四章*悪妻、推しと逃避行をする(3)
「別に襲われるとは思っていない。私が寝首をかかれることなどありえないからな」
「そ、それはそうですよね」
シオン様は優秀な魔導師だ。私が襲えるはずはない。
私は真っ赤な顔でヘラヘラと笑う。
「だから、ルピナもこのベッドを使うといい。これだけ大きなサイズだ。別に問題はないだろう」
「ふぇ??」
「列車の中は揺れる。リビングのソファーでは落ちたら危険だ」
「でも」
「それとも、やはり襲うつもりだったか?」
シオン様が冷やかすように私を見た。
「っちが! そんなことありませんわ!!」
「では問題ない」
そう言われては反論できない。
私はベッドに駆け寄って、プルメリアの花でできたハートを崩し、中央に縦の直線を引いた。
「これでどうです? この線よりシオン様側に、私絶対絶対ぜったーい入りません! 命をかけて誓いますわ!!」
私が宣言すると、シオン様は口元を押さえてクツクツと笑った。
(シオン様って思ってた以上に笑い上戸なのかしら?)
キョトンとする私を見て、シオン様は自分の目尻を指先で拭う。
「本当にルピナは面白い。見ていて飽きないな」
まったく意味がわからないが、シオン様が楽しいならそれでいい。
「部屋の外も案内してくれないか?」
シオン様に頼まれ、私は驚いた。
黒い髪を気にして、人のいる場に出ることを嫌がっていたシオン様だったからだ。原作の失踪時も、マントのフードを目深に被り人目を避けるように移動していた描写があった。だから、窮屈な思いをしなくてすむように、豪華個室の寝台列車を開発し、ルームサービスまで充実させたのだ。一歩も客室から出る必要がないようにしたのである。
(豪華寝台列車で心境が変化したのかしら……)
どちらにしても前向きになることは良いことだ。
「で、では、行ってみましょうか。ラウンジなどもあるんですよ」
私はなんとか平静を取り戻し、列車の中を案内することにした。
デラックスルームのドアには紫苑の花が彫られている。部屋ごとに花の名がつけられており、テーマに合わせた作りになっていのだ。
ドアを開けると小さな階段になっている。
「列車の中に階段か。珍しいな」
シオン様が目を見開いた。
(そんな反応も愛おしい!)
私はホクホクとしながら説明する。
「ええ、展望が良くなりますし、プラットホームに並ぶ人々と目が合いにくい作りにしましたの」
黒い髪のシオン様はどこへ行ってもジロジロと見られてしまう。せめて、人目を気にせずにすむようにと考えたものだ。
「……運転席が見当たらなかったが、もしかしてこの部屋の下にあるのか?」
「! よく気がつきましたね!」
私は驚いた。そんなところに興味を示すと思っていなかったからだ。
シオン様は思案げな顔をして階段を下る。
階段を下りきると通路だ。通路の片側は外に面しており、車窓から移りゆく景色が見える。窓ガラスに映ったシオン様に、景色が混ざり合いとても綺麗だ。
(はぁ……。こんな些細なワンシーンさえ美しいなんて……)
私は窓に映るシオン様をのぞき見た。
「美しいな」
シオン様と窓越しに目が合い、私はゴホゴホとむせる。
(盗み見してたのがバレた!?)
冷や汗をかきながら、私は誤魔化すように説明をした。
「こ。こ、こちらはもうひとつのスイートルームです。デラックスよりもワンランク下で少し狭くなっています。第一車両はこのふたつの部屋だけです」
私は通路に面したドアを指さした。そのドアにはルピナスの花が描かれている。
「贅沢だな」
「そうなんです! リビングと寝室が別れているのも、浴槽があるのもスイートルームだけですのよ」
私はドヤ顔で説明しつつ、先へと進む。
「第二車両から第三車両はエグゼクティブルームで、八部屋です。こちらはリビングと寝室が一緒ですけれど、部屋は広くなっております。それに、シャワーとトイレが各部屋についています」
「ほう」
感心するシオン様を連れて私はドンドン前に進む。
そして最終車両となった。
「第四車両はラウンジとダイニング、食事を持ち込める会議室と展望室にしました。皆が集まれる場所です」
シオン様は眩しそうに目を細める。
ラウンジとダイニングは窓を大きく取ってあり、食事をしながら景色を楽しむことができる。客同士で交流もでき、会議室ではゲームや会談も楽しめる。
「ラウンジとダイニングでは、駅のある地域の特色ある飲食を提供するようにしています」
「列車から降りずに、その地域の特産品を食べられるのか。それはいいな」
シオン様が感心し、私は思わず食いつく。
「ですよね!? 食事って大事じゃないですか! せっかく旅行しているんだから、珍しい物が食べてみたいじゃないですか? でも、限られた停車時間ではどこでなにを食べたらいいのかよくわからないですし。じっくり車内で予習してから、気に入ったものを停車中に食べに行くのが効率的かなと」
「ああ、そうだな」
力説する私を見て。シオン様はクスクスと笑った。
(また笑われてしまった……!)
私はハッとして取り繕うように咳払いをした。
「ここが最終車両か」
「はい。全部で四車両です。初の豪華寝台列車なので、いきなり大きな企画をするのは難しいので、しばらく様子を見ようかと」
私が説明すると、シオン様が続けた。
「一般的な寝台個室をつければ、乗車人数を増やせ収益も上がると思うのだが……! あえて、乗車人数を制限し高価格帯に設定することで、乗車できる人物を選び、特別感を出す狙いがあるのか……?」
「そのとおりです!」
説明しなかった狙いまでシオン様に見抜かれて私は驚く。
「貴族や金持ちなどは、金を出しても予約できないとなれば、我先に体験しようと躍起になるだろうな」
シオン様は感心して唸る。
(シオン様との会話は、打てば響くようで面白いわ)
知的なシオン様と会話するのはとても楽しい。
「ルピナと話すのは本当に面白い。こんなに興味深い女性ははじめてだ」
シオン様に言われ、私はドキリとした。
(同じこと考えていたなんて嬉しい!)
と思いつつ、浮かれないよう自省する。
(いやいやいや、シオン様の『面白い』は珍獣を見る感じの面白いだから! 勘違いしちゃいけないわよ、ルピナ! しっかりなさい!!)
私はすました顔で答える。
「光栄ですわ。シオン様もなかなかのものですわよ」
シオン様は、一瞬驚いたような顔をして、また噴き出した。







