三章*悪妻、推しを退職させる(5)
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屋敷へ戻ってくると、なんだかとても騒がしい。
(そういえば、漫画では婚約破棄のあとルピナがエリカを拉致監禁して、ローレンス殿下が取り戻しに来るエピソードがあったわね)
私がシオン様を拉致したせいで物語補正が入ったのだろうか。エリカの代わりにシオン様を取り戻しに来たのかもしれない。
悪い予感が当たってしまった。
「お嬢様、ローレンス王子殿下がおいでです。応接室にお通ししておりますが……」
執事が困り果てた顔をしている。
私は肩をすくめた。迷惑だが、それを執事に言ってもしかたがない。相手は、元婚約者であり王子なのだ。
「わかったわ」
私はそのまま応接室に向かった。
ドアを開けると、ローレンス殿下とエリカが駆け寄ってくる。
「ルピナ! シオンを退職させるとはどういうことだ」
「先生は宮廷魔導師なんですよ」
「さすが、先触れもなくいらっしゃるだけあって、マナーもなっていないのね」
私が微笑むと、エリカはビクリと震える。
「お前にマナーを指摘されたくない!」
ローレンス殿下が吠えてくる。
「あらまぁ。王子ともあろう方が、悪女ルピナと同じレベルでよいのですか」
「ああいえばこういう! そんなことはどうでもいい、シオンを返せ!」
「返せとは? シオン様は私の旦那様ですのよ。神殿も国王陛下の許可も得ていますわ」
私はシレッと答える。
「っ! 結婚の許可と、退職の許可は別だ! 本人の意思を無視して退職させるのは認められない!」
「あら? 本人の意思を無視してる証拠は?」
私が問うと、エリカが左手を私に見せつけた。
中指にシオン様の贈った指輪が輝いている。
「この指輪は、シオンさま……、いえ、シオン先生からいただいた通信用の魔導具です。いつでも困ったときは連絡してきていいといただきました。それなのに、連絡がつかないんです!」
エリカの言葉にローレンス殿下が動揺した。
「その指輪……そんな魔法がかけられていたのか! そんなものすぐ外せ!!」
「ロー! 今はそんな話をしている場合ではありません。これでは、先程と同じ。ルピナ様の思うつぼです!」
エリカはキッと私を睨み上げた。
どうやら先程の痴話げんかで学習したらしい。
「連絡が取れないように結界を張るだなんて、きっと後ろ暗いことがあるはずです!」
私はギクリとした。
(攫って監禁、さらには騙して結婚、勝手に退職させたんだもの。今、エリナたちにあったら心が揺らいでしまうかも。まだ、シオン様をエリカたちに会わせるわけにはいかない! でもどうしたら……)
反論できずにいる私を見て、ローレンス殿下がここが好機と目を光らせた。
「そうだ! 本当にシオンが納得しているなら、俺たちに会っても問題ないはずだ!」
「そうです! 先生に会わせてください!」
ふたりに詰め寄られグヌヌとなる私。
「先触れもなく来るだなんて」
「それはもう聞いた! 同じネタをこするなんて怪しいな!」
「! シオン様はお疲れなんです、日を改めて……」
「一週間も公に出ず、疲れているとはなにをさせているんだ? あの怪しげな魔塔でシオンを酷使してるんだろう!」
絶好調のローレンス殿下だ。
「どうやら、魔塔とやらを強制捜査する必要がありそうだなっ!」
「そんな勝手は許されません!」
「宮廷魔導師の脅迫拉致監禁、加えて公文書偽造容疑となれば話は別だ」
ふんぞり返るローレンス殿下を惚れ惚れとした目で見上げるエリカ。
「さぁ! シオンを出すか、俺たちを魔塔に入れるか! どちらを選ぶ!」
嬉々とするふたりに対して、私は窮地である。
(シオン様をふたりに会わせたくない。でも、魔塔の中に入られたら困るわ。きっと孤児も魔獣たちももとの場所に返される。ドラゴンだって殺されちゃう)
困り果てる私を前に、ふたりは詰め寄った。
「ルピナ様、シオン先生を連れてきてください」
「そうだ、自分が選ばれる自信があるなら、抵抗する必要はないだろう!」
私は唇を噛みしめた。
(私が選ばれる自信なんかあるわけないじゃない!! シオン様はエリカを愛しているんだから!!)
でも、それでも、私はシオン様が大切なのだ。
私のことを憎んでいてもいい。生きていてさえくれればいい。私はシオン様を守りたいだけだ。
(でも、どうしたら……)
困り果てる私の前に、ブワリと黒い闇が降ってきた。
驚き目を見開く私たちの前で、その闇の中からシオン様が現れる。
「シオン……!」
「先生!!」
喜ぶエリカたち。
私は顔面蒼白である。
(ああ……。シオン様はきっとふたりのもとに帰るわ……。全部、無駄になってしまった)
エリカたちと私のあいだに立つシオン様の背を見て私は絶望した。
(やっぱり、エリカたちのほうに向くのよね……)
当たり前だ。彼らは古くからの親友で、私とシオン様にはなんの絆もないのだ。
私は俯き、捨てられる覚悟を決めるしかない。
「シオン! 大丈夫だったか! 悪女に攫われ大変だったな」
「シオン先生! 私たち、助けに来たんです。もう大丈夫です。一緒に帰りましょう」
ローレンス殿下とエリカが微笑み、シオン様に駆け寄った。
シオン様は緩く頭を振る。
「私はルピナ嬢と結婚した。ここが私の家だ」
シオン様の言葉に、ふたりはピタリと固まった。
「は?」
「……うそ……」
私はシオン様の言葉が信じられず、マジマジと広い背中を見つめるだけだ。
シオン様は振り向くと無表情で私の隣に並んだ。
「シオン様……?」
「なにを驚いている? わが妻よ」
イケボで確認され、私は思わず失神しかける。
(シオン様が……わが妻、……わが妻? は?)
シオン様は崩れ落ちそうになる私の背を支える。
(は? は? はぁぁぁぁ? 妄想? 幻影? こんな都合のよい現実ありえなくない??)
パニックに陥る私をシオン様が窘める。
「しっかりしろ」
私はハッとして、ローレンス殿下に立ち向かった。
シオン様が私の味方なら百人力である。







