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(57)姉さんはゲームに生まれ変わっちゃったの!

「あのね、コースケ。もう大きくなったし、本当のことを打ち明けようと思うの」


コースケは整った顔の眉間にシワを寄せ、怪訝そうに私を見つめる。

やっぱり、本人達にとっては失礼な話かもしれないけど……コースケは、コースケだけは、打ち明けるべきだと思う。


「子供の頃は、前世の私と、江梨子を含めた皆が“知り合い”ってぼかしたけど……実は、私がプレイしていたゲームの中の世界なの」


コースケは、確かに「何言ってんだコイツ」って顔をした。

その後、腕組みしたり、顎に手を当てて唸ったりした結果――


「ごめん、姉さん。もう一回言って」


聞き間違いの線を疑ったのでした。

うん、やっぱり衝撃的よね。ゴメンね、コースケ。


「この世界はゲームの中なの」

「な、なんだって?!」


コースケはようやく私の言っていることに向き合うことに決めたみたい。


「ごめん、姉さん。今日は耳の調子が悪いみたいだから、話を聞くの、後にしてもいい?」


いえ、決めていなかったみたい。


「違うわ。現実よ。聞こえた通りよ……」


私は、正座して背を伸ばし、噛みしめるように言う。

ごめんね、コースケ。ショックよね。私もショックよ。

それに、バカにしてると思われる気がするし、言ってる私も頭おかしい気がして、すごく申し訳ない。


「いや……まさか! そんな――。でも、昔話してた、"つーちゃんが、5人の男性と浮気する”って――」

「ゲームよ。つぐみはゲームのキャラクターで、コースケもその一人。私はボスキャラみたいな存在で」


コースケはうつむいて黙りこんでしまった。

ごめんね、コースケ。


「ごめん……ショックだったわよね」

「そりゃショックさ!」 


コースケはテーブルを叩く。

並んだ食器類がガチャンと音を立てて揺れた。


「だって……その……アレだろ!!」

「ええ」

「姉さんを倒すって事だろ」

「そうよ」


コースケは落とした肩を震わせて、「そんな……」と弱々しい声を出していたが、意を決したように握りこぶしに力を込めた。


「バカの姉さんをあらゆる武器で倒して装備の材料を剥ぎ取るゲームなんてあんまりだよ!」

「誰がモ○ハンって言ったのよ!!」

「そういう系だろ、今のゲームってそういう系じゃないの!」

「あとバカじゃないから! 無いわよ、無いわよ! そんなゲーム!!!」


ってゆーか、あらゆる武器で人間襲って奪った素材で装備とかグロすぎるわよ!


「じゃあ、ゾンビウィルス?! 僕、お小遣いで地下にシェルター作って貰っておくから皆で逃げよう」

「バ、バイ○ハザードでもないからね」


なんでそんなゲームだと思ってるのよ。

アンタ、お金があるからってその余裕な顔は一体何よ。

科学の力が勝利すると思ってる奴は大体あっさり死ぬから、そういう顔はすぐにやめなさい!


「そうか――。違うのか――。じゃあ、僕には……できない……。姉さんを↓・↓・ナナメ↓で倒すなんて……」

「格闘ゲーム?! 昇竜拳?!」


っていうかコースケ、それよく知ってるわね!


「落ち着いてコースケ。そういうゲームじゃないわ。もっと普通のゲームよ!」


私はメガネを怪しく光らせてブツブツ言っているコースケを揺さぶって正気に戻す。


「違うわよ。違うのよ。いつからアクションゲームだと思っていたの。この世界は――恋愛シュミレーションゲーム。つまり、乙女ゲームよ」

「なん……だって」


コースケは衝撃を受けたらしく、目をまるまると見開いた。


「つぐみが主人公で、私は悪役。コースケ、桐蔭くん、今治くん、倉敷くん、高崎先生とね、恋愛するのよ、つぐみが!」


一気にまくし立てて言うと、コースケが「ん?」と言った様子で眉を潜める。


「姉さん……それってもしかして――」


え、コースケ、もしかして何か心当たりが?!


「駄作じゃない?」

「違うわよーーーーー!!!」


バカバカー!

前世の私がどれだけ『花カン』で泣いたと思ってるのよーーーー!!

お姉ちゃん、怒ったんだから。


「何だそれ。僕と倉敷くん以外、まともな恋愛になる気がしないじゃないか……」

「どうして自分はまともな恋愛できるって思ってるのよ! うじ虫のくせして!」

「うじっ?!」


付箋だらけの雑誌を手に取り、表紙を叩きながら、コースケに見せつけてやる。


「だってそうじゃない! 相手は誰だか知らないけどさ! ろくなデート先も思い浮かばないなんて!」

「うっ、言っておくけど、僕は自分よりモテる男を見たことがないんだからな!」


なんてことを自分で言ってんのよ、アンタ!


「ははははは、恥を知りなさいこの金持ちうじ虫! アンタみたいな根暗より、ゲームの江介くんの方がよっぽど良かったわよ!」

「江介くんって。くんって何だよ。僕は僕だよ。何でそんな駄作の中の僕と比べられなきゃいけないんだ!」

「江介くんはアンタみたいなうじ虫とは違うのよ! もっとささくれてて、世の中を知ってて、とにかく、とにかく、アンタよりずーーーーーっと魅力的で私もつぐみもメロメロだったんだから!!」

「ちょっと待って」


激昂する私の腕を、コースケが掴む。

うねちんや桐蔭くんと比べて力は弱いけど、彼なりに精一杯力を込めているのが伝わってきた。


「その、江介くんっていうのは、つーちゃんと……くっつくの?」

「そ、そうよ。江介くんは江梨子に邪魔をされながらも、自分の想いに気付いて、つぐみと――」

「そういうのはいいから。江介くんっていうのは、僕よりも魅力的なんだよな」

「え、ええ。アンタなんかとはぜーんぜん、違うんだから!」

「……江介くんと、僕の違い、教えてくれないか?」


気迫が凄い。コースケは、怖かった。

だけど、リクエストされたので、私は江介くんの魅力について思う存分語らせて貰った。


幼いころ、江梨子に火傷を負わされて、家でも「居ない子」のようにされてしまった幼少時代。

留学して、一家を追われ、私達が高等部に上がる頃にはすっかり不良になってしまったこと。

ゲームのつぐみは、高等部編入生で、江梨子との仲は最悪で、江介を利用してつぐみを陥れたりした事。

それでも、最後には、つぐみと江介は結ばれ、えーっと、その後はよく覚えてないや。


と、江介くんについて思う存分に語らせて貰った。



「姉さん」


コースケは私に向き合い、正座をして私をじっと見つめている。

よく見たら、その目はクマだらけで、ひどく血走っていた。


「お願いします、今から僕に火傷を作ってください」


コースケは、五体投地した。

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