(47)庶民の俺と桜の女の子/今治くん視点
「今治くんっていうんだ。私、花巻つぐみ、よろしくね」
花巻つぐみは、ふわり、と桜……桜まんじゅうみたいなふっくらとした笑みを浮かべて小首を傾げた。
なるほど、確かにかわいい。
確かに並の女の子に比べたら遥かにかわいい。だけど、いささか……若干……大分……シルエットが丸い。
かわいいのベクトルがどっちかというと、「女の子」より「マスコット」系。
いわゆる癒し系で、「付き合えるか」と言われたら余裕でOKを出す(太ましいのにコレって凄いことだと思う)し、友達に「俺の彼女」って紹介しても全く恥ずかしくない。っていうかおっぱい大きい。あれ、やっぱ普通にかわいいじゃん。
なんというか、このタイプは意外とモテる。
俺は中学校の非モテライフで学んだ。
隙の無い女より、こういう「親しみやすいポイント」みたいなのを持ち合わせている子はすぐに彼氏ができたりする。
花巻さんは、確かに太ましいけど、清潔な印象だしな。
石鹸の香りがするのもポイントが高い。
あ、いや、別にそういうのじゃない。
エリコさんが「花巻つぐみが世界一かわいい」とか言うから、うっかり意識しちゃっただけだ。
花巻さんは恐らく「隠れ高嶺の花」って奴だ。
「クラスでコイツ好きなの俺だけだろうな、見つけちゃったな、俺」みたいな事を何人も思ってるタイプ。
くそ、やっぱり危険だ。マロン・マージュ。
あれやこれやと、花巻さんとエリコさんにはとても言えないような思考を巡らす俺は、そんな花巻さんから、苺大福(本日二個目)を受け取る。
毎年春に、学年の仲間に花巻さんとエリコさんの家庭が協力して配っているらしい。
なにやら、エリコさんの弟の広陵院コースケの生徒会選挙活動の一環だとか言っていた。
エリコさんが「つぐみのお母さんが指揮を取ってウチの使用人総動員でつくったのよ。やっぱりつぐみのお母さんは凄いわね」と高らかに笑っていた。
いや、どう考えてもすごいのはアンタん家の財力だろ。
うーん、広陵院コースケ、か。
いいよ、来いよ。
どんな濃いキャラが登場しても俺は現実を受け止めよう。
もうキクチさん以上の奴は来ないだろうしな。
視線で人をぶっ殺せるみたいな奴が来ても俺は文句は言わないつもりだ。
自分の席(出席番号1番なので、最前列の窓際の席だ。)に座って、窓の外を眺める。
目の高さより少し上の位置に桜の枝に花を咲かせていた。花びらがハラハラと舞ってキレイだ。
俺はベランダから目を放す事ができなかった。
なぜなら、斜め後ろの席が――
「一般人、ナゼコッチヲ見ナイ。一般人、一般人」
キクチさんだからだ。
俺は桜を見てるフリをした。ただひたすら、桜を見ている一般人のフリをした。
あ、一般人って自分で言っちゃった。
大福配布会の後、担任が入ってきて挨拶と「学校生活の心構え」的なあれこれを淡々だが熱を帯びた声で語る。
担任は、高崎健大。20代後半から30代前半だろうか。
担当は数学だ。生徒指導も兼任しているらしい。
今時めずらしい熱血タイプだな、こりゃ。
少しキツい顔だが、清潔感溢れるスーツの似合うイケメンで、女子がキャーキャー言っている。
中等部の頃から憧れていた生徒が多いらしい。
ふーん。
ケッ。
そんなこんなでつつがなくホームルームが終了。
桐蔭くんがやたら物騒な事を言った事以外は皆無難だった(キクチさんすらも「キクチと呼んでくれ、以上」と案外無難だった)クラス挨拶も終わり、俺は帰り支度を始める。
いやー、どうなるかと思ったけど、今日を乗り切って、俺の心は広くなった。
今の俺は竹原くんとか余裕で許せる。
今の俺なら何だって許せる。
斜め後ろ以外。
斜め後ろだけやたら汗をかいている気がする。
帰り支度を始める中、斜め後ろの視線が俺から外れた気がした。
気になって振り返る。
「キクチ、ここなんだが、どう思う?」
桐蔭くんだ。彼はキクチさんが平気らしい。何かをいじくって、キクチさんに見せている。
ん、プラモデル? プラモデルだ。
俺が子供の頃に放送していたロボットアニメのプラモデル。
それも、主人公機。
俺もプラモデル、結構好きなんだよな。
結構凝ってて、塗装で徹夜とかしちゃう系だった。
桐蔭くんはただの変人イケメンだと思ってたけど、そっち系に理解があるのか。
意外だな。好印象だ。
っていうか、桐蔭くん、アイツ怖くないの?! すげーや、ユーロ紙幣が木に刺さるタイプのイケメンは器が違うわ!
