の「搾取」からは免れた感でいっぱいに見えた。力無く、青白い砂の上に萎れた風船のように展開していく。
「目標沈黙……ルフトⅤ士、周囲の状況を」
指揮車から降り立ち、無線の送話口に顔を近づけつつ、その端正な顔に少しの疲れを見せながらも、カァージさんはそう本部に問い合わせていた。
<周囲半径200ペセタ内に、『マ』の反応は無し。というか、『奴』の居城まで残り100ペセタも無い>
すかさず返ってきたのは、ルフトさんの冷静な声だ。だいぶ自分を取り戻したように思えるそのフラットな物言いに、僕は少し安心させられる。そして僕もだいぶアクスウェルの言葉を聞き取れるようになってきたね。
でも、「親玉」までの距離感がかなり迫っていることは何となく感じられた。「ペセタ」という距離単位を正確に体感しているわけじゃないけど、大人が両手を広げた、それくらいの長さだったと記憶している。1ペセタ≒1.5メートルくらいってとこか。
「!!」
じゃ、じゃあもう150mくらいにラスボスがいるってことになるよね? 意外に近いんじゃあないだろうか……
<見回した感じじゃ、それらしきモノは見えないですけれど……ってことは地面の中? さっきの壁の奴も地中から現れましたしねー>
アルゼはジェネシスの「補給パック」を機体の左手だけを器用に使って、付け替えながらそんなことを言うけど。思わず自分の足元を見やってしまう僕。怖ろしいことを言わないでほしい。
「疲弊は激しいようだな……特に『右腕』」
カァージさんはあくまでクールに現況を見定めようとしているようだ。砂の上に落とされてからはナマコのような形態になってプルプルと震えているだけだった金属生命体だったけど、ついにそんな動きもやめて、ただ砂の上に転がっているといった感じの佇まいに移行している。
<少しは休ませてあげないとですかねー、ま、直に光力を注入してあげればコトは済みそうな気もしますけどねー>
恐ろしいことを言うアルゼの言葉に、一瞬びびく、と体を波立たせるオミロだったけど。そんな、少し弛緩した空気の中、異変が起こる。
「……!!」
一瞬のうちに、辺りに幻想的な光景が展開していた。
<……なにこれ、綺麗ー>
アルゼの思わず、といった拡声音が響いてくるけど。青白い砂漠のその上に、
「……『羽』、か?」
羽毛布団をひっちゃぶいてぶちまけたくらいに大量な、真っ黒な「羽毛」が、いつの間にか視界を埋め尽くさんばかりに浮遊していた。頼りない簡易照明の光を受けて、ラメっぽい光をうっすら反射している。
いったい……いやもしかしてこれって……いやな予感はことごとく的確に命中させてしまう僕だったので、敢えてその羽毛は渡り鳥さんの群れとか由来のものなんじゃないの? などと脳内に思い浮かべてみるものの。
頭の奥底に電撃のようにもたらされた「ラスボス由来」という文字に、敢え無くその場を陣取られてしまうわけで。




