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(27)はじめてのカフェオレ

竹原くんとの絵の講義は、屋敷で行うことにした。

ガーデンチェアに腰掛けえて、クロッキー帳を開く。


「西条、俺と会ったってコースケの事ばっか褒めてるし、やっぱりコースケの事が好きなんだよ」


紙に鉛筆を滑らせながら、竹原くんはポツンと言った。

牡丹ちゃんも、「竹原くんはつぐみに優しい」って言ってたし、二人は似たもの同士なのね。


「コースケは素直だから仕方ないわよ。まあコースケは色々と別格よ。世知辛い世の中に舞い降りた天使様だもの」


竹原くんは顔を上げて「は?」って顔をする。


「自分の弟をそこまで言って恥ずかしくないの?」

「全然。たった一人の双子の弟だもの本当に目に入れたって痛くないわ」

「絶対痛いと思うぞ」


竹原くんは顔をほころばせた。


「エリコ、なんか変わったな。前はコースケの事、無視してたのに」


うう、そこを突かれると痛いわ。変わったっていうか、本当に別人になっちゃった訳だし――


「あの熱で休んで以来だよな」

「そ、そうかしら?」


そっか、皆の間ではそういう事になってるのね。


「あれだよ、あれ。宿題やりすぎて知恵熱で倒れた時」

「ううっ」


……皆の間ではそういう事になっているのね。

私が怒りを込めて竹原くんを見ている事に気づくと、彼は慌てて紙に視線を戻した。

竹原くんはおしゃべりな所もあるし、ちょっと一言多いわね。

きっと、昔もそういうことがあったから牡丹ちゃんと気まずくなっちゃったんでしょうけど。


「ちょっとバランスが悪いかしら。描く前にアタリは付けた方がいいわね。だけどよく特徴を掴んでるわ」


竹原くんの絵には、牡丹ちゃんのくりくりとした目も、少し厚みのあるぷっくりとした下唇もちゃんと描かれている。

写真がある訳じゃないのに、よく覚えてるのね。


「ま、まあな」


そう言って、竹原くんは顔を赤くした。

やっぱり牡丹ちゃんのことをよく見てるのね。


「ヘンにうまく描こうとしなくていいから、とにかく牡丹ちゃんの好きなところをいーっぱい詰めて描いてみて」

「……うう」

「牡丹ちゃんを喜ばせたいんでしょ?」


竹原くんは観念したようにコクンと一度頷いた。


「だけど、それなら俺じゃなくてコースケの方が――」

「そうね」


私はあっさりと肯定する。


「コースケから物を貰って嬉しくない女子なんていないわ」

「じゃあ――」

「だけど、竹原くんなら勝算が十分あるわ。私は勝てない試合はしないタイプよ」


やだ、私ったらカッコ良い!

でも、実際ケイドロ賭博は「勝てる!」と思った配置でしか目玉給食を賭けたりしてないから――あながち間違ってないかもしれないわね。

とは言っても最近、結託した男子陣に力負けすることも多くなってきたけど。どうにかして男子の勢力を抑えこむべきね。


「竹原くん、自信を持って。あなたはとても魅力的な子よ」


足が早くて面白い男の子は小学生には絶対の存在なんだから!


「女の子には優しくしたら、あなただってコースケみたいにたくさんの女の子を骨抜きにできるから!」

「それは俺を褒めてるの? けなしてるの」


そこで間に入ってきたのはコースケだった。

両手にマグカップを持っている。


「これ、東出さんから。精を出してますね、だった」


そう言って、コースケは私と竹原くんの前にマグカップを置いた。


「コースケの分はいいの?」


コースケは言われて渋面を作る。


「俺にはまだ早いみたい」


そう言われて、私はマグカップに口を付ける。

わ、カフェオレだ!

牛乳とお砂糖のあまーい味に、コーヒーの香りが僅かに付いている。


「おいし~」


しみじみとコーヒーの味を吟味する私。

なんだか、前世の会社時代を思い出すわね。どうしても眠い時は缶コーヒーを買ってよく飲んでたもの。

コーヒーは、私にとってお仕事の味だわ。

なんかやる気が出てきたわね。


「えー、コースケってコーヒー苦手なのかよー。俺、ブラック飲んだことあるぜー」


竹原くんは自慢気に胸を張る。

そういう事を自慢しちゃうのって、やっぱり小学生よね。

なんだか微笑ましいわ~。



こうして、夜になって竹原くんのお家からお迎えが来るまで、竹原くんは必死で牡丹ちゃんの絵を描いていた。

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