やっぱり桐蔭聖は格が違う。
心なしか女子の目線もそっちに行っている。
すげーよ桐蔭くん!
イケメンは違うわ!
それでプラモとかもやるんだもんな、格が違いすぎるわ!
……ケッ。
「ねえ」
俺は本日二度目のケッをかましたながら、誰かにちょんちょん、と肩を突かれた。
「な、なんでしょう」
「私よ」
ハイ、広陵院エリコさんでした。
ゴゴゴゴゴという異様なオーラを放っている。
控えめに言ってとても怖い。
「お願い、一般人。キクチさんとお友達になって欲しいの」
あ、この人、俺の事一般人って言ったよね。
一般人ってなんだよ、一般人って。
「はあ……」
だが俺はノーと言えない日本人だ。
エリコさんが俺の両手を取り、キュっと握る。
「キクチさんはあんなのでしょ、高等部からの編入だし、友達ができないのよ。だから、お願い」
「えー、桐蔭くんがいるじゃないですか」
「ねえ、一般人、お願い」
語尾にハートマークの付きそうな語尾とは裏腹に、ぐぐぐ、とエリコさんの手に力がこもる。
「いだいいだいいだいいだいいだい!!!!」
骨が砕けそうなんですけど!!
この人、この体のどこにそんなパワーがあるんだよ!
霊長類最強レベルだろ、この女。
「ねえ、そよ……ゲホ、キクチ。今治くんがお話したいんですって」
言ってないんですけどーーー!
超迷惑なんですけど、マジ勘弁してくださいよ、広陵院センパイ!
「何ダ、一般人」
「え、あの、その……」
俺がテンパッている間に、キクチさんが机の中をガサゴソとまさぐっていた。
「えっと、プラモデル、やるんですね!」
ようやく俺が平静を取り戻し始めた頃、キクチさんはバズーカを取り出し、構えていた。
「特別ニ貴様ニクレテヤル!」
ガコーン、発射口から放たれた鋭利な何かが俺の額に当たり、俺は気絶した。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
俺は高校のクラスメイトにバズーカを撃たれて死にました。
ハイ、死んでいませんでした。
目を開けたら、保健室。
エリコさん、花巻さん、桐蔭くんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「ごめんなさいね……今治くん」
エリコさんが俺の額の辺りを見て言う。
触れてみると、大きな絆創膏が貼ってあった。
「立てる? よければウチの車で送るわ……あと、示談金、どれくらい用意すれば良い? 警察沙汰にはしてほしくないの」
エリコさんは矢継ぎ早でとんでもない事を聞いてくる。
「だ、大丈夫ですよ。……ってて」
何かが当たった額は痛かった。
「“気“を送るか?」
「アンタは黙ってなさい」
桐蔭くんとエリコさんが何かを会話している。
関わるつもりなんてなかったけど――ガッツリ関わってしまった。なんというか、ひどく無念だ。
俺は黙ってベッドから出て、保健室の先生に会釈した後、昇降口でローファーを突っかけて外へと出る。
その瞬間、ぶわっと風が吹き、桜が舞った。
桜吹雪の先には――一人の小柄な女の子が居た。
その女の子は、艷やかな茶髪を腰まで伸ばし、
色白で、目がくりくりと大きく愛らしい。
もじもじと、何か言いたそうにうつむきつつも、上目遣いで俺を見ていた。
か、かわいい!
ドキリ、と胸が高鳴り、顔が熱くなる。
女の子は俺に近づいてきて、俺の手を取って、何かを握らせる。
「え、誰?」
「さ、さっきは……すす、すまなかった!」
俺の質問に答えずに、噛み噛みの早口でまくし立てて、女の子は背を向けて一目散に走っていく。
声もかわいい。
高くて小さな声が、何度も頭のなかに残って響いている。
追いかけたかったが、俺はあの子の事を知らない。
何を言えばいいかわからない。
それに、顔がカアっと熱くなって、胸のドキドキが止まらない。
足も震える。何も考えられない。
手を広げて、何を受け取ったか、恐る恐る確認する。
親指の先くらいの大きさの、カエルのようなフォルムのロボットのキーホルダーだった。
ドキドキが加速して、キーホルダーを握りしめる。
止まらない。体中がドキドキしてうるさい。
タイプだ。すっごいタイプ。
俺は、ああいう子との出会いを求めてこの高校に入学したといっても過言ではない。
風が吹き、視界いっぱいに桜が舞う。
もう、あの女の子の小さな背中は見えない。
どうしよう――俺、あの子の事、好きになっちゃったみたいだ――。
だけど。だけどさ――
あの子、誰?
桃園学園高等部 1年B組 出席番号 7番 菊池原 戦




