四章*悪妻、推しと逃避行をする(1)
「シオン様、あなたにはドラゴンのために幻の薬草を採りに行っていただきます!」
私は、シオン様の私室でふんぞり返って命令する。突然私がこんなことを言い出したのにはわけがある。
新大聖女エリカの就任を祝し、王都で盛大なお祭りが開かれることになったからだ。ローレンスとエリカを先頭にして、就任パレードが開かれる。
こんな情報が入ってくるのは、私が王宮に出した支店のおかげである。
兄に頼まれ王宮にだしたループス商会の支店は、表向きは名前を伏せ、王宮の一部門のていをとっているが、私が隠れオーナーを務める旅行代理店プルメリアの窓口なのだ。
宮廷で働く人々は、いろいろな領地へ親書を運んだり、視察へ行ったりすることが多い。シオン様のように大きな魔力を持つ魔導師は、魔法で移動することもできるが、近距離に限定されている。
また、領地の境目には魔法で結界が張られていることも多く、移動魔法が弾かれる。そもそも、移動魔法はとても難しく使える魔導師も限られているのだ。
そのため、魔力自動車や魔力列車によって移動することが多い。
しかし、今までこの国には旅行代理店という概念がなかった。そのため、個人で旅行を手配していたのだが、私の作った旅行代理店の窓口を王宮内に設置したことで、とても便利になった。
ちなみに、私の家門セレスタイト公爵家では、魔法鉄道事業をおこなっている。
魔力を凝縮した特別な液体と、魔導具を使って、列車の駆動力にしたものだ。
はじめは王都とその周辺だけだったのだが、私が我が儘を言って王国中に範囲を広げてもらった。
(シオン様が失踪したときにいち早く見つけるために、旅行代理店という名の情報網と、ついでに、失踪したシオン様が快適に過ごせるよう、国の各所にホテルも作ってしまったけれど)
目的はシオン様のためだったのだが、鉄道やホテルを維持させるためにパッケージ旅行などを提案したところ、これが庶民にもうけて、鉄道事業はもちろん、旅行代理店も儲かっているのだ。
(まさか、これがこんなふうに役に立つとはね……。それにしても、原作ではただのお祭りだったはずなのにパレードだなんて。ふたりのそばにシオン様がいないから暴走しているのかしら?)
原作にはなかった流れに私は焦っていた。
(ふたりが並び合ってパレードをする姿を見たら、きっとシオン様が傷つくわ。それに、ふたりが正式に婚約するという噂も耳に入れたくない……そのためには、シオン様を王都から引き離さなくては!)
私は考え、シオン様に長期旅行に行ってもらおうと考えたのだ。
シオン様は表情も変えず私を一瞥する。
「今まで、監禁すると言ってたくせに唐突だな」
矛盾を軽やかに指摘され、私は目を泳がせてしどろもどろに答える。
「いや、あの……その……。でも、だって、シオン様は監禁しなくても、わ、わ、私の夫……」
便宜上ではあるが『私の夫』などと口にして、心臓はバクバクだ。嬉しさと申し訳なさがないませになる。
(推しを夫だなんて恐れ多い……! でも! だけど、シオン様を王都から離すためよ!!)
私は腹に力を込めて演技をする。
「そ、そう! わ、『私の夫』だと言ってくださいましたから、いまさら逃げたりはしないでしょう?」
私は平然とした表情を取り繕うが、汗はダラダラだ。
すると、シオン様は穏やかに笑った。
「ああ、そうだな。私はルピナの夫だ。逃げたりはしない」
そう言われ、私は心臓を打ち抜かれ心肺停止案件である。
(なに、その甘い顔。優しい声……。エリカにしか見せない表情じゃない……!!)
私は大混乱だが、そんな動揺は見せてはいけない。
「ま、ま、まぁ? こ、こ、この私から逃げられるとは思いませんけれどぉ!」
声が裏返ったことを誤魔化すように、髪を払って「ハン!」と鼻を鳴らしてみせる。耳まで熱くなっていることは、気がつかない振りをする。
すると、シオン様は口元を押さえ笑いをこらえた。肩が震え、目尻に涙がたまっている。
(っ! ちょ! 笑いがこらえられてないんですけど? それもまたカワイイんですけど??)
私の推しはどんな表情も抜群に最高の高過ぎてヤバいのである。
「しかし、私は王都からあまり出たことがない。一緒に行ってはくれないか?」
小首をかしげて窺うシオン様に抗える者などいるだろうか。いや、いない。
「もちろんですとも! 素敵な旅をお約束します!」
即答すると、シオン様は嬉しそうに微笑む。
「そうか。楽しみにしている」
私はなにも考えられず、反射でコクコクと頷いた。
私はループス商会の旅行代理店プルメリアに慌てて向かう。
「最高の旅行を企画しなければならないわ!」
「いったいどうしたというのです?」
店長が笑いながら尋ねる。
「シオン様と私が一緒に旅行に行くことになったのよ!」
「場所はお決まりですか?」
「できれば王都から離れていて、最低でも一ヶ月は戻れないところがいいわ。王都の噂など耳に入らない場所で、かといってつまらない場所ではダメよ」
店長はニヨニヨと微笑んだ。
「結婚を機に旦那様と旅を楽しまれるのですね。働き詰めのルピナ様にはいいことです」
「ちょっと、まるで私が新婚旅行にでも行くみたいじゃないの!」
声を荒らげるとスタッフたちが集まってきた。
「ハネムーン? なんですそれ?」
首をかしげるスタッフに私は説明する。
「結婚後夫婦で初めて行く特別な旅行のことよ。一生に一度だからちょっと奮発して、ふたりだけの思い出を作るのよ」
「結婚を記念してふたりっきりで旅にでるの? 素敵だわ! ロマンチックね!」
ワイワイと盛り上がるスタッフたち。
(そうだ、この世界には新婚旅行という概念がなかったんだ)
私はパンパンと手を打った。
「ともかく! 最高の旅を準備しなければならないわ! 目的地は最近駅ができたばかりのハルニレ山脈よ」
私が命じると、スタッフたちがぞくぞくと提案する。
「それなら、以前から開発を進めていた豪華寝台列車アスターの運行第一弾を、ルピナ様たちの旅行に当てては? 予定より少し早いですが、準備は可能です」
私は提案に目をキラキラと光らせた。
「たしかにいいわね。先日できあがった豪華寝台列車は素晴らしかったわ。そうね! そうしましょう!」
機嫌良く答えると、店長も頷いた。
「では、ハルニレ山脈のホテルにも連絡しておきます。離れのコテージを押さえておきましょう。恋人たちの邪魔をする者がないように」
店長はそうウインクして、準備を始めた。
私はワクワクしてくる。
(どうせ、王都から離れるんだもの。シオン様にとって思い出になる旅にしたいわ)
少しでも気が晴れるように、そう願わずにいられないのだった。







